善意の核爆弾

────ぶっきらぼうだけど、優しい人だと思った。
少し意地悪で、お金を秒で消すのが得意で、ギャンブルが好きで、家族が大好きで、体術が凄くて。
疲れていたりすると萎びてんなって笑いながら肩を叩いて、掌にお菓子を置いていってくれる貴方を…こんなお父さんが居たら、良かったのになと。
────そう、思っていたのに。


「刹那!!動け!!!」


『!!』


傑の声で、氷の刃を甚爾さんに殺到させた。避けた甚爾さんを追撃する。
鳥居の上に着地した彼に、頭上で作成した氷塊を叩き落とした。


『なんで…なんで、なんで、なんで!!!』


「おいおいお嬢ちゃん、俺でも判る程呪力が乱れてるぜ?どんな時でも呪力は一定…呪術師の基本だろ?」


『黙れよ!!なんで裏切った!!!』


「何で?…んなモン考えなくたって判るだろ?」


氷塊を斬って捨てた男が嗤う。
私を嘲笑う様に、酷く軽薄な、笑みで。


「金だよ、カーネ。
────闇サイトも俺の仕業だって言ったら、泣いちゃうかぁテディちゃん?」


瞬きの間に刃が迫る。
それを避ける行為に意味はない。だってこれは、私じゃ躱せないから。
ならば────当たるしかないのなら、道連れだ。


『縛裟・終式────絶対零度』


切れ長の目が見開かれた。逃げるつもりだろうか、でももう遅い。
…脇腹に、日本刀が突き刺さる。その刀を呪力で留め、甚爾さんの腕を掴まえた。


逃れる前に、殺す。


氷で身体を覆いきる────瞬間。
甚爾さんが横から吹っ飛ばされた。


『!』


「刹那!」


『……絶対零度、中断。行動可能。…行ける。追撃する?』


「…絶対零度は止めろって言ってんだろ……怪我は?」


『凍らせる』


どうやら甚爾さんを吹っ飛ばしたのは悟だったらしい。パキ、と身体を瞬時に覆った氷を払いながら、悟は泣きそうな顔をしていた。
脇腹を貫く刀を引き抜いて患部を凍らせる。


『……悟、大丈夫なの?』


「問題ない。ニットのセーターに安全ピン通したみたいなモンだよ。
…刹那、オマエも傑を追ってくれ。アイツは天内を連れて天元様の許に行った」


『………』


悟の刺された箇所に手を伸ばした。
呪力を僅かに流し、表面の血を固める事で簡易的な止血を行った。その場凌ぎにしかならないが、ないよりマシだろう


「助かるよ」


『……甚爾さんは』


「俺がやる」


────冷えきった声に、息を詰まらせる。
…悟に、甚爾さんの相手をさせたくはない。しかし、悟以外にあの人を止められる者は居ない。
少しだけ俯いて、それから蒼い瞳を見据えた。


『……無理しないで』


「オマエがな。……行け」


背中を押され、白虎に乗って高専内に飛び込んだ。
最優先は傑との合流。
行き先は────高専、最下層












────薨星宮・参道


エレベーターの前で佇むメイド服の女性を見掛け、そっと声を掛ける


『黒井さん』


「!桜花さん、ご無事でしたか!」


『はい。夏油と理子ちゃんは?』


「この奥へ。…私は、行けませんので」


泣きそうな顔で微笑んだ黒井さんを暫し見つめ、鉄扇からさとるっちを取り出した。
そして不思議そうな顔をしている彼女に抱えさせる


「あの、これは?」


〈ネコダヨ!〉


『呪骸です。現在高専は内部交戦状態、五条が応戦していますがどうなるか判りません。
その子は五条の無限を使えます。
…貴女が逃げる時間稼ぎぐらいにはなりますから』


「……理子様が居なくなるのに、私の…生きる意味は、あるのでしょうか…?」


パキ、と高い音を立てて顔に張り付いていた氷が落ちた。
…咄嗟に発動した不安定さが救いとなったのか、絶対零度ほど体温は下がらず、また少しずつ体温も戻り始めていた。それでもあちこち凍り付いているが。
冷えきり悴んだ手をそっと、涙を溢す黒井さんの肩に乗せる


『……理子ちゃんは、死んだ様に生きる貴女なんて、見たくはないと思います』


「!」


『……失礼します』


……悟は、私の決断なんて聞いてどうするつもりだったのだろう。
結局あいつは助けるプランを練っているというだけで、詳細を教えてくれなかった。
正面で口を開けて待つトンネルを潜る。


光の奥。
其処に居たのは泣いている理子ちゃんと、微笑む傑だった。


『傑、理子ちゃん』


「ああ、刹那。無事で良かった」


「刹那!え、氷まみれ!?」


『現在解凍中です。触るととっても冷たいよ』


泣きながら駆け寄ってきた理子ちゃんに抱き付かれ苦笑する。
倒れそうになるのを背後から傑が支えてくれて、安堵の息が漏れた。


『ありがとう傑。倒れたら砕けちゃう所だった』


「ひいっ!?」


「え、刹那。動かないで。ぜっっっったいに動かないで。理子ちゃん、ゆっくり離れてね」


『ママ真顔じゃん』


「刹那」


『ごめんなさい』


ぽとりと氷が落ちるのを、静かに見つめる。…悟は、無事だろうか。
あの人は、どうなったのか。
…そういえば、理子ちゃんはどうするのだろう。
私の答えは…必要として貰えるんだろうか。


「……刹那」


『うん?』


「あのね、私────」


理子ちゃんに呼ばれ、ゆっくりと其方に目を向ける。
その瞬間、目の前で。


『────は、?』


理子ちゃんの、頭が。
頭、から、血が。


「ハイお疲れ、解散解散」


拳銃を構えた、あの人を見て。
倒れ込んできた理子ちゃんを抱き締めたまま、もう何も考えたくなくなって────










「ハーイお疲れ!!刹那はストップ!!何でもかんでも絶対零度で片付けんなって悟くんいっつも言ってるでショー!?!?
なーんで判ってくんねーかな!!もうこうなったら毎日洗脳しちゃうんだからね!!ぷんぷん!!!!」










…血塗れの悟が甚爾さんの背後からめちゃくちゃテンション高く現れて、絶句した。
文字通り血塗れ。額からも口からも赤い液体が流れている。シャツもぐっしょり血を吸っていた。やばい、目がイッてる。
甚爾さんを追い抜きスタスタ近付いてきたかと思うと、悟は膝を着き、凍り付く私の手を上から優しく包み込んで微笑んだ。


「刹那、天内理子をどうしたい?」


『…どうも何も』


この子はたった今、あの人に撃たれたのだ。もう、私に出来る事はない。
ピキ、と床に氷が走る。
それを踏みつけて、悟が首を振った。


「助けたかった?それとも、見殺しにする気だった?」


「悟、幾ら何でもその言い方は」


「傑は黙ってろよ。刹那、言っただろ?」


熱い手が氷の剥がれた頬を包む。
ギラギラとした蒼が、答えを示せと輝いていた


「俺は刹那を助けてあげるって。────答えろ、刹那」


目の前が滲んで、暖かなものが滑り落ちた。抱えたその子をせめて氷で傷付けない様に、そっと位置を直す


『……助けたかった』


理子ちゃんは多分、それを私に言おうとしてくれていたのだ。
だってあの時、この子は凄く良い笑顔だった。自分の事を妾じゃなくて、私って言っていた。
ああ、これならエレベーターの所に居る黒井さんに、良い報告が出来そうだと。
そう、思ったのに。


「ウン。じゃあ、助けてあげる」


目の前で、悟はにっこりと笑った。


『……え?』


「ちゃんと選べたイイコには、御褒美がねぇとな」


悟は何でもない事の様にそう言うと、理子ちゃんの手を取った。
そして、鉄扇を私に握らせると────


「てーい☆」


「エッ」


『』


────鉄扇の中に、理子ちゃんをぶち込んだ。
言葉も出せない私の前で、悟がウッキウキで鉄扇の中に手を突っ込んだ。
口角を上げたまま、悟が低い声で何かを紡ぐ


「五条悟の権限を行使。天内理子を“放出”。複製素体に人格は不要」


……こいつは一体何をしているのだろう。
ただ見つめる事しか出来ない私達の前で、にいっと笑った悟が鉄扇から腕を引き抜いた。


────無表情な理子ちゃんと、その理子ちゃんに腕を掴まれたぐったりした彼女が引きずり出されて。
……頭部から滴る赤に、込み上げる吐き気をぐっと口許を押さえる事で耐えた。


「うん、完璧」


どさり、と投げ出された理子ちゃんに傑が駆け寄る。
その傍に佇む無表情の理子ちゃんを上から下まで見て、悟は頷いた。


「命令だ。天元様と同化しろ」


「御意」


温度のない声で応え、門に向かって歩いていってしまった理子ちゃんを見送る。
…もうダメだ。色々パンクしそう。
結局何も、私は。
傑に抱えられた理子ちゃんに凍り付いた手を伸ばした時、


「じゃーん!!見てみて!!
これ一回やってみたかったんだー!!!」


悟があんまりにもうるさいので、ノロノロと視線を上げ、て………










「天内は生きてまーす!!さっきのは甚爾がペイント弾でヘッドショットしただけでーす!!!
というかこの護衛任務、大体俺が仕組みましたー!!!!
ねぇビックリした?俺一回死んだんだけどビックリした!!!
あ、気になるなら天内の脈測ってみ?ソイツフツーに気絶だから!!!
あっははははははははははオマエら全員だーまされてやーんのー!!!!!!!!」









────ドッキリ大成功♡と書かれたボードを持っている五条悟と伏黒甚爾が居たんだが、ちょっと殺して良いだろうか










ねぇどんな気持ち?どんな気持ち??











五条→戦犯

甚爾→共犯。脅そうとしたらテディが避けない上に自爆技使ってきてビビった人。
吹っ飛ぶ時に柄から手を離したのは優しさ。

刹那→SAN値直葬一歩前

夏油→「」








この護衛任務の間、戦犯と共犯は“一度も嘘を吐いていない”。
“本音しか言っていない”のにこんな事態を善意で引き起こす恐怖。

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