懐玉に一閃

────五条悟の所有するセーフハウスにて。


「…完全に計画書だな」


「急いで作ったんだよ…ボスが急かすから」


「善は急げってありがてぇ諺もあんだろ?良いじゃん、パソコン作業上手くなって」


「あの舌引っこ抜きてぇ」


「あっかんべー」


「ははは、腹立つぅ」


時雨とじゃれている坊を尻目に計画書に目を通す。
護衛対象の宿泊するホテルと、それ以降の行動をバラして呪詛師を誘き寄せる理由は何だ?
正直護衛なんて怠い仕事は何事もなくさっさと終わるのが楽だ。
そこにわざわざ自分から面倒なイベントを増やすのは何故なのか


「坊」


「ん?」


「呪詛師を誘き寄せる理由は?」


「ああ、それ?暇潰し」


「は?」


思わず二度見した。サングラスを掛け直した坊は平然と頷く


「だって星漿体って中学生のガキなんだってよ?ずっとホテルに閉じ籠って護衛とか無理。
それなら呪詛師襲来イベ欲しいじゃん」


「なにがどうしたらそしたらなのか…」


「んでさぁ、映画とかであるだろ?ヒロインが誘拐されるヤツ!
刹那は呪詛師なんてそもそも瞬殺だし、触られたら俺が殺しちゃうからナシ。
でも星漿体誘拐させたらこのゲーム終わるし……ああ、そうだ!星漿体って護衛居たよな?そいつ拐わせよう!」


「なんでそうなる…」


「え?企画モノだよ?張り切るでしょ!!」


「おまえ……ほんとおまえ………」


時雨が項垂れた。
そんなにマトモなのに、何でお前が呪詛師側なの?
呪術師が呪詛師思考で呪詛師側がマトモって、世の不思議の象徴みてぇな光景だ。首を捻りつつゆっくりと茶を飲んだ。
イカれた坊は勝手に時雨のパソコンを弄り始めた。当たり前に許可なんて取らない。
やっぱり常識と倫理は息をしていない様だ


「へぇ、コイツ金持ってんじゃん?どうせなら搾り取ってブタ箱にブチ込むか」


「お?マジ?」


金の単語に反応して画面を覗き込む。
何処から調達したのか、裏帳簿やら詐欺やら色々集めた汚い証拠というヤツを見て、坊の薄い唇はにんまりと吊り上がった


「護衛拐わせて、コイツのプライベートジェット使って沖縄行かせよう。んで、俺らも奪還の為に沖縄に行く。
時雨は今の計画詰めて依頼人に提案して。
沖縄の理由を聞かれたら、そうだな……交通網の発達した東側に運ぶより、術師の予想外な事をした方が隙を作れる、とかそんな感じのご託並べてやって。
その辺りの必要経費以外は、甚爾と時雨が好きにして良いよ」


「お?太っ腹だな坊」


「そもそも俺のじゃねぇし。…あ、アレね。金取ったらちゃんと証拠を警察に突き出して。
俺らの任務開始の時には本部に警察が突入してるぐらいがベスト」


「そりゃ良いが…呪詛師の集め方は?こっそりが良いか、裏掲示板で大々的に集めるか。どっちが良い?」


「んー…掲示板に載ってれば、此方のメンタルは揺さぶれるよね。特に傑は削れる。良し、適当な金額で載せといて。期限もソッチに任せる。
位置は俺がちょいちょい連絡するから、それ載せれば馬鹿は食い付くでしょ」


「それって内部に裏切り者が居るってバレねぇ?」


「ん?裏切ってねぇもん。
俺はゲームの製作者と知り合いなだけだし、企画もしたけど内容はほぼ知らねぇ。
傑と刹那は絶対に死なせないし、俺も一緒に危険な目に遭うんだから裏切ってなくね?」


「屁理屈……」


「俺は“宝物”を裏切ったりしませんー。ちょっと護衛任務で沖縄旅行したいだけですー」


激しく屁理屈だが、これを本気でそう考えているんだからどうしようもない。
ドン引きする時雨を放置して、はっと坊が此方を見た。
何だ、取り敢えず嫌な予感しかしねぇ


「そうだ!甚爾、殺し合いしようぜ!!」


「おまえどうした???????」


コンビニ行こうぜのノリで殺し合いを提案されるなんて生きててあんのかこんな事。
固まる俺にかくりと首を傾げる坊。俺からすればお前がとてもふしぎ。


「五条の術式で赫があんのは知ってるだろ?」


「あー、術式反転だっけ?」


「そ。反転術式にも通じるそれを俺はまだ使えない。
…でもそれを使える様になれば、俺は事実上“最強”になる。
そうすれば特級呪術師の打診も来る。
特級になれば五条の掌握は今より簡単になるし、傑と硝子も万全に囲い込める。アイツらのお気に入りも安全になる。


それに、特級って立場と五条の権力を使えば────不安定な刹那の立ち位置にも手を出せる。


禪院の派閥だろうが関係ねぇ、アイツは俺のもの。俺の宝物なんだから。
俺の刹那を大事にしない家なんか、アイツには必要ない。
力さえあれば、毎日毎日桜花のきったねぇ手を叩き落とす日々とオサラバだ」


……それ、結局はお嬢ちゃんの為じゃねぇのかとか。そこまでしたいって事は、男として好いてるって事じゃねぇのかとか。
それならもう少しやり方ねぇのとか。
様々な言葉が脳裏で渋滞したが、こいつの情緒は一歳なので黙っておいた。
赤ん坊にオトナのアレコレを理解しろと言うのは無理がある。


「ルールとして、俺は任務中術式を解かない。そんで高専に戻ってくるまでずーっと気を張り続けて、甚爾と殺し合い。
反転術式って自己修復の極致だろ?それなら極限状態で瀕死に陥れば、生存本能爆上がりで嫌でも呪力の核を掴める筈だ。
甚爾、マジで殺しに来てね。遠慮は要らねぇ」


「そりゃ依頼ならやるけどよ、根拠は?」


「前に死にかけた刹那」


さらりと呟いて、坊はパソコンを時雨に戻した。


「アイツ、前に呪霊にぱっくり裂かれて死にかけたんだけどさ。
魂のルフランかまされ掛けて、そんで術式を初めて正しく使えたんだよ。それまではアイツずーっと水遊びだったから。
呪術師にとって死ってのは一種のアクセルだよ。受け入れず、逆にそれを踏み込めれば────次の段階へ進化出来る」


テーブルに熊の影絵を作った坊は、それを見ながら呟いた


「…刹那と傑のルールは、そうだな。“星漿体を生かすか殺すか”にしよう」


「うわ…」


「なんつー惨い二択を……」


そこを堂々と突き付ける辺りマジで呪術師。ドン引く時雨に坊は熊を向けた。


「何で??星漿体護衛ってさ、護れっつってる癖に、実際死の祭壇に生贄運ぶ御輿になれって事でしょ?
俺は全然良いよ?生贄が泣いても背中を押せる。突き落として、先に地獄で待ってて♡って餞別にウインク出来る」


「なんつー不謹慎」


「でも傑と刹那は無理じゃん。
傑はソイツが嫌だって言ったら逃がす、とか言いそうだけど、選べねぇじゃん刹那は。
そういうトコだよ。自己評価底辺だから、誰かを選ぶのがクソ下手。
────だから、選ばざるを得ない状況を作ろうと思って!」


「発想がクズ」


「助けてやる事も出来るよ?
でも傑だけだと星漿体を逃がすだけ、だから天元様が進化する。此方はノーマルエンドね。


でも簡単!


刹那が俺に、億の猿の命なんてどうでも良いから星漿体を助けて悟くん♡って言ってくれれば万事解決!
だって刹那がこのゲームのハッピーエンドルートの鍵だから!!」


「億の命を捨てさせる時点で鬼畜」


「お前実はアイツらに恨みでもあんの?」


「え?愛しかないけど。
よーし、任務中刹那のメンタルめちゃくちゃにしよ。それなら幾ら優柔不断でも選ばざるを得ないし」


「愛しかない…????」


「ねぇ俺ボスにするの早まったんじゃね?愛って何だっけ…???」


「笑顔で爆弾投げる事じゃね?」


「それで俺が死に戻りして術式反転を使える様になればウルトラハッピーエンドルートでーす!
死んだ筈の俺が戻ってきて傑も刹那もゲロ吐くほど泣いて喜ぶ!!ついでに硝子も夜蛾も泣けばオールオッケー!
……つーか俺が反転術式掴めずに死んだら一気にバッドエンドだな?ま、なんとかなるか」


……不安しかない。
へらっと笑う坊に時雨と二人、目を合わせた












「────という経緯です。いや、大変申し訳ない……」


私達の前で土下座しているのは見知らぬ男性だ。
呪符で覆われた尋問室には、今複数の人が詰めていた。


土下座する呪詛師仲介役。
隣で天逆鉾を背中に押し付けられ万里の鎖でぐるぐる巻きにされた主犯@(反省の色ナシ)
同じく万里の鎖でぐるぐる巻きにされしらーっとした顔で胡座をかく主犯A(反省の色ナシ)


それを見下ろすしすせの三人と胃が痛そうな夜蛾先生。その隣で固まる私、語部。
……いや、護衛任務来たなって思ったのよ?
どうなるのかなとは思ってたのよ?
でもさ?


まさか星漿体護衛任務を五条悟が自作自演するとは思わないじゃん?????


お前夏油と刹那ちゃん騙してる間どんな顔してたの?理子ちゃんが黒井さん拐われて泣きそうな顔してんの見てどんな気分だったの?
てかお前自分で仕組んで死にかけたの?甚爾さんとあんなに仲良くしておいて殺し合いしたの?は???
嘘でしょ?は???????


は???しか吐き出せなくなった脳味噌のまま、無言で佇むしすせの三人の様子を窺う。……無表情。ですよね!!
流石にこれは許せないよね!!!!


「悟、つまりお前は私達を騙していたのかい?」


「?騙してねぇよ。計画を立てたけど、呪詛師がどの辺りで来るとかどんなのが来るとかは知らなかったし」


「それは屁理屈っつーんだよクズ」


「なんで?言わなかっただけだろ?」


「それが問題なんだよ…」


夏油が頭を抱えた。
三人の真ん中に立つ刹那ちゃんは無表情で、無言。
……大丈夫だろうか。
心配する私の思いを踏み躙る様に、五条が口を開いた


「でもこれで天内理子は助かったし、俺は“最強”になった。甚爾も裏切ってない。大団円だ、ウルトラハッピーエンド。刹那もそう思うだろ?」


……あ、地雷踏んだ。
それは私でも判った。
無表情だった刹那ちゃんが、一度俯く。袖に隠された掌がキツく握り込まれ、硝子ちゃんがそっと背中を撫でた。


『……悟はさ、“最強”になる為に、この任務を仕組んだの?
私達に言わずに、甚爾さんと組んでこんな事したの?』


「?そうだけど」


何の他意もなく、はっきりとそう返した。
そんな五条に、刹那ちゃんは、


『……もう、良いや』


泣きそうな顔で、微笑んだ。
その今にも涙を溢しそうな微笑に、五条が目を見開く


「刹那?え、なんで…?なんで、そんな顔……」


『…ごめん。暫く顔見たくない』


そう呟いて、刹那ちゃんは部屋を出ていってしまった。
硝子ちゃんも後を追い、最後に夏油が五条の前に立ち、静かに口を開いた


「…悟。理子ちゃんの生死をずっとあの子に悩ませて、お前はそのあと、あの子の目の前で伏黒先生にお前と、理子ちゃんを演技とは言え殺させているんだぞ。
……そんな仕打ちを受けた人間が、自分が“最強”になる為にやったんだと言われたらどう思うか…良く考えろ」


そう静かに告げると、夏油も部屋を後にした。
酷く困惑した表情の五条を両サイドのおじさんはあーあ、と言わんばかりの顔で見ている。
良く見たら土下座のおじさんアレだな?原作で暗殺任務甚爾さんに持ってきた孔時雨だな?
いやこの人が一番反省してんのなんで?なんで呪術師側困惑した馬鹿とあーあ、みたいなプロのヒモなの?逆じゃね?


「……悟」


「……せんせ」


ゆっくりと夜蛾先生が五条の前にしゃがみ込んだ。
酷く狼狽えた五条の額を小突いて、先生は真っ直ぐに蒼を射抜く


「お前の行動が、お前の一番護りたい者の心を傷付けたんだ。反省しろ」


「…なんで?何でだよ!
俺が“最強”になればアイツらを護れる!!正式な特級任命には赫を使える様になるのが必須だってジジイ共が言ったから!!
だから甚爾に頼んで死にかけたんだ!!
天内だってホントはどうでも良いけど、傑と刹那が望んだから生かした!!
特級になれば最近しつけぇ桜花の老害も少しは黙るし、硝子に手ぇ出すジジイの孫も潰せるし、傑に懲りずに縁談持ち込む猿を蹴散らせるって思ったから!!!
この計画だって、全部アイツらの為なのに、なんで…!!なんで、アイツらあんな顔……っ」


「なんでお前はそれを言わんのだ………」


ほんとそれ。言えよ。
なんで普段意味判んないくらい重い愛情開けっぴろげにする癖にこういう重要な事言わないの????せめてそれを最初に言っておけば刹那ちゃんあんな顔しなくて済みましたけど???
お前が言い方変えればまだこんなどん底にならなかった筈ですけど???
報連相知らないの?意見交換の意味知らないの??馬鹿かな????
むっと顔を顰めてマジ泣き五秒前みたいな顔になっている五条の髪をがしがし撫でて、先生は言い聞かせる様に言った


「…取り敢えず、刹那と傑は休ませる。暫くは距離を置け、良いな?」


「………顔見たい」


「謝るにせよ何にせよ、二人には今は時間が必要だ。待てるな?」


「……………………ウン」


子供かな???????
つーか大体お前の所為だな?????
白目を剥く私は、数時間後にしすせトリオが居なくなる事を知らない。








掌の水は留まらず








刹那→実はこいつが一年前に死にかけた事が計画の発端。おこ…?

夏油→おこ。

硝子→おこ。

夜蛾→なんで言わんのだ…

語部→おこ。

五条→そうでもない事はペラペラ話す癖に重要な事は言わない。処理能力が高い所為で自分で片付けちゃうから、やっぱり人の気持ちを鑑みずにやらかした馬鹿だとしか思って貰えない。
頑張ってたのにね。

この計画は、五条なりに一生懸命考えた結果の博打だった。

尚刹那達の気持ちは度外視。五条本人の気持ちも度外視。
五条が死にかけたって聞いたら三人がどう思うかとか、一年前に自分は冷たいあの子を抱えてどう思ったかとか、大喧嘩の原因とか、そこら辺は含まれていない。
ひたすらに自分が“最強”になる為の最短距離を機械みたいに考えて、計算して、駆け抜けた結果がコレ。

甚爾→自分に似た部分のある甥っ子(仮)を放っておけなかった結果、間違った付き合い方をしちゃった人。

時雨→甥っ子(仮)にずっと「ちゃんと相談しな?」と言い続けたけど、五条との関係性がまだちゃんと出来上がっていなかった為言葉が届かなかった人。

目次
top