こじんまりとした料亭の部屋で、私達は男と子供と向き合っていた。
恰幅の良い男と、無表情な子供。
此方は悟を奥、真ん中に私、端に時雨さんの布陣。
男は机を挟んだ正面に腰を降ろした私を見て、ゆっくりと頭を下げた。
「刹那様、お久しゅうございます。まさか五条の若様まで直々においでになるとは私桜花武友、大変驚きまして」
「御託は良いよ。本題は?」
興味なさそうな悟に言葉を遮られ、武友さんはゆっくりと顔を上げた。
悟を見てうっとりと見惚れているのが気持ち悪い。
時雨さんもそう思ったのか、咳払いを一つした。目が鋭い。アレだ、性犯罪者を見る目だ。
それではっとした様に男は口を開く
「では、単刀直入に申し上げます。刹那様、現当主桜花武光を失脚させ、当主となって頂きたい」
────桜花武光。
その名を耳にした瞬間、湯飲みの中のお茶が凍り付いた。
時雨さんがびくっとした。驚かせてごめんね、ついうっかり……
『…………御当主殿は、災息ですか?』
「はい」
早く死なないかなクソジジイ。
あいつまだ五十代だったっけ?やたら筋肉質だったし、病気で倒れそうにも見えないんだよな…
「つーか、引き摺り下ろすプランは?当然練ってあるんだよな?」
心なし此方に近付いている悟が問うと、武友さんは深く頷いた。
「近々桜花で定例会議が行われます。その際に当主に毒を仕込み、殺めます」
「じゃあ刹那はその日俺らと一緒居て良いの?」
「いえ、刹那様には本家に来て頂きたい」
武友さんがそう言った瞬間、悟が表情をすとんと消し去った。
あ、やべ。
隣を見る。
時雨さんにいざという時は即避難のジェスチャーを送った。
「────オマエ、少しは使えそうだと思ったのに。なぁんだ、ただの馬鹿じゃん」
威圧する様に六眼を見開いて、爛々と輝く瞳で男を射抜く。
先程まで悟に見惚れていた筈の男は、今は真っ青になっていた
「刹那を毒殺の首謀者にして、分家主力のオマエが当主になろうって腹積もりだな?
仮に今すぐなれなくてもそのガキってカードがある限り、オマエの優位性は変わらない。
昔の摂政みたいにガキを当主に置いて操り人形にするか、オマエ自身がガキが育つまで当主しまーすって手ぇ挙げて、ガキが小さいうちに殺しちまえば桜花当主はずうっとオマエのモンだもんなぁ?」
「なっ…そ、それは違…っ」
「良いよ良いよ、全部言うなって馬鹿が露呈するだけだから。
オマエがまだまともな案を出せたら少しは話を聞いてやっても良いと思ったけど、やめだ」
そこでやっと、悟の顔に表情が灯る。
しかしそれは明らかに獣の威嚇の様な笑みで、時雨さんが頭を抱えた
「ガキは此方で預かる。そんで定例会議の日、ガキと刹那と一緒に俺が乗り込む。
そこで老害を直々に隠居させれば
ああ、それじゃあガキが当主になれねぇって?安心しろ、俺だって胸糞悪い家に刹那をずっと置いとく気はねぇ。
だから、刹那が当主やんのはガキが強くなるまでって縛りでも結んでやるよ。
家督を譲るのは
そうすれば
────どう?嬉しいでしょ?」
悪魔だ。悪魔が居る。
時雨さんの顔が死んだ。子供も無表情ながら信じられないものを見る眼で悟を見ている。
武友さんはこの世の終わりみたいな顔になっていた。
「じゃあ、馬鹿なオマエに選択肢をあげる」
話の中心である私と子供そっちのけで場の空気を支配した悟は、見せ付ける様に長い指を立てた
「一つ、黙って刹那に従うって誓う。
そうすれば当主にはなれねぇし手出しもさせねぇけど、黙ってりゃそれなりに良い思いは出来るよ」
すっと指をもう一本立て、揺らした
「二つ、計画通りに現当主殺して刹那に罪を着せる。
その瞬間に桜花は俺が五条の名を以て潰すし、刹那は婚約者として五条が囲い込むよ。オマエは勿論死刑。
つーか死ぬより惨い事するから。死んで楽になれるとか思うなよ。
────さて、どっちにする?好きな地獄を選べよ♡」
野望が潰える地獄か、人の尊厳すら踏み潰される地獄か。
男が選んだのは────
「つーかこのガキ、名前何つーの?全然喋んねぇじゃん」
「名前は桜花雪光くん、今年で四歳。桜花分家出身で、相伝を持っていた父親と非術師の母の間に産まれた子だ」
「………」
行きと同じ様に、休憩で立ち寄ったファミレス。
無言のままの少年がじっと此方を見ているので、私も見つめ返した。
…諦めた目だ。桜花に居た頃の私にそっくりな目をした雪光くんは、ゆっくりと口を開いた
「……おはつにおめにかかります、せつなさま。わたくしぶんけのすえとなりますゆきみつともうします」
「………おいおい、こりゃひでぇ」
「呪術師なんて何処もこんなモンだよ。時代錯誤の武家ゴッコなんざ気色悪くて堪んねぇってのオ゙ッ゙エ゙ー」
舌を出して上を向いた悟が、はしたないと時雨さんに叩かれた。それを横目で見つつ、私は雪光くんに返事をする
『……初めまして、雪光くん。桜花刹那です。私は偉くもなんともないので、様付けなんかナシで呼んで欲しいな』
「ですが、たけともさまは」
「そもそもあのキモデブを様付けなんかする必要ねぇし。アイツ明らかに俺を気持ち悪い目で見てたじゃん?無理」
「こらボス、もう少し綺麗な言葉遣いしな。
……まぁ大丈夫だとは思うが、ボスはあの男に近付かない方が良いだろう。
雪光くん、食べたいものはあるかい?ほら、これとかオモチャも付いてくるんだって」
「……………!!!」
にこっと笑って雪光くんにメニュー表を見せる時雨さんが完全にお父さん。
この人恐ろしく面倒見が良いな???
『見て、雪光くん目がキラキラしてる』
「時雨って誰かの面倒見てなきゃ死ぬの?」
「こらボス、聞こえてんぞ」
対面の悟を小突き、時雨さんはメニュー表に目を戻した。
まだぎこちないものの、雪光くんも時雨さんには友好的に見える。
あれか、私は分家の教えで怖いものに見えていて、悟は純粋に怖いものなんだろうか。時雨さんには秒で懐くじゃん。ちょっとショック。
「刹那、何頼む?」
『んー、何か疲れたから甘いもの食べたい』
「疲れた?オマエ何もしてねぇのに?」
「ボス、気疲れって知ってる?」
「雰囲気疲れみたいなモン?あんなの俺にふざけた提案しやがったキモデブが悪ぃんだろ。俺が刹那生贄にしますって言われて黙ってる筈ないじゃん」
「そうだね……ボスは宝物の為なら全部潰すもんね…」
「何を当たり前の事言ってんの?時雨、疲れた?」
「大丈夫だよ……」
深い溜め息を吐いた時雨さんがとても不憫。判るよ、この頭キレッキレの馬鹿、常識が死んでいるので此方の心労を理解出来ないもんね。
「雪光くん、頼みたいものは決まったかな?」
「……………ほんとうに、よいのですか?」
「勿論。それと、おじさんにも敬語なんて使わなくて良いよ。俺は雪光くんともっと仲良くなりたいから、敬語なんて使わずにお話しして欲しいな。出来るかい?」
「………………できるよ」
「そうか、ありがとう」
「……しう、さん?………これ、たべたい……いい…?」
雪光くんがそっと指差したのは、最初に時雨さんが勧めたおもちゃ付きのお子さまランチだった。
それを見た時雨さんが優しく笑い、雪光くんの頭を撫でた。
「良いよ。教えてくれてありがとうな」
「…………!!!!」
あ、目がキラキラしてる。これは完全に時雨さんをお父さん認定したな。
判るよ、優しく許してくれる人って、心の拠り所になるんだよね。私にとっての親友三人がその位置だし。
深く頷いていると、隣からぐいっとメニュー表で視界がジャックされた。
「ねーぇ、何にすんの?俺このデラックスパフェだけど」
『んー………あ、わらびもち…』
「判った、わらびもちとティラミスとプチパフェね」
『多くない?』
「俺も一緒に食うんだから当たり前だろ」
『デラックスパフェは?』
「それも食べるけど」
良く食べるな。
薄っぺらい身体をじっと見ると、不思議そうに悟が首を傾げた
「なぁに?」
『太らないのかなって』
「良く考えて良く動くから」
『良いな…』
「オマエはもっと太れよ。ガリガリじゃん」
『セクハラだ』
「先にオマエが言ってきたんですけど???」
利用したいならまず死んでこい
刹那→メインの筈なのに蚊帳の外だった人。わらびもちと各種一口ずつ貰った。
五条→利用出来そうにもないクズだったので圧殺した。スイーツを完食した。
喋るとなると基本こいつの独壇場。
時雨→取り敢えず何時でも誰かの面倒を見ている。
雪光→かわいそうな子。
桜花武友→邪な目で見たら地獄を見た