もう他人事じゃないから



「俺はどうすれば良いですか…」


「これで良いと思うよ」


にっこりと笑った夏油が悄気た五条の背を撫でている。五条の腕の中にはシャチのぬいぐるみが収まっていて、その頭を家入が撫でていた。


「そりゃあまだ五年も生きてない子供が、自分が売られた所為で売られるルート確定してました、とか言われたら落ち込むわな」


「……俺、それを否定してやれない。刹那を泣かせたくないのに」


「悟、それは悟が私達の事を愛してくれているからこそ否定出来ないんだよ。だから、そんなに気に病まないで」


「…でも刹那、落ち込んでた」


「それはお前にじゃなくて、その雪光?って子の出生に刹那がショック受けたからだよ。
お前は寧ろ、理由もちゃんと言って否定してやれないって伝えてるんだから、悪くなんかない」


……聞こえなかった事にしたいぐらい話が暗くて重い。語部なんか今の話がちらっと聞こえた時点で号泣している。
嘘でしょ?確か桜花が売られたのは五歳の時でしょ?
で?そのゆきみつくん?が五歳より下?
え??つまりその子は十二年以上前から売られる事が確定してたの???
そんな前だとゆきみつくん?の遺伝子すらお母さんの中に居ないのに…??嘘でしょ…?????約束された売却の子…???


「刹那が売られずに幸せに育って、私らがこんなに仲良くなれない未来より、刹那が売られて、けど折れずに頑張って、それで私らが親友になる未来が良いって、ちゃんと五条は伝えたんだろ?
それなら、大丈夫だよ。刹那にあんたの気持ちは伝わってるさ」


「…………ウン」


「ああほら、泣かないで悟。おめめが真っ赤だよ」


「………せつな、ないてねぇかな」


「今泣いてんのはお前だよ。写メ撮って刹那に送ってやろうか」


「かわいくとってね」


「ウサギが写真映り気にしてんの笑う」


「今日は灰原と一緒だったっけ?写真見たらメール来るかな」


「ウサギちゃん(笑)って返してやれよ」


ケラケラ笑いながら真っ赤な目の五条を真ん中にして三人が写真を撮る。
その光景を目の当たりにした号泣信者が呪文を唱え始めた。


「ゆきみつくんなんて原作居らんかったやんなんだその闇深ショタ…嘘だろ刹那ちゃん周りの闇を強化するなよ…なんで作者そんな事するの…??
刹那ちゃんは確かに綺麗で可愛くて強くてかっこよくてノリが良いよ…?闇も抱えてるよ…?
けどまさか十二年以上前から一人の子供の人生狂わせてるとかどんな闇…?鬼…?作者鬼なの…??人の心がないの…???」


「語部、涙を拭きなさい語部」


「術式反転使えない罰…?いや罰が血の繋がりのない家の分家の子の人生とかバズーカ過ぎない…?予想しねぇよそんなデッドボール…やめろよ宇宙から隕石レベルのデッドボール投げんなよ刹那ちゃん泣いてたって五条が言ってるじゃん…五条もウサギみたいな目してるじゃん…アイツ桜花が徹底抗戦の構えしたらクー・フーリンの結婚一族郎党従者も皆殺しするつもりだったんでしょ…?愛が闇じゃん…」


「まって、後半ひたすらに怖い」


「元々刹那ちゃんを冷遇してきた桜花に良い感情を抱いてないのは原作のファンブにも書いてあったでしょ?
そんでもって此方はもう愛(闇)が物理だから。刹那ちゃんを当主にしない!なんて言ってたらチョップドサラダの刑が確定してた」


「お前これから俺がチョップドサラダ食べられなくなるかもしれないって判っててその言い方した?」


「桜花が徹底抗戦すれば、潰れたトマトみたいに脳味噌ぶちまけてケチャップをべちゃあって屋敷に塗りたくったみたいな惨劇が出来た事でしょう」


「おまえぜったいにゆるさない」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


どうしてくれよう、暫くケチャップとトマトが食えなくなるぞこれは。
泣きながらケラケラ笑う語部にタオルを押し付け、さしすトリオに目を向ける。


……あの五条が、一人の女の子の不幸を否定してやれなくて、泣いている。


普段なら、運がなかったんだね可哀想に、なんて言い放ちそうな男が。
そんな傍若無人が服着て歩いている様な存在が、目を真っ赤にして己の選択を悔いている。寄り添うしか出来ない事を嘆いている。
シャチのぬいぐるみを抱え込みながらぐずぐずと鼻を啜る姿は幼く、同時に随分人間味に溢れていて。


「……なんかさぁ」


「ん?」


「五条の成長した所とか見ると、改めて此処は現実なんだなって思うわ」


紙の中の世界は何時からかしっかりと色付いて。
雲の上の人間だった筈の登場人物は、何時の間にか一緒に菓子を食う仲になっていて。
…五条達も、俺達も、今この世界に生きている。
そんな当たり前の事を呟くと、語部は笑った


「随分今更だな?皆、血の通った本物だよ」












「今年の姉妹校交流会についてだが」


「野球やってみたいでーす」


「参加者だけでは人数が足りん」


「じゃあフットサルは?」


「そもそも遊ぶな」


「せんせー、私は治療に専念したいんで個人と団体は出たくないでーす」


「せめてもう少し本音を隠せ」


『先生、去年マウントかましてきた京都の雌猿共は出ます?居たら潰したいんですが』


「お前はもう少し落ち着け」


先生の言葉に順番に挙手していったら、最後には項垂れてしまった。ごめんね先生、悪ノリし過ぎた?
その姿を眺めていれば、隣が静かになった事に気付く。
……いや待って?


トランプでタワーを作り始めたんだが。


こいつ先生が教壇に居るのに無視して遊び始めたんだが。
良いのかこれ。ちょんちょんと前の席の硝子を呼んだ。
振り向いた彼女は真剣な顔でトランプを積む悟が目に入ったらしく、咄嗟に顔を反らした。


「なんでwwwwwwwwwww」


『いや全然判んないの。突然隣でトランプタワー始めたの。怖くない?』


「せめて先生が居ない時にやれよwwww」


『ほんとそれ』


硝子と頷き合っていると、後ろから傑もそっと話しかけてきた


「悟はなんでそんなコントみたいな事始めたんだい?」


『判んないの。突然始めたの』


「コントwwwwwwwww」


「まって先生こっち見てるwwwwwwwww」


『先生wwwwww顔wwwwww切ない顔しないでwwwww』


夜蛾先生が何とも言えない表情で此方を見ていた。
悟はさっさか一段目を作り、二段目に取り掛かっている。何で先生が真面目な話をしようとしているのにこいつは急にトランプなんて出したのか。
先生がじっと此方を見て、溜め息を吐いた。
それから遊び始めた悟を注意する


「悟、せめて休み時間にやれ」


「呪術師の休み時間は任務がない時なんで、今休み時間でーす」


「学生は学業が本分だろうが」


「テストはちゃんと百点取ってるでしょ?良いじゃん。あ、せんせー、野球が駄目ならクリケットやろ。
京都校の奴等ボールとステッキにすんの」


「待て。恐ろしい遊びを提案するな」


「じゃあこれみたいに人間トランプタワーしちゃう?京都校の奴等を積むんだけど」


「積むな」


「じゃあもぐらたたきしよう。俺達は本物のトンカチで叩くから、アイツらは逃げれば勝ち」


「堂々と殺害予告をするな」


なんだか殺意が高いな?
どうしたんだろう、京都の生徒と何かあった?
悟の横顔をじっと見ていると、手に持っていたカードを勢い良く宙に投げた。


「どうせ術式大好き五条悟の精子恵んでください同盟が来るんだろ?アレに出来ねぇの?京都側は男のみとか」


「京都側から男女差別反対の声が上がるだろうな」


「そんな時ばっかり今時の流れ取り入れてんなよ自己中が。
じゃあ判った。俺らに近付かねぇって縛り結ばせて」


「…まぁ去年の事もあるからな。学長に掛け合ってみよう。語部、黒川、お前達は何かないか?
去年出ていないお前達が交流会で活躍すれば、一級昇格も見えてくるぞ」


先生が水を向けると、二人はにっこり笑って首を振った


「嫌です!準一級でさえひいこら言ってんのに上とか無理です!!」


「同じく。俺しょーもない術式ですし、一級なんか無理です」


「…いっそ不思議なほど普通だなお前達」


「実力弁えてんのは良い事じゃん?弱ぇ癖に上に噛み付くわ級上げろって騒ぐ馬鹿ならとっくに俺がどうにか・・・・してるよ」


『とてもこわい』


「オマエらへの愛故だっちゃ☆」


「ラムちゃんはあたるをバチるだけで割とまとも枠じゃなかった?」


「俺まともじゃん?」


「こんなに可愛くないラムちゃん初めて見た」


「は???可愛いだろ良く見ろよ。目ぇ細くて見えてねぇんじゃねぇの?」


「中身が可愛くないんだよ中身が。悟は目が大きいだけで視野が狭いだろ」


「はー???こんなに中身も可愛い俺見てそんな事言っちゃう?
視野は広いでーすあちこち見えるし人の中身も見えまーす。
視野が狭くて下らねぇ事でうだうだ悩むのはオマエだろひもかわうどんみてぇな前髪しやがって」


「中身が可愛い人はそもそも自分を可愛いなんて自覚してないんだよ。それはあざといって言うんだ。そしてお前のそれは可愛くない。
人の中身って言っても術式が見えるだけだろう?内心も読めないなら見えるなんて威張るなよ。
私達しか見えてない癖に肝心の私達に何も言わずに悩んでいる自己中万年寝癖ウニは何処の誰かな?」


「……表出ろ」


「嫌だね。一人で行きな」


傑がしっしと追い払う様に手を払う。
舌打ちした悟が手を此方に伸ばしてきて、椅子を掴む。
ずるずると引き摺って私を手繰り寄せると、覆い被さる様に抱き付いてきた


「刹那、傑がいじめる」


『悟が目が細いとか言わなきゃ良かった話なんだけどね……』


「だって細いじゃん」


『悟の目がぱっちりなだけだよ』


「俺かわいい?」


『そうだね。可愛いね』


「そっか。刹那も可愛いね」


『そっかー…』


嬉しそうにぎゅうぎゅうしてくる悟に苦笑いしつつ、背中を擦る。
会話がなぁ、三歳児なんだよなぁ。
何とも言えない空気の中、溜め息を吐いた先生が話を続けた


「……話を続けるぞ。さしすせは強制参加だ。語部、黒川と後は一年で最近二級になった灰原と七海が出る」


「え、俺と傑出たら蹂躙するけど良いの?」


「悟、もう少し言葉を選べ」


「俺と傑が出たら蟻と象だけど良いの?」


「柔らかく残酷な事実を伝えるんじゃない」


「悟、こう言えば良いんだよ。先生、私達はどのぐらい手加減すれば良いんですか?」


「傑、丁寧に暴言を吐けば良い訳じゃないぞ」


『なんで煽るのwwwwwww』


「やっぱコイツらクズだな」


「あ、言うの忘れてた。傑、さっきはゴメンネ」


「ふふ、私も言い過ぎたよ。ごめんね悟」


「ウン」


『先生、悟が誰に言われてもないのに謝りました!!!!お赤飯では!?』


「今夜炊くか」


「まってwwwwwwwwwwww先生が乗っちまったwwwwwwwww」


「語部、せめて小声で笑いなさい語部」


悟が!悟が謝った!!!!
誰に言われてもないのに、自主的に!!!
目を丸くしていれば悟は綺麗な目をぱちぱちさせて、それからへにゃっと笑った


「刹那、嬉しそうだね?どうした?」


『悟が誰に言われてもないのに謝ったのに感動してる。先生がお赤飯炊いてくれるって。今夜食べようね』


「やった。俺ごま塩かけんの好き」


「わかる。小豆の味の中でぴっと塩が引き立って美味しいよね。胡麻の風味も良い」


「もち米混ぜると更に良いんだよな。せんせー、私もち米と白米半々の赤飯が良い」


『というか何処で炊きます?手伝いますよ?』


「食堂を借りれば良いだろう。悟、傑、あとで買い出しに付き合え」


「え?俺のお祝いなのに俺を荷物持ちにすんの????」


「最近新発売のチロルチョコが出たらしいぞ」


「はーい!!!行きまーす!!!!!」


「チロルチョコでwwwwwww五条の嫡男が釣れたwwwwwww」


「すっげえいいえがおwwwwwwwwwww」


『おなかいたいwwwwwwwwwwww』


「夜蛾先生もとうとうさしすせの尊さにお気付きになられた…?いや実は前から気付いてたな…?だって生徒モチーフの呪骸作っちゃってるもんな…?
先生実はさしすせ大好きだな…つまり私の仲間…??????」


「やめなさい語部。同類は先生にあまりにも失礼だからやめなさい語部」










僕が生きるこの世界で







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