クサギ

※やばい
※倫理は世界一周旅行中ですので御注意下さい。








仕事を終えて、家に帰る。
鍵を開け、部屋に入った所で溜め息が零れた。
…玄関から続く短い廊下に設置したライトが灯されている。
行く前には消しているから、私以外の誰かが点けたのは明確だ。
手洗いうがいをして、仕切りとして取り付けたカーテンを手で退けて部屋を覗くと、白銀の髪の男が窮屈そうにベッドに転がっていた。
布団まで被って目を閉じている奴を見下ろしながら、スマホを耳に当てる


『もしもし、ポリスメン?』


その瞬間たぬきが寝入りをやめた


「オイオイオイオイなんで????
こんなグッドルッキングガイがベッドインしてるのに???
据え膳じゃない???ねぇ此処はオマエも微笑みながらベッドに入ってくるシーンじゃない????」


『フランス映画でもバイブルにしてんのか帰れ』


「えー???カタギこういうの好きでしょ?帰ったら男がベッドで待ってるとか予算足りてないAV設定好きでしょ?」


『カタギだけどその思考判んないわ。お前がやってる事住居侵入だし』


「え?俺はただ鍵と間違えてヘアピン差しちゃっただけだし、そもそもその程度で開いちゃうこの部屋のセキュリティー惰弱過ぎじゃない?
ねぇやっぱ俺の部屋来いよ。こんだけ誘って来ない女とかヤバくない?」


『とっとと帰れクズ』


もういい、疲れた。
定時に上がれたのにこいつの相手で一気に疲れた。
上着をハンガーに掛け、除菌消臭剤を振りかける。
着替えを取ってそのままシャワーに向かう私に、呑気な声が飛んできた


「俺、今日生姜焼き食べたいなー!」


『いや帰れ』


「ねぇお腹空いた晩飯作ってくれないと今すぐ悟くん目の前の可愛い子とシャワー室で運動したくなっちゃうけどどうする?」


『豚肉解凍しといて』


「はーい☆」


……なんでこんな事になったんだっけ。
溜め息を落としながら脱衣所に向かった。



























雨の日に傘をあげたのが全ての原因だったのか。
土砂降りの日に傘も差さず突っ立っていた黒いスーツの電柱みたいな男に傘を持たせ、さっさと帰ろうとしたら何故か着いてきた。
何も言わない癖に捨て猫みたいな目で此方を見る男を放っておけず、結局家に連れ帰ったのは私の人生に於いて明確に間違った選択だった。
……その後、捨て猫はふてぶてしく食事を集る様になったのだから。


「あ、刹那。冷蔵庫にプリン入れといたよ。あとで食べよ」


『ありがとう。…あんた何時帰んの?』


「え?泊まるけど」


『え?』


「え???」


生姜焼きをもりもり食べる男、五条悟は不思議そうに首を傾げた。
勝手に寛ぐ男は私が食事を作る間に勝手にシャワーを浴びていて、勝手に持ち込んだシャツを着ている


男は、ヤクザだった。


それに気付いたのは仕方なく五条を連れ帰った後で、自分の選択を物凄く後悔した。


だって、ジャケットから拳銃が出てきたのだ。普通に怖い。


シャワー室に濡れ鼠を押し込んだ後に発見したそれを、迷った末に財布と一緒にタオルにくるんでテーブルに置いた。
五条はちらりとタオルの塊に目を向けたが、何も言わなかった。
その日、一言も話をしなかった五条を世話して、スタンガンを枕元に置いて就寝した。翌朝五条は居なくなっていて。
変な体験をしたなと思いつつ日常に戻った筈の私の許に、五条はひょこりと顔を出す様になった


「ねぇベッド買い直さない?アレちっさいんだよね。俺の脚はみ出すんだけど」


『何度言ったら判るんだろうね。お前は床だよ』


「床で一緒寝るの?でも此処んち敷布団薄いしちっさいからやっぱり脚出るよ?」


『お前もうコンクリで寝ろ。脚を切れ』


「えっぐwwwwwwwwwwwwwwwwww」


何が面白いのか爆笑する五条を放置して、野良猫の土産であるプリンを取ってくる。
目の前に五条の分も置いてやると、男は判りやすく喜色を滲ませた


「待ってました!」


『食べたら帰ってね。私明日早いんだから』


「明日何時?送ったげよっか?」


『良いよ、十分間に合うし。プリン食べたら帰ろうね』


「あ、明日の夜は新宿辺りちょっとパーティーするから、真っ直ぐ家に帰れよ。
万が一新宿行くなら連絡して」


『帰れをずっとスルーするじゃん』


プリンを食べながら特定のワードだけスルーしていく男に溜め息を落としながら、スプーンを握った。


……数時間後。


結局帰らなかった男が隣の敷布団で転がっている。


「相変わらずちっせー。脚が出てる」


『文句言うなら廊下で寝て』


「やーだね。コレ寝心地は悪いけど、ぐっすり眠れるんだ」


『ぐっすり眠れるなら寝心地悪いとか言うな』


「あ、俺が布団買えば良いのか!」


『買うな』


ただでさえヤクザが隣に居るとか怖いんだぞ。妙な事をすれば枕元のスタンガンは最大出力でドンする気だぞ。
ベッドの上からそっと覗くと、五条は此方を見ていた。
遮る物のない蒼がカーテンの隙間から射し込む月明かりで輝いている。
……見た目だけは完璧だと思う。見た目だけは。


「ねぇ、刹那」


『…なに?』


「俺がさ、此処に泊まりに来たの、何回目だと思う?」


そう聞かれ、目を瞬かせた。
……何回目だ?初めて会ってから多分二ヶ月程度。
それから少なくとも十回は侵入されている様な……


『十……三?』


「ブッブー。正解は十五でしたー!!」


『いやなんだそのテンション』


訳判んない。というか来過ぎでは?
困惑しつつ目を閉じる。
奇妙なお泊まり会が終わるのは、何時なんだろう。












今日は休日だった。
実に喜ばしい日だ。溜まった洗濯物を干し、簡単に掃除して。
さぁ今からぐうたらしようと思っていると、扉の方からカチャカチャと音がしてきた。
…この部屋の鍵は私しか持っていない。
強盗か?こんな昼間から堂々と……
枕元のスタンガンを握る。
足音がしない様に忍び寄り、扉の直ぐ傍でスイッチに指を掛けた。
がちゃり。
扉が開いて────


「っっっっっぶね…!!!」


『……なんだ、五条か』


開くのと同時、突き出したスタンガンを間一髪で避けたのは、嫌でも目に付く白銀の男だった。
直ぐにスイッチを切り、扉の前で仁王立ちして男を睨む


『住居侵入現行犯なあんたは何しに来たの?』


「いや待ってスタンガン謝れや。それ俺じゃなきゃ当たってたぜ?」


『当てる気だったの。謝るのはお前だヤクザ、今すぐ警察呼んでも良いんだぞ』


「ゴメンネ。お部屋入れて」


『どうぞ……いや待て、なんで部屋に』


「お邪魔しまーす!!」


私を押し退け部屋に入った五条は持っていた紙袋をテーブルに置き、鼻歌混じりにネクタイを緩めた。


「ねぇ今日ディナー行かない?オススメのフレンチあるんだけど」


『いやだ。今日は録り溜めたドラマ流し続けるって決めた』


「……五万するディナーでも?」


『高い。口が腫れる。緊張で味が判らない食事とか嫌です』


スタンガンを枕元に仕舞うと、五条はサングラスを外しながら笑っている。
悪かったな庶民舌で。というか馬鹿にするなら来るなよ。
眉を寄せる私の頭を撫でて、五条が呟く


「ふふ、俺の金にも見た目にも興味ないのね、オマエ」


『なに、ディナー?行きたーい(裏声)って言っとけばお前幻滅してくれたの?失敗したな』


「え?そのままホテルでしけ込む気だっただけだけど?」


間。
ざざっと男から距離を取った。


『ナイス庶民舌………!!!』


「えー?冗談だって。…だからそんなに逃げるなよ。追い詰めたくなるだろ?」


『帰って。お願い帰れ』


「あ、そういやこのまま泊まるから。今日で俺が泊まりに来たの、何回目でしょうか?」


『知らん。帰れ』


「正解は二十回でーす!!あ、今日お好み焼きしよっか。粉ある?テーブルにケーキ置いたからさぁ、冷蔵庫に入れといてね」


『せめてお好み焼きの材料買ってから来いよ。ケーキじゃなくてさ…』











「オマエの後の風呂あっちー。なに?悟くん煮込んで出汁取りたいの?」


『煮込んで燃えるゴミの日に捨てたいよね』


「オマエほんとにカタギかよwwwwwシノギ相手に良く啖呵切るわwwwwwwwww」


『直ぐゲラじゃん』


上半身裸で浴室から出てきた男はゲラゲラ笑っている。こいつの笑いのツボってほんと判んない。


……初めて見る五条の上半身は、しなやかな筋肉を纏ってはいるが、刺青はなかった。


……意外だ。
ヤクザだって言うから、てっきり龍でも彫ってあると思ったのに。
身体を凝視する私の言いたい事が判ったんだろう、五条は胸元に長い指を添え、口角を上げた


「なぁに?龍でも居ると思った?」


『…テレビとか映画だと皆入れてるから』


「入れても良かったんだけどね。まぁ入れた時のメリットとデメリットを考えるとさぁ。昔はそれで良かっただろうけど、今は時代が違うってヤツかな。
まず風呂行けないし?まぁ行かないけど、医者も選ばなきゃいけないし?
プールとか海とか行けないし?
髪の色変えようが顔ごと変えようが、最悪墨で特定される。何より派手にやった後にサツのマークがダルい。墨ってさ、目印になっちゃうから。
アイツら張り込み盗撮普通にやるからさ、幾ら顔変えても、背中の和彫りが少しでも見えりゃ照合してパクんだろ。ウチのも一人やられた。そこら辺がデメリット。
あるのとないのじゃまぁ動きやすさが違うよね。
今時背中に龍背負ってんのは、イキった鉄砲玉か年季入ったジジイ共だけだって」


『五条はインテリヤクザってヤツなの?』


「まぁ頭良いのは事実かな。ただヤクはウチじゃやってねぇよ。
ちょっと前の新宿のパーティーも、ウチのシマでヤクばら蒔いた猿をしばく為だし」


『急にヤクザみたいな事言うじゃん…』


「俺最初からヤクザなんだけどなー」


クスクスと笑って、私に腕を伸ばしてきた。
ゆっくりと大きな手が頬を包む。
頬を撫でて、五条がゆるりと目を細めた


「…首絞められるかも、とか思わなかったの?」


『………あんたに私を殺すメリットがあるとは思えないけど』


「ふふ、そうだね。オマエを殺るのは簡単だけど、デメリットばっかりだ」


柔らかく笑った男がゆっくりと顔を近付けてくる。
額に口付けて、五条が囁いた


「ねぇ刹那、俺が泊まりに来たの、何回目だと思う?」


『………三十回?』


「残念、三十五回目でした」









「今日は何作ってんの?」


『ミートパスタ。お手軽ですね』


「俺オマエの味付け好きだよ。ちょっとニンニク効いてて醤油も入ってるヤツ」


『………ありがとう』


「ふふ、照れてんの?かわいいね」


クスクス笑った男が私の腰の辺りで緩く指先を絡め、ぴったりとくっついている。
こいつ、パーソナルスペースってご存知だろうか。知らないんだろうな。距離感バグってるし。
……ミンチと玉ねぎを炒める私の耳殻をかぷっと噛みやがる馬鹿はご飯抜きにしてやりたい


「ねぇ、俺が泊まりに来たの、何回目だと思う?」


『沢山。噛むな』


「ふふ、正解は五十回でした。…折り返し、だね」










「────それわざわざ僕に行かせる必要なかったヤツだろ?
は?ああ、アイツは沈めたじゃん。そうそう。七海がコンクリ詰めたろ。
まぁ細かい事は傑に聞いてよ。僕今夜はそっち帰んないから。じゃあね」


…とうとうヤクザみを隠さなくなった五条から距離を取りつつ、アイスを食べる。私は何も聞いてない。
というか五条、普段は僕口調なんだろうか。僕口調のヤクザとか舐められたりしないの?
口許に到着予定だったスプーンにやって来た五条が食い付いて、思わず半目になった


『冷蔵庫に入ってるけど』


「オマエのが美味しそうだった」


『今戻ってくる間に冷蔵庫に立ち寄れば良かったでしょ…』


「取ってくるけど、その前にそれが目に入っちゃったから」


悪びれる様子もなくそう言うと、五条は冷蔵庫に向かった。
バニラ味のアイスを取ってきて、隣で蓋を開ける。
改めてチョコミントを口に含むと、チョコレートチップの甘さとミントの清涼感が絶妙で目を細めた


『やっぱりチョコミントが一番』


「まぁ美味しいよね。俺はバニラが良いけど」


『アレ許せない。チョコミントを歯みがき粉って言う奴。きっと仲良くなれない。戦争する』


「過激派過ぎじゃない????」


バニラの乗ったスプーンを差し出され、口を開く。
バニラビーンズの薫るアイスは美味しい。五条の手土産に外れはないのだ。
私の肩に凭れ掛かりながら、五条が幾度目かの問いを口にする


「ねぇ、刹那。俺が泊まりに来たの、何回目だと思う?」


『ええ?…五十以上なんでしょ?』


「ふふ、正解は五十五回でした」


何で数えてるんだろう、こいつ。










『先輩、飲みすぎですよ』


「飲まなきゃやってらんないの!あんたも飲みな!!!」


『私まで酔ったら大変でしょ。ほどほどに飲んでますよ』


あともう少し声量落として。
いい雰囲気のバーで、運悪くセクハラで有名な上司と当たってしまったらしい先輩が荒れている。
だから私居酒屋にしようって言ったじゃん……彼処ならちょっと騒いでも平気ですよって言ったじゃん…
モヒートを飲む先輩の隣でジントニックを貰う。
カウンターの端で管を巻く先輩の愚痴に相槌を打っていると、ドアベルが控えめに客の来訪を告げた。


「あのクソハゲ明日エレベーターに靴の先挟まれないかな…」


『めっちゃ痛いですね』


「それで足の指の骨折れたら良いんだ…パソコン積んだカートに靴の先轢かれて足の指の骨折れたら良いんだ……」


『凄い足の指に固執しますね』


「ウケる。刹那目ぇ死んでんじゃん」


『え?』


不意に知っている声が割り込んできて、同時に隣の席が音を立てた。
私の隣に腰掛けたのは白銀の髪の男で、ずれたサングラスの向こうで綺麗な蒼が笑っている。


『……何で此処に?』


「僕だって、たまには飲みに来たくなる事もあるんだよ。メロンソーダ一つ」


いや待ってバーでメロンソーダ???
二度見した私を他所に、マスターから鮮やかなグリーンの炭酸飲料を受け取った五条。
赤いストローをくるりと回し、それから此方を見てゆるく微笑む


「刹那は?仕事帰りに飲みに来たの?」


『……そうだけど、そろそろ帰ろうかなって思ってるよ』


五条からそっと目を逸らし、目を瞬かせている先輩に顔を向けた。
────五条が、僕と言った。
つまり今のあいつは家でダラダラしているヤクザモドキではなく、本物のヤクザなのだ。
大きな手を覆う黒のハーフグローブが何だか妙に怖い


「ん?桜花、知り合いじゃないの?」


『顔を合わせる機会はありますから。…じゃあね、五条』


ヤクザに関わるべからず。
鞄を肩に掛けた私の首もとに、大きな手が伸びてきた。
その指先が何かを摘まんだ、そう思った瞬間に、馬鹿みたいに綺麗な顔が近付く。


「此処を出たら左手側にタクシーが待ってる。それに乗って真っ直ぐ帰りな」


そっと囁いて身を離すと、五条はにっこりと笑みを浮かべた


「ゴミが付いてたよ。じゃあね、刹那。気を付けて」


バーを出て、五条の言った通りに停まっていたタクシーに乗る。
ポケットに手を入れて、覚えのないものが指に当たった。


〈コレ使ってオマエと先輩の分払いな。帰り着いたら連絡してね。さとる♡〉


………やめて?
ブラックカードに手紙貼り付けて人のポケットに突っ込むのやめて?????










「ねぇ、刹那。最近変わった事とかない?」


『合鍵なんかあげてないのに白い奴が部屋に来る事ですかね』


「え?合鍵くれないから毎度ヘアピンでえいっ☆って魔法使って開けてる魔法使いなんだけど。そのイケメンは信用してオッケーだよ」


『魔法(ピッキング)とか嫌だわ。…ああ、じゃあ魔法使い(笑)が黒い機械持ってウロウロしてんのは?』


「コレ?盗聴器発見器だけど」


聞くんじゃなかった。
ヤクザモドキがヤクザしてた。
ベッドで膝を抱える私を他所に、男はあちこちに機械を向ける


「ん、大丈夫だね。カメラもナシ」


『なに?私ストーカーでもされてんの?』


こんな何処にでも居る女を付け回す物好きなんて居ないだろうけど。
冗談混じりに呟くと、五条はあっさり頷いた


「そうだけど」


『えっ?』


「えっ?」


『「えっ?????」』


いや待って???え?????
ストーカーされてたの??????
ぽかんとする私を五条が信じられないものを見る目で見下ろしてきた


「…最近燃えるゴミの日に、ゴミが漁られた形跡があるって知ってた?」


『えっ』


「……このマンション時折ガソリン臭いよ知ってた?そういう時は暇な奴呼んで掃除させてるけど」


『えっ』


「………最近この辺り、オマエが帰る時間帯に不審者が出るんだと。知ってた?」


『えっ』


ちょっと待って欲しい全部知らない。
私をじいっと見た五条は、ぽんと肩に手を乗せてきた。
可哀想なものを見る目で、此方を見据える


「…レイプされて黒焦げにされる前に俺んトコおいで。セーフハウス、好きなのあげるから」


『え???レ…???黒焦げ???待って???まだ私が標的って訳じゃ…』


「正常性バイアスだっけ?自分は大丈夫なんて理論が通用するなら誰も車に轢かれないし強盗に遭ったりしねぇの。わかる?
明日には荷物纏めろよ。手が必要なら何人か貸すけど」


『結構です…ヤクザの引っ越し業者とか怖すぎる……』


サングラスした剃り込みの厳つい男の人が家の荷物を運ぶ図を想像したらゾッとした。
腕を擦ると、可笑しそうに笑った五条が言う


「んだよそれ。俺が怖くなくて下っ端が怖いとかどういう事?」


『だって五条は怖くない様にしてくれてるし。ヤクザモドキだし』


「ヤクザモドキ」


『ヤクザだけどたまにしかヤクザじゃないから、ヤクザモドキ』


「モコナモドキのパチモンみてぇ」


頭の中で、サングラスをした蒼い宝石のモコナが踊った


『…色も白に青だし、行ける…???』


「オマエさては馬鹿だな????」










五条のセーフハウスの一つに引っ越した。
マンションにはコンシェルジュも居て、このフロア全部買ったとか言う生きる世界の違う男の塒にお邪魔している。


「刹那、なんかあったらコイツ使え」


『なにそれ』


「鉄扇。コイツで顎殴れば脳が揺らせるから、どんな奴でも倒せるぜ。オマケに計量設定!非力な女でも難なく振るえる!」


『お前は私にストリートファイターをやれと…???』


「オマエのひょろっこい身体で春麗の百裂脚すんの?一発で掴まれて押し倒されるよ」


『いやあれは脚めっちゃがっしりしてるじゃん。何で女の子の脚あんなにがっしりにしたんだろう』


「俺最初ボンレスハムだと思った」


『おい』


「次はさつまいもだと思った」


『おい』


キングサイズのベッドに二人で転がっている。
理由は簡単、五条が私のベッドを捨てやがったから。
ついでに薄っぺらいらしい敷布団も捨てられていた。せめて持ち主に相談しろ。


「…マジな話、此処に越してきたからって100%安心だなんて思うなよ。ストーカーするタイプは俺達より性質悪いのだっている」


『……判ってるよ。ありがとう』


ストーカーとは何を考えているか判らない存在だ。十分に注意する。
深く頷いたというのに五条は怪訝そうな顔をやめない


「ほんとに判ってる…?ストーカーに気付いてなかった頭お花畑女でしょ…??オマエ今までどうやって生きてきたの…???」


『おいツラ貸せ。その鼻ハンマーで打ち込んでやる』


「ヤクザよりヤクザみたいな事言うじゃん。ふふ、オマエ、此方の世界に案外向いてるんじゃない?」


『やだよ。私は平和に生きたい』


「そう?歓迎するのに」


微笑んだ五条が頬に唇を寄せてくる。
柔らかな感触が触れて、すぐ隣で枕に頭を預けた五条が笑った


「今日からは此処がオマエの家だよ。だから俺がお客さん。…ねぇ、刹那。俺が泊まりに来たの、何回目だと思う?」


『……えーと、七…七十二回!』


「ブッブー、七十八回でしたー」


『ムカつくなオイ』









「そういえば桜花、あんたこの間バーで会ったイケメンとどういう関係よ?」


『え?』


帰り道、先輩に問われ目を瞬かせた。
五条はいつも突然家にピッキングでやって来て、ご飯を食べて、お風呂に入って、隣で寝て朝には帰っていく。
今は何だか流れのままに五条のセーフハウスに住ませて貰っているが、大体の流れは同じだ。
奴は何故か、自分の家の筈なのに“私の許に訪れた”という体を崩さない


『……友達…ですかね…?』


「なにその微妙な感じ」


『知り合いよりは距離近いかなって…飯友…??いやアレはそもそも友達…???』


「いやアレ明らかに……」


『?』


「…まぁ良いや。あんた、引っ越したんだっけ?どう?快適?」


『そうですね。コンビニ近いですし』


コンビニが中に入ったでかいマンションなので、文字通りめちゃくちゃ近い。
スーパーも十分圏内に大型のものが一件。とてもありがたい


「へぇ、コンビニとかスーパーは重要だよね。駅は?」


『近くにありますよ』


同じく十分圏内に駅がある。
…そういえば、五条は電車に乗るんだろうか。めっちゃ目立ちそう


「え、駅近でスーパーコンビニ近いの?……家賃やばくない?」


『…………あ』


「いや待て。あんた誰に流された?その反応って事は言いくるめられて引っ越しさせられたな???
まさかあのイケメン?アイツに流されたの???」


『え、良く判りましたね』


「あんた、仲良くなると流されやすくなるのどうにかしなさい……」


先輩が頭を抱えた。
いやだって有無を言わさず荷物を纏められちゃったし。もう解約したって言うし。
あいつヤクザだけど優しいし、まぁ良いかなって。
内心言い訳を述べていると、深い溜め息を落とした先輩が横目で私を見た


「桜花…あんた、高い壺買わされない様に気を付けなさい。というか今すぐ其処出なさいよ。あとでとんでもない代償請求されたって文句言えないわよ?」


代償請求…奴がそんな事をするだろうか。
関わった感じ、好きか嫌いの二元論で生きているタイプで、それこそ気に入らなければ蹴り殺しそうな男だ。
逆に気に入った人間には気前良く振る舞いそうなものだが。
どちらにせよ、このままというのも良くないだろう。


『ちょっと話し合ってみます』


「(あ、ダメだこりゃ。話し合って流される姿が見える)」









『────という訳で、私は安い家賃の部屋を捜そうかと』


「ンーーーーー…別に俺はオマエに馬鹿みたいな請求なんざする気ないし、そもそもみみっちい金なんか搾り取らなくても持ってるし、このフロア買い上げだから家賃とか気にしなくて良いんだけど」


『そこはかとなくいらっとする』


「事実しか言ってないんだけど」


後ろからぎゅっと抱き着いてくるヤクザモドキを放置して煮物を作る。
ぐつぐつと煮込まれる鶏肉とじゃがいも、人参と玉ねぎを眺めていると、頭に顎を乗せた五条がそもそも、と口を開いた


「俺としてもメリットあんのよ、このお引っ越し」


『メリット?』


「そ。ほんとはハウスキーパー入れんのも嫌なんだよ俺。だからオマエが此処に住んで管理してくれれば此方もありがたいの」


『ふぅん…そういうもの?』


「知ってる?ハウスキーパー入れた後ってね、先ずカメラと盗聴器捜しから始まんの。一仕事した後とかクッソ怠いよ」


『うわ』


「まぁ部屋に入れば必ずチェックはするんだけどさ。あるじゃん?何となく部屋がよそよそしいっつーか、他人の気配っつーか、臭い?があんの。アレ嫌いなんだよね」


『私は他人ですが』


「は???今日で泊まりに来たの何回か知ってる?八十九回目だよ?
大体俺九時か十時に来るよね?それで七時には帰るよね?
仮に十時から七時と仮定しても八百一時間だよ?分にしたら四万八千六十分。
それだけ長い時間一緒に居るのにオマエは他人なんて余所余所しい事を言うの???????」


『あつがすごーい』


なんだこいつ。急にマシンガントークで迫ってくるんだがなんだこいつ。
引きつつ灰汁を取る。そろそろ味付けするかなと思っていると、首筋に痛みが走った


『いたっ!?なに!?噛んだ!?』


「吸った」


『吸うな!!蚊か!!』


「こんなイケメン捕まえといて蚊呼ばわりとかないわー。もっかい吸っちゃお」


『やめろ!!』









仕事から帰宅して、コンシェルジュに挨拶をしてエレベーターに向かう。
手にした郵便物を見ていると、宛先のない封筒が目に付いた。
エレベーターに乗り込む。
最上階で降りて、鍵を開けた。


『ただいま』


部屋に入り、鍵を閉める。
リビングの明かりを付け、宛先のない封筒を開けて────


「やっほー、悟くんが来ましたよー。……刹那?あれ、何処行った?」


………五条の呑気な声が聞こえてきて、ほっと息を吐く。
潜り込んでいた布団から顔を出した時、見慣れた顔が寝室を覗き込んだ。


「刹那?…どうした、何があった」


『いや、ちょっと疲れたからさ。寝てた。おかえり五条』


誤魔化す為に笑みを浮かべ、声を掛ける。
私をじっと見つめた五条は、すとんと表情を削ぎ落とした。
目の前で膝を着いた五条の手が私の肩をしっかり掴む


「刹那、啼かされる前に言いな。何があった」


『こっっっわ』


「茶化してんじゃねぇよとっとと吐け。それとも……」


ぐっと、掴まれた肩が後ろに押される。
鼻先がくっつきそうな程近くで、吐息を帯びた声が低く吐き出された


「このまま押し倒されてぇか」


『ごめんなさい怖い手紙が届きました』


「何処に置いた」


『ごみ袋に入れてゴミ箱の傍です』


「……良し、言えたな。いいこだ」


そこでふっと微笑んで、五条が手を離した。……こっわ。キレたら無表情で抑揚なくなるのこっわ。
そのまま布団ごと抱き上げられてリビングに連行される。
私をソファーに置いたかと思うと、五条はジャケットから黒いものを取り出した。
素早く装着したのはハーフグローブ。
それを嵌め、ゴミ箱の傍に置いてあった例のブツをひっ掴んだ。
袋を開けて中のものを全部テーブルにぶちまける。
片手でジャケットから取り出したハンカチを口許に当て、五条は手紙に目を通し始めた。


「なになに……“僕の刹那ちゃん、何故僕に何も言わずに引っ越しちゃったのかな?その男は誰?君は僕のものだろう?”…いやキメェな?
なぁに刹那、オマエこんなキモいヤツのオカズにされたの?可哀想に」


『燃やして捨てて…』


「筆跡、指紋、盗撮写真、そんでもって体毛に精液。まぁ色々個人情報をくれたモンだ。アピールキツすぎ構ってちゃんかよ。
…なぁ刹那、捕まえてシメた後にネットで全裸と個人情報全部晒すのと、シメた後にヤク打ってサツの前に転がすの、どっちが良い?」


『平和なのが一つもない…』


「殺ってねぇから大分平和的じゃん?」


『めっちゃヤクザみたい…』


「最初からヤクザなんだよなぁ」


ケラケラ笑いブツを袋に戻すと、グローブを放り投げた五条はソファーに乗り上げた。
布団にくるまる私の頬を包み、蒼がゆるりと細くなる


「刹那、安心して。何があっても、俺が護るよ」


『……五条はさ』


「うん」


一度目を伏せ、それから柔らかな表情で此方を見つめる男に問い掛ける。
ずっと気になっていた、疑問を


『なんで、私に優しくしてくれるの?』


言葉の代わりに降ってきたのは唇だった。
鼻先にキスされ目を丸くする私に悪戯っぽく笑って、五条は言う


「今日で九十九回目だ。…百回目に、教えてあげる」










仕事の帰り道、私はしっかりと鞄を引き寄せて家路を急いだ。
早足で進む私の後ろから、足音。
振り向いても振り向いても人影は見えなくて。


でも確かに、後を付けられていて。


私が立ち止まれば足音も止まる。私が走れば足音も騒がしくなる。
マンションはもうすぐだ。
エントランスにさえ入ればコンシェルジュが居る。
そこまで行けば大丈夫だろうと走っていた私の腕が、突如背後から引っ張られた。


『!?』


急に止められた身体がつんのめる。
顔を上げ捉えたのは、知っている男だった


『……田中、くん…?』


「こんばんは、桜花さん。そんなに急いでどうしたの?」


会社の同期の男だ。
接点などない。ただ歓迎会でこの人居たな、という程度の間柄。
……嘘でしょ?まさかこの人がストーカー?


『え、あ……えっと、離して貰えますか…?』


「ねぇ、桜花さん其処に引っ越したんだっけ?僕行きたいなぁ、君の新しい部屋に」


『あの…』


「ねぇ桜花さん。昨日もあの男と居たみたいだけど大丈夫だった?酷い事はされてない?
ああ、君って会社のトイレ一番奥を使うのが好きだよね?それってどうして?
もしかして僕がカメラ仕掛けてるの知ってて来てくれるの?
でも大丈夫だよ、あのフロアには全部仕掛けてあるから。
でも君もいけずだよねぇ。何時もカメラの角度的に下着も用を足してる場所も見えない様にスラックスを脱ぐじゃない。
────ねぇ見せてよ。
あの男には何処まで許した?髪?唇?胸?もうセックスしちゃった?」


『ひ………っ!!!!』


気持ち悪い。
目の前でニタニタと嗤う男がただただ気持ち悪い。
心臓の辺りが冷たくなって、吐き気を覚えた。
声が詰まる。
悲鳴を上げなければ。助けを求めなければならないのに、喉は引き攣って震えた声しか出てこなかった。
がたがたと脚が震え、腰が抜ける。
座り込んだ私の手を掴んだまま、男が滑った舌を見せた


「じゃあ、部屋に行こうか」


ぐっと、腕が引かれる。
せめてもの抵抗に腕を引き返し、もたつく手でスマホを掴もうとした。
脳裏に浮かぶのは、蒼。
五条。五条に、連絡を……


「……桜花さん、立ちたくないの?仕方ないなぁ、それなら此処で…」


ニタリと嗤った男が腕を引くのをやめて、ぐっと腰を折る。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い…!!


『くるな…やだ!!五条……っ!!』


「────キメェわ死ね雑魚」


……待ち焦がれた声がして。
ごきゃっと形容しがたい音が、直ぐ傍で聞こえて。
凄まじい風圧が隣を駆けたと思ったら、男はアスファルトの上に倒れていた。
呆然と其方を見る私の前で、大きな影が膝を折る。
……空と海を融かし込んだ蒼が、柔らかな光を湛えて此方を見下ろしていた


「遅くなった。ごめんな、刹那」


『ご、じょ……』


「ウン。良く頑張った。泣かなかったの偉いよ、刹那」


『…………っ!!』


ぎゅっと抱き締められて、広い背中にしがみつく。ぼろぼろと溢れ出した涙は止まりそうになくて、肩口に顔を押し付ける事しか出来ない


「さーて……傑、ソイツ頼むわ。俺お姫様を安全な所に運ぶから」


「おや、泣くのを我慢していた健気なお嬢さんを紹介してはくれないのか?」


「また今度な。
さて刹那、一旦家に帰るぞ。抱き上げるから、掴まっとけ」


言うや否や五条が私を抱き上げた。
その際にちらりと見えたのは、何時の間に来たのか黒髪のスーツの男性だ。
…田中をしっかり踏んでいる辺り、五条の仲間である事は確定だろう。
私の視線に気付いてひらりと手を振ってくれた彼に、小さく会釈する。
するとすぐると呼ばれた彼は一瞬動きを止めて、それから面白そうに呟いた


「ああ、悟が気に入る訳だ。またね、小野小町ちゃん」










五条に連れられ、部屋に帰ってきた。
あちこちの電気を付けて回りながらリビングに来ると、そこでようやくソファーに降ろされる。
私の前にティッシュの箱を置き、冷蔵庫から水を取ってくると、五条はそれをカップに注いで此方に握らせてきた


「先ずは飲め。疲れただろ、色々と」


『……ありがとう』


「どういたしまして」


良く冷えた水が喉を通り、胸の奥がすっと冷えていく。
深く息を吐いて、隣の男を見た。
五条が居る。…そこで漸く、安全なのだと心から思えた。


「大丈夫か?具合悪けりゃ医者呼ぶけど」


『ううん、大丈夫。…五条が居るなぁって思っただけ』


「そりゃあ助けに来たんだから居るだろ。なに、ヤクザが王子様なのは不満か?」


『………ふふ』


おどけた様子の五条に笑う。
すると、此方を見ていた五条が優しく微笑んだ


「よかった、笑った」


『え?』


「…オマエ、今まで顔ガッチガチだったから。笑える様になって良かった」


────どきりと、胸が高鳴った。
ああ、だめだ。気付いちゃいけない感情だったのに。
この人はヤクザで、きっと私の事なんて気紛れに構っているだけなのに。
優しい表情に。
安心させてくれる甘い声に。
私を案ずる綺麗な蒼に。


……好きだって、気付いてしまった。


だめ、なのに。好きになっちゃいけないのに。
動けなくなった私の頬に、大きな掌が触れる。
衣擦れの音。綺麗な顔がどんどん近付いてくる。蒼が伏せられるのに合わせて私も目を閉じた。
優しく、労る様に唇が重なった。


「…ねぇ、刹那」


甘くて低い声が私を呼ぶ。
そっと目蓋を持ち上げると、蒼が直ぐ傍で蕩けていた


「百夜通いって、知ってる?小野小町の許に百夜通った、男の話」


『……初めて聞いた』


唇が重なる合間に言葉を返す。
男のバニラ風味でありながらスパイシーな香水が薫った。
背中にしがみつく。五条が笑って私の後頭部に手を回した。
唇が食べられる。ちゅう、と吸い上げて、また熱い吐息と共に唇が触れ合う


「小野小町の許に百夜通ったら、想いを受け入れる。そう約束を交わして、男は毎晩通うんだ。
雨の日も風の日も手土産片手に現れる男に、最初は疎ましがっていた小野小町も次第に惹かれていった」


『……それって』


「平安の穴無しって言われた鉄壁の女でも靡いた手法だ。絶対に落としたい女にこうやって使ってみたんだけど……」


息を乱す私をソファーに押し倒し、美しい男は微笑んだ


「どう?百回通って愛を乞う男は、小野小町オマエのお眼鏡に適った?」


……卑怯だ。
この男、確信した上でこの話題を振りやがった。
睨み付ける私を優しく笑って、五条は私を抱き上げた。


「愛してるよ、刹那。…ベッド行こっか。
ぜぇーんぶ忘れるほど、気持ち良くしてあげる」












※イイハナシ(?)ダナーが良い方は此処でUターンする事を推奨致します。










────都内某所。


ペンチを握る。
錆びて動きの悪いそれで、白いエナメル質の長方形を掴んだ。


「はーい、先ずは一本目ーうぇーい」


棒読みで囃し立てながら────勢い良くそれを叩き折った。
悲鳴はない。うるさいので喉に石を詰めたのだ。
そんなんじゃ死んじまうって?だぁいじょうぶ、鼻があれば人は直ぐには死なない。案外頑丈なものなので。
詰まる所、“今”死ななきゃそれで良いのだ


「悟、今回は随分陰湿な殺り方だね?」


「まぁね?コイツのお陰で一気に手に入っちゃったってのはマジだけど、盗撮とかオカズにするとか色々と悟くん検査に引っ掛かっちまったからさぁ」


「リンゴより厳しいって有名なあの査定かな」


「そうそう。見ただけで目玉抉り判定出ちゃう」


「それは判定が狂ってないか?」


「妥当ですぅ。刹那を見るのがいけないんですぅ」


縄で縛られ無様に転がるソイツのエナメル質────前歯を挟む。
今度は叩き折らず、前後に揺らしてみた。取れない。強敵である。


「でもまさか、あの狂犬が一目惚れならぬ一声惚れなんてねぇ」


後ろで煙草をふかす相棒の言葉で、初めて会った日の事を思い出した。
…確かあれも何処かの雑魚を潰した帰りで。
突如降ってきた雨をめんどくせぇと眺めていて。
その時に、背後から聴こえたのだ。


『あの、風邪引きますよ』


媚びるでも上擦るでもなく、至って普通の落ち着いた声。


あ、好きだ。そう感じた。
女なんて触れてきたら鼻の骨を折っていたのに、キンキンした声で騒いだ瞬間にチャカを抜くほど嫌いだったのに。


その声を聞いただけで好きだと感じた。
振り向いて、姿を捉えて、俺の女だと細胞レベルで判断した。


これが運命だと、唾しか吐いてこなかった神って奴に頭を下げてやっても良いとさえ思えた。
…それなのに、刹那は気付いてくれなかったから。
俺が運命だと気付かず、さっさと行ってしまいそうだったから。


「俺と刹那は運命でした。でも気付いてくれなかったので先ずは家に押し掛けました。世話をして貰ったので押せば行けると判断し、百夜通いを実行しました。
昨日めでたく頂きました。大変美味しかったです。
以上、何か問題がありますか夏油傑くん?」


「問題しかなくて渋滞してるんだけどどうしようね」


「コイツの歯ぁ折って忘れろよ」


体重を掛けてぎっこんばったんしていたら歯がぐらぐらしてきた。歯って強ぇな。おもろ。


「そもそもお前童貞だったろ?成功したの?」


「ハァ???失礼な。俺確かオマエと同じタイミングで卒業しなかった?」


「良く思い出しな。あの時悟は肩触られただけで気持ち悪いって言って女の首蹴り折っただろ」


「あ」


「それから悟に女は宛がうなって組長の指示で、組から女を送る事はしてない筈だよ」


「あー……そういやソウダネ…?」


「因みにその噂を聞いた男が悟に迫って、気持ち悪いって理由で鼻っ面折った後ケツに火を付けた火薬刺してゲラゲラ笑ってたよ」


「誰だよそれ。鬼じゃん」


「五条悟っていうんだけど」


「へぇ、初めて聞いたわカッケー名前だな」


「という訳で、お前は童貞だった訳だけど。小野小町ちゃんは泣かなかった?」


「さらっと刹那のエロいトコ聞くな殺すぞ」


真顔で睨んだ俺に傑が目を丸くした


「うわ、本気なのか」


「だからアレは俺の運命なの。結婚する。もう決めた。オヤジがどんな奴勧めても刹那としか番わねぇ。
アイツが俺の子を孕むんだ。他は要らん。正直ガキも要らん。刹那だけが欲しい」


「…悟は本能で生きてるよねぇ」


「仕方ねぇだろ。出会っちまったんだから」


「仕事の時はちゃんとしてくれよ、若」


「わーってるよ。本能で生涯の連れ決めただけだ」


二本目が取れた。
綺麗な形で取れた歯を暫し眺め、男の喉奥に押し込んでおく


「おらオマエの歯だぞ。地獄にちゃんと持ってけよ」


「折った奴が親切ぶってるな」


「歯ぁ折るの飽きたわ。次どうしよ」


「じゃあ生爪でも剥ぐ?」


「良いね。その次は指の先からペキペキゲームしよっか♡
……特に右手は念入りに潰すね。だってその手、俺の女に触っただろ」


折角ペンチがあるんだ、有効活用していこうぜ。
にっこり笑った俺に相棒も笑う。
雑魚は涙と鼻水と血を垂れ流して喜んでいた。











声を発したのが運の尽き













刹那→一般人。
目の前で雨の中突っ立つ男に親切心なんて出すべきではなかった。
しっかり五条に囲われ、極道の妻になる未来が確定した。

五条→ヤクザ(若頭)
雨の中で運命に出会った。
押したら行けるな、と判断し、百夜通い(連続は流石に無理なので、百回通う)を実行した人。少しずつ距離感をバグらせ、見事小野小町を落とした。
それまでは触れようとした女の鼻を折り、手を伸ばしてきた男の腕を外していた男。
ぶっちゃけ触って無傷な女は刹那だけである。
酒も煙草も刺青もやらない健康的なヤクザ

夏油→ヤクザ(若頭の右腕)
五条がまたなんかやらかしてるなぁと思ったら、女を囲っていてビックリした人。
え?殴んないの?え???ってなった。
小野小町ちゃんはなんだか娘の様に思えそうだな、と思っている。うっかりそれを若の前で溢せば銃撃戦が始まる。

先輩→一般人。
流されやすい後輩が会社を辞めて、なんとなくあの男に流されたな、と察した人。

ストーカー→ストーカー。
歓迎会の時、『なに飲まれます?』と聞いた刹那に自分に気があると勘違いした。そして刹那の居るフロア全域に隠しカメラを仕掛けた。
狂犬により歯折り→爪剥がし→指先ペキペキゲーム→目玉に針千本♡(以下省略)をされた人。


クサギの花言葉「運命」


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