『悟、そろそろ行こう』
「はーい☆」
にっこにこで此方を見ている悟と共に立ち上がると、ごく自然な動作で抱き上げられた。すごく自然。なめらか。
負担なく丁寧にお姫様抱っこをされた私は高い位置から今日の待機組である硝子に手を振った。
『硝子、行ってきます』
「行ってくる。土産何が良い?」
「甘いもの以外」
「甘いもんの良さが判んねぇなんて人生損してんな」
「お子ちゃま舌に言われたくねぇよ。刹那に怪我させたらゲンコな」
「ハァ??????舐めてんの?刹那はんなに弱くねぇし、俺が居んのにそう簡単に触らせるかよ」
『テディちゃんお姫様になった気分』
「ピーチ姫?」
『マリオ誰よ』
「そりゃ俺だろ」
「そうやってピーチ姫連れてくのはクッパだろ。そっくりじゃん」
「あ゙???????」
『ほら悟、遅れる。行くよ』
目付きを悪くした悟に廊下を指し、硝子に笑みを向けた。
べぇっと舌を出す悟の肩を叩く。早く進め。
「ねぇ刹那、今日の任務って?」
『任務内容見てないんかい』
「刹那と一緒だなーって嬉しくなった」
『ちゃんと内容見ようね…』
「善処しまぁす」
『それ改善しないヤツ』
長い脚でずんずん進み、あっという間に校舎を出た。
正門前には既に車が待っていて、今回の任務に共に当たる七海が佇んでいた
「あれ、七海じゃん。今日オマエと一緒?」
『お疲れ様、七海。待たせてごめんね』
「いえ、集合時間丁度です。お疲れ様です、色々と」
『はは……』
何も言えねぇ。
五分前に到着する時間に席を立った筈なのに、何故か集合時間ジャストに合わせてくる五条悟…なんでそんな事するの…?五分前行動は人として当然では…?
私を降ろす事なく後部座席に乗せ、反対側から乗り込む悟。
七海が助手席に乗る間に寝転がって昼寝する体制になったのは笑った。
『寝るの?』
「着いたら起こして」
『はいはい。おやすみ』
「おやすみ」
サングラスを私に預け、さっさと目を閉じた悟。昨日は傑と桃鉄してたみたいだし、寝不足なのかも知れない。
ゆっくりとさらさらの髪を撫でながら、今日の任務内容を確認する。
視線を感じて正面を見ると、七海が何とも言えない顔で此方を見ていた。
『七海?』
「………あの、聞きたかったのですが」
『なに?』
一拍置いて、静かに七海は口を開いた。
「……貴女は、その人を許せたんですか」
『え?』
「……夏油さんから護衛任務の詳細を聞きました。
…五条さんが誰より傷付けたのは、貴女だと」
その言葉で察した。
七海は私の心配をしてくれているのだ。私が、自分の気持ちに蓋をして悟を許したんじゃないか、と。
「幾ら親しくとも限度というものが存在します。それを見誤り、五条さんは貴女を傷付けた。…貴女は許せたんですか?
その容赦は、貴女の感情を蔑ろにしてはいませんか?」
『……優しいね、七海』
「…普段世話になっている貴重な尊敬出来る先輩を、こういう時に心配せずにどうするんです?」
『ごめん、茶化したんじゃないんだよ?
…心配してくれてありがとう、嬉しい』
人の膝で爆睡かます問題児の髪を梳く様に撫で、此方を見ている七海に笑みを向けた
『……悟ね、私がもう気にしてない、怒ってないって言ったら号泣したの』
「……それは…」
『悟曰く、私は諦めるから、怒らないんだって。あー、確かにって思った。
それで、もっと欲張れ、俺を欲しがれって泣いたの』
「犯人が抜かして良い台詞ではありませんね」
『犯人wwwwwwwww』
七海が過激派だった。これは傑と硝子に言おう。きっと傑が喜ぶ。
『そんで、その時に結局あんな事したのも私達の為っていうのを知っちゃって。
…方法が壊滅的にヤバいけど、私達を想ってやったなら、許すかなぁって』
「洗脳されてませんか?」
『そもそもこいつ生きてるだけで怪電波垂れ流してるでしょ。五条信者は多分それに当てられたヤツ』
「……手遅れでしたか」
『ごめん七海。厳かなトーンで笑わせないで欲しい』
「貴女方は総じて笑いの沸点が低いですね」
『高度なボケかましといてそんな事言う?』
呆れた声に笑いつつ、窓の外を見る。
行き交う人々はきっと、自分の感情が時に誰かを殺す事を知らない。
彼等は今を平和に生きている。
……そうやって、私達という犠牲の上で成り立つ平和を享受して、生きている
『悟の生き方ってさ、羨ましいよね』
「………人格破綻者の無差別テロ生活が…?」
『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』
「静かにして下さい、下手人が起きます」
『ほんとなんでそのトーンで殺しに来るのwwwwwwwwwww』
「勝手に貴女が被弾するんでしょう」
終始冷静な七海に腹筋が殺されそう。
下手に動くと悟が起きるし、笑い過ぎても駄目だしでまぁしんどい。まさか七海が笑ってはいけないを開催するとは。
なんとか笑いを抑え、動かなきゃ人外レベルで綺麗な男を見下ろした
『悟、私達への執着が凄いじゃない?』
「引くレベルですね」
『それもさ、絶対に諦めたくないからって事でしょ?…正直めちゃくちゃタフだなって思う』
私達の事を一つも取り零したくないから、見え過ぎる眼で頭痛が起きるまで観察する。私の事を手離したくないから、私が諦める事も許容せず、無理矢理でも本音を引きずり出して、絡め取る。
絶対に諦めず、絶対に捕まえる。
そんなの、どれ程強靭な精神で挑まないとならないものか
『何処までも自分に素直に生きるのってさ、実は難しいでしょ』
「そうですね」
『諦める事が得意な身からしたら、悟は眩しいんだよね』
普段愛情で遠慮なく潰してくる事が多いが、それも悟の素直な感情だ。
私達を愛しているから、健やかである事を求める。
私達を愛しているから、良いと思ったら率先して行う。
報連相が抜けているのは、話す必要性が頭からすっぽ抜けているからだろう。
全部俺がやるんだし言わなくても良くない?みたいな考え方。
やり方が大分斜め上にカッ飛んでヤバいのは、効率を追いかけ過ぎて自分の心すら蔑ろにする所為。今回もそう。
極めつけには常識と倫理が息をしていないので、ストッパーがないのだ。
故に自分を殺すなんて博打も打ったし、軽率にメンタルを殺すドッキリをかましてきたのだろう。
もう少し愛される側を思いやって欲しい。心臓に悪い。
『……悟はさ、私にとっては劇薬みたいな存在なんだよね』
「……毒、ですか?」
『毒であり、薬でもある。……トラウマに爪立てて、割り開いてそこにお薬だよ♡って愛情流し込んでくるタイプ』
「それはただの毒では?」
『ははは、何も言えねぇ』
七海が眉間を揉んでしまった。
ごめんね、悩ませちゃって
『今回もさ、ぶっちゃけこいつが私をズタボロにして、こいつが丁寧に治療してんの』
「究極のマッチポンプですね」
『ほんとそれ。ワガママで、好き勝手に愛して、人の事めちゃくちゃにして………神様みたいな男。…嫌いになれたら楽なのかなぁ』
「無理でしょう。貴女は優しすぎる」
『そこ断言しちゃう?』
「その人の愛は、心の奥に根を張り巡らせるタイプの毒花ですよ。
もう寄生させてしまったのなら、後は花を咲かせるのを待つだけです」
『花って?』
「……気付きたくない事を容易につつくのはお勧めしませんが」
七海の言葉に小さく息を吐いた。
ああ、そういう事ね。把握した
『……ぶっちゃけさ、恋って怖くない?』
窓に頭をこつんとぶつけ、呟く
「突然ですね」
『当人達で幸せになるのは良いよ?けどさ?』
────脳裏に浮かぶ。
黒塗りの、幸せそうな人達。
判っている。すべてがああではないのだと。
それでも。
呪術界では悟曰く“ガチャ台”であると認識されている女の身としては。
知らない誰かと、自分が何時かそうなるというのはどうしても
『……要らない命を生み出す関係って、汚くって、気持ち悪くない?』
七海は何も返さなかった
心を殺さぬ赦し方
刹那→家族になる関係性が苦手な様だ。
七海→刹那と硝子は単品なら尊敬しているし信頼している。過激派である事が判明した。
五条→毒であり薬である男。