茶筅の置き場

結局交流会については私達特進と七海、灰原の一年生が参加するという事しか解らなかった。
皆で食べたお赤飯は美味しかったし、語部さんはやっぱり此方を拝んでいた。


かこん、と鹿威しの高い音が響く。


茶杓で抹茶を茶碗に入れ、茶筅を動かして
抹茶を溶く。
手首のスナップを利かせ撹拌し、細かい泡が十分に立った所で静かに茶筅をのの字を書く様に動かして持ち上げた。
真ん中がふっくらと盛り上がったのを見て、静かに茶筅を置く。


『どうぞ』


鮮やかな紫陽花の描かれた茶碗をそっと畳の上に置く。
悟はゆっくりと茶碗を右手で取り、正面に置いた。


「お点前、頂戴致します」


流麗な動作でお辞儀をして、大きな手が茶碗を持ち上げた。
左手の上で茶碗を二度回し、蒼が伏せられた。
器に唇が触れ、吸い切りの音を立てる。
畳に茶碗を戻し、飲み口を指で拭って懐紙で拭くと、茶碗を左手の上で先程とは反対の方向に二度回す。
そして正面に戻した茶碗を自分の前に置いた。


「美味しく頂戴致しました」


悟の言葉にお辞儀で返し、ふう、と息を吐く。
その瞬間、部屋の中に漂っていた緊張感が霧散した


「オマエ、茶道いけんじゃん。裏千家?」


『そ。なかなか上手く泡立てられなくて手首痛めてた』


「あー。表の方が泡立て的には楽かもな。彼方はそこまでガンガンに泡立てねぇし」


『悟はどっち?』


「両方いける。でも裏千家の方が飲むのは好き。泡が好きだからさ」


『へぇ』


此処は五条本家の茶室。
何故そんな所で茶を点てているのかというと、桜花刹那が正式に桜花の当主となり、五条の傘下に入ったというアピールなのだそうだ。


あの本家嫌いの悟が新しく派閥に入った家の女を茶室に招き入れ、二人で長時間過ごす。


それが五条の家は勿論、周りの家にも影響を与えるのだとか。長時間がミソとかも言っていた。
………テディちゃん、策略には向いてないな?普通に「コイツ新しく入ったから!よろしく!」じゃダメなの?とか思っちゃう。
まぁ悟が言う事なので、疑う必要もないけど


「刹那、もう足崩して良いよ。痺れんぞ」


『着物だと崩しにくくない?』


「んー…ああ、俺が隣に行きゃ良いのか」


閃いた様にそう言うと、対面に座っていた悟が隣に座り直した。
そして肩を引き寄せ、寄り掛からせる


「ほら、これで伸ばしても平気だろ?」


『ありがとう』


「ウン」


脚を伸ばし、悟に寄り掛かった。
よろめくでも傾ぐでもなく、至って普通に受け止められ、無言で悟を見る。
…こいつ細いのになんでこんなに体幹しっかりしてるんだ。羨ましい。


「なぁに?」


『体幹強いの良いなぁって』


「ああ、オマエふにゃふにゃだもんね…」


『おい、哀れむ目を向けるな』


私だって毎日腹筋もスクワットもしてるんだぞ。柔軟だってしてるんだぞ。
でもふにゃふにゃなんだ。どれだけ鍛えても筋肉にならないんだ。


『良いな…悟も傑も腹筋バキバキじゃん…』


「鍛えてるからね」


『毎日私だってやってますけど????』


「真顔wwwwwwwwwwwwww」


人の顔を見て笑い始めた無礼者の脇腹をつつく。擽ったいらしい悟が身を捩った


「ふっは、やめろやwwwwwwwwww」


『悟なんか擽りの刑だ。此処も弱いのかー?此処もかー?』


「エロ親父かwwwwwwwwwwwwww」


『おこだよ。ゆるさないよ』


「乗るなwwwwwwマウント取ってんじゃねぇwwwwwww」


転がった悟のお腹に座って全力で脇腹を擽る。袴に包まれた長い脚がばたついたが無視。ひたすらにこちょる。
…擽りという拷問に遭いながらも長い腕を振るわないのは、悟の優しさだろう。


「もwwwwwwwwやめwwwwwwwゆるしてwwwwwwwwwwwwwww」


『ごめんなさいは?』


「ごめんねwwwwwwwwwwwwww」


『良いよー』


指が疲れてきたので手を離した。
笑いすぎてぜえぜえ言ってる悟を笑っていれば、下から伸びてきた長い腕に引き寄せられる。
そのまま悟の上で俯せの状態になると、蒼がゆるりと細められた


「擽り上手すぎない?」


『悟が弱いんじゃない?』


「はぁ?最強ですけど?」


『じゃあもっかい?』


「ごめんねやめて」


くすくす笑って、額が重なる。
ぎゅうっと抱き込まれ少し苦しいものの、抵抗するものでもない。
近すぎてぼやける蒼が、柔らかく細められた


「オマエと居ると、心臓が何時もぽかぽかして、ふわふわしてる。傑にも、硝子にもそんなのは感じない。……ねぇ、刹那」


『……なに?』


「刹那は、俺と居るとぽかぽか、する?」


……どう答える事が、正解なんだろう。
息を詰まらせた一瞬で何を読み取ったのか、悟がゆるりと微笑む


「大丈夫だよ、刹那。俺は刹那が怖い事はしないよ」


『………悟』


「何か判んねぇけど、刹那はぽかぽかが怖いんだろ?
俺はぽかぽかが好きだから、ぽかぽかを調べるよ。けど刹那はぽかぽかに向き合わなくて良い。
アレだろ?正論ばっか突き付けられたら疲れんだろ?それと一緒。
近くにぽかぽかがあんなーって見とくだけでも良いだろ。ほっといたって誰も怒りゃあしねぇよ」


『………………悟ってさ』


「なぁに?」


少しだけ顔を離して、綺麗な目を覗き込む。
光を乱反射する蒼に、翳りはない。
判るのは、とても柔らかな表情だという事だけ。


…嘘のない言葉が無性に嬉しくて、恥ずかしい。


普段は此方の事情なんかガン無視で愛情をぶつけまくる癖に、私が自分でも気付かない程僅かに怯えた瞬間にさっと受け入れる体制になるなんて、卑怯だ。
あまりにも綺麗な蒼が眩しくて、そっと目を伏せた


『……気障なのどうにかした方が良いよ』


「は???????」












「貴女が悟様に取り入る女ね!!この泥棒猫!!!」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「のっけから修羅場wwwwwwwwww」


「かわいそうwwwwwwwwwwwwww」


『テディちゃんおこだよ☆』


京都姉妹校交流会、一日目。
顔を合わせるなり人を罵倒してきた無礼系お嬢様はどうとっちめるべきか。
そもそも泥棒とは人の物を取るという行為だ。悟は悟の物であるので、私は泥棒ではない。
笑い袋三人衆の内、絡まれる原因である白いのを指差して、私は無礼系お嬢様ににっこりと笑いかけた


『取り入るも何も、五条とは一年前から友人ですが?』


「聞いたわよ!五条様のお屋敷でずっと二人きりだったそうじゃない!
そんな貧相な身体と可愛くもない顔で悟様を誑かすなんて穢らわしい!!!」


五条様のお屋敷で二人きり、という事はこの間のお茶会擬きか。
あれはあのあと部屋の押し入れで何故かワンダースワンを見付けて、デジモンに熱中していた筈だが。
のんびりと思い返していると、私の前に笑い袋衆が並んでいた。


「刹那が貧相?なに?オマエ刹那の裸見たの?え?今日も水色と白の可愛い下着着けてんのに?すげぇ綺麗な身体なのに?肌もすべすべなのに?腰骨とかなんかクセになる掴み心地なのに?
大体刹那が可愛く見えないとかオマエの目玉足許に落ちてるんじゃない?」


『いやちょっと待て。下着をバラすな』


「悟、猿に人間の美醜が判別出来る訳がないだろう?彼女にはきっと私も悟も白葱と牛蒡に見えている筈さ。
そうじゃなきゃ────私の、娘が、可愛くない筈が、ないだろう」


『まってwwww圧がすごいwwwwwwww』


「つーか何で白い方は刹那の裸知ってるマウント取ってんだ」


『え、私の裸…?いつ…?』


硝子の言葉で静かに白いクズを見る。
そうだ、なんか妙に腰骨の掴み心地をアピールしたな?…腰骨……?
まさか、まだメジャーで測ってる…???
クズは、はっとした顔で口を塞いだ。


「やっべ☆」


『おいきゃぴっ☆ってするな。おい五条悟、此方を見ろ。おい』


「落ち着けよ刹那、話せば判るって」


『話せない事をしたから目を逸らしてるんですよね?此方を見ろ。おい』


そっと目を逸らし────悟は猛烈なダッシュをかました。
秒で遠退く巨神兵に暫し呆然として、首を振る。
嘘だろ。逃げたぞあいつ。
私は口許に手を添えて、声を張った


『皆のものー!!!出合えー!!!』


〈デアッター!〉


〈ナーニー?〉


〈せつなっちー?〉


わらわらと何処からか現れるさとるっち。
足許でゆらゆらと尾を揺らす彼等に指示を出す。


『敵は五条悟!捕縛せよ!』


〈ワカッター!〉


〈ヤッター!〉


〈フルボッコダドン!〉


〈サガセー!〉


〈ワーイ!〉


〈イクサダー!〉


元気よく散らばった白い精鋭達を見送って、トランシーバー役に残った一体を抱き上げる。
一部始終を見ていたパパとママは爆笑している。もう良いよ、あんた達はゲラ。


「な、なによその猫……」


『呪骸です。ピクミンみたいに何処にでも居ます』


白ピクミンには毒があるんだったか。そのまんまじゃんね。
さとるっちを抱え直し、若干青ざめている無礼系お嬢様ににっこりと微笑んだ


『なので、悪い事は考えない方が身の為ですよ?』










白ピクミンには毒がある










刹那→五条の「オマエの事なら絶対受け入れるよ!!!」という愛情に包まれて、最近ちょっとぽかぽかする人。しかしぽかぽかは怖い(無意識のトラウマ)
でも無理に向き合わなくて良いよと言われたので、暫くはやって来たぽかぽかの隣で膝を抱える。

五条→刹那なら!!!全部!!!受け入れるよ!!!(クソデカボイス)
こちょられても手を動かさなかったのは、ほそっこい刹那に腕が当たって怪我でもしたら大変だから。
刹那の表情からぽかぽかが刹那のトラウマに抵触すると気付いた。
なので、気が向いたら見たら良いよ。という最適解の返事をした。
ぽかぽかを掴んでじいっと観察している。しかし答えは見付からない(ポンコツ)

夏油→私の、娘は、可愛い!!!!!!(クソデカボイス)

硝子→刹那が泥棒?盗んでくれって物の方がしがみついてるのに?と首を傾げた。

目次
top