我は此処に在り

「────何故、戦うのか?」


俺に訊ねられた傑は細い目を丸くした。
自販機の前、心底驚いたと言わんばかりの顔でベンチに座る俺を見て、それから深刻そうな顔をする


「悟」


「んだよ」


「悩み事か?もしかして家から嫌がらせでもされているのか?水臭いぞ、私達は親友だろう。
何か嫌な事をされてそんなにも悩まされているなら喜んでバルサンしようじゃないか」


「違うんだよなぁ。ママ変なトコでカッ飛ぶんだよなぁ」


肩ギッチギチに掴んでんなよ握り潰す気か。バシバシ腕を叩いて拘束から逃れた。肩凹んでない?傑ったらマジゴリラ。


「夜蛾センセからの宿題だよ。何故戦うのか、考えてこいって」


「へぇ、あの脳筋も難しい事を聞く」


「そんで、先ずはオマエに聞きに来た」


「他者のアドバイスはセーフなの?」


「ダメって言われてねぇからセーフ」


「ははは、ずるっこだ」


笑った傑がスポドリのボタンを押した。
隣に座るとキャップを捻り、うーん、と思案げな声を出す。


「私の場合は、護りたいから、かな」


「護る?」


「私の両親は非術師だ。それでも、幼い頃から彼等には見えないものに怯える私を疎む事なく、愛してくれた。
だから、私はその愛に護る事で応えようと思った。それが最初かな」


「……ふぅん」


「参考になったかな?」


「ウン。ありがと傑」


「ふふふ、どういたしまして」












「何で治すのか、だぁ?」


俺に訊ねられた硝子は怪訝そうな顔をした。
人の居ない喫煙所。
硝子は煙草を咥えながら答えを探しているのか、火の先をひょいひょい揺らす。
白く小さな部屋に染み付いたヤニ臭さに、堪らず顔を顰めた


「知りもしねぇ猿共の吐き出した有害物質で俺の肺がレイプされてる……」


「案外合意かもよ?」


「やだよ。臭いし副流煙なんてガンの発生リスク倍になんだぞ?何で猿に俺の健康脅かされねぇといけねぇの」


「反転術式使えば?私はやってる」


「世紀末過ぎない????」


何でそこまでして煙草を吸う?
治すなら吸うなよ。どんだけ吸いてぇんだよ。
ヤニ中毒の女は天井を見上げ、俺の問いを反芻させた


「そりゃあ、私にしか出来ないからかな」


「人の為って事?」


「いんや?治してやるって決めた私の為」


小さな口から紫煙が吐き出される。臭い。
鼻を手で覆った俺を硝子が鼻で笑った


「私は呪霊を祓えない。けど、怪我をした奴を治せるのは私しか居ない。それなら、私は私の戦場で戦う。
お前らを死なせないってのは、私が勝負に勝ったって証なんだよ」


「パパ……」


「息子が可愛くねぇな」


硝子はそう言って俺の髪をぐしゃぐしゃにした。













『……何で戦うのか…?』


俺に訊ねられた刹那は不思議そうに目を瞬かせた。
場所は中庭。クソ猫と散歩していたらしい刹那を捕まえて件の質問をしてみれば、うーん、と悩みながらベンチに座った。
俺も隣に座り、持参した水筒から紅茶をカップに注いで刹那に渡した。


『良いの?ありがとう』


「ん。今日はダージリンにしてみた」


『紅茶って水筒には不向きなんじゃないの?』


「アイスティーなら酸化しにくいからオススメ」


『そっか。今度やってみるね』


「ウン」


微笑んだ刹那が紅茶の香りを楽しんでから、カップを口に運んだ。
ゆっくりと細い喉が動き、ふわりと笑う


『美味しい。ありがとう悟』


「どういたしまして。次また美味しいの作るね」


『期待してるね。あ、今度硝子とパン作るけど何が良い?』


「シュガートップとチョコチップとバターましまし!!!!」


『すんごいリクエストするじゃん』


「え、だめ…???」


『うーん……作るの手伝える?』


「手伝う!!知ってるか!?アンパンマンパンってあるんだぜ!!!」


『ややこしいな。アンパンじゃだめなの?』


「それじゃただのあんぱんだろ。アンパンマンのパンだからアンパンマンパンなんだよ」


『正義の味方を食うなwwwwwwwwwww』


ケラケラ笑い、刹那が正面に顔を向けた。


『何で戦うのか、だよね?…私の場合は、それしか道がなかったから、かな』


その答えに、どきりとした。
……刹那は、もしかして。


『私が売られたっていうのは知ってるでしょ?簡単に言うと、理由はそれ。
呪術師で居れば桜花に戻らなくて済んだから。
というか桜花刹那になったその日から、私には呪術師になる道しか残されてなかった。それだけ』


────ああ、刹那は。
刹那は、俺と同じなんだ。


五条に産まれていなければ。
六眼を持っていなければ。
無下限呪術を宿していなければ。
豊富な呪力がなければ。
恵まれた体格でなければ。


……五条悟じゃ、なければ。


正直何で戦うのかなんて、考えた事もなかった。
俺が五条悟だから。そうあれかしと望まれたから。それ以外の道なんて提示されなかったから。知らなかったから。


傑は家族を護りたいから。
硝子は自分の矜持の為。
どちらも戦う理由を持っていた。


……じゃあ俺は、俺の為に、どうやって戦えば良いんだろう。


黙り込んだ俺が気になったのか、小さな手が髪に触れた。
擦り寄ると小さく笑って、言葉が紡がれる


『まぁ、最初はそうだったけどね。今は違うよ』


「……違うの?」


『うん。私はね、私を大事にしてくれる人の為に、戦うよ』


そう言って、刹那は笑った


『大事な親友達に、クラスメイトに、後輩に、見守ってくれる先生。お世話になってる一家に、未来の義弟とその子を保護してくれてる人。
……いつの間にかめちゃくちゃ増えてるけど、その人達が明日笑顔になれる様に、今日祓ってる』


「………それは、オマエの為って言えんの?」


『言えるよ。究極的には笑顔で居てほしい私の為だし』


菫青がキラキラと輝いている。
きっとそこに嘘なんてなくて。
自分の為だと疑わないその理由は、やっぱりお人好しの挙げそうなものだった。
……そこにオマエ自身が入っている様で入ってねぇのはほんと馬鹿。


『納得してくれた?』


「お人好しのクソ真面目だなって思った」


『嘘でしょ。何処までも身勝手なのに』


「それが身勝手なら猿共は何処まで自己中なんだよ」


綺麗な黒髪に指を通す。
護りたいもの。護るべきもの。
何を大事にしたいのか。何を選ぶのか。
……答えは、勝手に俺の中で出来上がっていたらしい。












「先生、答え。見付けましたよ」


「ほう?言ってみろ」


呪骸の調整を行っていた夜蛾は、部屋に現れた五条に続きを促した。
サングラスを外した教え子は、類い希なる蒼を爛々と輝かせ、言い放つ


「俺が戦う理由は、俺が俺として日々楽しく生きる為だ」


「ふむ?」


「俺の宝物と、まぁ護ってやっても良いかなって思える奴等を護る為に戦う。
俺の宝物はお人好しのクソ真面目ばっかりだから、アイツらが勝手に傷付かねぇ様に、俺が護る。
そうしたら、俺が楽しく生きられるから」


「……仮に、お前の宝物が道を踏み外したら?
その時、裏切られたお前はあいつらを呪わずにいられるか?」


何処までも善性が勝るが故に、心が折れてしまいそうな者は既に夜蛾の中で候補が二人ほど挙がっていた。
酷とも取れる夜蛾の問いに、五条は目を瞬かせた。
それからにっと笑って見せる


「呪うに決まってんじゃん。
だから、居なくならない様にずぅっと捕まえとくんだ。


────ねぇ、センセ。思考停止は衰退だよ。


俺達は親友だ。
でも、親友だから全部話してくれるなんて有り得ない。
寧ろアイツらは親友だから、俺に話せなくなるんだよ。
傑は煽って喧嘩してそこで本音を吐き出す事が多い。刹那は寝る前に優しく聞き出せば、話してくれる事が多い。
硝子は大抵煙草で誤魔化すから、一緒に居たらポツポツ話してくれる。


センセ、知ってた?
人間ってさ、一秒後には新しくなってるよ。


目には見えないけど新しいの。振り返れば一秒前の自分が無数に倒れてる。
一秒の刹那的な感性が無限に連鎖して積み重なって、新しい心で生きてるんだよ。なんだっけ、この考え方?仏教に近いのあったな……ああ、刹那の意味だ。
まぁいっか。傑も硝子も刹那も親友だよ。俺の宝物。
何を考えているのか、こういう時にどう考えるのか。知りたい事は沢山あるし、きっとそれは聞いても知ったつもりになるだけで、新しい一秒が何度も何度も積み重なった数日後には、アイツらの答えが違うかも知れない。
ずうっと。ずうっと俺が、本当の意味でアイツらを全部知る事はきっとないんだ。


だから、俺が追求を止めたら……親友だからって、そんな言葉で思考停止したその時に、アイツらを俺が裏切った事になる」


「…お前が裏切るのか?あいつらが裏切るのではなく?」


「そう。親友だから、って言葉はただの飾りだろ。そんな薄っぺらい言葉だけで永劫続くなら恋人は浮気しないし、夫婦は離婚しないし、正直者だからって信頼されてた奴は詐欺なんてしない。
ハリボテだよ。ラベリングして安心して、気付いた時には底が抜けた缶詰になってる。
関係性に胡座かいて擦れ違ってりゃ世話ねぇじゃん。


仮にアイツらが俺を裏切るとすれば、それは先に俺が裏切ってるんだよ。


アイツらの心を知ろうとしなくなった。親友だからって言葉に甘えて、アイツらの悩みに手を突っ込まなくなった。
それは俺の裏切りだ。アイツらの心を知るって努力を怠ったから。俺が先に足を止めてるんだ。
だから────もしアイツらが裏切ったとするなら。
それはアイツらが裏切るんじゃなくて、先に裏切った俺をアイツらが捨てるって事なんだよ」


夜蛾は口を閉ざし、じっと五条を見つめる。
その目に翳りはなく、何処までも己の意思が正しいと信じる眼差しだった。
いっそうすら寒さすら感じる激情だ。
深く愛するがゆえに、ガラスケースには入れずに肌身離さず持ち歩く。
…宝物からすれば、どちらが幸福なのだろう。


「だから、俺が呪霊を祓うのは俺の為だ。俺が人間の五条悟として、日々楽しく可笑しく生きるのに、呪霊が邪魔だから。
ついでにアイツらは金になる」


いや最後。
どうだ!!と言わんばかりの教え子に苦笑して、夜蛾は口を開いた


「良いだろう、合格だ」










何の為に剣を握るのか













五条→愛がやっぱり重くて深い。
アイツらが裏切るとすれば、それは俺が努力を怠ったからだと本気で信じている。
傷や病みを見付けたら手を突っ込んで膿を出すタイプ。
幾ら知っても満たされない。だって一秒後には宝物はまた新しくなっているから。
この度無限に追求するものになった。

夏油→悟が妙な事を聞いてきた。大丈夫?熱ある?
呪術師になったのは、自分を愛してくれた両親の愛に報いる為。

硝子→五条が変な事を聞いてきた。疲れてんの?
呪術師になったのは、自分の戦場で戦える事を示す為。

刹那→悟が不思議な事を聞いてきた。大丈夫?あ、紅茶?ありがとう。
呪術師になったのは、それしか道がなかったから。
でも今は自分を大事にしてくれる人達に気持ちを返す為。

夜蛾→うーん、愛が重いけどまぁいっか!
やっぱり本題は流れていった。

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