頭を下げろ、頭が高ェ

────五条悟を、特級呪術師に任命する。


その報を聞き、悟はにんまりと口角を吊り上げた。
それを目の当たりにした私と時雨さんはそっと顔を寄せる


『え、めちゃくちゃ悪い顔してません?』


「計画通りに行くと人はあんなに悪い顔をするんだな…」


「ごじょうさま、うれしいことでもあったのですか?」


不思議そうに見上げてくる雪光くんを、悟は脇に手を差し込んでひょいと持ち上げた。


「ああ、これでピースは揃った。血統と実力、それに特級って権力。
あとは家を従わせれば、現状の俺の最善は完成する」


「現状?まだ何か欲しいのか?」


「此方は時間が掛かるだろうけど、上層部を一掃出来れば良いとは思ってるよ」


雪光くんを降ろし、此方に振り向いた。
長い脚でゆったりと近付いてくると、今度は私を持ち上げる


「そもそも腐った上が居なきゃ、こんな面倒な事態になってないでしょ。奴等がマトモなら良かったよ?
けど上は権力だぁい好きで我が身が可愛い馬鹿ばっか。オマケに若人を叩くのが大好きと来た。
それならもう、奴等を消せば良いかなって」


「けどなぁ…ただ消すだけじゃ首がすげ替わるだけだぜ?どうせなら上に関わる奴等全体をどうにかしねぇと」


「…呪術界のリセットって事?」


「まぁ、そういう事になっちまうな」


『なんか大事になってきましたね…』


「んー、まぁ刹那と傑と硝子の安全を考えると、時雨の言う通りリセットした方が後々楽になるよね」


『……無理してない?』


悟が私を頭上に持ち上げ、ぐるぐる回り始めた。こいつマジで私をテディベアと間違えてないか。


「無理してないよ。言っただろ?楽しいって。取り敢えず、これで桜花は確実に潰せる。
現状最大の問題が片付くんだ。それも、俺がこの手で潰せると来た。
────こんなに楽しい事はねぇだろ?」


まぁ悪い顔をしている。
にいっと嗤う悟に苦笑いすれば、ぎゅっと抱え込まれた。


「じゃ、着物、仕立てよっか♡」


『え?』













年季ばかり入った門を前に、そっと息を吐く。


ずっと、怖かった場所。
二度と戻るものかと固く決意して飛び出した場所。


現在の私の格好は青と蒼が美しい本振袖だ。蒼に走る白が引き立ち、梅の花が咲き乱れる明らかにお高い代物。ぶっちゃけ歩くのすらこわい。
隣に立つ黒紋付き羽織袴の男は余裕綽々の笑みで、高価な着物を身に纏う私の肩を引き寄せた。


「安心しろ、俺が居る」


『……頼りにしてるよ、悟』


「ウン。任せろ」


片方の髪を掻き上げセットした着物姿の悟は文句なしに格好良い。ただ、サングラスをしているので一気にヤクザ感が増すけども。
袖を払い、ゆっくりと足を動かす。
着物はどうしても歩幅が狭くなるので慣れないが、そんな事を言えばまず悟に抱えられてしまう。
それだけは嫌だ。クソジジイの前でそんな姿は見せたくない。


「刹那!?なんで此処に貴様が居るのだ身の程知らず!!」


門を潜った所で宗家の男が私を見るなり罵った。それを見る前に、悟の袖で覆われる。


「雑魚なんか見なくて良いよ。それよりほら、もっと俺に近付いて」


そっと囁いた悟が視界を遮っていた手で肩を抱いた。そのまま私の歩幅に合わせて歩いてくれる。


『……悟、ごめん』


「んあ?どした?」


『……これ、悟にとって牛歩では…?』


脚の長い悟に着物の私の歩幅に合わせるというのはほぼ進んでいないのと同じだろう。大変申し訳ない。
謝った瞬間、悟はプルプルし始めた。
……こいつ、折角人が心配していると言うのに笑いやがった。


『おいクソゲラ』


「なんでwwwwいまwwwwわらわせにwwwwくるのwwww」


『私は、謝った、だけですが????』


「牛歩wwwwwwwwwwwwwwww」


『もうほんとお前笑い袋じゃん』


何処押したらゲラるの?サングラス?それ実はボタンなの?叩いて壊して良い???
笑う男の脇腹を肘で小突く。
もう広間に着くんですよ若様。頼むから笑うのやめて???


『悟、マジで着く』


「はーーーーー…………オッケー、叩き潰すね♡」


『一瞬で切り替わる怖さよ』


ゲラから一気に和服ヤクザになった悟は、サングラスを私に預けると目の前の部屋の障子をすぱーん!!と豪快に抉じ開けた。
驚いて一気に集中した視線に向けて、王は口角を吊り上げ言い放った。


「────やぁやぁ皆さんお揃いで!!調子はどうだい?絶好調?そりゃ残念!!!
雁首並べて茶ァしばくたぁ落ちぶれた家らしくもねぇ優雅さだ!暇なの?そりゃそうだ閑古鳥の住み処だもんね!
それともアレか?雑魚が梅干しの種しか入ってねぇ頭突き合わせてより良い未来の為の悪巧みか?
やめやめ、んなモンしたってオマエらが居る限り桜花の未来はどん詰まりだよ。
滑車でぐるぐる回ってるだけの癖に前に進んでる気になっちゃって御苦労さん」


開幕ブッパとはまさにこの事。マシンガントークで場の空気を掌握した悟はずかずかと広間に押し入ると、上座で目を丸くする当主の前で仁王立ちした。
胡座の相手を190はあるであろう高身長で真上から見下ろして、それから慇懃無礼に胸に手を当て、上体を少しだけ倒す。
執事なんかが良くする挨拶をしながら、悟はにいっと歯を見せた


「ごきげんよう御当主殿。パッとしねぇ術式に並みしかねぇ呪力にドブみてぇなツラは健在の様で何よりです♡」


「貴様…五条、悟……!?」


「ぁあ?禪院の雑魚の雑魚如きが俺を呼び捨てにしてんじゃねぇぞ。オラ、呼び直し」


悟が低い声でそう威圧すると、当主の顔は一瞬で血の気が引いた。
白くなった顔で、男が慌てて頭を下げる


「ご、五条様……大変申し訳ございません…!!」


「マジそれな。オマエ如きが何調子乗ってんの?刹那が悟♡ってかわいく呼ぶから自分もいけると思った?
知ってる?それって身の程知らずって言うんだぜ?
さっきオマエんトコの雑魚が俺の可愛いテディちゃんに言ってたんだけどさぁ。
そもそも身の程知らずってのはオマエらみたいに実力も権力も頭もねぇのに綺麗な蓮を買い取って囲ってこんなに綺麗に咲いたのは自分のお陰だって威張り散らしてる勘違い乙な奴の事を言うんだよ?
ああ、良い諺あるじゃん?出藍之誉ってヤツ。知ってる?知らないか!知ってたらそんな態度取っちゃいねぇよなぁ!!
“桜花が”じゃなくて“刹那が”優秀なんだよ!!オマエらじゃねぇのいい加減判れ単細胞共!!!」


……悟がフルスロットルなんだがこれどうすれば…?
なんか取り敢えずイビり倒してない?本題忘れてない?大丈夫?
…正門側の廊下から雪光くんと時雨さんがそーっと現れ、広間を覗き見て額を押さえた


「ボス………なにしてんのボス……」


『当主のメンタルを殺そうとしてます』


「……せつなさま、あのかたがごとうしゅさまですか?」


『……覚えなくて良いよ。直ぐに居なくなっちゃうからね』


…時雨さんの許で過ごす様になった雪光くんは、随分表情が明るくなった。まだ私への様付けは抜けないけれど、前よりは近付いてきてくれる。時雨さんは子育て上手。
そっと黒髪を撫で、広間に目を向けた。
悟はまだ当主をボコっている。


「ねぇ散々疎んで苛めて蔑んだガキにオマエらなんて簡単に潰せる強さと人脈手に入れてお礼参りかまされるのはどんな気分?悲しい?悔しい?憎い?恨めしい?ムカつく?殺したい?


────どれもテメーらが抱くのはお門違いだよバーーーーーーーーカ!!!!!


刹那は何度も何度も傷付いて!耐え抜いて!そしてこの場所を掴み取った!!
アイツが稼いだ金巻き上げて贅肉増やすだけで動きもしねぇテメーらには負の感情を抱く権利すらねぇよ!!!!」


「ひ………っ!!!」


当主は勿論、部屋に集まっていた男達も悟の怒気に充てられ震えている。一部にはもう気を失いそうなのか、白目を剥いている者も居た。まさに地獄絵図。
惨状を見た時雨さんがぽりぽりと頭を掻いた


「あーあ、ボスめ、頭に血が上ってやがるな?これじゃあ全員気絶させて話し合いもおじゃんだ」


『え、それは困る』


若様、もう此方は準備万端ですよ。
さっさと本題に入った方がお互いの為ですよ。
…悟はブチギレ状態の様である。
おこ。とてもおこ。六眼だけがギラギラしている無表情だ。めちゃくちゃおこ。
嫌だなぁ。キレてる悟怖いんだよなぁ。
溜め息を吐きつつ、すっと酸素を取り込んで肺を膨らませる。
そして、ありったけの声で叫んだ


『五条悟くーん!!!!冷静にならないと来た意味ありませーん!!!!』


「…………………………………………あ」


悟がゆっくりと振り向いた。
人形の様に何も感情を宿さない美貌がそこで崩れ、ふにゃっと笑う


「やっべ、忘れてた」


「おお、ブチギレ状態のボスがちゃんと人の話聞いた」


『悟はこんなもんですよ。良く家でプリン戦争してますし』


「君らは紛争地帯に住んでるの?」


『白いのと黒いのが暴れるので』


震える当主を引き摺りながら此方にやって来ると、悟はぺいっと当主を捨てた。ゴミみたい。扱いが雑。
無様な悲鳴を上げる当主を爪先でつつきながら、悟が言う


「今日はね、お願いがあって来たんだ。…オラ、何の御用ですかって聞けよ」


「ひっ……な、何の…御用ですか……?」


「当主、降りて♡」


にっこりと笑って放たれた言葉に当主が慌てて顔を上げ────背中を踏みつけられた。
ガン、と額が畳に叩き付けられ、鈍い音に堪らず自分の額を擦る。これは痛い。


「誰が動いて良いっつった?」


「な、何故…突然その様な事を!?桜花は禪院の傘下です!!幾ら御三家とは言え、五条様の命でも当主の変更など…!!」


「ハーイ此処でクエスチョン!
……オイ雑魚共気絶なんかしたらマジビンタするから。死にたくなかったら起きとけよ」


剽軽な声の直ぐ後に、ドスの効いた殺害予告をかまされたら人はどうするか。
答えは全員正座である。
手際が鮮やか過ぎてその筋の人ですか?と言いたくなる様な恫喝を続けながら、悟が微笑んだ。


「桜花は禪院傘下、端も端のクソ雑魚。ただしその家の名字を持つ刹那は五条悟のお気に入り。
オマケに一級だ。ああ、御当主殿は何級でしたっけ?」


宗教画から抜け出してきた天使みたいな顔をして、男は良く回る舌を動かした


「刹那は一級、特級呪術師であり五条家嫡男である五条悟とも仲が良い。
そして一年後には特級になるだろう夏油傑とも親交が深い。
オマケに貴重な他者に反転術式の使える家入硝子とも親友だ。
純粋な強さ、将来のコネ、そして何より、御三家次期当主の庇護。


……これがぜぇんぶ手に入るって言ったら、賢い奴なら判るよな?」


……部屋の中の人の眼が、一斉に当主に向けられた。
当主は短く悲鳴を上げて、震える指で私を指した。


「だ、だがそのガキは買ったんだ!桜花の血なんざ流れちゃいない!!」


……何時もの目だ。
私を蔑む時の、あの目。
…そんな目で見るなら、私なんて買わなきゃ良かったのに。
這いつくばりながら私を睨む男の頭を悟が踏んづけた。


「そう、刹那は可哀想に、似た術式を持ってたがばっかりにオマエらに縛られた被害者だ。
だから、俺が正当な後継者・・・・・・を用意しましたー!!」


悟が合図して、時雨さんが雪光くんと共に隠れていた襖の奥から現れた。
緊張した面持ちの雪光くんの頭に手を置いて、悟は目を細める。


「コイツは桜花分家を出奔した相伝持ちの子供だ。つまり、オマエらの大好きな確率論で見るなら誰よりも相伝を宿す可能性がある」


「し、しかし!!まだ術式が発現する歳では…!!」


「だからだよ。仮に相伝を持っていたとして、そのままだとまずこのジジイの所為で雪光は当主になれない。だってコイツ宗家至上主義だから。
でもこのジジイを追いやって、ガキが一人前になるまで刹那に当主をやらせればぜぇんぶ丸く収まるぜ?
要らねぇ心配だけど、刹那が桜花を乗っ取るなんて思うなら縛りを結んでやるよ。


刹那を当主にすれば、五条の派閥に移行するのも手伝ってあげる。
なんなら刹那が俺の傍に居るんだから、今まで見下してた奴等の吠え面拝めるかもね?


……さぁ、烏合の衆はどうするのかな?」


にいっと悟が歯を剥いて笑っている。
……男達は目を見合わせると、一斉に頭を下げた。












「────ふぅ、これでやっと刹那の周りが落ち着くかな」


『お疲れ様、悟』


ベッドに座り、膝の上に頭を預けた悟の頭をそっと撫でる。
悟が桜花に行く際、私に言ったのは“桜花の人間と話すな”だった。
…その結果、悟に全て任せる事になってしまったのだが。


「ガキの指導の権利も勝ち取ったし、家督も無事奪い取った。
クソジジイが桜花に手出し出来ねぇ様に縛りも結ばせた。一先ずは安心かな。
……で?オマエは何を悲しんでるの?」


『………バレちゃった?』


「当たり前。俺がどれだけオマエら見てると思ってんの?」


呆れた様に呟くと、大きな手が頬を撫でた。
髪を耳にかけ、そのまま頬を包んだ手に目を細める。


『………時雨さんから、聞いたんだけどさ』


たまたま時雨さんと二人になった時に、聞いてしまったその話。


『桜花の当主は代々光の文字を付ける。……雪光くんは、最初からそのつもり・・・・・でその名が付けられたんだって』


桜花の当主を、宗家から奪い取る為に。
相伝を継いだ自分の子なら、高確率で子も継いでいるだろうと身勝手に考えて。


……つまりあの子は、最初から桜花に売る為に作られた子供だった。


『………あの子の父親がね、言ったんだって。
桜花が子供を買ったって、分家の知り合いから聞いた。
分家筋とは言え桜花の血を引く自分の子なら、………』


静かに此方を見上げる悟の顔が、歪んだ


『…もっと………高値で…売れる、だろうって。
もし…あのこが相伝持ちだったら…桜花を脅して、もっとお金を取ろうと…思ったって……』


雪光の雪は、逝き。
逝き光。つまり、最初から己が育てる気のなかった、こども。
光を入れたのは、桜花の当主にする為。己を認めなかった宗家当主への復讐の為。分家の子を当主にせざるを得ないという屈辱を思い知らせる為。
…将来的には当主になった雪光くんから、桜花の金を奪おうと画策していた。
……父親は、そう言って笑っていた、そうだ。


『………わたしが…買われたから』


私が売られなければ。
私が術式を使ってしまわなければ。


『あのこは、“ふしあわせ”にならなかったのかな』


ぽたり、雫が悟の頬に落ちた。
それを受け止めて、ゆっくりと悟は口を開く


「……オマエが桜花じゃなかったら、きっと幸せだったかもしれないね」


『………』


「けど、それじゃあきっと、俺が幸せじゃなかった。
俺達はきっと、あのスタートがズレてたらこんなに仲良くなれなかったよ。
あの教室に後から刹那が入ってきてたら、俺はオマエの事雑魚とかって酷い事言ったよ。
それできっと、刹那は俺の事嫌いになってた」


するり、もう片方の手が伸びてきて、私の目許を拭った


「硝子はオマエと、傑は俺とつるんで、今みたいに四人で馬鹿やる事なんてきっとない。
……そう考えたらさ、俺はオマエの不幸を悲しんでやる事は出来ても、否定は出来ない」


ぽたぽたと降り注ぐ涙の雨の中、悟は笑った


「ごめんね刹那。俺の幸せの為に、“ふしあわせ”を受け入れて」


酷く柔らかく笑った神様は、ぐっと身を起こして私に口付けた








竜胆の愛








刹那→売られた事がまだ産まれてもいなかった子供の人生を狂わせていた。

五条→売られた事は悲しいしムカつくけど、でもそれがなかったらきっとこんなに仲良くなれなかったから、刹那が売られて良かったという肯定しか出来ない人。
竜胆の花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」

雪光くん→産まれる前から売られる事が決まっていた。
逝き光…逝く光。
父にとって自分を否定した桜花武光を絶望に落とす為の光。

時雨さん→話したくないけど一応当主になっちゃったテディちゃんにはきっと話した方が…でもきっとあの子の心を傷付け(エンドレス)

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