水族館ごっこ

五月は五月病、六月は自律神経の乱れ、七月は仕事に慣れ始めた故に自覚するストレス。何時だって右も左もストレスまみれ。


「やっぱ人類ってストレスと結婚してんな」


「離婚しよう」


『一生離れないわ♡』


「一生しがみつくわ♡」


「一生縛り付けるわ♡」


「大丈夫、一瞬で楽にしてあげるからね」


『死ねどす!!!!!!!!!!!!』


「あーあ、ちょっと夏油〜ストレスちゃん脳天ブッ刺しちゃったじゃーん」


「私が死んだな?」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「五条うるせー」


爆笑する悟を放置して、三人でやだねーと呟く。何時だって人は悩むし、落ち込むし、疲れている。
そしてそこから産まれる呪霊を祓う私達だって疲れる。
人は総数が多いが、呪術師は少ないのだ。だから私達は何時だって駆けずり回って疲弊している。


『というか学生でこれだけあちこちに飛ばされたらさ…?卒業したらもっとこき使われるの…?』


「やべぇな。馬車馬じゃん」


「働きなさいよ駄馬っ!!っつってジジイ共が鞭でケツひっぱたいてくんの?死ね」


「ははは。その時はバルサンしようね」


傑の言葉に全員が口を閉じ、彼を見た。


『え?ママ?バルサンしちゃうの?』


「マジか夏油。お前五条派になったの?」


「マジで!?じゃあ早速やっちゃう!?傑メンバー入り記念!!」


「バルサンは腹が立った時にやろうね。だって幾ら腐った連中とは言え老人だろ?
それなら死なない程度の嫌がらせにランクダウンしてあげた方が、後々危篤なんかになっても悟に難癖付けてこないだろうと思って」


『死ななきゃ良いの精神とはどうなのか』


「結局は上のジジイじゃなくて五条の為なの笑う」


「すぐる、すき」


「うん、私も好きだよ悟。悟は衝動的過ぎるからね、もう少し気を付けてバルサンしようね」


『気を付けてバルサン』


「バルサン止めない時点でGOサイン出してんのと一緒だな」


「ふふふ」


微笑む傑からそっと目を逸らし、咥えていたチュッパチャプスを転がす。
すると隣の席の悟が首を傾げた


「それ何味?」


『サングリア』


「美味い?」


『美味しいよ』


食べたいのなら鉄扇から出そうか?
そう問う前に、ちゅぽん、と。


「ん?何か変わった味だ」


『』


「悟………」


「常識が踏み殺されてんな」


………さっきまで私の口の中で転がっていた筈のチュッパチャプスが、五条さんちの悟くんの口の中に居る件。秒で引っ越したの?
コロコロと歯に当たって飴が軽い音を立てる。待って…?それ私がたった今まで咥え………


『』


「あーあ。刹那がひんしだ」


「つのドリルかドリルくちばしでも食らったのかな」


「え?何で?急に死ぬじゃん」


「悟はひっかく程度の気持ちだった模様」


「ひっかくが確率100パーのつのドリルとか危険すぎんだろ。マスターボールで永久封印しろ」


「なに?俺封印されんの?せめて千年ぐらいで出して?」


「千年も経ったら世界も様変わりしてそうだな」


「おやすみ悟、新しい世界でまた会おう」


「封印したwwwwwwwwww」


「少しは躊躇えよwwwwwwwwwww」


沈没した私の頭を、よしよしと大きな手が撫でる。
これは傑だ。ちょこっと顔を上げると可哀想に、と目が訴えていた。
だよね???これは訴えても私が勝つよね???
傑が深く頷いた。ママは味方。


「つーかさぁ?今年海行けてねぇじゃん?」


「確かに。任務も陸地ばっかだね」


「刹那は?」


『私は逆に海ばっか』


上層部は私を水タイプのポケモンと勘違いしている気がしてきた。
私はちょすい持ちじゃないので、幾ら水辺にばっかり派遣したって疲れない訳じゃないのだ。


『四日間海沿いを移動しながら帰ってきて、また明後日には海沿い連戦。
なんかちょすい持ちだろ?海があれば永遠バトル出来るだろ?って言われてる気分』


「ふざけんなよHPとPPは別モンだって知らねぇのかアイツら。最終悪あがき戦法しかねぇじゃん。
大丈夫?バルサンする?」


「そもそもあのジジイ共がアドバンス握るか?ポケモン知らなくてえいちぴー?鉛筆の新しい芯?とか考えてそう」


「まってwwwwwwPってなに?ブラックじゃないのwwwそれもうピンクだろwwwwwwwwwww」


「ジジイ共色鉛筆をポケモンだと思ってんの?時代取り残され過ぎじゃね?化石かよ」


『ピンクならもうピッピで良いじゃん。ゆびをふるの真似だよ。色鉛筆振んの』


「毎度だいばくはつする呪いかけてぇ」


「登場ターンで毎回更地とか害悪じゃねぇか」


『だいばくはつされるんならゴーストタイプになりたい。あ、私水タイプっぽいからダイビングするね』


「まってwwwwwwwww私ゴーストだったwwwwwwww」


「急にゲラ」


「いや、何時もゲラ」


『え、なんで私のゴーストの名前知ってんの?』


急に崩れ落ちた傑にびっくりした。
何故金銀のすぐる(ゴースト)の事を知っている?サファイア終わって今ルビーやってるけど、誰にもポケモンの名前を言った事は……あ。
きゃぴっ☆ってしてる奴が一人居る


『お前か下手人』


「傑に刹那のポケモンの名前言ったら死んだ」


「殺人だ。現行犯逮捕しろ」


「おい良く見ろよ。これは思い出し笑いで死んだんだぜ?俺は無罪でーす」


「わたししんだのwwwwwwwwwwwww」


『硝子刑事、過去に盛られた毒が今作用したと考えるべきでは?』


「やっぱり実行犯は五条。有罪」


「なんで?
ピカチュウもねずみでライチュウもねずみでコラッタもラッタもねずみでオニスズメがとりでオニドリルがにわとりだってバラしただけだよ?」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「あ、なんかね?ポチエナはじゅうけつでグラエナはおうだんだって。完全病気扱い。
ゆけっおうだん!ってそれトレーナーどんな気持ちで病気持ちのポケモンにバトルさせてんの?早く死ねって?鬼じゃね?
バトルの前にポケセン行って???」


「しぬwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「犯人が被害者の頭上から劇薬をぶちまけたぞ。逮捕だ」


『えっ、私のネーミングセンスは劇薬なの…?』


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「犯人オマエじゃねぇかwwwwwwwww」


「もうむりwwwwwwwwwwwwwwww」


結局お前ら全員ゲラ。












「あー笑った」


『解せぬ』


「大体オマエのネーミングセンスの所為」


「確かに」


「ねずみwwwwwwwww」


『だってねずみって図鑑に載ってるから』


ねずみはねずみである。可愛くたってねずみである。
口を尖らせればそれを指先で摘まんで、くちばしだと悟が笑う。


「で?結局何話してたんだっけ?」


「えーと、海行ってねぇなって話」


「あー。お前らは沖縄行ってるけど、私は行ってないしな」


『じゃあ休みの時沖縄行く?』


「どうせ休みずらされて近場に張り付けだ。ジジイ共は若人の邪魔すんのが楽しくて仕方無いみたいだし?
────そこで、だ。
俺思い付いちゃった、タノシイコト♡」


にっと笑ってウインクした悟が指を立て、揺らす。
ゆびをふる悟に三人で顔を見合わせた












夜蛾正道は、絶句した。


最近は何かこそこそ動いているしゴタゴタも起きている様だが、概ね大人しかった問題児達に胃の痛みも和らいできて、少しだけ胃薬の頻度が減っていたと言うのに。
近々行われる姉妹校交流会に向け、色々な資料を纏めねばと考えてはいるものの、間違いなくストレスは緩和されてきていた筈なのに。


────頭上を、大きな影が泳いだ。


文字通り、泳いでいった。
何が?
……鯨が。
シロナガスクジラが。


「うはははははははは!!すっげー!!傑の呪霊みてぇじゃん!!!」


「空飛ぶくじらって絵本があったのを思い出すな」


「たしか国語の教科書にも似た様なのあったっけ?」


『絵本ならめぐが持ってるよ』


大きな鯨が悠然と泳いでいく姿は確かに圧巻だ。凄いとも思う。
……それが、呪力で操作された水のレーンを泳いでいなければ、の話だが。


『はーいこれよりプールゾーンでーす。救命アイテムをしっかり握ってくださーい』


「「はーい」」


「オイコラ俺は救命胴衣じゃねぇんだぞ。オイ握るな、訂正しろオイ」


「じゃあ酸素ボンベ?」


「アレじゃないか?プールなんかに浮いてる」


「ウォーターバルーンじゃねぇよ。オマエら無限の扱い雑過ぎない???」


「丁寧に扱ったら拗ねる癖に」


「硝子、悟は文句はないけど何だか照れ臭いから憎まれ口を叩きたいお年頃なんだよ」


「は???????」


悠然と泳ぐ鯨が向かう先には巨大な水球が出来ていた。…校庭の真上である。
水のレーンを辿り、水球に間も無く突入するという所で桜花が言う


『はーい!突入しまーす!!皆避けてねー!!!』


「「「わー!!!!!」」」


ざぶん、と水球に突っ込んだ鯨の背からは歓声が響き、周囲からも声が上がった。
そこで夜蛾は胃を抑えつつ、ゆっくりと校庭に向かう。
……水球の中には大小様々な海の生き物と、知った顔が幾つもあった。


「すごい!!みてパパ!!くじら!!!」


「おー、次乗せて貰えよ」


「みんなで??パパもママもつみきも?」


「わたしも?いいの???」


「あんだけデケぇなら此処の奴全員乗せてもヨユーだろ」


「「!!!!!!!!」」


「ふふ、嬉しそうね二人とも。
それにしてもじゅつしき?って不思議ねぇ。まるで魔法みたい」


「お嬢ちゃんのはある意味特殊枠だよ。術式なんてモン、本当はもっとエグい」


〈ムカゲン カッコイイダロ!〉


「へーへー。カッコイイカッコイイ」


「ぼくも?ぼくもせつなちゃんみたいにできる?」


「わたしもやりたい!!」


「アー………………………坊に聞け。アイツ、“眼”が良いから」


間違っても呪術師はヒーローでもパフォーマーでもないので子供が憧れる職業ではないのだが。
どうやら高専の面々が、一人一体のさとるっちを連れて水中散歩をしている様だ。夜蛾は段々さとるっちの存在意義が判らなくなってきた。
認識同期によりトランシーバーもこなし、緊急時には無限で防壁と化す。すぐるっちと組めば隠密も可能。桜花が増殖させた事により数も多い。
…あの猫、便利過ぎやしないか。


「七海!!七海!!!!イルカだ!イルカが直ぐ傍を泳いでいったよ!!」


「大声を出すな灰原。アザラシが驚くだろう」


「あっ、そっか。ごめんねアザラシくん」


アザラシも鯨もイルカもクラゲも小魚も悠々と泳いでいる。なんならシャチも居る。
何をどうしたらこんな事になるのか。
夜蛾はそっと胃を擦った。


「規格外過ぎない???刹那ちゃんこの水球を維持してあの水のレーンも作ってるんでしょ…?神…?
暇を持て余した神々の遊び…?さしすせカルテットは神だった…?
いや神だろ判りきってるじゃんあの方々は現人神だぞアッ待ってもう文字だけで尊いな????
お布施!!現人神にお布施出来る神社はどちらに??????」


〈コイツ イカレテンナ!!〉


「落ち着け語部。猫にまでイカレ認定されてるぞお前」


「イカレだと?????
寧ろイカれずに呪術師が務まるか!!!!つまりこのイカレは常識の範囲!!
正しくありのままにオタクが生きてるのを神様達が笑って見てくれてるんだぞこんな素晴らしい世界があるか??????」


〈ウケル!!〉


「知ってるか五条とさとるっちって大体同じ反応すんの。つまり私は五条悟のイカれてて面白い枠に入った。
…いや待て刹那ちゃんと硝子ちゃんも面白いって言ってくれたな???
つまり私は貴重なイカレオタク枠…?ありのままの姿見せるのよ…???」


「アナ雪はまだ早いからよせ。せめて今やってるディズニーにしなさい」


長文をノンブレスで話しているのは大概五条か語部だ。夜蛾はエイに乗る語部とクラゲに集られている黒川を見付け、予想通りである事に頷いた。
いや違うそうじゃない。
現在夜蛾がすべきは状況の把握であって、楽しそうな生徒の観察ではない。


「刹那、シャチだ!刹那が来た!」


『前から思ってたんだけど、私のどの辺りがシャチなの?』


「海で祓ってる時のヤクキメた目」


『えっ』


「あの目、ゾクゾクする。かわいい」


「……ヤクキメ顔がかわいい…?」


「ヤクキメ顔の時は心臓がぎゅーってして、終わった後に夜の海みたいなキラキラの目見たら心臓がほにゃほにゃして、ぽわぽわする。どっちもかわいい」


「くっそほんと可愛いクズやめろ…」


「俺、可愛いのにクズなの…???」


『今更???』


「あ???????」


……なんだろう、ほっこりする。
夜蛾の問題児の所為で痛め付けられた瀕死寸前の心が、問題児の可愛い会話でじんわり癒されていくのを感じる。
究極のマッチポンプである。夜蛾の胃に穴が空きそうなのは大体五条悟が原因なので。


「さしすせカルテット……今度は何故こんな事をした……」


なんだろう、怒る前から情緒が疲弊している。夜蛾が深く息を吐いて声を掛けると、鯨の背から四つの頭が出てきた


「あ、夜蛾センだ」


「せんせーお疲れー」


「お疲れ様です、先生」


『お疲れ様です先生、先生も来ます?さとるっち捕まえたら運んでくれますよ』


「違うそうじゃない」


「センセー鯨の背中乗ろうぜ!潮吹きで吹っ飛ばされんの楽しいよ!!」


「話を聞け」


「先生もたまには一緒に遊びましょうよ。どうせバレないって」


「何でこんな事をしたか言え」


「そりゃあ楽しいからですね。ほら、さとるっち来ましたよ」


〈アソボ!!〉


〈ハコベー!!〉


〈イクゾ!!〉


〈ハヤクハヤク!!〉


「さとるっち、待て。運ぶな。待て」


『ははは、さとるっちも先生と遊びたいんですね』


「待て…………せめて学長に話せる理由を寄越せ…」


さとるっち複数に囲まれ、強制的に運ばれ鯨の背中に連行された夜蛾は項垂れた。
流石にこの騒動を楽しいから、で片付けるのは無理だ。幾らなんでも五条に叱責が飛ぶ。
というかまだ特級任命審議の最中であるというのに、こいつは何をしているのか。
夜蛾の視線に気付いたのであろう、主犯格はにっと笑った


「美ら海水族館ごっこ!これなら外に出にくい恵も津美紀もママ黒サンだって楽しめるし、夜蛾センだって遊べるだろ?」


「……………何故、善意が爆弾になるんだ…」


善意だった。
紛れもなく純度100%の善意だった。
教え子の「俺めちゃくちゃ考えたよ?褒めて!!」の視線が眩しい。
結局文句も注意も口に出せないまま、夜蛾は五条の頭を撫でた。










水の幸福









刹那→水族館(メイン)
夜中に密漁した。
海で捕獲→空路で高専に運搬した主犯。

五条→救命胴衣係
夜中の密漁を持ち掛けた。計画したのはこいつ。
善意でやっぱりやらかす男。

夏油→観客。
夜中に密漁した。空飛ぶ魚達を帳で隠した人。

硝子→観客。
夜中に密漁した。空飛ぶ魚達を帳で隠した人。

さとるっち→万能猫
便利すぎて最早よくわからないぬいぐるみ。


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