急がば回れ


『……………』


「………………」


なんだろう、悟がめっちゃ此方見てる。
頬杖を着き、観察する様な目でじいっと、私を見ている。
声を掛けるべきか、それとも気付いていないフリをするべきか。
悩みつつ報告書を書いていると、不意に大きな手が此方に伸びてきた。
すっと顎を掬い、横を向かせ、


『え』


「………ん…?」


……至って自然にキスされた場合、私はこの男を殴って良いのだろうか。
無言で悟を見る。
悟も私をじいっと見ている。


『……今のは、どういう行動ですか?』


せめて理由を言え。全てはそれからだ。
訊ねると、悟は首を傾げつつこう言った


「……キス、したくなった…?」


『……なんで疑問符?』


「判んない。…なんでだろう」


悟は不思議そうに首を傾げたままだ。
それを見つつ、私は報告書に戻った。
所謂“ぽかぽか”絡みの感情だろうか。顎を撫でる悟を横目で見て、それからペンを動かした
















「ねぇ、何で甚爾はママ黒サンと結婚したの?」


「おま……今日考え事してると思ったらんな事考えてたの…?」


畳に転がった坊に呆れた俺は悪くない。
体術の稽古に集中出来ていない訳じゃない。ただ、膨大にあるだろうリソースの何割かを体術、術式以外の何かに割いているというのは何となく感じ取れたが。
それがまさか、俺が結婚した理由だと誰が考えるというのか。


「……この女しか居ねぇって思ったからだよ」


ぼりぼりと後頭部を掻きつつ呟く。
女なんてちょっと甘い顔すりゃ簡単に釣れた。男なんて力で捩じ伏せりゃ直ぐに逆らわなくなった。
禪院を出ても、世界は何も変わらない。
このまま自由に、けれど死んだ様に生きていくんだろう。そう、思っていた時に


アイツが、現れた。


「悪い事なんざ何にも知りませんってツラで、強くもねぇ癖に誰かを護ろうとする。…そういうのに、惹かれたのかもな」


────普通、だったのだ。
恐らくは俺の考えうる、暖かな家庭で育った、愛情に囲まれて生きてきた、普通の女。
俺がどんな人間かなんて気にもしないで受け入れた、異常な女。


「……多分、アイツが居なくなったら俺はまたロクデナシに戻るんだろうよ」


胡座の体制になっていた坊が俺をじっと見つめている。
恋愛系統の話を振ってきたという事は、お嬢ちゃんとの間で何かあったんだろうか。


「で?坊は何があったんだ?」


「あ?」


「お嬢ちゃんと何かあったんだろ。フルボッコさせてくれたお礼に聞いてやるよ」


「甚爾、性格歪んでるって言われねぇ?」


「初めて言われたわ、そんな事」


汗で湿った白銀の髪をくしゃりと撫でて、向かいに腰を降ろす。
部屋の端で見学していたウサギの呪骸にペットボトルとタオルを渡された。
坊の方にも渡すと、そのままソイツは膝の上で動かなくなる。
此処の呪骸って個性がハッキリしてるよな。特にあの猫。


「……刹那もさぁ、俺にぽかぽかする時があるみてぇなのね。んで、俺はちょっとぽかぽかが大きくなってる。
刹那と居ると心臓がぽかぽかして、ぎゅーってする。いつもあったかい。
……でも最近、ぽかぽかするなぁって思ったらさ、キスしたくなんだよ」


坊は汗を拭きながら、訥々と言葉を落としていく


「刹那が不思議そうに此方見てて、気付いたらキスしてて。あ、またやっちまったって思って。
……多分、刹那はほんとはそういうの好きじゃないんだよ。
だってキスとかの肉体接触なんか、最終的には繁殖行為しか帰着がない。
…刹那は家族とかそういう関係が怖いから、多分、恋とかそういうのも苦手なんだと思う。
あれも結局は繁殖行為に繋がる感情の準備運動だろ」


「…じゃあ、坊はそのぽかぽかを何だと思ってんだ?」


「んー……感情の推移が基本的に興奮傾向にあるって事は、俺は刹那に好意的な感情を抱いてる。
それは勿論傑と硝子も含まれるけど、俺はアイツらにキスしたいとは思わない。
つまり、傑と硝子は繁殖行為の対象じゃない。逆に刹那なら多分、出来るけど。したくない。泣かせたくない。
…多分、このままぽかぽかを観察してラベルを貼んのは簡単だよ。一年あれば完璧に理解出来そう。ん?一年予定、もしかしたら十年…?
……まぁ良いや。仮に俺がぽかぽかを把握出来たとする。
でも、刹那がぽかぽかを怖がってるんだよ。だから、俺はずっとぽかぽかを観察するけど、例え判っても、ラベリングはしない。


だって、どんな名前でも、俺が親友以外の名前を着けたら。
刹那は俺が怖くなるだろうから。


……いや待て、そもそも繁殖行為に感情って要る?要るよね?だって婚姻関係は、呪術師だと違うけど、猿にとっちゃ繁殖行為をそいつとだけ永遠にやりたいっていう永続的専用契約だろ?じゃああれ?傑は?
傑はオトモダチ全員恋愛対象なの?ん???傑のオトモダチってなに…???」


「ンーーーーーーーーー……めんど」


コイツ、頭が良すぎて馬鹿。
恋って感情を理屈付けて解体しようとするからそうなんだよ。もう少し本能で生きろ。


好きなら好き、言葉なんざ他に要らねぇだろうに。


……でもまぁ、お嬢ちゃんの育った環境とトラウマを考えると、これだけ足許ばっかり眺めて目の前の答えを見ない坊のアピールは最適解なんだろう。
今度はセフレを作れるタイプの男の恋愛感情の有無で頭を捻り始めた坊を眺め、スポーツドリンクを呷る。


「複数の女を皆平等に愛してるの?いやそれなら時折傑が前の女切って直ぐに次の新しい女を捕まえる意味は?
俺ならそもそも刹那も傑も硝子も切らないし逃がさない。…じゃあ感情はメインじゃねぇな?
つまり傑は繁殖行為に於いて、感情じゃなくて行為上生まれる快楽を目的にしてる?
それこそ一人じゃダメなの?複数じゃなくて一人の女じゃダメなの?
つーかもうトイレに籠れば良くない?俺勃つの気持ち悪いよ?トイレで抜くのもやだよ?だってコレって俺が猿と繁殖行為出来ますって証明じゃん?やだ。それだったら刹那だっこして寝てたい。
…ねぇ甚爾!!傑って何でオトモダチ(意味深)作んの!?」


「ヤりてぇからー」










理性で述べることが出来るのか











刹那→最近五条に突然キスされたりする。びっくり。せめてキスするね!と言われた方がまだ良い。
やってしまったあとに自己分析に走るのは五条の悪い癖。
五条はもっと、彼女の反応を見た方が良い。

五条→1+1を解体して分解して解剖して訳判らん答えを書こうとしている状態(ポンコツ)
親友の性事情を体術の先生に事細かに暴露した。

甚爾→頭の良い馬鹿の観察をしている。
今度夏油をオトモダチネタでからかおうと思った。


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