やっと解ってくれたんだね

空き教室の一つで、五条は携帯電話を耳に当てていた。


「やっほ時雨。魚釣りは順調?」


《お疲れさん、ボス。外道が多くてヤになるよ。テディちゃん達は元気か?喧嘩してないか?》


「だぁいじょうぶ。ちゃんと計画の事も傑と共有してるし、何なら俺の派閥の奴も巻き込んでる。
お姫様チームにはまだ言ってねぇけど、主役にはそろそろ情報開示する予定だし」


《ボスは肝心な所で言わない癖があるからな、ちゃんと一から十まで話すんだぞ》


「ウン、そうする。大丈夫、刹那を傷付けたくないから全部言う」


脚をゆったりと組み直し、窓の外で走り回る宝物を眺めながら、五条は問い掛ける


「それで?“本命”は釣れた?」


「────勿論」


優秀な部下の返事に、五条は形の良い口の端を吊り上げた。











「刹那、今日お出掛けしよ」


『うん?良いけど』


悟に誘われ、特に深く考えずに頷いた。
そして、次の一言で頷いた事を後悔した


「桜花の分家と会うよ」


『お前何言ってんの?????』


は?桜花?分家とはいえあの家の人間と会う?
え、悟何考えてんの?嫌だよ、私あの家に近付きたくない。誰にも会いたくない。
眉を寄せた私に、悟は大丈夫と笑った


「安心しろ、宗家に帰す訳ないだろ。オマエは俺のモンだ。
……刹那、桜花の分家がガキを迎え入れた事は知ってるか?」


『……知らない』


「じゃあ、ガキが相伝持ちかも知れない事は?」


『…初めて聞いた』


子供の話は初めて耳にした。
桜花は落ちぶれた家だし、そもそも私は桜花とほぼ絶縁状態だ。ただ、あの屋敷に戻った時が私の幸福が死ぬ時だと覚っている程度。


控えめに言ってクズの巣窟が、新たな犠牲者を買った。


その事に何も思わない訳でもなく、何も言えなくなった私の肩を大きな手が包んだ


「今回はそのガキと、刹那。オマエの今後の立場の確保の為の話し合いだ。…協力、してくれる?」


何処と無く不安そうな問い掛けに、思わず笑みが零れた。
…私に関する事であるならば、私が解決するのは当たり前なのに。
寧ろ、巻き込まれたのは悟の方なのに


『私の所為で面倒な事に巻き込んじゃって、ごめんね』


そう伝えると、悟はむっと表情を険しくさせた


「面倒じゃねぇよ。言ったろ、俺はオマエらを愛してるから護るの。
オマエらの事なら何でも面倒じゃねぇの。喜んで加勢したいの。
オマエ俺の愛情舐めてる?いい加減愛されてるって自覚しろよ???」


『えっ、ごめんね…?でも結構な頻度で愛情増すじゃん…?』


「毎秒増すね」


『秒』


「積み重なっていくね」


『達磨落としみたいに叩いて減ったりしない?』


「叩いた瞬間に倍になるけど良い?」


『ビスケットか。叩いて増えるのはアウト』


言葉が途切れ、何となく可笑しくなって二人で笑う。
…大丈夫、分家とはいえ桜花の人間に会うのは怖いけれど、悟が居る。
肩に置かれた手に手を添える。
私の顔をじいっと見た悟が、安心した様にへにゃっと笑った


「行こう、刹那。大丈夫、オマエには俺が付いてる」











────移動中、休憩。
立ち寄ったカフェで、車を出してくれている彼は言う


「テディちゃん、無理だと思ったら直ぐに俺かボスに言いな。桜花での君の事情はボスから聞いてる。
今から君は、トラウマと対峙する様なモンだ。宗家の人間じゃないにしろ、精神面で大分無理を強いる事になる。
だから、キツくなったら直ぐに言え、良いな?」


『はい。ありがとうございます、時雨さん』


「何でそんなにまともなのに呪詛師仲介役なんてやってたの?」


「正義なんて名ばかりのクズの温床を見たからかな」


「へぇ。何処の組織も上は腐ってるって訳ね。俺知ってる、渡る世間はクズばかりってヤツだろ?」


「鬼ばかりなんだけど、そっちの方がしっくり来るのがどうにも世知辛いよなぁ」


確か時雨さんは元刑事だっただろうか。
あの言い方だと、恐らくそこで上層部の闇を見てしまったんだろう。
コーヒー片手に苦く笑う彼に、そっとビターチョコを差し出した。


『あの、これどうぞ。諸々のお礼は後日させて頂きたいんですけど、取り敢えずこれは此処まで連れてきてくれたお礼というか…』


きょとんとした彼は私の顔とチョコを何度か見比べて、それから噴き出す様に笑った


「テディちゃんは優しすぎるなぁ。…そんなんじゃあ、ヒトデナシの巣じゃ生きにくかったろうに」


『はは……優しくはないと思いますが、まぁ、そうですね。それもあって高専に逃げてきましたし』


「俺のテディちゃんさぁ、お人好しの真面目チャンだから呪術師としては生きにくいと思うんだよね。でもこれでもまだマシになった方だよ?
前は生きてる価値もねぇ猿が死んだの見て助けられなくてごめんねって泣いてたし。
死体なんか庇って大怪我してたし」


隣でショートケーキを食べている悟がネチネチ口撃してきて耳が痛い。
前はアレだ、目の前で男の人が殺されて、罪悪感を抱いていたら実はそいつはまだ逮捕されていなかった強姦魔で、自らが集めた負の感情から生まれた呪霊に殺されたという何とも言えない事件。
もう一つは遺族の下に帰してあげたくて、幼い少女の遺体を庇って思い切り骨が折れた事件。悟がキレて全部消し飛ばしてしまった悲しい話だ。
悟の話を聞いた時雨さんが、私の肩に大きな手を乗せて、真摯な瞳で真っ直ぐに見つめてきた


「テディちゃん、命に価値を付けろとは言わねぇよ。でも、一番大事なのはテディちゃんだって事はちゃんと覚えておきな。
テディちゃんが自分の心と身体を大事にするって事は、ボスや夏油くん、家入さんを大事にするって事なんだよ」


『……………私…悟達を大事に出来てないの…?』


「いいや?テディちゃんが三人の事をとっても大事にしてるってのは俺にも伝わってるさ。
でも三人が大事にしてるテディちゃんを、テディちゃん本人が護ってやらないのはさ。三人からしたらとっても歯痒いんだよ。
だって、ボス達は君がとっても大切なのに、肝心の君は誰かを庇って怪我をする。
そうしたら、ボス達は悲しいし、なんで判ってくれないんだって怒りたくなるんだ。判るかい?」


小さく頷く私を見て、時雨さんは優しく笑った


「テディちゃんは、三人の為に自分を護るんだ。そう考えれば、幾ら他人の方が価値がある様に見えたって、自分を優先出来るだろ?
だってテディちゃんには、大好きな三人の価値も上乗せされてるんだから」


────命より大事な三人の笑顔が浮かぶ。
そっか。私、ちゃんと理解出来てなかった。


悟と硝子と傑が本当に大事なら、私は私を大切にしてあげなきゃいけないんだ。


護ってるつもりじゃなくて、護らなきゃいけなかった。
三人からの愛をちゃんと受け取っている証明になるのが、私が怪我もせず笑顔で居る事だったんだ。


『あ、ありがとう時雨さん…!!私間違ってた…ど、どうお礼すれば良いか…!!!』


「パニクってんじゃんウケるwwwwwww」


「こらボス、茶化さない。
…テディちゃん、俺にお礼したいと思ってくれるなら……そうだな」


ふっと微笑んだ時雨さんは、ケラケラ笑う悟の髪を撫でた。


「ボスの面倒を見てやってくれ。
俺は何時も一緒に居てやれる訳じゃないから、テディちゃんが無茶しがちなボスを見ていてくれると助かる」


『それは全然良いんですけど………時雨さんは何故先生じゃないんです…???』


カウンセラーになれるんじゃないかな、時雨さん。
だって私は心がこんなに楽になった。
私が私を大事にしないといけないのは強制だったけど、今の私にとっては喜んでやるべき行為だ。
私には、大事な三人の価値も乗せられている。
それが判ったら、もう身を削ってまで誰かを助ける理由はなくなってしまった。


「はは、俺に教師は向いてねぇよ。教えるの苦手だし」


「え?こんなにまともなのに???甚爾よりまともなのに????」


「アレは究極のヒモだから。アイツだって依頼はちゃんとこなすだろ?それと一緒だよ」


『嘘だ……時雨さん判りやすく言ってくれた……』


「そりゃボスが一年かけてずーっと言い聞かせてたからだよ。良くあるだろ?第三者の言葉で気付くってヤツ。
今のテディちゃんはまさにそれ。
ボスに自分を大切にしなきゃいけないよって言われ続けて、それがちゃんと定着してたけど、テディちゃんはきっと何で?って思ってたんだ。
それで、俺が今テディちゃんの納得出来る理由を投げたから、君は納得した。
だから、頑張ったのはボスだよ。帰ったら褒めてやってくれ」


「そうだぞ刹那、俺頑張った。帰ったら褒めてね」


『自己申告しちゃった。ありがとうね、悟』


「ウン」


へにゃっと笑った悟の髪をそっと撫でた。
時雨さんは此方を見ながらニコニコしている。その姿は完全に面倒見の良いおじさん。
…なんでこの人悪い人だったの???









答えはずっと君のなかにあったんだ








刹那→眼から鱗。
完全に自分の中の順位が確定した。
これでこれから先、自分の命と他者の命のどちらかしか救えない場面になった時、彼女は自分を救う事に迷わなくなった。
だって桜花刹那の命には、五条悟と家入硝子と夏油傑の命の価値も乗せられている。
やっとそれに気付けた。

五条→努力が実った。ハッピー。
これから刹那が他者より自分を優先する姿を見る度ににっこにこになる人。
これから刹那の意識改革(洗脳)の締めには時雨を使おうと決めた人。

孔時雨→諭した人(ただし呪詛師仲介役)
五条がずっと行ってきたカウンセリングを第三者からの言葉で実らせた。
五条、夏油、家入では近すぎて届かないけど、時雨ならすっと届く距離だった。
刹那からは「恐らく嫌な所を見てしまって闇堕ちした良い人」五条からは「面倒見の良いおじさん」だと思われている。

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