蟻の努力は搾取され

淡々と報告書を仕上げていく。
全く同じ呪霊なんて居ないのだし、意味があるのか、なんていうのは少し思ってしまうのだが


「終わった?」


『あとちょい』


「おっそ。丁寧に書いてんなよ。どうせジジイ共老眼で読めねぇんだし」


『後から報告書見てうわ、字ぃ汚いって思いたくないんで。ジジイじゃなくて私の為ですね』


「チッ、真面目ちゃんかよ」


『普通でしょ』


今日の祓除を思い返しながら紙面を黒く染めていく。
隣で頬杖を付く悟は暇なんだろうか。確か朝から任務に行っていた筈だけど


『これってさ、正直意味あるのかな』


「あん?」


『…同じ呪霊なんて居ないでしょ?祓いました、以上で良くない?』


「へぇ、オマエでもそんな風に思うんだ?」


『何件も連続で行かされるとね、少しは不満も湧くよね』


今日は朝から一級、二級、二級と立て続けだった。組んだのが傑、灰原、七海とだったのがせめてもの救い。
面白がる様な顔で此方を見ていた悟は、机に脚を乗せて首の後ろで腕を組んだ


「まぁ、こういうのはデータとして蓄積されて術師の家とか上層部に回されるからな。俺らみたいに現場で動いてる下っ端には判りにくいだろ」


『データ?…何に使うの?』


「都内だとさ、密度の高い呪霊になるだろ?それは純粋に人口密度による呪いの濃度だ。
じゃあさ刹那、辺鄙な土地の呪霊は弱いか?」


『んー…?そうでもない…?』


一度行った村では、その村の人々の念が呪霊となり、村人を襲っていた。
確か等級は準一級。七海と行ったんだったか。
それを話すと、悟は頷いて椅子を揺らした


「土地柄の信仰が呪いになるなんてザラだろ?山岳信仰、処女信仰、天狗信仰、水神信仰、悪魔信仰……両手の指どころか足の指入れても足んねぇぐらい溢れてる」


『……処女…?』


「カミサマには男に股開いてねぇ綺麗なカラダを捧げましょうってな。
オイオイ処女厨扱いしてやんなよ神様カワイソーだろ」


『言い方ぁ…』


「つーか生贄っつったって実際自然災害で死んでたり、口減らしの対象を人柱っつー御大層な名前付けて埋めただけだろ。
人身御供と人柱は別物って説もあるけど俺からすれば一緒だっての。


其処で死ぬから負の感情が溜まる。


祓っても祓っても“此処は人が死んだ場所だ”って猿共が思っている限り、ずーっと負の感情の溜まり場になり続ける。無駄。
其処は永遠にダークエリアだもん、もう滅ぼせよ。
つーか神様って不浄は嫌いだろ?血と肉捧げんのってテメーらで神様汚してない?
信仰してます♡とか抜かすその手で血ィ擦り付けてカミサマ堕とすの??
ダイナミックに二律背反かますじゃん???オマエらアタマ大丈夫????」


あれ、此処はどうだったっけ?
七海が斬ったって事でいっか。


「そもそも白羽の矢だって、どっかから飛んでくる矢を生贄の催促だって勝手に考えて娘を捧げてたけど、矢を放ってたのは実は怪物でしたーってオチだろ?


思ったんだけど怪物と神様の違いって何?


人間に恵みを与えるか与えないか?
それも猿の身勝手な判断基準が基だろ?
神様だって荒御魂と和御魂があるじゃん。
荒御魂は災害を呼ぶ神の側面だろ?
生命を奪う、つまり荒御魂は猿の言う怪物じゃん?じゃあ神様は怪物だよね?
オマエらの大好きな神様と大嫌いな怪物は何がどう違うの?


つーか矢が飛んできたからって娘を捧げるオマエらこそ怪物だって、何で気付かねぇの?


そもそも自然崇拝だって勝手に恐れて崇めて負の感情を集めるだけのお手軽呪霊製作キットにしか見えねぇわ。
────ねぇ刹那聞いてる?」


『ん?そうだね、今日はおいなりさん食べたいな』


「全然聞いてねぇじゃん」


だって話が長い。
それに声のトーンからして、そこまで重要じゃなさそうだったから。
あんたが大事な話をする時は声が低くなるんだよ。今のは軽かったから、考えもせず難しい事を並べただけだ。こいつそういうトコある。直せ。


「おいなりさん?食いに行く?」


『作る?』


「業者じゃねぇんだぞパス」


『いや何個食べる気だよ』


「俺と傑で三十ずつはいくね」


『ブラックホールかな?』


「男子高校生の胃袋はブラックホールなんだって語部が言ってた」


『そっか』


「あと性欲が猿だって」


『お前は女の子とどんな話をしてるの…?』


「あと黒髪で脚が綺麗な女のAV勧められた」


『語部さんは何があったの…???』


これ聞いて良い話?そもそもそういう話は傑とか黒川くんとやりな?
何で語部さんとしたの?そしてそれを何故私に伝えた???


「そもそもAV観ても勃たねぇんだけど」


『傑に言え』


「でも生理現象としてはあんのね。気持ち悪いんだけど」


『医者に行け』


「つーか猿の交尾映像で勃つって思われてんの癪だわ。今度語部に奢らせよ」


『女の子に猥談持ち掛ける男ってなんなの…?』


「あ、傑の今のブーム知ってる?人妻洗脳寝取りモノだって。本棚の奥に隠してあった」


『ママの性癖バラすなよ馬鹿…』


知りたくなかったわ傑のマイブームなんか。しかも地味にやばい。
溜め息を吐いた私をケラケラ笑って、悟が人のポケットに手を突っ込んだ。
引き抜かれる手には小さな包みが握られていて、それを見た悟は嬉しそうに顔を綻ばせる


「お、これ食いたい気分だった。ありがと」


『どういたしまして』


口の中にチョコを放り込んで、悟はまた話し出した。
トーンから推測するに、今度は重要な話の様だ


「呪術師に派閥があるってのは前に話しただろ?」


『うん』


「辺鄙な土地の呪霊とかってさ、大体だけど、なんとなく系統とか似てくるんだよ。
此処は産土神信仰がある土地だから、信仰が足りなくなって堕ちたカミサマが居る可能性アリ、とか。
此処は龍神への人身御供が沢山あった川だから、生贄の感情と周りの猿の思い込みによる情報で“そうあれかし”って外見補強された呪霊が、伝承通り龍の形を取っている可能性アリ、とか。


────要はさ、分布図。
ポケモンであるだろ?ピカチュウのすみかがマップに出るの。


それと一緒だよ。
ジジイ共が仕入れた情報を基に話し合うんだ。
此処はこういう呪霊が出る可能性がある。
クソ面倒で危険な任務だから、御三家は避けよう。じゃあ誰を向かわせる?
そうだ、この間一級になった一般出身のアイツにしよう!
……後日、腕だけになった一級術師が戻ってきました。
でも一般出身なので、誰も痛手は負いませんでした。めでたし、めでたし!」


悟がすぅ、と息を吸う


「……胸糞悪いそれを、上は平気でやるよ。オマエらと、腕章着けてる奴は俺のお気に入りだからそんな任務に回されたりしないけど。
それでも一般出身の後ろ楯のない呪術師ほどそういう・・・・任務に行かされる。
そいつらの報告書を元に、呪霊分布図を作り上げていく。
でも情報は下に還元されない。作った分布図は上と御三家で共有されるんだ。
そっから下に…正しくは上と御三家が自分の派閥の家に情報を回す。避けられた任務が転がる先は情報弱者んトコだ。
断る権力も、判断する情報もねぇ術師は行くしかない。たとえ等級偽装されてる任務でも、もたらされた情報が本物だって信じるしかない。
…優先的に危険度の高い任務に放り込まれるのは何時だって一般出身だ。
だって後ろ楯がないから。
極論どんな扱いをしたって、文句は言われねぇってな」


冷たい顔でそう言うと、悟はゆるりと目を細めた


「…そういう点では、俺は五条の生まれで良かったよ。オマエらを護るのに力は大きな方が良い」


『……私達護るのに疲れてない?』


「いいや?最近はね、楽しい。俺がこんな眼と術式持って産まれて来たのは…きっとオマエらの為なんだって、思えるから」


悟は酷く嬉しそうに、笑っていた。
大きな手がそっと私の頬を包む。親指の腹で目許を撫でて、ほんの少し首を傾けた


「ずっとね、思ってた。
なんで俺がこんな眼を持って産まれたんだって。なんでこの眼だけでクソめんどくせぇのに、相伝術式まで持ってるんだって。
…他の奴は羨ましいって言うけどさ、何時も思うんだよ。


じゃあオマエ、人の顔どころかその身体に刻まれた術式まで視える眼で、普通に外歩けると思ってんの?って


普通に外歩けば見たくもねぇ猿共の中身まで視えるし、空から足許からビルの壁まで呪力まみれだ。
サングラスで視界ゼロにしたってサーモグラフィーみてぇに視えるのに。そんな世界が、羨ましいの?
……俺を羨ましいって言うけどさ、俺からしたら、オマエらの“普通”が羨ましいんだよ」


『悟……』


「刹那、俺はね。今が生きてて一番楽しい。オマエらに会えたから。
此処に来て、俺はただの“五条悟”になったんだよ。
機械じゃなくて、人になれたんだよ。


俺は硝子と傑と刹那に救われたんだ。


…だから、今度は俺の番。俺がオマエらを護りたい。
五条って俺を苦しめるだけの荷物が、こんな眼と術式がオマエらを護る盾になるなら。
特級なんて面倒しか増えねぇ等級で、オマエらを救えるなら。
……俺はそれを全部利用して、護るよ」


『………』


それじゃあまるで、私達が悟を利用する為に近付いたみたいだ。私達はただ友達として関わっていたいだけなのに。
悟の権力とか、正直どうでも良いのに。捨てられるなら、いっそ捨てて欲しいぐらいなのに。
言いたい事が伝わったのだろう。
眉を寄せた私に擽ったそうに笑って、悟は首を振った。


「だーいじょうぶ。もう俺だけで勝手にやらないよ。…大体の計画は練ってある。
勿論刹那にも協力して貰うから、覚悟しとけ」


『当たり前。前から思ってたんだけど、あんたは私を甘く見過ぎなんだよ。
私だって特級の最下層なら倒せるんだぞ。最強コンビには敵わないけど、普通の術師よりは死ににくいんだっての』


「あ?女護って何が悪いんだよ」


『え』


思わぬ返答に目を瞬かせる。
え?私女だったの?テディベアじゃなくて?…テディベアじゃなくて???
……おまえ私を女だと認識しておきながらこんな距離感なの…????
宇宙猫を召喚する私に首を傾げ、悟はべろんと下目蓋を捲ってきた


「血の気ねぇなと思った。やっぱ生理?
最初は血の臭いするから怪我してんのかと思ったけど、腰に手ぇ置いたら楽になったーって顔したし」


宇宙猫がチェーンソーを手に立ち上がった


『……………………表出ろ五条悟』


「え?なんで?やだよ」


きょとんとするな元凶。
女の子に生理か訊ねるなとあれほど………














「しりとりしようぜ。夏油傑」


『また傑しりとり?ルリカケス』


「スーパーでブロッコリー買ってる傑」


『案外普通…?……ルート』


「トンボ追い掛けてる傑」


『普通だな…?…ルーペ』


「ペンギン振り回す傑」


『ペンギン…?…ルームシェア』


「蟻踏み潰してる傑」


「一気に危なくなってきたじゃん…ルール」


「ルービックキューブ壁に投げ付ける傑」


「もうやめてあげなさいよ刹那が可哀想でしょ」


何処にしりとりを人名で全部る縛りにする奴が居るのか。
ペンギン振り回すって何だ。蟻を踏むな。ルービックキューブ投げるな。そんな事するなんて逆に夏油どうしたんだよ。しりとりを夏油の行動で切り抜けるな。
任務帰りの車の中で、私にしりとりを邪魔された五条は口を尖らせた


「何だよ歌姫も混ざりたいの?仲間外れ寂しいとかバブちゃんかよ」


「アンタは!いい加減!敬語を!使え!!」


「知ってる?敬語ってね、相手を敬って使う言語って書くんだよ?
歌姫の何処に敬うべき点があるか箇条書きで十個書き出せたら使ってやろうか考えてやっても良いけど。どうせないでしょ?」


「あるわ!!十個ぐらい!!」


五条と話すとまぁ腹立たしさしか生まれない。イラつく私を見た刹那が苦笑いしている


『歌姫先輩、落ち着いて下さい。五条は何時もこうですから…』


「刹那…人名縛りしりとりとか意味判んないものは文句言って良いのよ…?」


『ああ、そういうルールなのかなって思って返してました。前もやったし。
ペンギン振り回す傑って何なんでしょう?面白いけど』


「それは私も思った」


いやこの子良い子過ぎるな?
良いのよ?文句言いな?人名縛りしりとりとか不公平過ぎるからね?しかもるって頭可笑しいからね?
よしよしと綺麗な髪を撫でると嬉しそうに笑った。
ああ、かわいい。
この子と硝子と結が私の癒し…


撫でていたら反対側から刹那が引ったくられた


「私の癒し!!」


「俺のテディちゃんは俺専用でーす。他ドウゾー」


『悟…』


「なんだよ。歌姫ばっか構ってねぇで俺にも構えよ」


『……そうやって急にかわいいのやめな?』


「?素直に言うのは良い事だってママ黒サン言ってた」


『そっかぁ』


横からぎゅうぎゅうに刹那を抱き締めて首筋に顔を埋める五条に、うわ…と内心引いた。
アンタ、毎日刹那どころか夏油にも硝子にも構って貰ってるじゃない?
それでも足りないの?子供か?
愛情不足?求めてる量がイカれてるだけじゃなくて???


『んー、悟』


「なぁに?」


『私この後先輩とお茶しに「俺も」……あー…』


「何でよ!!!!」


女同士で遊びに行かせろよ!!何でお前まで着いてくるんだよ!!
睨む私を刹那の首もとから少しだけ顔を覗かせて、べーっと舌を出してやがるクソ白髪。死ね!!!!!


「ねぇ刹那、俺居たら男避けになるよ?良いでしょ?」


『悟が居ると自信ある系女子が釣れるんだよなぁ』


「刹那もブサイクな癖に自分に自信ある系チャラ男釣るじゃん。俺あんな奴等見下ろすだけで蹴散らすよ?だめ???」


『だ……だめです…』


「ねーぇー、いーじゃん。おれもいっしょがいい。だめ…???」


おい可愛い聞き方するな。刹那が断りにくくなるだろやめろ。サングラスを外すな。きゅるんとした目でその子を見るな。
……ああほら口がもにゃってなってる!!顔面で押し切るなクズ!!!!


『…………うたひめせんぱい』


「五条、今すぐにその顔を止めろ。刹那を顔面で押し切るな」


「歌姫にしてる訳じゃないんだよねぇ。
ねぇ刹那、良いでしょ?俺も連れてって♡」


『くっそほんと顔はかわいい…』


「中身もかわいいでしょ?」


『え?中身は……半分ほど可愛くないな?』


「あ?????????」


『あ、ほら。可愛くない』


「刹那♡俺かわいいでしょ?」


『さとるっちを人型にしたら悟になるっていうのが良く判る光景』


「オイふざけんなよあのクソ猫が?俺と??同じ???
はあ????刹那ちゃんちょっと疲れてるんじゃない?俺の方がかわいいでしょ?????」


「圧が凄いわね」


『猫のぬいぐるみと張り合ってるところはかわいいね』


「そう?じゃあ良いや」


「………このクズの情緒が判らん…」


『ああ、今のはかわいいって言って欲しかっただけですから』


「良く判るわね」


『慣れですね』


慣れるか?こんな情緒ジェットコースターみたいな男に?
今のもどう見たって呪骸に張り合ってる馬鹿の図だったのに?
いや無理。判んない。無理。無理(確信)


「んじゃ、俺も行くから。刹那、五条悟の好きなところゲームしよ」


『凄い無茶振りするぅ…』


「は????あるでしょ?????」


「だから圧が凄いんだよクズ」


『寝起きがかわいい』


「えっ……最初っからそんなところ攻めんの…?刹那ったらダイタン…♡」


『よし、油性ペンで落書きするね』


「ごめんね????やめて?????」


……何だかんだ刹那もやり返せる様だし、良いんだろうか。









必要な犠牲とはあるのだろうか







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