一瞬だけ不穏

「これより、五条悟育成計画途中報告会を行う」


「wwwwwwwwwwwwwwwwww」


「せんせー、夏油くんが始まる前からクソゲラでーす」


「もう名前で笑えるレベルの報告会って…」


「ウケるwwwwwwww育成計画いつまでつづくんwwwwwwwwwww」


薄暗い教室の中、俺と語部、夏油と家入の四人が席に着いていた。
今回桜花は任務の為欠席。つまりまとも枠が減った。信頼するには些かムラのある家入しかまともな奴が居ない。
スクリーンに映されたのは、配られた資料の最初のページだった。


《さとるくんの せいちょう》


《・ひとを 思いやれるように なったよ!
・がまんが 出来るように なったよ!
・ごめんねが 言えるように なったよ!》


《これからの もくひょう》


《・バルサンを やめよう!!!!!
・善意の 爆弾を やめよう!!!!!
・言葉のナイフで 心を 折っては いけないよ!!!!!
・もう少し ひとに 優しくして!!!!!!!!!》


「必死かwwwwwwwwwwwwwwww」


「ウケるwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「ビックリマーク多すぎwwwwwwwwww」


「……苦労してるんですね、先生」


字面から伝わってくる必死さが痛々しい。
思わず呟けば夜蛾先生が深く頷いた。


「悟は確かに謝罪を言える様になった。しかしそれはしすせの三人にだけだ。
他の者が対応を間違えれば口撃して心を折る」


「心をwwwwww折るwwwwwwwwww」


「やべぇwwwwwwwwwwwwwwwww」


「最近悟は善意でやらかす事が増えたな。善意なら高専に海を持ってきて良い訳じゃないんだ。
子供を魔のピタゴラスイッチに巻き込んで良い訳もないし、ストーカーでキャプテン翼ごっこをして良い筈もない」


「やってる事がやべぇwwwwwwwwwww」


「キャプテン翼ごっこ…?」


何それ。サッカーしたの?ストーカーと?
俺が呟くと、先生が眉間を揉みながらとある席を指差した


「そうだ。其処に居る笑い袋:すと共にやらかした」


「先生!!私は無罪です!!!」


「悟くーん!傑くーん!と名を呼び合いながらストーカーを蹴り、最後にごみ捨て場にシュートしたという報告が入っている」


「チッ」


「舌打ちしたwwwwwwwwwwwwwwww」


「誤魔化すの失敗してるやんwwwwww」


「うわあ…」


ストーカー“と”じゃなくて、ストーカー“で”サッカーという恐ろしさよ。やっぱりこいつらやばい。
引いている俺を他所に、ページは進む


《さとるくんの こいごころ》


《Fさんの証言
ぶっちゃけもうヤれば良くね?》


《Kさんの証言
ボスはテディちゃんと居ると凄く優しい顔になるよなぁ。まぁテディちゃんも事情があるみたいだし、ゆっくり二人で愛を育めたら良いんじゃないか?》


「おい教師」


「なんで教師が最低な発言してんだ」


「夜蛾先生、これは人選ミスでは?プロのヒモに恋愛聞いてもダメでは???」


三人が三人とも体術の先生のコメントにつっこんだ。
というか元呪詛師仲介役の方がまともなのは何で???バリバリに相談出来る頼もしい大人なのは何で???アンタ元悪役だろ?悪い成分どこ行ったの???
あとアレだ、ページの隅っこで踊ってるさとるっちはパラパラ漫画だな?
捲ったらチューチュートレインしてる。上の方のさとるっちはキャットフードの袋に頭突っ込んでる。暴食の化身か。隣ではすぐるっちが仮面ライダーのポーズしてる。腹筋バキバキなのはなんで?なんでこう、隅のキャラクターに力を入れてるの?
嫌な事があったの?先生疲れてます?休んで???


「最近悟は刹那に対して、とても紳士的かつ気を遣える様になってきたらしいな」


「異議有り。紳士は女の汗の臭い嗅いだりしません」


「…若干の変態行為を覗き、所謂スパダリになってきているらしいな」


「異議有り。奴は私の娘の腰骨や太股のサイズを夜な夜な計測しています。そんなのは紳士ではありません」


「………悟は犯罪者だったのか?」


「「イエッサー」」


家入と夏油が真剣な顔で頷いた。語部が笑いすぎて死んだ。
俺としては汗を嗅ぐのも論外だが、夏油の言った夜な夜な計測しているという行動がヤバいと思う。
何故測る?そんなに変わるか?一日で激太りでもするの?そもそも女性の身体にメジャーを当てるなんて有り得なくない???
普通にヤバい。
五条悟とはヤバいという意味の言葉だった…?


「今回は悟だけではなく、此方も用意している」


《一分でわかるせつなちゃん》


《せいかく:おだやか
わりとうっかりしていて さとるくんにつけこまれる

好きなもの:しんゆう
流されやすいので さとるくんにつけこまれる

とくぎ:りょうり
丸め込まれやすいので さとるくんにつけこまれる》


「まってwwwwwwwwww悟に付け込まれるのしかわかんないwwwwwwwwww」


「うそだろwwwwwwwwwwwwwwwww」


「なんでこんな説明作ったwwwwwwwww」


「全然判んねぇ……」


一分で判ったのは何かにつけてさとるくんが付け込むって事だけである。
にっこり笑った桜花の写真に添えられたポップな説明文が無意味。もうこれは五条悟が付け入ります。で終わるだろう。
隅に描かれたテディベアのイラスト。川で流されているのは河童の川流れのオマージュか?ただの水難事故だけど。
隣の絵ではハートを乱舞させる猫に押し倒され、悲鳴を上げている。いやこれ何時もの光景だな。
ゲラゲラ笑う三人を、先生は静かに眺めている。
ねぇ先生、これどんな気持ちで作ったんですか?意味あります???


「悟も問題だが、ガードの緩い刹那も問題なんじゃないかと最近思い始めてな」


「ああ、だから今日は刹那抜きなんですね」


「そうだ。刹那は元より押しに弱いだろう。そして押す相手によっては紙の様に流されてしまう」


「紙」


「傑と硝子はある程度常識を持って刹那を流す。だが悟は常識が死んでいるだろう」


「死んでますね」


「そして悟は己の欲に忠実だ。欲望のままに刹那に触れる事を押し通すし、刹那も何だかんだ言われると流されてしまう」


「そうですね」


頷く三人。家入と夏油を見て、先生は拳を振り上げた


「そこで俺は考えた。刹那の方をもう少し強く出来ないか、と!!!」


「「無理」」


先生の渾身の提案が、たった二文字で棄却された。
暫し無言が流れ、先生が問い掛ける


「何故だ?」


「いや無理じゃん。刹那が五条の頼みを断れる様になれって話でしょ?無理じゃん」


「刹那は元より押しに弱いですし、親友である私達の押しにはそもそも立ち向かう気すらない。
悟も刹那が本当に嫌がる事はしませんよ。センサー付いてるんで」


「センサー?」


「刹那のアウトラインセンサーです」


真顔で夏油がそう言った瞬間、家入と語部が伏せた


「センサー搭載してんのあいつwwwwww」


「センサーwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「高機能ですよ。刹那が僅かでも嫌がれば直ぐに受け入れ体制を取りますからね」















「〜♪」


『美味しい?』


「ん!」


最近オープンしたプリン専門店で、私と悟はオススメプリンを食べていた。
サングラスを頭に乗せてニコニコしている悟はホイップたっぷりやわらかプリン。私が頼んだのはほろ苦カラメルの焼きプリンだ。
濃厚な味のプリンだが、ほろ苦いカラメルソースのお陰でくどくない。
目をキラキラさせて此方のプリンを見ている悟は周囲の女性客の注目の的なんだが、見事に無視している


『此方も食べる?』


「あ!」


『鳥の雛かな?』


皿を押す前に、ぱかっと口を開けて待っている悟に笑う。スプーンで掬ってそっと口許に運ぶと、プリンが口の中に消えた。
もぐもぐと口を動かした悟が、幸せそうに笑う。


「美味い!カラメルが丁度良い!」


『だよね。しつこくなくて丁度良い』


ブラックコーヒーで口の中をリセットしていると、すっと目の前にホイップの乗ったプリンが差し出された。
視線だけで其方を見ると、ニコニコした悟がスプーンを持っている


「刹那、口開けて」


『あ』


悟のプリンは卵を生かした濃厚な味わいで、甘すぎないホイップが最後に口の中を整える。
美味しいと伝えれば悟も嬉しそうに笑った。


「渋谷って何時来ても人多いよな」


『そうだね』


プリン専門店を出て、フラフラと街を歩く。
見渡す限りの人、人、人。
皆一様に幸せとはいかないだろうが、平和そうで何よりだ。


「なぁ刹那、急に身長伸びたりしねぇ?」


『悟は私を筍だと思ってんの?』


「だって俺の視界に入んねーんだもん」


それはお前がでかいからだよ。
誰が190の視点にひょこっと入るというのか。私達でそれが可能なのは傑ぐらいだろう。私と硝子は無理。


「外じゃ抱えんのもダメだろ?…気付いたら居なくなってそう」


『猫か。今しがみついてやってるでしょ』


取っ捕まえた悟の左腕をぶらぶら揺らす。
そう、悟がこうやって要らん心配をするので、私は街を歩く間悟の腕に腕を絡ませていたのだ。
言わばだっこちゃん人形。悟の腕を空気で膨らませた人形の如くホールドしている。


『だっこちゃん人形の何処が不満だ。言ってみろ』


「だっこちゃんwwwwwwwwwwww」


『おいクソゲラ』


もうほんとこいつ直ぐ笑う。
楽しそうに笑っている悟はサングラスを着けているから、その蒼い瞳は見えない。
けれど本当に楽しいのだというのは十分に伝わってきて、私も笑った。


「あ、じゃあさ。俺がオマエの腰に手回すのは?」


『そうなると私の右手が狭くない?』


「俺の腰に回せよ」


『やだよ。なんか二人三脚みたいじゃん』


「wwwwwwwwwwwwwwwwww」


『え?今度は何が面白かったの?』


真上から降ってくる声に首を捻る。
何が面白かったの?随分ゲラじゃん?
横断歩道前で止まっていると、知らない人に声を掛けられた


「あのー、すみません」


『はい?』


「おい刹那」


「今お時間ありますか?私モデル事務所のスカウトをやっておりまして」


へこへこと頭を下げる男の人の目的が判り、手を離すべきか悩んだ。
彼は悟をスカウトしたいのだ。これはだっこちゃん人形邪魔では?
困っていると信号が変わったらしく、引っ付いたでかいヤツに引っ張られた。
正しくは、一瞬脚が地を離れた。とても驚いている。


「信号変わったぞ」


『今身体が浮いたよ?』


「持ち上げたもん。ねぇ、見た目かわいいけどこれ俺が捕まえてる訳じゃねぇじゃん?一回腕離して。俺が捕まえとく」


『本音が漏れてるよ。腰に手を回すじゃなくて捕まえとくって言ってますけど?』


「じゃないと不安。刹那が逃げても捕まえる自信はあるけど自分で捕まえてたい。だめ?」


『んー…まぁ右手が自由になるなら良いのか…?』


手を離した、ら一瞬で腕が腰を取った。
速いな?一瞬で絡み付くじゃん。ポケモンか?しめつける食らったの私???


「すみません、私こういう事務所の者で」


「芸能界に興味はありませんか?」


「せめて名刺だけでも!」


「なんだ今日、厄日か」


『悟大人気だね』


「猿にモテても嬉しくねー」


今日は渋谷に有名人でも来ているんだろうか。何だか物凄く周りも此方を見ているし、時折ケータイを向けてくる人も居る。
……なんか、嫌な空気だな


『悟』


「なぁに?」


『…一旦高専に戻って、何か変じゃないか聞こう』


「え?やだよ。まだパフェ食ってねぇじゃん」


私をしっかりと捕まえているらしい悟は、多分無限を張っているんだろう。雑踏の中を避ける事なく進んでも誰ともぶつからないというのは、そういう事だ。


「大方ネットの掲示板にでも俺かオマエが載せられたんだろ。雌猿の行動と話が聞こえた」


『え、なんて言ってたの?』


「国宝級イケメンが渋谷に来てるってな。ほら、掲示板」


悟がケータイを差し出した。
覗き込むと、横向きの悟とその腕にしがみつく私の画像が表示されていて、ぞっとする。視線がカメラと合ってない。…明らかに隠し撮りだ


『うわ、きもちわる』


「猿の嫉妬なんかこんなモンだろ。最初は興味、次は出来心、そんでマジになって、最後は独り善がり。
此方の都合なんか考えやしねぇ。俺はオマエらのオナる為の人形じゃねぇっての」


『女子の前で下ネタ良くないでーす』


「へーへー、気を付けマース」


掲示板をスクロールしてみると、まぁ女性が書いたのかな?と思しき私への悪口が羅列されている。
それを読み込む前にケータイが取り返された。


「まぁ、こんだけイケメンが可愛い女連れてれば目立つだろ。よーし、猿の恨み辛み嫉み妬みを育てる為にパフェ行こうぜ」


『お前が呪詛師だった…????』


「違ぇ。三級程度しか祓えないクソザコ呪術師の為に金を産み出してやってんの」


『やっぱり呪詛師』


悟に呆れつつ、街を歩く。


────刹那ちゃん、みーっけ。


最後の文面、たまたま見えたそれが嫌に気になった








足許は奈落







目次
top