まーだだよ

「ねぇ、なんでパンダはパンダなの?」


「パンダだからな。おれはとってもつよいんだぞ」


「パンダくんはしょうらいじゅじゅつしになるの?」


「たぶんな。まさみちにきたえてもらってるから。まだまだだけど」


「!!じゃあパンダもせつなちゃんみたいにみずでびゅーんっ!ってするの!?」


「うん?……えーと、せつなのじゅつしきはせつなのものだしなぁ」


膝の上のパンダと頭にしがみついた恵と隣に座った津美紀がわいわい喋っている。
肩から飛び出した小さな足が、視界の端でぷらぷら揺れていた。小さい。
これが将来甚爾みたいなサイズになるんだろうか。人間って不思議だ。


「なぁさとる、さとるとすぐるってさいきょーなんだろ?」


「おー。刹那と硝子入れたら無敵だぜ?」


白い犬の着ぐるみが歌のお姉さんとやらと大量の小猿を引き連れて走り回っている教育テレビをぼーっと眺めながら、パンダの問いに答えてやる。
すると膝の上のパンダが小さな目をキラキラさせた


「かっけー!!え、まけないのか!?」


「そりゃそうだろ。呪霊なんかぐちゃっ、ポーイだし?」


「さっちゃん、このあいだすぐるくんとじゅれいでごるふしておこられたってパパがいってた」


「忘れろ」


「さっちゃん、またやがさんにめいわくかけたの?だめでしょ?」


「へーへー。津美紀、どんどんママ黒サンに似てきたな。怒り方そっくり」


「ママはもっとこわいよ?」


「めぐみ、それはママさんにばれたらおこられるんじゃないか?」


「えっ、いわないで!!」


「どうしよっかなー?俺さっきゴルフして怒られたのバラされて傷付いちゃったしなぁ?言っちゃおっかなー???」


「さっちゃん!!!!!!!!」


頭をバシバシ叩いてくる小さな手を無限で防ぐ。当たらなくてまたキーキー言ってる恵にケラケラと笑った。


「なぁ、なんでこのばんぐみはいぬをつかうんだ?ぱんだじゃだめなのか?」


「わんわんかわいいよ?」


「ぱんだってどうぶつえんにいるからじゃない?いぬならおじいちゃんやおばあちゃんがおさんぽでつれてるもの」


「つーかパンダは絶滅危惧種だぞ。家でホイホイ飼えるかよ」


あ、お姉さん歌の音一個外した。


「さっちゃん、パンダがかわいそうでしょ!パンダはおりのむこうからにんげんをみてるんだよ!!」


「パンダは、にんげんを、しんりゃくする!」


「えっ、おれ…?」


「いやそれはそれで怖ぇわ」
















「ねぇさっちゃん」


「んあ?」


「ぼくのかげ、なんでゆらゆらしてるの?」


膝の上によじ登ってきた恵がそう言って首を傾げた。
恵の足許の影は、時折意思を持つ様にゆらゆら揺れる。
陽炎の様なそれを見掛けてから、それ以来その現象を度々目の当たりにするらしい。


「んー………まだ発現してねぇから、すっげぇ曖昧なんだよなぁ」


「?」


パンダと津美紀は美女と野獣のDVDを観ていた。
二人できゃっきゃ言いながら見ている背中を眺めつつ、サングラスをずらして恵の影を見る。
……ゆらり、揺れる。
浮き上がった情報は……犬?


「ん?……んん???」


犬?いや犬だな?だって目が合った。
でもまだ術式が完全に発露されてる訳じゃないからか、影の揺れは収まり、同時に赤い眼も消えた。


………甚爾の血筋たる禪院に、“犬”が該当する相伝は確かにある。


でもそれはあのアル中やその息子の方の相伝とは違い、五条と因縁のあるものだ。
…もしかしたら、違うかもしれない。
獣の式神を影に入れた類似の術式かも知れない。
どちらにせよまだ恵の術式自体が不完全で、朧気だ。
多分来年ぐらいにはしっかり発現するんじゃないだろうか。


「さっちゃん?」


「あー、えっと」


呪術の何たるかを知らねぇガキにどうやって説明すれば通じるか。
首を捻りつつ、青みがかった目をサングラスをずらしてしっかり見つめた。


「先ず、まだ恵の術式は完全じゃない。ローディング中っつって判る?」


「ろーでぃんぐ」


「読み込み中。んー?……あ、オマエの中の術式を、今オマエの身体が栄養分にしてる途中なの。
歯と一緒。準備が出来たらひょこってこんにちわーするんだよ」


「こんにちわーするの?いつ?」


「今は読み込み中ですぅ。多分一年後ぐらいじゃね?知らねぇけど」


「てきとうなことをいうのらねこはしっぽをおのできられたらいいのよ!!」


「えっ、急に怖ぇ事言うじゃん」


今度は何観たのオマエ。
問い掛けるとドヤ顔で返してくる


「どらまでいってた!」


「また昼ドラ?ママ黒サン毎日観てんの?」


「どろぼうねこなんかふるぼっこよ!ってママがいってた」


「めっちゃ強いじゃんママ黒サン」


あの人そんな事言うのか。怖いんだけど。そりゃ甚爾も従う訳だわ。
恵のウニ頭を撫でて、俺は口を開いた


「…恵の影の中さ、多分、犬が住んでるよ」


「えっ!?わんわんかえるの!?」


「飼う…?いや、飼…でも連れ回すんだから飼ってる様なモンか…?
……まだ恵が読み込み中だから出てこねぇけど、影の中でオマエにアピールしてるよ。犬居ます!忘れないで!って言ってる」


目をキラキラさせた四歳に頭を掻く。
多分式神の類いだろうそれを、ちゃんと調伏させられるかはそれこそ恵の才能に掛かってくる訳だが。
そこら辺は父親がアレだし、大丈夫なんじゃないだろうか。


「わんわんかぁ……ぼく、わんわんかいたい!あ!ゆらゆらした!」


「恵が気付いたってソイツも気付いたんだろ。良かったじゃん、これで夜のトイレも怖くありまちぇんねー?」


夜中にトイレに行くのが怖いらしい恵に口角を上げて言ってやれば、恵は丸っこい目を吊り上げて叫んだ


「さっちゃんのばか!!おまえなんかきょせいしてやる!!!」


「ねぇママ黒サンその昼ドラってガキの前で観て良いヤツ?コイツやべぇ言葉ばっか覚えてるけど」










まだ現れぬ忠犬














五条→託児所に預けられた一歳児。
恵の影の中にお座りしている二頭の犬を見た。これって十種……
恵の面白発言を将来弄る気満々である。

恵→弟(高2)の面倒を見ていた今年四歳。
ママと観るドラマの台詞が大変良く頭に入る。
これからゆらゆらする影ににっこりする事になる。かわいい。

津美紀→同い年のパンダと美女と野獣を観た。最近の夢は水族館のおねえさん。

パンダ→五条をよじ登ったり膝に座ったりして遊んだ。最近の夢はまさみちに卵焼きを作ってあげる事。

玉犬→まだかな、まだかな???

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