私の周りの先輩達

七海建人には六人の親しい先輩が居る。


一人目は五条悟。
呪術界に於ける御三家、五条嫡男であり、相伝術式と六眼という奇跡の抱き合わせで産まれた生粋のバランスブレイカー。
しかし本人とその周囲が言うに、彼は高専に来て人になったらしい。
普段は煽る、見下す、心を折るの三段構えだが、七海と灰原の二人は気に入ってくれている様だ。
見掛けると近付いてきて、一口サイズのお菓子をくれる。
話をした後、立ち去る際には必ず二人の頭を撫でていく。
毎度髪型が大きく崩されるのが不満だが、あれはどうやら自分がして貰って嬉しい事を、後輩の七海と灰原にも行っているらしいと夏油から聞いた。純粋に力加減が雑。
突如しょうもない悪戯(上から水風船を落としてきたり)をしなければ、まぁ良い先輩である。
ただし常識はない。


二人目は夏油傑。
あの五条悟と同等の実力者で、恐らく来年には特級になるだろうと噂されている実力者。
物腰柔らかで、何時もゆるりと微笑んでいるが、実は此方も性格が悪い。
笑顔で五条を宥めたかと思えば、丁寧に嫌味をぶん投げたりする。
灰原が彼に特に懐いていて、見掛けると走って行く姿を七海は犬だと思っている。
夏油も後輩二人を見掛けると一口サイズのお菓子をくれる。
どうやら彼は五条にねだられた時の為に、何時もポケットに入れているらしい。
此方も問題さえ起こさなければ、二人にとっては良い先輩である。
ただし時と場合によって常識はなくなる。


三人目は家入硝子。
上記二人が頻繁に起こす小競り合いをいち早く避難したり、たまに止めたりする猛者だ。
反転術式という貴重な癒し手であり、非戦闘員でありながら男にも負けない心の強さを持っている。
性格は割と淡白に思えるが、七海が見る限り、何時もの四人で居る時は表情が柔らかい。
彼女もポケットに棒付きキャンディーを入れているらしく、二人に会うと飴をくれる。
五条と比べると確実に常識的なのだが、この人の悪い所は自分に被害が及ばないと判ると全力で悪ノリする面だと七海は思っている。


四人目は桜花刹那。
基本的に高専で歩いている姿を見掛けない。五条に抱えられて運ばれているからだ。一度灰原が彼女を抱え、五条に追い回されていた。
女だてらに一級で、体術こそ弱いが術式はとても応用が利く。
ただ最強の二人が強過ぎるだけで、彼女も十分強いのだ。
…彼女の呪術師でありながら人当たりの良い性格の所為か、ストーカーに発展する男が多発するのが原因で最強のガードが固いのも、桜花を何も出来ないお姫様に見せる要素の一つかも知れない。
七海は桜花と組む事も割とあり、所謂勘違い系女子の襲撃に遭った事もある。
その時の鮮やかな迎撃を見て以来、相手に思う様になった。


やめておけ、その人はテディベアの皮を被ったツキノワグマだぞ。


この人は何と呪具をお菓子入れにしていた。灰原と七海のその日の気分を聞いて、何個かお菓子を出してくれる。
呪術師にしてはまともだが、やっている事は度々斜め上だと七海は思っている。


五人目は語部結。
二年生から特進に入った準一級で、刀を得物にしている眼鏡をかけた女性だ。
大きな目のパッと見は可愛らしいタイプで、性格も明るくいい人なのだが、戦い方がゴリラ。
指定した人物の強化というサポートタイプの彼女は、自身にバフを掛けて前線に出るのだ。
七海の目の前で「オラアアアアアアア大きなカブひっこ抜ーいたっ!!!!!」と雄叫びを上げながら呪霊の頭を鷲掴んで文字通り引っこ抜いた光景は今でもたまに夢に見る。
戦い方は非常にゴリラだが、彼女もまたお菓子を持ち歩いていた。
良く持っているのはグミやキャラメルで、七海達を見ると笑顔で分けてくれる。
常識は時折楽しさに負けて消える様だ。


そして最後の六人目は、今七海と共に任務に当たっている黒川匠。
語部と同じタイミングで特進に入った準一級で、此方は得物は何でも良いらしい。
今日は学ランに仕込んでいた警棒に彼の術式である結界を張っていた。


「七海、俺が前に出る。サポートよろしくっす」


「はい」


彼は自分の得物に結界を張る事で、それを呪具として用いる。
低く、黒川が腰を落とす。
シィーーーーーーーーーッと鋭く獣の様に息を吐き出したかと思うと。


次の瞬間には対峙していた呪霊の肩に立ち、すぱん、と首を落とした。


「……相変わらずデタラメなスピードですね」


「七海、後ろ!」


「!」


黒川の指示に従い、鉈を振るう。
術式は無事発動した。しかし術者である七海自身が上手くその割合を狙えず、呪霊は右腕を失っただけで祓えていなかった。
素早く体制を整え、息を吐く。


「はぁ!!」


裂帛の気合いと共に距離を詰め、鉈を縦に振り落とす。
寸前で呪霊が身を退き、七海を見てにたりと嗤った。
────その背後に、影。


「死ねやぁ!!!!!!」


ずぱん、と小気味良く呪霊の首が飛んだ。
くるりと身軽に回転して着地した黒川は鋭く周囲を一瞥すると、敵はないと確認出来たのか、大きく息を吐いて肩の力を抜いた


「お疲れ、七海。怪我は?」


「ありません。黒川さんは?」


「俺も無傷っす。っし、生きてりゃ勝ち……帰りましょうか」














「あの、黒川さん」


「あ、はい。なんすか?」


「報告書の事なのですが」


七海が声を掛けると、黒川は猫背気味の肩をぴくりと震わせ振り向いた。
寮の共用スペースで報告書を取り出した七海の隣に座り、黒川が目を通す


「どこ?」


「此処です。今回の呪霊は事前情報とは違うものでした。その点を記載するべきかどうか、判断しかねましたので」


任務前に与えられた情報は二級呪霊が一体。しかし実際は二級が二体だった。
窓が一体見付け損ねた、と言えばそれで済む話だ。


しかしこれが、もし一級だったら。
それか、特級だったら。


……七海と黒川は、今頃命を散らしていたかもしれない。
けれどこれを書いて、下手に上に目を付けられるのは七海としても良くない事だと判る。
故に今回共に任務に当たった黒川に助言を求めたのだが。
黒川は顎を擦りながら、三白眼を宙に投げていた。
それから暫くして、ゆっくりと七海を目に映す


「七海としては、どうしたい?」


「え?」


「七海がこれを指摘したいと思うなら、俺がそう言ってたって書いちまえば問題はないっす。
威張れる事じゃねぇけど、こんなんでも一応準一級っすよ。
少なくとも、七海が自分の名前で書くよりは波風立たずに済むんじゃねぇかな」


「……ですが、それでは黒川さんが」


「大丈夫、俺だってそれなりにやりますって」


微笑んだ黒川が、報告書に目を落とす。
几帳面な七海の文字を目で追いながら、ゆっくりと口を開いた


「それに、これは純粋に等級で考えた場合っすけど。万が一これから等級間違いの任務が振られたとして、現状二級の七海よりは準一級の俺の方が生存率が高い。俺はまぁ速さだけが取り柄なんで、何かあれば余程の事じゃなければ離脱も可能だ。
だから、これが妥当っすよ」


「………………」


間違いを指摘すれば、此方が被害を被るかもしれない。
しかし此処で指摘しなければ、次の間違いで誰かが死ぬかもしれない。
黙り込んだ七海の頭をごつごつした手がそっと撫でた。


「まだ七海は一年生だろ?先輩を頼るのは、悪い事じゃないっすよ。
それに俺達は五条の庇護下に居る。どちらかと言うと、これを指摘してもそうそう嫌がらせはしてこねぇかも。
だってほら、下手したら五条がバルサンしますし」


にっと笑った黒川に、七海も笑う。


「……黒川さんとの会話は、気が楽で良いです」


「ん?…いやそれは俺が弱っちいから…???え???ディスられたの俺…????」


なにやら勘違いしてぼそぼそぼやき始めた黒川に小さく笑い、七海はボールペンを握った。


黒川匠。
六人目の先輩は、戦闘中は獣の如き鋭さを見せるが────普段は、周りを良く見ている頼れる先輩である。










彼の先輩達










七海→個性的な先輩に可愛がられている真面目な後輩。
黒川と話すとほっとする。


黒川→個性的な同級生に囲まれている真面目な先輩。
五条には肩パンを、夏油には良く肩を組まれる。バルサンは心臓に悪い。
七海と話すとほっとする。

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