ヒガンバナ




桜がひらひらと降り注ぐ神社。
柔らかな陽射しがカーテンの様に降り注ぐ、静謐な空気に満たされた神社が、刹那は好きだった。


「せつな!」


おさない声が少女の名を呼ぶ。
刹那が振り向いた先には薄紅色がはらはらと散るだけで、声の主は居ない。
首を傾げる少女の名をもう一度、彼が呼んだ


「せつな!うえだよ!おれ、ここ!!」


『うえ?』


言われるがまま上を見た。
聳え立つ御神木の太い枝の上に、声の主は腰掛けて刹那を見下ろし笑っている


「ふふ、せつな、やっときづいてくれた!」


『さとるがそんなところにいるから!ごしんぼくはだいじにしなきゃいけないって、おじいちゃんがいってたよ!』


「だいじょうぶ、これ、おれのだし。このじんじゃもおれをたてまつるものだし」


『たて……?』


「ふふふ、せつなかわいいね」


にこにこした子供が上からひょいと飛び降りてくる。
重力に逆らう様にゆっくりと桜の絨毯に着地した子供は頭頂部から大きな三角の耳を生やし、腰元からはたっぷりとした毛に包まれた尾を伸ばしていた。
白銀の髪に、天色の瞳を持つ美しいかんばせのこども。
純白の狩衣姿の子供は、巫女姿の刹那のまろい頬を撫でて笑う。


「うんうん、やっぱりおないどしのおさななじみってゆめがあるよね。おなじせたけさいこー。
あーかわいい。みこさんかわいい。まいにちかわいいをこうしんするねせつなは」


少女の祖父が宮司を務める神社の神らしい少年は、こうやって小難しい事を良く口にする。
刹那を褒めているというのは雰囲気的に感じ取れるので、彼女は無邪気に笑って小狐の手を取った。


『さとる、さくらみよう!ひらひらしてきれいだよ!』


「そうだね、かわいいね。“ずっとみとくね、ずっといっしょにいようね”」


『うん!』


「ふふ、“おれからはなれちゃだめだよ”」


『?わかった!』


舌足らずに紡がれる言葉に、深く考えなかった少女は見事に縛られた。
まさに縛りの悪用だ。しかしまだ五歳の刹那には、そして呪術に触れていない刹那には、この縛りの重さが理解出来ていなかった。
小狐はそのあどけない顔立ちには似合わぬうっそりとした笑みを浮かべた。


「────ザマァ見ろクソジジイ。これで刹那は俺のモンだ」


『?さとる?なにかいった?』


「ううん、なんでもないよ。ほらせつな、あしもとをみなきゃころんじゃうよ」


『はーい!』












『〜♪』


鼻唄を歌いつつ、竹箒で敷地内に溜まった葉を掃いていく。
私はこの神社の宮司の孫だ。
春には桜が見事に咲き誇る事で有名なこの神社の管理を手伝っている。


「刹那、それいつ終わるの?ねぇ刹那ー」


しかしそんな当然の行為も待てないのがこいつだ。
頭から大きな三角の耳を生やし、腰元からもふもふの尻尾を生やした狩衣姿の男は、縁側にだらしなく寝転がりながら構えと騒ぐ


『あんたの家を掃除してるんだよ暇なら手伝いなさい』


「んえ、刹那がひどいこと言う。…でもなぁ、刹那が俺の神社綺麗にしてくれんのご奉仕されてるみたいで好きなんだよなぁ。……うん、待っとくね。隅々まで綺麗にしてね」


『おいダメ狐』


「神様の事馬鹿にしちゃいけないんだぞー」


板張りの廊下に転がる狐の何処を敬えと言うのか。なんでウチの神社、こんなの祀ってんの?
耳引っ張ってやろうかと考えていると、悟がすい、と指先を動かした。
一瞬だけ空気が揺れた気がして後ろを見る。
…そこには何もなくて、ただ葉っぱが引き寄せられた様に集まっているだけだった。
でも私はこれを知っている。
悟曰く、悪いものを潰した後の光景と同じだ


『……悟、何か悪いの居たの?』


「厄祓いはお任せあれってね。ねぇ暇。掃除なんかジジイに任せようぜ?ね?」


『おじいちゃんパシるのやめな』


「良いんだよ。ジジイあれじゃん。俺と刹那の仲を直ぐ邪魔しに来るじゃん。残り十数年程度の分際で」


『おじいちゃんの寿命予言するな。うちのおじいちゃんは百歳まで生きるんだよ』


「刹那ー!刹那、何処だい刹那!!」


『はーい!!!』


おじいちゃんの声が聞こえてきたので大声で返事して、悟に箒を押し付け駆け出した。
喚く悟は放置である。多分剥れて五分後にやって来るだろうけど。


「お客様だよ、刹那!」


おじいちゃんがそう叫んだ瞬間、悟が目を眇めた事を私は知らない


「────呪術師か?ふざけんなよ、また刹那を使い潰そうったって、そうはさせねぇ」














「やぁ、初めまして狐花刹那ちゃん。僕は五条悟。此方は僕の教え子達だ」


「虎杖悠仁っす!」


「伏黒恵」


「釘崎野薔薇よ」


『狐花刹那です。初めまして』


おじいちゃんに呼ばれ向かった客間に居たのは四人の男女だった。全員初めましてだし、なんなら近所で見ない制服を着ている。
オマケに五条と名乗った男性に至っては目隠しなんだが。それ見えてる?それとも白杖隠し持ってるの?
というか教え子って言った?先生なの?あなたが????


『……あの、それで?どういった御用件でいらっしゃったのでしょう…?』


知らない人達に凸される様な事をした覚えなんてない。
故に問い掛けると、伏黒くんと釘崎さんが信じられないものを見る目を五条さんに向けた


「え?まさか先生、狐花に話通してないんですか?」


「そりゃそうだよ。僕も此処来るの初めてだし」


「は???アンタ何言ってんのよ!!嘘でしょ!?これじゃあ私達不審者じゃない!!」


「ええ…嘘でしょ先生…マジ?」


「マジ。その証拠にほら、此処の神様バチバチにキレてんじゃん」


…話が一切判らないが、どうやらウチの護神が五条さん曰くバチバチに怒っているらしい。
あれか?箒押し付けちゃった上に知らない人が来ておこなの?
一向に姿を見せない悟を呼んでみる


『神様ー?どうしましたー?』


返事はない。ただ怒っているらしい圧は感じる。


『…ウチの神様、呼んだ方が?』


「そうだね、君の呪い的には呼んだ方が良いかな。呼べるかい?」


『とっておきの方法を使えば来ますね』


「へぇ?」


面白がる五条さんの前で、スッと構える。
小指と人差し指が天を向き、残りの指で摘まむ様に隙間を埋める。
所謂、狐だ。手遊びの狐を作り、私は口を開ける。


『こーんこん。こーんこん』


────何処に居ても、どんな状況でも彼が来てくれる、とっておきの呼び出し方。
それをした瞬間、ふわりと身体が包み込まれた


「ねぇズルくない…?狐呼びはズルくない…???」


『これをすれば無条件で行くね♡って言ったのあんたですけど』


「そうだけどさぁ………かわいい…」


頬を赤くして言い募る悟の頭を撫でて、それから四人を見ると……何故か、全員固まっていた。
伏黒くんはこの世の終わりだとでも言いたげな顔をして、釘崎さんは絶望に染まった顔で、虎杖くんは五条さんと悟を頻りに見比べている。
そして五条さんは微動だにせず、悟の方に顔を向けていた。


「……刹那ちゃん、ソイツの名前、まさか」


『?神様の名はもごっ』


五条さんに返事する前に、大きな手で口を塞がれた。そのまま尻尾が何本も後ろから包んできて、テンションが上がる。
尻尾…!!もふもふの尻尾が九本も…!!!


「刹那に近付くな。コイツは此処で巫女として生きて、死ぬ。
そして俺に魂を渡す。呪術師なんかに誰がさせるか」


「…そういう訳にもいかないんだよなぁ。なんで僕の見た目をしてるのか、教えて貰おうか」












特級仮想怨霊:九尾。
それが悟の登録名となるらしい。


「はーやだやだ。人間すーぐモノに名前付けるじゃん。必ず名前付ける必要ある?ラベリングして管理したがるの人間の悪い癖じゃない?」


「人間は整理整頓が好きなんだよ。それに名前があれば“未知”じゃなくなる。古からの人類の恐怖への対処法さ」


「名付けたってどうせ猿にゃあ俺は理解出来ねぇよ。ブラックボックスの表面にラベル貼っただけだ。
あ゙ー…刹那、これ邪魔。取って」


「刹那ちゃん、絶対に取っちゃ駄目だよ」


同じ声が全く違う響きを伴って交互に放たれる。
片や不機嫌そうなウチの神様。もう片方は先程神社にやって来た男性。
悟は五条さんに白い仮面を強制的に嵌められ、大層不満そうだ。
場所は私の部屋。
一先ずという形で部屋には五条さんと悟のみが残り、生徒三人は神社の探索に出掛けていった。


「さて、君達の現状を簡単に説明しておこうか」


五条さんの言葉に背筋を伸ばす。
悟はつまらなそうに鼻を鳴らし、私の背中にぐりぐりと額を押し付ける。うん、仮面が痛い


「君はこの神社の宮司の孫で、祀り上げていたのがソイツ。それは判るね?」


『はい』


「なら、君がソイツと結んだ縛りは?」


『縛り?』


なんだそれ。
首を傾げた私に五条さんが固まった。
そして、嘘だろ、と呟いた


「……オマエ、まさか呪術を知らない子に一方的な縛りを結ばせたのか?」


「あ?人聞きの悪い言い方すんなよ目隠し。俺は刹那にずっと一緒に居ようね、離れちゃ駄目だよって言い聞かせただけだぜ?」


「……刹那ちゃん、君、まさかコイツの言葉に返事した?」


強張った声で訊ねられ、記憶を引っ張り出す。
でもそんな覚えはないので、もしそれに頷いていたのなら、随分小さな頃に聞かれたんじゃないかと思った


『…記憶にないですね。悟、そんなの何時聞いたの?』


「オマエが五歳の頃に」


『あー…』


「縛りを悪用してやがる…」


五条さんが溜め息を吐いてしまった。それに何だか申し訳なくなりつつ、そういえば縛りって何だろうな、と考える。


『あの、縛りって?』


「呪術師の行う約束だよ。呪力を用いて誓いを立てて、それを破ればペナルティーが課される。
今はリアル指切りって覚えて貰ったら良いかな」


『…それを、私が悟と行っているんですか?』


「そう。祀り上げられてるタイプの神…まぁソイツは神モドキだけど。そういうのは、地縛霊みたいにその場から動けないんだよ。信仰心が神を神足らしめている訳だからね、他所に行けば呪霊に堕ちるのは確実だ」


『はぁ。……ん?え?神社の敷地から出られないんですか?』


「そう。此処はソイツの領域なんだよ。逆に言えば、この神社で祀り上げられている以上、ソイツにもそれが適応される。
────本来なら、ソイツは此処から一歩も外には出られないんだ」


………え????
私、昨日悟連れて街に行ったよ???
悟は他人には見えないけど、楽しそうにしてたよ?
え????つまり悟は堕ち…???
青ざめた私に気付いたのか、悟が上から覗き込んできた


「刹那?どうしたの?」


『さ、悟!堕ち…え?悟、神様じゃなくなっちゃったの?ごめんね!私が連れ出しちゃったから!!!』


半泣きで謝る私を仮面の奥の蒼が不思議そうに眺めている。
それから納得したのか、悟がケラケラと笑い始めた。


「なぁんだ!違うよ刹那、俺がモドキなのは元々だし、此処から外に出られるのは、刹那のお陰なんだよ」


『え?…悟、堕ちてない?』


「ウン。寧ろ今も徳上げ中?歩くだけで修行中…ああ、がくしゅうそうち!あれ着けてる感じ?」


『???』


力を抑え込むという仮面に触れた手がぐっと力を込める。
目の直ぐ下からバキバキに砕いていく姿に唖然としていれば、五条さんが面倒臭そうに後ろ首を掻いた。


「あー、なるほどね。対象がどう思ってようが、傍に居れば参拝した客として捉える訳だ。
それでレベルアップした、と」


「そ。見て刹那!悪役みたいで格好良くね?」


『ん?……そ、そうだね…?』


もうその仮面取れば?と思うが、それは今の悟では出来ないらしい。良く判らないが、悟曰くレベルが足りないんだとか。


「話を戻そうか。出歩けない筈のソイツが歩ける理由はね。刹那ちゃん、君と結んだ縛りが原因だ」


『縛りが?』


「ずっと一緒に居る、離れない。それに君が同意した事で、君は神社と同一視されているんだよ」


『は?』


私が神社…???
え、私さっきまで自分の掃除してたの?私いつ建物になったの???
疑問符を浮かべる私を笑って、五条さんが説明を続けた


「祀り上げられた神が離れるな、一緒に居ろと命じた。それならば主たる神の命令で、従うのは君。本来なら君が此処を離れる事が出来なくなる筈だった。
けど君は学校に通うし、遊びにも行ける。勿論ペナルティーなんて発生しない。


だって、君の傍にソイツが居るから。


祀り上げられた神はどうあれ其処を離れられない。離れれば神を神足らしめる信仰が失われるから。
でもソイツは堕ちてないし、何なら君が外を歩くだけでソイツの神格は上がるんだ。


何故なら君が移動式の神社状態、歩く分社みたいなもんだから。


居合わせた人間を参拝客として捉え、強引に信仰を集めてんの。
普通は無理だよ?さっき言ったみたいに人間が神社から出られなくなるだけ。
でも君は代々この神社に仕える一族だ。
長年掛けて染み込んだ神への信仰心。信仰に応えて与えられるソイツからの加護。
極めつけに、代々その神社を維持してきた一族という器。
……これだけ揃えば、すっかり歩く分社の出来上がりってワケ」


『……私、つまり分社歴十年…???』


呟いた瞬間、同じ声が弾けた


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「分社歴wwwwww十年wwwwwwwwwww」


『何だろう、両方イライラするな』













「と言うわけで、今日から転入する狐花刹那ちゃんでーす!!仲良くしてね!!!」


『呪術に関して未熟ですが、これから勉強して参りますので宜しくお願いします』


「刹那に触ったら殺すからな猿共」


「刹那ちゃん、ソイツ引っ込められない?」


『ごめんなさい先生、基本的に私の指示には従ってくれなくて』


ふわふわと浮かぶ狐を見やる五条さん…五条先生に頭を下げれば、真上から顔を覗き込まれた。
そこには仮面を剥ぎ取った美しい男の顔があって、不服ですと言わんばかりに頬を膨らませる


「なぁんで刹那はあの目隠しを立てるかな。オマエは俺のモノだろ?
じゃああんな男の意見じゃなくて、俺の気持ちを訊ねるべきじゃない?」


『悟が殺すからなって自己紹介しなきゃそうしたんだけどなぁ』


「だって見ろよあのピンク頭。アイツ腹ン中に宿儺居るんだぜ?
そんな奴に可愛い刹那を触らせてみろ、掌に口が出てきてガブッ!!だぞ?」


「俺!?」


尻尾で悟が指したのは虎杖くんだ。
いや流石にそれはないんじゃない?その…お腹の中の人?も食べ物は選ぶんじゃない?


「不思議だわ…見れば見る程五条先生に似てんのよね、ソイツ」


「目隠しなんかより俺の方がかっこよくてかわいい。だろ、刹那?」


『そうだねーかっこよくてかわいいねー』


「んふふ、知ってる」


…面倒なので求められるがままに返したのだが、九本の尻尾がブンブン振られているのはツッコんだ方が良いんだろうか。


「……なんか、学生の頃の五条先生みたいだな」


「えー、ちょっと恵ィ、僕彼処までヤバくなかったでしょ?」


「どっこいどっこいでしょ」


「刹那、もう顔合わせ済んだろ?お昼寝しよ」


『いやいや、ちゃんと授業受けなきゃ』


「えー!?どうせ大した事教えてくれねぇって!!呪術なら俺が教えてあげるから!!」


「刹那ちゃん、ちょっとその狐貸しな。躾てあげる」


「ハァ???図に乗んなよガキンチョ。オマエなんかに躾られる様な雑魚じゃねぇよバーーーーーーーーーーーカ」


「良し、祓おう☆」


ゴングが鳴った。
一年生は走って逃げた











稲荷の詣り












狐花刹那→稲荷神社の宮司の孫。
小さな頃に縛りを結ばされ、歩く分社になっていた。
狐花とは彼岸花の別名。
固有種ではない(彼岸花は中国より渡り、日本に根付いたとのこと)ので、つまり植物組の仲間にはなれない。
この世界の彼女はどうしたって死亡ルートである。ごめんね。

五条→特級仮想怨霊:九尾
ゴミ箱五条が何でか稲荷神社の神様を喰らい、刹那に強引に縛りを設けた。
常時レベルアップするチート呪霊。
ぶっちゃけ刹那が穏やかに生きられないのなら、夜中にこっそり心臓を食べたい。
それか神隠しをしてしまいたい。
任務で瀕死にでもなったらこいつに喰われるので要注意。
というか多分、死亡ルートの原因はコイツ。

五条悟→豊富な呪力と便利そうな術式の女子高生を見掛けたという報告を受けスカウトにやってきた。そしたらなんか変なのも居た。
変なのと相性は最悪である。



彼岸花の花言葉「諦め」「再会」「転生」「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」

目次
top