人になりたい神様は

────六日目、呪術高専前。


『んー……帰って来たーって感じ。お帰り二人とも、ただいま皆』


「お帰りお前ら、ただいまお前ら」


「お帰り私達、ただいま皆。…さて、まず何処から行こうか」


ゴロゴロとキャリーケースを転がしながら石畳を進む。時折ひょこっと顔を出す野生のさとるっちの頭を刹那が撫でて、夏油は眩しそうに少し目を細めていた。


「…ぶっちゃけさぁ、一番あのクズが謝るべきなのは刹那なんだよな」


『え?』


「アンタは許したのかもだけど、それはそれで面倒になるよ。刹那、アンタはもう少し欲張んな」


────刹那が長く怒るのが苦手なのは、諦めるからだ。
相手に何かを求めるのは無駄だと、手を伸ばす事を止めてしまうから。
恐らくそれは自己評価の低さから来る悪癖で。相手が自分なんかに何かを返してくれる筈がないと、そうやって自分を護って生きてきた証拠で。
自己評価が低いから、自分以外の全てに価値を見出だす。いざとなれば底辺の自分を差し出して、自分より価値のある他人を護る。
その判断を悲しむ人間が此処に居るのだという事なんて、すっかり彼方に吹っ飛ばして。


…矢鱈と刹那に決断を迫った五条も、それをどうにかしたくてそんな荒療治に出たのかも知れない。


「…アイツは泣き死にそうな程気にしてんのに、アンタはもうなぁなぁで終わらせたい。そうなると、今度は宙ぶらりんなアイツの罪悪感が腐って悪い方に進むよ」


『………怒らないと駄目?』


「怒んなくても良いけど、ちゃんと腹を割って話した方が良い。刹那は自分の気持ちを素直に口にするだけで良いんだ。
アンタがちょこっと手を伸ばせば絡め取ってくる程度にはねちっこいから、話し合いも拗れずに済むだろ」


「じゃあ私達はあとで話し合えば良いか。刹那、先に悟と話しておいで」


『うえ……嘘でしょ?私一人で…?』


嫌そうに顔を歪めているが、実際その方が上手くいく筈だ。
五条は元より愛が深いタイプの男だ。本人の自覚有る無し関係無く、愛する女ともう一度手を繋ぐ為なら指先一本差し出しただけで取っ捕まえて引きずり込む。
夏油が屋根の上に居るすぐるっちに五条の場所を聞いている。ジェスチャーによるとやはり奴は家に居るそうで、私は刹那に家の方向を指差した


「今日は連絡もないし、家に居るんだろ。私らは夜まで時間潰すから、馬鹿とちゃんと話し合いな」


『………』


「刹那、無理だなって思ったら私に電話して。その時は三人でディズニーランドにでも行こうか」


夏油が笑ってそう言うと、刹那もつられる様に小さく笑った。


『……判った。話してみるよ。連絡したら迎えに来てね』


「勿論。じゃあ、また後でね」


「おー。夢の国のオススメ土産調べとくわ」


『呼ばれる気満々じゃんwwwwww』


噴き出す様に笑った刹那が手を振って家の方に歩き始めた。
その姿を見送って、私はゆっくりと来た道を戻り始めた。夏油も後ろから着いてくる


「仲直り出来ると思う?」


「大丈夫だろ。お互いに腹を割って話せばいける」


というか、五条は仲直りするには全てを白状するしかない。
夏油によると、こいつと五条は前以て星漿体が同化を拒否した時の話をしていたそうだ。
その時は星漿体を逃がし、天元様との戦闘も考慮して終わった、とも


「まさか、理子ちゃんのクローンを作るとはね……」


「しかもそれも刹那が助けたいって言わなきゃ使わなかった手だろ。前からだけど、あいつは強引だし極端過ぎる」


「これって正直私達に嫌われても悟は文句言えないよね」


「ほんとそれ」


完全部外者だった私からすると、とある馬鹿が任務をプロデュースして、金で教師に裏切った演技をさせたという認識。
でも夏油の心境を入れれば親しくしている教師が親友を刺したという減点が付くし、刹那から見れば自分が引き入れた教師が親友を刺し、自分を刺し、おまけに自分の呪具を使って目の前でクローンを作られるという悲劇がプラスされる。
この時点でマイナスが天元突破だというのに、最終減点は目の前で、教師が生きたいと願った少女にヘッドショット。
もう完全に有罪。斬首でも可笑しくない。


「血塗れでドッキリ大成功♡とか斬新な縁切りでしかないだろ」


「あれで私達が笑うと思ったんだろうか…」


「思ったんだろ、クズだぞ」


「王は人の心が判らないって何処かで聞いた事あるな」


「王?ありゃ神様だろ。人の愛し方が判らなくて、トライアンドエラーを繰り返してる真っ最中に見えるね」


改めて考えるとアイツがやったドッキリは地獄でしかない。
馬鹿なのかアイツ。
溜め息を吐き、隣を歩く男を見上げた


「そういえば、アンタが旅行したいって言い出したのもビックリしたよ」


「そう?」


「アンタは溜め込むタイプだと思ったから」


部屋に籠城かなと思った奴が、実は一番思いきった反撃をかましたので驚いたのだ。
それを言うと、夏油はゆるりと微笑んで返した


「そうしようかなと思ったんだけどね。…刹那が泣きそうだったでしょ。だから、此処から連れて行っちゃおうと思って」


「母は強しってヤツ?」


「うん、そうかも。楽しかった?」


「当たり前。…あーあ、私が言わなきゃ今日まで九州に居たのにな」


「また行こうか。今度は悟も一緒に」


「五条の事許してやるの?」


「ちゃんと仕返ししてからね」


「一枚噛ませろよ」


「勿論。…さて、夜まで二人で何処に行こうか?」


笑って此方を見る夏油に私も笑う。
電話はきっと、来ないだろう。













「……………………………………………」


『あ、ただいま。久しぶり』


リビングのソファーでフレーメン反応みたいな顔をする悟にひらりと手を振って、部屋に向かう。
取り敢えず部屋にキャリーケースを置いて、土産袋を手にリビングに向かった。
そのままキッチン傍の冷蔵庫にお土産を入れていく。
他は後日届くそうなので、後は洗濯機を回すだけ。
…でも今は、フレーメン反応のネコチャンとの和解が一番だろう。
カップを二つとココアとコーヒーの粉を取り出した。


『傑と硝子は夜に戻ってくるよ』


「……………そっか」


『うわ、声ガラガラじゃん』


悟のココアには最後に蜂蜜を入れ、テーブルに置いた。
向かいのソファーに座るとへにょりと眉を下げたが、気付かなかった事にした。


『…正直言うとね』


ソファーに寄り掛かり、口を開く。


『もう別に怒ってない』


「え………」


『怒るのって苦手なんだよね。疲れるし。…なんか、どうでも良いなって思っちゃうし』


元来怒りの感情を長く持ち続けられない性質なのだ。なので今回もやはり、というか。悟が私達の為にやらかしたのも知ってしまった以上、怒りは鎮火されてしまった。今あるのは何とも言えないモヤモヤした感覚のみ。
…腹を割って話せ、と硝子に言われたので今の気持ちを伝えたのだが、これで良いのだろうか。


コーヒーを一口飲んでからゆっくりと正面を見たら────悟が声もなくぼろぼろと涙を溢していて、死ぬほどビビった。


『えっ?悟?なんで?え????』


慌ててタオルを涙の止まらない目許に押し付ける。乗り出した体勢では拭きにくくて悟の隣に移動すると、がっしりと肩を掴まれた。


「…せつなは……おれが、どうでもいいの…もう、いらないの?」


『え゙』


なんで?どうしてそういう発想に至ったの?私そんな事言ってないよね?
困惑する私の肩を強く掴みながら、悟は口を開く。


「だって、そうだろ…?せつながおこらないのは、どうでもいいから…だろ…」


『違うよ。言ったでしょ。疲れるから怒るのは好きじゃないの』


「……ちがう。違うよ。オマエが怒るのが苦手なのは、諦めるからだよ」


ぼろぼろと涙は零れ続ける。
それでも蒼は、揺らめきながらも私を捉えていた


「期待したくないから…傷付きたく、ないから…だから、怒らないんだろ?
それなら…俺のことも、諦めてんじゃん…」


大きな手が、指が食い込む程強く肩を掴む。


「諦めんなよ…もっと欲張れ、俺を欲しがってよ…
俺は欲しいよ。傑と硝子と刹那のこと、全部知りたい。だから、ねぇ…教えてよ」


声は震えながらも、はっきりと言葉を紡いだ


「赫を使える様になったら、特級に任命するって、言われてた。
…特級に、なれば。そしたら、五条の当主に近付くし、オマエらを今よりもっと護れる。
……そう思って、時雨から暗殺の話を聞いて、計画を立てた。
時雨は、甚爾に裏に強いパイプが欲しいって言って、手に入れた駒。
……赫を掴むには、死にかけるしかないって思った。だから、甚爾に俺を殺してって依頼した。
……オマエをずっといじめたのは、“選ぶ”事に慣れてほしかったから。
オマエは選ぶ側だって、猿なんかよりずっと大切な命なんだって、わかってほしかったから。


……ねぇ、刹那。
俺に、刹那のきもち、おしえて」


『………………』


深く息を吐き出す。
時雨さんが言ってはいたけど、根本的にはやっぱり私達の為にやらかしたのだ、この馬鹿。
甚爾さんに理子ちゃんを撃たせて。
自分も沢山血を流して。挙げ句一度死にかけて。
……私達の気持ちなんて、考えないで。


…どうしよう、頭がこんがらがりそうだ。


苛立ち混じりに前髪を掴むと、その手をそっと髪から剥がされ、優しく握り込まれた


『…もう少し待って。今整理してる』


「整理すんな。そのまま俺にぶつけて」


泣きながら、蒼が覗き込む


「俺が傷付けた。だから、俺にぶつけて。俺に、治させて」


つ、と目の前で涙が頬を伝った。


「お願い、刹那」


それを静かに見つめながら、時間を掛けて瞬きをして。
ゆっくりと口を開く。


『……理子ちゃんの命と他の人の命を天秤にかけられて、こいつ人間じゃないなって思った。
何度も何度も嫌な質問されて、こいつ私の事嫌いなのかなって思った』


「………………」


『…甚爾さんが悟を刺した時、何にも考えられなくなった。
私が引き入れた人が、私の親友を、刺して。私も刺されて。お金の為に、裏切ったって、言われて。
……めぐ達に、どう言えばって。私が、私が引き入れた。私の所為だって』


「……刹那…」


『悟に甚爾さんの相手なんて、頼みたくなかったよ。
だってあんなに仲良しだったじゃん。あんなに可愛がってくれる人を、裏切り者として倒せなんて、嫌だったよ。
でも私は弱いから、悟に任せるしかなくて。
ごめんねって言う事しか出来なかった』


そっと大きな手が頬を撫でた。
……そこで泣いていた事に気付いた


『黒井さんは、理子ちゃんの居ない世界で生きる価値はあるのかって、言ってた。私はそれが羨ましかった。…良いなって思った。
……そのあと、理子ちゃんを撃たれた時。
…………もう、良いやって思った』


「………うん」


『頭が真っ白になって、何にも考えたくなくて。
そしたら、悟が来て。
……いきなり死んでる理子ちゃんを鉄扇に放り込んで、クローン作って、倒れてる理子ちゃんには見向きもしないで。
…怖かった。ああ、今の悟は私達なんてどうでも良いのかなって、思った』


「………ハイになってた。ごめん」


『…そのあとドッキリ大成功とか言う看板出されて死ねって思った。死ねって思った。殺すぞって思った』


「ウン……笑ってくれると思ったんです…ごめんね…」


『馬鹿だなマジで情緒死んでんのか。
………そしたらさぁ。
“最強”になる為にこの任務を仕組んで、私達に言わずに、甚爾さんと組んでこんな事やったって言ったでしょ。


…私達がさ、悟が死にかけたって聞いて、何も思わないと思ったの?


泣かないと思った?怒らないと思った?心配しないと思った?…傷付かないって、思った?
散々悟は私達に愛してるって言うのに、私達が悟を愛してないと思ったの?
私が、悟の為に泣かないって、思った?』


「刹那……」


『ああ、私達の気持ちなんて、どうでも良いんだなって思ったらさ………もう良いやって、なるよね』


────もう良いや、は私にとって魔法の呪文だ。
もう良いや。どうでも良いや。諦めようって。
今まで深く意識はしていなかったけど、桜花では良くそう思っていた気がする。
……それを今回、悟に抱いたのだ。
それがどうしようもなく悲しくて、悔しくて、痛くて、つらくて、嫌で堪らなかった。
取り留めもなく思ったことを口に出した所で、気付いた。
どうやら私はかなり、ショックを受けていたらしい


『……今気付いたんだけどね』


「なに?」


『お前の所為で私ズタボロだな?』


「ごめんなさい」


『殴っていい?』


「好きなだけどうぞ」


『……首絞めたいって言ったら?』


「それでオマエの気が晴れるなら、いいよ」


首を傾げ、柔らかく微笑む悟に溜め息を吐く。
……出来る訳ないだろ。
たとえどんな仕打ちを受けても、大事な人の首を絞めるなんて、そんな事。


『女の子の命を取るか万人の命を取るかずーっと悩まされて、目の前で仲の良い教師が親友を刺すのを見て、その教師に刺されて、助けようってやっと決められたのにその子を目の前で教師にヘッドショットされて。
……冷静に考えて、私は闇堕ちしても許されるのでは…?』


「だめ。堕ちないで。堕ちるなら俺のモノになって」


『堕ちさせてんのはお前だわクズ』


「クズで良い。いいよ。
だから、猿殺すなら俺を殺しに来て。猿なんかじゃなくて俺を欲しがってよ」


いや命が欲しい訳じゃないの。というかあんたをさらっと殺せたら誰も苦労しないの。
やっぱりあとで殴ろう。
悟が私の前で居住まいを正し、ゆっくりと口を開いた。
真っ直ぐに此方を見つめ、真摯に呟く


「ごめん。刹那がこんなに傷付くなんて思ってなかった。ごめんなさい」


『………』


「俺はただ、刹那と傑と硝子を護りたかった。最近またジジイ共がちょっかい出してくるから、早く力が欲しかった。
少しでも早く、オマエを桜花から引き離したかった。
……本当に、ごめんなさい。
オマエに許されたい。どうしたら良い?どうすれば、許してくれる?」


『………』


「オマエらが居ないと胸が痛い。家に居ても教室に居てもオマエらが居なくて……五条に戻ったみたい、で。
……さびし、かった。それで、せつなに、ひどいことしたって、きづいた。
寝たらまいにち夢の中でオマエが泣いてて、いつも、悟なんかきらいだって、いうんだ。おまえと出会わなければ、よかったって、泣くんだ。
それで、すぐるとしょうこと一緒にいなくなる。
……おきても、独りで。
だれといても、さびしくて。
胸がいたくて、ずっと、じくじくしてて。
反転術式じゃなおせなくて。
……ねぇ、せつな。
おれ、まだ間に合う…?俺のそばで、またわらってくれる…?」


ぼたぼたと涙を溢しながら、しゃくり上げながら、泣き方を知らない小さな子供の様に許しを乞う悟。
その懇願する姿を見て、何とも言えないモヤモヤが静かに消えていくのを感じた。
……やっと、判ってくれたのかと、喜びも覚えた。


……やっぱり私に怒るのは向いてない。


溜め息を吐き、すっと顔の位置を正す。
頬に触れたままだった悟の手を降ろさせて、静かに左手を持ち上げた


『歯ァ食い縛れ』


「ッ!!!!」


────呪力を込めた拳で全力を以てぶん殴らせて頂いた。
それでも大きく傾いだ程度で済んでいるのがムカつく。体幹鋼か。転がれや。
ゆっくりと此方を向いた悟の頬は赤く染まっていた。


『これで手打ちにする。許すよ』


「……もっとなぐって良いよ?首チョンパとかじゃなきゃ反転術式で治すから、好きなだけあちこち斬っても大丈夫。
刹那が望むなら、全部受け入れるから」


『恐ろしい事言わないでくれる?……殴る方も痛いんだよ。だから、もう良いの』


手をヒラヒラさせながら呟いて、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。


『今回は許すよ。ただし、次こんな事したら許さない。今度やったら……悟が一番嫌な事するね』


「ん?……俺が一番やなこと?なぁに?」


殴られてビックリしたのか、真っ赤な目だが少し涙の止まってきた悟に私は笑顔を向ける。


『次やったら、刹那ちゃんは氷になります』


「エッ」


『五条悟の目の前で、にっこり笑って氷になります。この世で一番綺麗な氷像を目指す所存。出来たら飾ってね☆』


「」


『それが嫌ならもうするなよ。無理ってんなら縛んぞ。…コーヒー淹れ直そ』


さっと席を立ちキッチンに向かう。
……何だかこういうのは自惚れみたいで好きじゃないんだが、果たして悟には何処まで効くのやら。
そっとリビングを見る。
……うさぎみたいな目をした顔面国宝が愕然とした表情でぼっろぼろに泣いていて、私は堪らず噴き出した






………少しは、この命に価値があると思っても良いのだろうか。








ねぇ神様、人になってよ










刹那→原作の最期をやっちゃうよ☆って宣言しちゃった人。
実は怒るのが苦手。この度相手に怒って良いのだと諭された。
彼女が怒りたくなる相手は、彼女を愛している者ばかりだから。
せつなの じそんしんが 5 あがった !!

五条→トライアンドエラー真っ最中。
沢山叱られて、沢山甘やかされた。
優しい人達に囲まれて、少しずつ人らしくなっている。
この度刹那と仲直りして、“呪われた”。
でも良く考えたら彼にとって幸福な呪い。

夏油→報復しましょ

硝子→そうしましょ

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