とある一人の哀れな男2

「ボス、随分キナ臭い依頼が来たぜ」


「んー?どんなの?」


「星漿体の暗殺依頼」


五条が持つセーフハウスの一つを訪れた孔は、リビングのテーブルでシュークリームを齧る五条に書類をヒラヒラさせた。
拭く事もなく伸ばされた手にティッシュを乗せる。
口を尖らせて手を拭った五条の口許のクリームもティッシュで綺麗にしてやってから、孔は今度こそ書類を渡した。


「時雨って俺のお父さんだっけ?」


「こんなデケェ息子は居ねぇよ。ほら、飲み物危ないから避けるぞ」


「へーへーお父さん」


「もう良いよお父さんで……」


面倒になった孔はそう返しておいた。そもそも伏黒が親戚の叔父みたいな態度で接しているのが可笑しいのだが、五条の本人曰く半猿認定とやらも大分狂っている。
五条が名前を覚えたら、それは有象無象の猿から一歩人に近付いた半猿。部下となった孔もそこに位置している。
それは判るが部下はあくまで部下であって、甘える対象ではないのだが。


こう…なんだろう、五条を見ているとつい世話を焼きたくなるのだ。


十六歳がシュークリームを掴んだ手で重要書類を触ろうとするんじゃありません。
汗をかいたコップを持ってうえ…って顔をするなら拭きなさい。子供か。ああ、子供だった。でもそれは五歳児がするやつ。


「そういや俺パパもママもテディベアもお父さんも居るな。ウケる」


「父親渋滞してるんだが大丈夫かその家」


「ママの二股じゃね?ママヤリチンだし」


「ママがヤリチン…???」


ママが…???どういう事…????
テディベアを何故家族にカウントする…??
宇宙を背負った孔を見る事もなく、ペラペラと書類を捲っていく五条。
ソファーの上で長い脚を組み替えたかと思うと、サングラスを掛けた顔が此方を向いた


「甚爾も呼ぼう。やるでしょ、作戦会議」


────呼ぶ、というか五条と孔が逆に呼び出され、向かった先は予想通り競馬場だった。
黒いキャップとダボダボのパーカーと菫青のデニムを履いたサングラス姿はモデルの様で、背後にスーツの男をSPの様に引き連れて歩いてきたものだから伏黒は笑った


「お忍びモデルみてぇになってんぞ」


「呼び出しといてそうそうご挨拶だなオイ。調子どうよ?惨敗?」


「うっせーな、今度は当たんだよ」


「大体未成年をこんなトコに呼び出すなよ伏黒」


幾ら上背があっても五条は未成年だ。そして内面が幼い。おまけに顔も綺麗だが幼い。
そんな子供をこんな場所に連れ込むのはあまりにも悪影響だろうと苦言を呈すと、伏黒は切れ長の目を丸くした。
それから五条に向き直る


「なんだ、お前また保護者増やしたの?」


「増やしてねぇよ。勝手に増えんの。時雨がお父さんになった」


「爛れた家だな」


「マジそれ。ママがぶちギレんの目に浮かぶわ」


「…今からでも関係性変えない?」


「じゃあ親戚の伯父さん?」


「俺が上?」


「甚爾がオニイチャンは嫌じゃね?」


「オイ」


「確かに」


「オイ」


だらだらと三人で話しながら横並びに椅子に腰掛け、走り出した馬を眺める。
前の椅子に脚を乗せた五条の脛を孔が叩いて、彼は渋々脚を降ろした。


「んで?作戦会議って?」


伏黒が呼び出しの理由を問うと、五条がにんまりと笑った。


「星漿体の暗殺依頼が来てるんだと。それの妨害」


「星漿体?」


「天元の肉体初期化に必要な適合者だ。
それをしなきゃ天元は“進化”して人為らざるモノになり、何れ人間の敵になる可能性もある。
そんな事態を防ぐ為、五百年に一度そいつらと同化して初期化を図るんだと」


「へぇ、メタルグレイモンなら良いけどスカルグレイモンになったら困るから、コロモンに戻してやり直すって事ね」


「なんだそれ?」


「えっ、時雨デジモン知らねぇの?人生損してんね」


「八割がた損して来たお前に言われたかねぇわ」


「…そりゃ否定しねぇけど。甚爾に言われると腹立つー。ハズセ」


「当てんだよクソガキ」


キャップの上からがしがしと頭を撫でられて、五条が不満そうに声を上げた。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ五条を眺め、孔はしみじみと呟いた


「小生意気な甥っ子ってこんなんなのかなってのが良く判った」


「だろ?判った時点でお前もコチラ側」


「うわぁ……こらボス、脚を席に乗せんな」


「だって俺脚長ぇんだもん」


「我慢しなさい」


「ママか」


「伯父さんだわ」


五条に途中立ち寄ったコンビニで買ったフルーツサンドを渡し、孔は話を続ける事にした


「依頼人は宗教団体“盤星教”代表幹部の園田茂。星漿体の遺体を本部まで運んでくる事が依頼内容だ」


「つーか天元様関連ってトップシークレットだろ?呪術師でも簡単に探れねぇ事も多いのに、何でその盤星教?の幹部が初期化なんて知ってんの?ソイツ呪詛師?」


「多分な。そこら辺詳しくは聞かなかったが。表向きは非術師の宗教団体だから呪術師も手を出せない。
逆にあいつらはこっそり呪詛師を雇って目的を達成したいって訳だ」


「ふーん。…まぁトップシークレットが非術師の宗教団体に流れてるって事は、腐ったミカンの中に内通者が居るのは確実だな。問題は、誰が任務に当たるかなんだよなぁ」


フルーツサンドを食べながら五条が呟く。


「情報の秘匿性の高さから考えて、フリーランスは使わない。
護衛って内容からメンタルのタフさと非常事態への柔軟な対応が出来る術師を当てたい筈。強いのは当たり前。出来れば接近戦に持ち込まれても平気なヤツ。そんでもって護衛のメンタルに気を遣えるタイプも多分固い。
人数としては最低限二人、欲張って三人。万全を期すとサブも欲しい。
そしてその呪術師同士が連携を取れるのは必須事項。……そうなると大分的は絞れてくるな」


つらつらと並べ始めた五条を孔は信じられないものを見る目を向けた。
……フルーツサンド爆食いしてる幼女みたいな顔の身長190超えの男子学生ってだけでアレなのに、まぁ少しの情報で頭が回る。
驚く孔を伏黒が笑ったが、次の瞬間には馬券を投げた。また大金は紙切れになったらしい


「………うん。本格的に邪魔しよう」


ぺろ、と唇を舐めた五条が笑った。
赤い舌が潤いのある唇を妖艶に這い、低い声が確信を持った響きで踊る


「この任務、俺と傑と刹那に来るよ」












「坊、何でそう思った?」


俺の問いに坊は目を瞬かせた。
まるで何でそんな当然の事を聞くのか、と言った顔。
プラスチック容器のココアを時雨から受け取って、坊はぴっと白い指を立てる。


「まぁ俺は純粋に強いから。無限での護衛は正直相当なイレギュラーじゃなきゃ突破出来ないよ」


次に中指を立てて、鋏の様に動かした


「傑は俺と同じぐらい強いし、胡散臭いけど何時も笑ってんだろ。俺が護衛対象丸投げ出来るし、そもそもアイツの術式なら小回りが利く」


薬指も立てると、ゆらゆらと手を揺らす


「刹那は強いけど、俺ら程じゃない。ただ手数が多い。それと愛想がある。気も遣える。
俺と傑を前衛に置いて、刹那に護衛対象を護らせれば先ず難攻不落。
万が一が起きて俺と傑が潰れても、アイツは術式で蜃気楼作れば自分と護衛対象を逃がすぐらい簡単なんだよ。…逃げるかどうかは別として」


「なんだ、お嬢ちゃんは案外強いのか」


「なに?俺のテディちゃん雑魚だと思ってたの????」


「体術が」


「ああ。それは雑魚」


一瞬でキレて一瞬で鎮火した。逆隣で時雨がドン引きしてんのがアホほど面白い。


「刹那はさぁ、イイコ過ぎんの。理性で考え過ぎて足許の可能性を見ないタイプ。聞き分けが良すぎる。反転を使えないのも、使えるとも限らない反転に時間割くなら順転の精度を高めたいから、なんだよ。欲が無さすぎる。
…知ってた?アイツの術式って、実は一番大量虐殺に向いてんの」


「………お嬢ちゃんが…?」


あの人畜無害みたいなへにゃり顔で甚爾さーんって手ぇ振ってくるチビが…???恵と津美紀と手ぇ繋いで唄歌ってるガキが…???
驚く俺を笑って、坊はサングラスの奥の目を細めた


「俺が猿を全部殺すとすれば、それなりの場所から術式ブッパしなきゃでしょ?傑だって呪霊大放出でも時間が掛かる。
────でもさぁ、刹那は違う。
アイツ、海に自分の呪力ちょこっと混ぜて印を組めば、日本って国ぐらい簡単に殺せるよ」


「……呪力切れは?」


「元の呪力量も俺ほどじゃないけど多いし、そもそも水なんてカップをちょっと揺らせば中身は全部揺れるでしょ?それと一緒。


海に呪力を流し込んで、意図的に津波を起こして国を沈めるぐらいアイツにとっちゃ簡単なの。


……だから、腐ったミカンと桜花って実は集団自殺したくて刹那にちょっかい出そうとしてんのかなって最近思ってる」


「それ、上に伝えりゃ少しは良い待遇になるんじゃねぇか?」


「伝えればそれは大変だ!孕ませて動けなくしよう!ってジジイが鼻息荒くするだけだから却下。
これまで通り、水を運んでひいこら戦ってますって体で通す」


「…と言ってもその子は報告書を上げるんだろ?明らかに厄介な呪霊をさらっと倒して怪しまれるとかはないのか?」


「へーきへーき。上のクソジジイ共って老眼だから、基本報告書読まねぇの。
一回こんな雑魚専用任務を俺に回してんじゃねぇクソジジイ潰すぞって報告書出したけど呼び出しもなかったし」


「何してんのお前」


「あとちょいちょい報告書の保管庫に不審火が放たれてるから、紙の情報は残ってない」


「何してんのお前」


「大丈夫、バックアップは俺が全部持ってるよ!」


「何してんのお前………」


時雨が崩れ落ちた。
不審火って言った割にバックアップ持ってる時点で犯人は俺だと自白してるんだが。
堂々と偉いだろ?みたいな顔で此方を見る坊に、たまたま持っていたチョコをやった。上層部のクソが苦しんでいるのは気分が良い


「なにこの子、下手したら呪詛師より呪詛師じゃね…?」


「言ったろ?普通じゃねぇって」


「常識と倫理は…?」


「あるぞ。息してねぇだけで」


「それはないって言うんだよ…」


「呪詛師サイドのお前が一番マトモなの面白過ぎねぇ?」


「お、俺アータリッ」


「「は?」」


小さな紙を見ていた坊が突然声を上げ、その紙を俺に押し付けた。いや何時買ってきたのお前。


「ほい。あげる」


「……おまっ、これ凄ぇ額になるぞ?」


「それあげるから、作戦手伝って。
めちゃくちゃイイコト思い付いた♡」


────天使の様な顔をした子供は、酷く無邪気に笑った。










歯車は廻る









五条→保護者がどんどん増える人。

甚爾→叔父さん。

孔時雨→伯父さんになった。

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