汝の足許を見下ろすが良い

「俺は、悪く、ねぇ!!!!」


職員室で正座させられた五条はむっと柳眉を寄せ、ぎゃんぎゃん叫んでいた。
その様子に夜蛾が額を押さえる


「悟……なら何故校舎前を大規模破壊して別校舎の生徒のケツにロケット花火を刺した……」


「気に食わなかった!!!」


「気に食わんなんて理由で手を上げる程、お前は自分の心を制御出来ない訳じゃないだろう。敢えて制御しなかった。違うか?」


数十分前、校舎がずんと揺れる程の震動が起きた。同僚達が地震かと騒ぐ中、夜蛾が校舎を飛び出し犯人を確保する為に動いたのはすっかり問題児の世話に慣れたからであろう。
いざ見てみれば校舎前の足許が大きく抉れていて、五条は号泣する男子生徒の後頭部を踏みつけ臀部を露出させていた。
腰を高く上げた男としては屈辱的であろう体制を取らせ、その手に明らかに嫌な予感しかしない筒状の物を握り締めている。


そして、夜蛾の制止も聞かず、五条はそれを────男子生徒の臀部に突き刺したのだ。


男子生徒は絶叫した。ダメ押しに火を付けられ半狂乱に陥った。
泣き叫ぶ被害者をムービーで撮影した五条は明らかに有罪。
因みにチャッカマンを持ってきたさとるっちも共犯である。
こんな時ばかり言葉の要らないコンビネーションなぞ発揮するな。


むすっとした顔で正座をする五条の髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
口を尖らせながらも此方を見やる姿は随分と人間味に溢れていて、入学当初の五条を知っている身としてはほっこりした。
……いや待て、此処はしっかりしなくては。


「…話してみろ、悟。どうせしすせの三人が関係しているんだろう」


「………センセってエスパーだったの?」


「今年でお前達の面倒を見るのは二年目だぞ。嫌でもこうなる」


きょとんとしているであろう五条の髪を犬猫の様に撫で、向かい合う様にして腰を降ろした。
真っ黒なサングラスの奥でじいっと夜蛾を見つめたあと、薄い唇がゆっくりと動き始める。


「…あの猿、刹那か硝子のどっちかを胎にするから譲ってくださいって、言いやがった」


「……それは」


「アイツ、刹那と硝子を胎としてしか見てなかった。
どうせ五条様も孕ませる為に傍に置いているんでしょう?来馬は私が優秀な子を成さなければ滅びます。
何卒お情けを………そんな事言ったんだぜ。何処の時代劇だっつー話だよ」


そう吐き捨てた五条に何も言えず、夜蛾は彼の頭を撫でた。
呪術師の悪しき風習だ。
力のある呪術師でも、それが女なら次を成す為の胎としてしか見る事はない。
友情で繋がる関係も、深い信頼を結んだ過程も、彼女らの人格も奴等には関係がない。
五条悟は次代の優秀な呪術師を作り出す為に、優秀な女を二人囲っている。
周りの呪術師達には、そう見えているのだ。そうとしか考えられないのだ。
そしてそれは、五条の数多い地雷の中でも取り分け深刻な被害を撒き散らすものである


「……なぁ、悟」


「んだよ。謝んねぇぞ。地面に顔面擦り付けて首差し出さねぇといけないのはあの雑魚だ」


「そこまでさせるな。…悟は、この一年で随分と人間らしくなったな」


「?そうだろうけど、急になんだよ」


首を傾げた五条にそっとチョコレートを握らせる。
ぱっと表情を明るくさせた問題児にほっこりしつつ、夜蛾は口を動かした


「此処に来て一年半程度。お前は随分と明るくなった。優しくなった。
…なら、それは今同じ状況にある未成年の呪術師にも当て嵌まるんじゃないか?」


「?…なに?桜花みたいに才能がある一般出身を買ってこいって?」


「ペットじゃないんだ買うな。…強い呪術師に必要なのは、何だと思う?」


夜蛾が問うと、五条は大きな目を何度か瞬かせ、それから当然と言わんばかりの顔で答えを口にした


「優秀な術式に豊富な呪力、それから強靭な肉体だ」


「ふむ。なら、強い人間とは?」


「???…甚爾?」


「合っているが違う。やめなさい、全て見習うのはやめなさい」


「でも甚爾競馬予想クソ過ぎ。ダートの状況と馬の身体と騎手の観察すりゃ素寒貧になんかならねぇのに」


「判った、伏黒はあとで呼び出しておく」


明らかに肉体が限界突破しているが、性格に難アリの男の名を口にした教え子の頭を強めに撫でる。
やめなさい、これ以上の破天荒なんて要らない。馬なんて覚えずお前はそのまま育ちなさい。
というか未成年:人間歴一年の子供を競馬に連れていくなんて、あの男は何を考えているのか。
夜蛾は頭を抱えたくなりつつ、本題に戻す事にした


「なら悟、お前は強さとは何だと思う?」


「は?そんなの肉体の強度だろ。強いから蹴りで人間の首も折れる。多分人間の頭もぐちゃって出来る」


「一旦伏黒から離れろ。あれはゴリラだ」


「夜蛾センもゴリラ」


「しばくぞ」


一息挟み、再び夜蛾は口を開く


「強さとは、心、技、体が整ってこそのものだと言われている。
だが伏黒の奥さんで考えてみろ。彼女に技は備わっているか?身体は悟を圧倒するほど強靭か?」


「んーん。トロいし脚掛けたら転びそう。こないだ脚立に乗ろうとしてたから、俺が代わりに棚のヤツ取ってあげた」


「偉いぞ。女性と子供には特に優しくしてやれ」


「……へへ」


嬉しそうに笑う五条に夜蛾は自分の表情も緩むのを感じた。
そっとチョコレートを握らせる。
俺の教え子がこんなにかわいい。


「そう、普段の彼女はお前より遥かに弱いだろう。
だが、彼女がお前を叱る時、お前は彼女を弱いと思うか?」


「とてもこわい」


即答した。
どうやらとてもこわいらしい。
夜蛾は遠目から見掛けた程度だが、伏黒夫を正座させ、真正面で仁王立ちする彼女は修羅を背負っていた。
あれは怖い。恐らく怒らせてはいけないタイプの人間だ。


「そう。あとは子供達だな。恵と津美紀を護る為なら、彼女はとても強いだろう」


「……母親だから?」


「それもあるだろうが、一番は彼女の心の在り方だろう。心の芯がしっかりと根差している人間は、強いんだ。
其処に肉体の強弱は関係無い。現にお前も伏黒も、傑だって彼女に叱られれば敵わんだろう。
それは、彼女の心が強いからだ。お前達に頭ごなしの一般論ではなく、傷も恐れず自らの本心でぶつかってくるから正論嫌いなお前も聞かざるを得なくなる」


「夜蛾センセと硝子と時雨とママ黒サンの正論は判るけど、傑の正論が嫌なのは?」


「関係性にもよるな。俺達はお前に“お前の納得出来る一般論を教える者”という捉え方なんじゃないか?
逆に傑はお前にとって“善悪を教える者”。だから、正論を言われると腹が立つ…のか?」


悩んで絞り出した答えに、五条が目を瞬かせた


「善悪と正論って違ぇの?」


「まぁそもそも価値観なんぞ、誰かの物差しによるものだがな。
一般的に善悪は、その行為や事柄を総合的に良いか悪いか判断するもの。
正論は道理にかなう正しい理論や主張だ。
…傑は生真面目だから、これはこうあるべきだ、という決め付けが強いのかも知れんな」


「あー…だからか。じゃあオマエの正論押し付けんなって今度言うね」


「やめろ。校庭が死ぬ」


















「話が逸れたな。悟、最強とは?」


「俺」


「確かにお前は強い。だが、そこに心を含めるとどうだ?」


「あぁ?……誰の心が弱いって?」


むすっとした五条が夜蛾を睨み付けた。
サングラスをずらし、夜蛾の表情から思考を分析しようとしている五条に苦笑して、夜蛾が首を振る。


「弱くはない。ただ、もっと強くなれるだろうと言いたいだけだ」


「……?確かに領域展開はまだ出来てねぇけど。それと心が関係ある?
あれだって俺の生得領域を現実世界に引っ張り出すってだけだ。確かに心の中の具象化だけど、数回術式動かしゃコツも掴めるよ」


「悟、お前は何故戦う」


不意に夜蛾が落とした問いに、五条は目を丸くした。
まるで、そう問われた事が初めてだとでも言うかの様に


「……え?だって、それは」


「五条悟だから、は通用せんぞ。それはお前の心からの返答とは言えん」


ぽん、と武骨な手が白銀の髪を掻き混ぜる。
迷子の様な顔で見上げる五条を見下ろす夜蛾は、優しい顔をしていた


「宿題だ。お前は何故戦うのか、それを考えろ」










師の課題











五条→泣いてる男子生徒を処した。
何故戦うか?え?そんなの俺だからじゃだめなの…???

夜蛾→胃が痛い。しかしすくすく育っている教え子にほっこりする(マッチポンプ)
ぶっちゃけ一番話したかった事が流れた。

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