後ろの正面だぁれ?

「水槽で泳いでる生き物ってさ、なんで綺麗に見えるんだろうな」


『…水とか、気泡とかがキラキラしてるからじゃない?』


シーカヤックに乗って、ソーキそばを食べて、水族館。
これはもう完全に観光旅行。良いのかこれ、序盤ちょっと戦っただけで後半遊び倒してるけど。
ぶっちゃけこれは滞在延長を決定した悟の仕業。幾ら理子ちゃんの要望を叶えろという指示でも、果たして何処まで必要経費で落ちるのか。


「ヒトは長時間潜れねぇじゃん?だからそれへの憧れもあるんだと。要は嫉妬。喋れもしねぇ生き物にまで嫉妬するとか、猿は何処まで強欲なんだか」


『汝も猿』


「あ?じゃあ猿なんだし理性捨てても許されるよな?」


『理性…???』


「なんつー顔でコッチ見てんだテメェ」


シャチのぬいぐるみを顔に押し付けられて手を叩く。お前これ刹那に似てる!って言って苦笑いする傑放置して買いに行ったな?なんで?なんで私シャチなの?
ぬいぐるみとじっと見つめ合うが、つぶらな瞳でかわいいな、という感想しか出てこない。似てるか…???


「傑もそうだけど、真面目チャンに考え事させるとさぁ。何でか全部深刻にするんだよな。
真面目ムーヴかます奴って、ただどっちが良い?ってだけの質問にも背鰭も尾鰭もくっ付けるから、無駄にデカイ魚になる。
誰がスイミーしろっつったよ。グッピーで良いんだよ」


薄暗い館内の照明が妙にこの男を儚く見せるのが腹立たしい。
ジンベエザメを見ている小さな背を見つめながら、返す


『グッピー基準で選んだらスイミーが死ぬのよ。重いのこれ。国民の命の問題に波及するの』


「だから?言ってんだろ、好きな方を選ぶだけだって。
そもそも前提が可笑しいの。
オマエが選ぶべきは生贄を捧げますか、捧げませんかってただの二択なんだよ。
そこにガチャガチャ付属品付けるなって言ってんの。
オマエは好きな服買う時、それ作った生産者の事まで考えるか?違ぇだろ?完全にオマエの好みだろ?
俺が言ってんのはそういう事だよ」


『……………悟』


「んだよ」


『一旦リセットさせて。色々ごちゃごちゃしてきた』


嘗てこれ程判り合えない話があっただろうか。悟はあくまで理子ちゃんを助けるか、殺すかで選択を迫るつもりだ。
それは確かにそうだけど、この問題はそうじゃない。それだけじゃない。


だって理子ちゃんを助けたら────大勢の人々が、危険に晒されてしまう。


出来るなら助けたい。
でもそれでもし天元様が“進化”して、罷り間違って人類の敵になってしまったら。
……そう思うと、手を伸ばせない。
天秤に掛けられたものが、あまりにも重過ぎるのだ。


「だから言ってるだろ。“問題は単純”だって」


『……こんの綿菓子頭カチ割んぞ』


こいつほんと人の話聞かない。
シャチのぬいぐるみを爆笑する悟に押し付け、前を行く理子ちゃんの許に向かう事にした。












「────そうそう。うん、それ。そこにあれね。
賞金取り下げ確定してから四時間後、ぐらいかな。そんくらいに戻る予定でいるよ」


夜中に自販機に向かう廊下で、低い声が誰かと話しているのが聞こえた。
目をやるとよりによって自販機の前に白いのが立っている。
…もう無理。今日は無理。
正直悟との暖簾に腕押し論争は疲れるのだ。私は疲れている。顔を合わせれば絶対ニヤニヤしながら腕押しを迫ってくる。
むり。なぐりたい。


帰ろう。
さっと身体の向きを変えた所で白い腕が巻き付いてきた


『…………チィッ!!!』


「ん。判った。…あ?今鳴いたの?テディちゃん。は?虐めてねぇよ、善意だわ。……ハイハイ、土産ね。ハブ酒買うわ。りょーかい、じゃあね」


通話を終えたらしい悟がケータイを仕舞い、真上からニヤニヤと此方を覗き込んでくる。性格がクソ。


「テディちゃん、決まった?」


『まだ』


「もう日付変わっちゃったから、今日の……三時かな。残り十五時間だよ」


『判ってる』


「あは、怒った?逃げたそうじゃん。そんなに俺と話すのがイヤ?」


『知ってる?暖簾に腕押しって明らかに腕の負担がヤバいの』


「じゃあ俺じゃん。俺疲労コンパイ」


『おまえがうで………?????????』


「潰すぞ」


お前は暖簾。それは覆らない事実である。
自販機で紅茶とイチゴミルクを買い、ベンチに腰掛ける。
……悟が疲労困憊というのは強ち間違いでもない。


だってこいつ、術式を解いていないのだ。


何時からかは知らない。でも気付いたのは水族館で、シャチのぬいぐるみを押し付けた時。
顔面に押し付けたにも関わらず、声はくぐもらなかった。
それはつまり、無限が作用しているという事だ。
こいつの事だから、どうせ護衛初日からずっと張ってるとかバケモノみたいな事を言うんだろう。
隣の男にイチゴミルクを差し出して、ケータイを開いた。


「さんきゅ」


『……見張り、代わろうか?』


「流石に此処じゃ海が少し遠いだろ。猿に見られても良いなら俺寝るけど」


『……鉄扇の水』


「タイムラグあり過ぎ。今から奇襲かけまーすっ☆って呪詛師が連絡して五分後にやってくれんの?全方位まるっと水で囲う気?先生がブチキレても良いなら御自由に。俺帳は降ろさねぇぞ。
……判ってんだろ、俺はホテル全体を無限で囲ってる。目に見えない俺の術式なら出来るけど、オマエの術式じゃあ猿の目に付くよ」


『………………』


「効率論争はオシマイね。んで?」


『で?とは』


「小猿殺す?生かす?」


『お前は鬼か?????????』


さっきまだ決まってないって言ったじゃん?何?健忘?それとも聞いてなかった事にされたの?取り敢えずこいつ今回ウザいな?一発殴らせて?
いらっとしたのが判ったのか、悟が笑った。…その顔はサングラスがないから、疲れているのが良く判る


『……悟、やっぱり少しだけ交代しよう。寝てよ』


「…じゃあどうやって護衛すんの?ヤサシイ刹那チャンにこのホテルの人間見捨てられる?」


苛立った声で睨む様に問われ、息を飲む。
そして、ゆっくりと口を開いた。


『────雨を、降らせる』


「………あ?」


『このホテルの上だけじゃあバレる。それなら、この周辺一帯に、私の呪力を纏った水を降らせ続ける』


上空に鉄扇に入れた水を打ち上げて、足りない分は海から拝借する。それを悟が休んでいる間続ければ、私だって護衛は出来るだろう。


「……オマエも呪力量は多いけど、俺には負けるよ。この一帯に雨を降らせるとなれば純粋に呪力を使うし、何時襲撃が起こるか判らないって緊張感でメンタルもやられる。ふにゃふにゃ絹ごし豆腐メンタルのオマエが、それでもやれるって?」


これは悟の気遣いだと判っている。判りにくい優しさなのだと理解している。
だが一つ言ってしまうと、この任務の間の悟がウザ過ぎて私はイライラしているのだ。
キラキラと輝く蒼を睨み付け、口を開く


『男がウダウダ言ってんな。
私がやるっつってんだスッ込んでろ過労死寸前クソ白髪』


はーーーーーーーーーーースッキリした!!!!!
言ってやったぜ!!モヤッとを全て乗せて!!!ウダウダ言ってんなよマジで!!
ふん、と鼻を鳴らす。カチリと固まり、それから目をまん丸くしたかと思うと────悟は爆笑した


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


『ばっっっっっか今夜中!!サイレント!!サイレントで爆笑して!!!』


「サイレントでwwwww爆笑ってwwwなにwwww」


『お前の声は通るんだよクソバカ!!』


「暴言祭りじゃんwwwwwwwしぬwwww」


『もういっそ死ね!!殺すぞ!!!』


ひいこら言ってる馬鹿を叩いて…待て、叩いた?当たってない?当たってるな?これ髪の毛だな?え?無限解いたの?いつ???


「あ、水早く打ち上げろよ」


『何時解いた!?』


「サイレント爆笑でもう維持出来なかった」


『早く言って!?』


「無限解いちゃった、ごめーん☆」


『クソバカ許さない』


もし今呪詛師が来たらどうするんだこの馬鹿白髪。慌てて窓に駆け寄り鉄扇の中の水をありったけ取り出した。
そのまま上空に昇らせて、印を組む。


『縛裟・驟雨』


────ぱらぱら、と小さなものがぶつかる音がして。
それからさああっと、上空から私の呪力に充ちた雨が降り始めた。


「………」


『………』


印を組み、ホテルの周辺一帯に水を配分する私を蒼がじっと見つめている。
しっかりと水を雲に紛れ込ませ、安定した所で印を解いた。
黙っていた悟がゆっくりと口を開く


「………呪力量と水量から換算して、三時間ってトコか」


『馬鹿め、見縊るなよ!!六時間だわ!!!』


「なんで命削る勢いで使うんだよ。
此方はオマエの呪力回復速度と睡眠時間と明日の帰還まで考えて算出したの」


『……いやなんで私の呪力の回復速度知ってるの…?こわ……』


「えっ、今更????」


曇りなきまなこで見るな。マジで身体の内部の情報をさらっと口にされるととても怖い。その目で見えちゃうのは判るよ?でもさ?速度まで知ってるってなるとさ、ん???ってなるよね。


「……部屋戻るか」


『そうだね、おやすみ』


傑と同室である悟に言うと、何故か首を傾げられた


「は?オマエの部屋で仮眠するけど」


『なぜ…????』


「傑起こしたら可哀想だろ」


『私は可哀想じゃない…????』


「あ、せつな取ってきてねぇわ」


『諦めろシャチの為に傑起こすな』


「つーか毎日寝てんだから今更照れるなよ、此方まで恥ずかしくなる」


『毎日部屋に拉致る犯人が何を言っているのだろう…????』


どいつもこいつもぬいぐるみに私の名前を付けるな。
とは言え傑を起こす訳にもいかず、仕方なく悟を連れて部屋に戻った。
私は個室だった。理子ちゃんからすれば家族である黒井さんと過ごす最後の夜であるし、邪魔もしたくなかったので個室を選んだのだ。今はそれが別の意味で役立ったと言える。
ベッドに近付いた悟が窓を開けた。
静かに降り注ぐ人為的な雨に手を伸ばす様を横目に、私は三時間切り抜ける為のケータイを充電器と繋いだ。


「……なんかさぁ」


『ん?』


「……人の呪力に包まれるって、へんなかんじ」


『ふーん』


「オマエの呪力だからかな。そわそわする」


『へー』


嫌なら寝ろ。
私は今からテトリス三時間耐久するから。雨粒の付いた手をじいっと見つめると────悟は、それを舐めた。


『…………………………えっ』


「……あま、い…?え、呪力が?」


『うわ………』


やべえ奴だ。雨粒舐めたぞ。しかも私の呪力に充ちた雨粒だぞ。やめてよ。なんでそんな事になった?
ああ、疲れてんの?寝て?これ以上やらかす前に寝て?普通に考えて人の呪力舐めるとかこわいからね???
ドン引く私に悟は何故か、にっこり笑った


「つまりオマエは喰ったら甘いのか!」


『寝て????????』


聞けば二徹だった。急いで寝かし付けた。













────呪術高専、筵山麓。十五時。
護衛対象と共に結界内に到着。


「皆、お疲れ様。高専の結界内だ」


傑が笑顔を浮かべた。
理子ちゃんと黒井さんも安堵した表情を浮かべ、しかし黒井さんはその後僅かに顔を曇らせた。


「刹那」


『ん?』


「…答えは、決まったか?」


悟にそっと問われ────私は、頷いた。
それを見た悟がふんわりと微笑む。
……何だろう。嫌な、予感が。


「二度と御免だ、ガキのお守りは」


「お?」


理子ちゃんに向けてそう呟いて、術式を解いた悟が私に手を伸ばした。
頭でも撫でる気か。
じっと迫る手を見ていると、急に悟の目が見開かれ


『────え、?』


突き飛ばされた私の目の前で、赤いものが舞う。
黒から飛び出した、白刃。
刀で貫かれた悟の背後で、口角を吊り上げているのは────


『………甚爾、さん…?』









僕のルールは嘘を吐かないこと










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