何でも出来る男(ただし性格は以下略)

昼、教室に集められた私達四人に先生が任務を告げた。


「今回の任務は少し条件が厳しいんだが、いけるか?」


「は??センセー誰に向かって言ってんの?俺と傑なら最強だぜ?刹那と硝子が居れば無敵だ。負けっこないでしょ」


「負けるかどうかの心配はしていない。そうじゃなくてな、呪霊の出現する条件が特殊なんだ」


「条件、ですか?」


「ああ」


首を捻る傑に頷いて、夜蛾先生が私達を見渡した


「今回の任務は、コンサートホールに潜む呪霊の祓除。……この中で楽器を演奏出来る者は?」













────弓が、滑る。
滑らかにぴんと張られた弦の上を白い糸が軽快に踊り、うっとりする様な美しい音色が教室に響く。
最後の音を弾き終え、ゆるりと余韻を残す様に離れた弓。
バイオリンを降ろした悟は、にっこりと笑って一礼した


「悟、バイオリン弾けたのか…?」


「五条の習い事の内の一つだよ。他もピアノとか琴とかいけるけど」


「……そうだ、コイツ由緒正しい家の坊っちゃんだった」


「そうでーす。めんどくせぇからずっと忘れてて貰って結構でーす」


「悟、なんでそんなに色々出来るのにお前はこう……適当なんだ…?」


「だって全部俺がやんねぇといけなくなるじゃん。だから全部はしない。寧ろコイツらが関わらない事なら基本したくないでーす」


『悟、他何が弾けるの?』


「んー、じゃあリクエストして。弾けたら弾いたげる」


『ツィゴイネルワイゼン!』


「サラサーテのアレ?良いけど」


バイオリンを構え直し、演奏を始める悟。
お腹に響く音で奏でる弓の動きに迷いはなく、目を伏せて有名な一節を弾いてくれた。
弓が止まり、拍手する私に悟がへにゃっと笑う


「凄ぇ嬉しそうじゃん。刹那がこんなに喜んでくれるんなら、もっと早く弾けば良かったな」


『すごい。かっこいい』


「エッ」


『え?』


何気無く言った一言で悟がフレーメン反応をした。
なんだ?どうした?
じっと見ていると悟の顔がじわじわと赤みを帯びて、それから弓を握る手で胸元を抑えた。


「え?えっ?心拍数めっちゃ上がってんじゃんウケる。えっ???なんで????」


『悟?大丈夫?』


「あー、ウン。大丈夫。でも心臓がぎゅーんっ!!ってなった。まだどきどきしててとてもびっくりしている」


『…びっくりしている?』


「びっくりしている」


…背後でパパとママがサイレント爆笑してやがるんですが、私はツッコミを入れるべき?
先生は胸元を抑え、何でかほっこりした顔をしている。これはなんだ?此処にはボケしか居ないの?黒川くんどこ???


「刹那は楽器出来んの?」


『ううん、聴くのが好きなの。やった事ない』


「へぇ。じゃあコレ、弾いてみる?」


『え』


頷く前に悟が私の背後に回り、バイオリンを握らせてきた。
驚きつつも受け取る。悟がさっきまで綺麗な音を奏でていた楽器は、思っていたより軽い。もっとずっしりしているのかと思った


「なんだアレ急にラブコメ始めたぞ」


「学園ダークファンタジーの恋愛担当なのかな」


「学園コントの間違いだろ」


「私達いつからコントしてたっけ?」


「存在がコント」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「生きてるだけで楽しそうだなお前達…」


背後の面白会話どうにかならない?
先生、しみじみ言うのやめて?地味にウケるから。


「この角度で顎と肩で固定して」


『はーい』


「刹那は左利きだからちょっと弓を動かしにくいかもな。でもまぁ慣れるだろ、逆に言えば弦を押さえる指が器用なんだし」


『これ結構肩と首にクるね』


「その程度でへばんなよ。あ、両足は肩幅な。んで、右の爪先を少しだけ外側に向けて」


『右を外側……こう?』


「ん。…妙に力んでんな。もう少し力抜いて」


背後からぴったりくっついて教えてくれる悟に従い、強張った左肩から力を抜く。
それで正しい構えに近付いたのか、悟は一つ頷いて、右手に弓を握らせてきた。


「力を抜いた手の中指、薬指、親指で弓を支えろ。親指と弓の角度は直角な」


『ん??????』


「こうだよテディちゃん」


悟の手が器用に私に弓を握らせ、そのまま上から包み込んできた。
手がでかいな?ほんとに同じ生物?


「そんで、コレをこのまま弦の上で滑らせれば…」


『おお!!』


悟が弓を動かすと綺麗な音が響いた。
バイオリンを支える左手の上から悟の手が弦を押さえると、そのまま弓が動かされる


『きらきら星wwwwwwww』


「初心者が必ず通る道だぞ?これで弓を動かすのに慣れていくんだと」


『へぇ…いや良く弾けるね?私の手がそのままなんだけど』


「オマエが操り人形みたいで面白い」


『誰がパペット人形のクマだって???』


「なんでわかんのwwwwwwwwwwwww」


爆笑した悟の脇腹をどついても許されると思う。














コンサートホールの舞台上で、燕尾服姿の男が演奏している。
曲はヴィヴァルディの春。それをバイオリンで優雅に奏でる美しい男は舞台の上で、一人だった。


────ああ、恨めしい。


伸びやかな音色がコンサートホールを駆け巡り、弓は滑らかに踊る。


男は存在が完成されていた。


オールバックで全面に出した顔は完璧な配置で、人外の如き美貌だった。
それだけではなく、男はすらりとした体躯で長い手足を持っていた。
極めつけに、この美しい音だ。
何処までも自由で、伸びやかで、楽しげな音色。


────ああ、恨めしい。


ソロコンサートなど、ついぞ叶う事のなかった夢だ。
私達に脚光が当たる事はなく、俺達に称賛の声もなく、我等に整った容姿は与えられず、僕達に人々の胸を打つ音色は作り出せなかった。


────ああ、恨めしい。
恨めしい、怨めしい、怨めしい、怨めしい、怨めしい!!!!!!


お前は何故全てを持っている!!!我等には与えられる事のなかったものを全て持っている!!!


曲が変わる。
エルガーの愛の挨拶。
柔らかく…そして語りかける様な愛に溢れた音色に、とうとう耐えきれなくなった。


────ああ、恨めしい。
その首、握り潰してくれる。


鋭い鉤爪の付いた手を広げ、男に迫る。
その白い喉を真っ赤に染め上げようとして────男は、笑った


「見ぃ付けた♡」













ぐちゃりと一瞬で悟が潰してしまった呪霊は、此処に来る音楽関係者の嫉妬の念から出来たものらしい。
あのあと、夜蛾先生が提示した任務条件はこうだった。


楽器が演奏出来て、見た目も整っている二級以上の呪術師。


傑はギターは触れた事があるそうだが、それも初心者なのでアウト。硝子はそもそも非戦闘員なのでアウト。
私は見た目も楽器も無理なのでアウト。


そして残った悟は見た目は国家予算レベルだし、演奏も文句なし。


…つまり悟専用クエストだったのだ。
私達はコンサートホールで悟の演奏を聴くお客さんの係である。とても楽。


「終わったぜー。正装だし、ディナーでも行っちゃう?」


「教師の前で堂々とサボる宣言をするな」


「じゃあ先生、俺が頑張った御褒美に午後公欠にして!ディナー行ってくる!」


「話を聞け…それがサボりなんだ……」


スーツ姿の先生が頭を抱えた。
それを見た三人で、先生に諦める事をお薦めする


「アイツディナー行く気満々じゃん」


「先生、これはもう先生もディナーに付いてきた方が丸く収まるのでは?」


『悟があの顔の時は止まりませんよ』


「はぁ…………判った。行きたい店を考えておけ、連れていってやる」


「「『やった』」」


溜め息を吐いた先生に三人でハイタッチ。
悟が直ぐに舞台を降りて混ざりに来た。私達三人を纏めてぎゅうっと抱き込んで、悟が先生に笑顔を向ける


「え、先生奢ってくれんの?やった!」


「…お前も何時もそうしていれば可愛い生徒なんだがな…」


「は?俺何時も可愛いでしょ?夜蛾セン疲れてんの?」


「校庭を頻繁に壊す所は可愛くない」


「いやそれ校庭が根性ねぇだけじゃん?アイツ直ぐ死ぬんだもん」


「すぐ死ぬならもう少し労ってやれ」


「校庭が俺に合わせろよ」


「無理を言うな」


「あ、校庭に鉄板仕込むとかどう?」


「夏場に生徒を焼き殺す気か」


この二人はなんで校庭論争を始めたのか。
というかそろそろ離して欲しい。私と硝子が真ん中になってしまった所為で、悟と傑にサンドされているのだ。しんどい。
私達をぎゅうぎゅうに抱き込んだまま先生とコントを始めた悟の腕を、傑が軽く叩く


「悟、刹那と硝子が潰れそうだ」


「んあ?ほんとだ」


「あ゙ー、死ぬかと思った」


『サンドはキツいんだよ…』


ぱっと開かれた腕から離れた瞬間にまた腕が絡み付いてきて虚無顔になった。
ぎゅうっと抱き付いてくる悟の背中をぽんぽんしつつ、舞台に放置された楽器を見る


『悟、バイオリンが舞台にポイしてありますけど』


「アレ家から掻っ払ってきたヤツだから気にしなくて良いよ」


「楽器が可哀想だろう。拾っておいで」


「えー。じゃあ皆で舞台行こ」


「寂しんぼか」


「じゃあ硝子と刹那と先生連れてくからな。独りで座っとけよ意地っ張り」


べぇ、と悟が舌を出す。
その瞬間、傑の笑顔が引き攣った。
私と硝子は目を合わせる。
ゴングが鳴りましたね。そうですね。


「本人達の肯定なく連れていくのは誘拐って言うんだ。知ってる?
強引で傲慢な五条くんは知らないかも知れないけど」


「肯定をわざわざ確認しなくても嫌がってねぇ事ぐらい判んだろ?なに?オマエっていちいち言葉にしなきゃ伝わらないとか面倒臭い事言うタイプ?
頑固で狭量な夏油くんは本日も猫の額みてぇな許容範囲で元気に生きてて何よりですねぇ?」


「ふぅん?言葉にも態度にも出せないだけかも知れないのに?五条くんは心でも読めるのかな?
人の心を理解したつもりでふんぞり返って神様気取りは楽しいか?
強情で自己中心的な五条くんは本日も爪楊枝みたいな堪忍袋の緒の長さで元気に生きてて何よりだよ」


「ハイハイハイハイ自分は他人を思いやれますアピールオツカレサマ。
神様?猿の惑星のテッペンなんか取って何が楽しいんだよ下らねぇ。
堪忍袋の緒が短かろうがカッチカチの思考回路で生きてるオマエよりは百倍マシだね。
────だって俺は、護るべきものを絶対に間違えたりしないよ」


「……それは、私が間違える可能性があると言いたいのか?」


「さぁ?俺、人の心読めないからさぁ?わかーんなーい♡」


傑の背後から呪霊が顔を出した。
悟は口角を吊り上げて印を組む。
…喧嘩するならテディを離して欲しいなぁ。
お前が左手でぎっちり抱き込んでるテディちゃんに一瞬で良いから意識を向けて欲しいんだよなぁ。
既に硝子は避難している。夜蛾先生は取り残される私に気付いたのか、硝子と此方の中間辺りで様子を窺っている。
頭を抱え込む様に引き寄せられ、事態の重さを察した。
この馬鹿共、此処で殺る気である。


「…表に出なよ。話をしようか」


「やだね。独りで行けよ、さーびしーんぼ♡」


『……おなかすいたなぁ』


先生、ご飯は何処に連れていってくれるんだろう。完全に現実逃避だ。
悟の肩越しにぼーっと舞台を眺めていると、急に肩を引き身を離された。
目を丸くする私を悟が真顔で見ている


「え?刹那ハラ減ったの?センセーもうディナー予約した?まだ?早くしてよ刹那可哀想じゃん」


『え?』


「あ、刹那何が食べたい?ドレスアップしてるからグレード高くても何処でもいけるよ」


「五条。私肉が食べたい」


「硝子は肉ね。傑は?」


「私も美味しいステーキが良いな」


「傑も肉か。刹那は?」


再び問われ、思わず笑った。
いやさっきまで喧嘩してたじゃん。何で普通にご飯の話始めた???


『じゃあ私も。美味しいステーキが良いな』


「オッケー。せんせー!!俺美味いステーキの店知ってるー!!!」


にっと笑った悟が先生の方に向かっていった。
それを見送って、残された私と傑は顔を見合わせる。同時に漏れたのは苦笑いだ


『……喧嘩、終わったね』


「テディ愛好家はテディちゃんのお腹が大事みたいだね」


『傑大丈夫?モヤモヤしてない?』


悟は喧嘩を一瞬で切り上げる事が出来るタイプだが、傑は違う。きちんと決着を付けて区切りを持たせたいタイプだろう。
そんな傑が謝罪もなく唐突に放置されたらモヤッとするのではないか。
そう考えて訊ねると、傑は優しく笑って首を振った


「大丈夫だよ。私の事は可愛い娘が気に掛けてくれているからね」








小夜曲を奏でて







刹那→コンサートホールに初めて行ったし、バイオリンも初めて触った。
喧嘩をするなら私を離して下さい(真顔)
ステーキは美味しかった。

五条→かっこいいと言われて少しバグった。かわいいじゃなくてかっこいい…?(照れ)
バイオリンもピアノも琴も演奏出来るらしい。
将来的には家にピアノでも運び込むかもしれない。
ステーキを沢山食べた。

夏油→悟は才能と外見にステータスを全振りしたんだな(確信)
喧嘩は何時もの事なので気にしない。何なら五条の煽りを突然の猫パンチだと認識している。
刹那が気に掛けてこそっと聞いてくれるのに毎回ほっこりしている。
ステーキを山ほど食べた。

硝子→五条は何が出来ないんだろう?と首を捻った。
刹那の何気ない呟きに被弾する五条を笑って見ている人。学園ダークファンタジー?どこが???(呪霊はダーク要素じゃないらしい)
ステーキは美味しかった。

夜蛾→悟は何故出来るのにやらないのだ…(頭を抱える)
コンサートホールでの演奏は録音した。さしすせにデータをあげたら喜んでくれたのでほっこりした。
ステーキ店に行ったら財布が軽くなった。

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