まってそこ詳しく

秋。
焼きいもが美味しい季節だ。
あとは栗。冬に向けて栄養を蓄えた魚も美味しい。


「一個食べたい」


『揚げたてを?火傷するよ?』


「ふーふーすりゃいける」


『口の中で悲劇が起きるよ。揚げ終わりを待ちなさい』


パチパチと泡立ちながら油の海で浮かぶドーナツ。それを菜箸片手に見守る私と、背中にぴったりとくっついている悟。
勢い良く跳ねた油が空中で動きを止めた。
それをじいっと見つめながら、私の肩に顎を乗せて悟が言う


「油ってマジで危険物だよな。なんで人類ってこんな劇物使って料理しようなんて考えたの?」


『どうしても食べたいものがあったんじゃない?』


「ドーナツ食べたい」


『良く見て。まだ生揚げだよ。お腹壊すよ』


私のお腹の上で絡んだ指が、ピアノを引く様に軽やかに動いて擽ったい。
空いていた手で軽く叩けば、暇なんだろう悟が抗議する様に頬をくっ付けてきた


『暇なら傑達の手伝いしてきて』


「やだ。俺居ないと油痛いよ?良いの?」


『さとるっちに頼むから』


「いーやーだー!俺がする!」


『駄々っ子?』


「ちょっとでも役立てば沢山ドーナツくれると思ってる」


『素直か。悪巧みを本人にバラしてどうするの』


思わず笑えば、悟はへにゃっと笑って頬にキスをしてきた


「刹那は俺に甘いから、付け入ろうと思って」


『だから本人に言うなよ』


「言った方が仕方ないなって受け入れてくれるだろ?」


『嫌って言うかもよ?』


「その時は別の手段を考える」


『いや諦めて?』


なんで折れないんだ。どうしたって私が折れる未来しか見当たらなくてとても不憫。
ドーナツをひっくり返す。
暇を持て余す悟がすりすりしてきて、擽ったいわ邪魔だわで笑うしかない


『さーとーるー!油!危ないから!』


「俺がオマエに怪我させるかよ。無限張ってる」


『術式の無駄遣い』


「人を油避けのアクリルボード扱いするオマエが言う????」


いやだって便利なんだもん無限。掃除にも料理の補助にも使えるんだもん。
普段はポシェットに入ってマツケンサンバを歌っているさとるっちが、今日は暇を言い渡されて窓際でお昼寝している。へそ天。かわいい。
大きなお猫様は無限を張りはするがじゃれてくるので、正直小さなお猫様の方が良い様な気がしてきた


『悟、大人しくしないとさとるっちとチェンジね』


「は?????なんで???
俺無限張ってるよ?邪魔してねぇのに?なんでクソ猫と交代なの????」


『いやじゃれてくるじゃん』


「かわいいでしょ。許して」


『ふてぶてしいから許したくなぁい……』


きつね色に身を染めたドーナツをお皿に上げる。
次のタネを油に投下すると、ぎゅうっと抱き付いてきながら悟が口を開いた


「…ねぇ、刹那」


『ん?』


声のトーンが低くなった。
真面目な話かと目を向けると、蒼が此方をじいっと見つめていた


「刹那はさ、桜花から解放されたら、何したい?」


『ん?……んー』


…考えた事もなかったな。
これから最低でも十年は桜花の当主を務める事になるだろう、とは思っていたけれど。
解放とは、桜花の名字を捨てると言う事だ。
…桜花から離れる事が出来たら、私はどうなるんだろう


『……名字、考えなきゃだね』


「ん?…ああ、それが良いな。前の名字なんか使うなよ」


『うん』


膨らんでいくドーナツを眺める。
名字を考えて、多分その頃も呪術師だろうから、呪霊を祓って。


『ああ、皆でお祝いパーティーしなきゃ』


「ケーキ作る?」


『悟のケーキ作りは一大イベントなんだよなぁ』


「お祝いだろ?そりゃ全力でやんなきゃ」


にひっと笑う悟に目を細め、ドーナツをひっくり返す。
パチパチと油の泡が弾ける音を聞きながら、悟が呟いた。


「刹那、もし当主がしんどくなったら…雪光が育つ前に耐えきれなくなったら、俺に言ってね」


『……もしそうなったら、どうするの?』


「刹那を俺の婚約者にするよ」


『ん??????』


いや待て。なんて????











ぱーどぅん??????










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