首を傾げるしかないな?

じゅわわ、と油の弾ける音を聞きながら、鍋の中身を見守っている。
背中にはぴったりと巨大猫がくっついて、上から楽しそうに鍋を見ている


「あーげっもち♪あーげっもち♪」


『カリカリになるまで待ってねー』


「はーい!」


正月に大量に出た餅をどうするか。
今年は傑の実家から送られてきた大量の餅プラス、悟の方に届けられた餅、トドメに今回開かれた高専餅つき大会が白い山を作り上げた。
現在白い山の一部が油の海に放り込まれ、一部がトースターの中に押し込まれていた。それでもまだまだ山である。
まぁ家には大食い男子が二人居るので、順調に彼等のお腹に消えていくんだろうけど。


「おやつに揚げ餅ってなんかウケる」


『そう?私お正月明けはこっそり餅くすねてコンロで炙ってたよ』


「急に闇じゃん」


悟にぎゅうっと抱き締められ頭頂部にすりすりされた。やっぱり私はマタタビだった?
桜花では床の間に作った餅を並べていたから、人目がない時にこっそりバレない位置の餅をくすねて食べていた。そうでもしなきゃ純粋に栄養が足りなかったので仕方ない。


「揚げ餅何かけて食べんの?」


『砂糖が定番かな。あとは砂糖醤油だったり七味だったり……好みによる』


「へぇ…砂糖か砂糖醤油が良い」


『硝子か傑が七味辺りいきそうだよね』


「アイツら辛いの好きじゃん?理解出来ねー。辛味って結局は咥内の痛みを辛味っていう味として誤認してるだけって言うじゃん?何で口ん中に刺激入れたいの?マゾ?」


『二人共どっちかって言ったらサドっぽくない?』


「ウン」


『悟もサドっぽい?』


「は???????」


いやお前はサド。嬉々として苛めるお前はサド。
抗議する様に首筋にすりすりされて擽ったい。笑っていれば、甘えた様な声で悟が言う


「えー?俺刹那の事苛めねぇじゃん?」


『その代わり歌姫先輩とか苛めるでしょ』


「弱いヤツに弱いって言って何が悪いんだよ」


『そういうトコだぞ』


悟は雑魚と言う事を事実か軽いからかいだと思っている様だけど、言われた方は地味に傷付くのだ。
だから正直、何度でも正面から怒ってくれる歌姫先輩は稀有な存在だと思う。
普通は当たり障りなく接する様になるか、悟の言葉を聞かなくなるか、どちらかにした方が、心を護るのはずっと楽だから


『悟、弱くてもその人はその人なりに努力してるかもよ?』


「…なぁに?正論?オマエなら聞かんでもないけど」


『うん、ありがとう。取り敢えず、歌姫先輩を雑魚って言うのはやめてあげてね。悟にずっと意地悪言われても正面から怒ってくれてるのは、歌姫先輩が悟に向き合ってくれてるからだよ。
そういう人は貴重だから、大事にしようね』


悟の場合余計に敵ばっかりになりそうだから、もう少し優しくしようね。
悪意なく煽ったりする癖あるからね。
そう思いながら笑いかけると、悟は暫く唸った後に、渋々了承の声を上げた


「………………………刹那が言うなら気を付ける」


『すっごい渋々じゃん』


「だって!刹那が言うから!歌姫なんかたまーに会うぐらいなのに!」


『あんたこの間歌姫先輩に何て言ったか覚えてる?』


「ん?…えーと、歌姫じゃん!やっほー元気ィ?今日も雑魚だねー!!って言った」


『そういうトコだぞ』


何でそれで問題ないと思っているのか。
苦笑いしつつ、跳ねた油が宙でぴたりと止まるのを目にする。
ほんと便利だな無限。油を使っても火傷の危険性がないのは素晴らしい。


『私と硝子に苦情来てるからね。せめて雑魚って言うのはやめようね』


「善処するね」


『丁寧に嫌ですって言うな』



















「刹那ー、髪洗ってー」


『じゃあ此処に椅子置いて、後ろ向きに座って』


「はーい」


シャンプーを手に乗せて、白銀の髪をわしゃわしゃと洗う。
鼻唄を歌う悟は随分機嫌が良さそうだが、時折肩を関節を解す様に動かしていた。


『痒いところはございませんかー?』


「極楽でーす」


『それは良かった』


頭皮をしっかりとマッサージして、眼精疲労に苦しむ事の多い悟の蟀谷もついでに指圧する。
あー、と意味もなく声が漏れたが、嫌がる素振りはないので良いのだろう。


『良し、流すよ。目閉じてね』


「はーい」


温水シャワーで泡を流していく。綺麗に流しきった所でコンディショナーを塗り、悟から渡されたアヒル達を湯船に浮かべた。


『…ねぇ洗面器山盛りのアヒル浮かべたんですけど、何個あんの?』


「んー?適当に持ってきたからワカンネ。でも百はあるよ」


『…アヒル隊長が百体…???お前アヒルプールでも作るの…???』


「傑の風呂ん時に浮かべたりする」


『とてもかわいそう』


今だって波に乗ってやって来たアヒルに背中をつつかれている。多分三十は居るぞコレ。
コンディショナーを洗い流し、モコモコに泡立てたボディースポンジを広い背中に当てた


「もっと強くして良いよ」


『肌ゴシゴシするのって良くないんだって』


「じゃあそのまま優しくで良いよ」


『ふふ』


背中を洗い終え、ボディースポンジを悟に渡す。手の泡を流してくるりと身体の向きを変えた。
ふと胸元を見ると大量のアヒルと目が合って、思わず笑う。
一匹一匹そっと向きを変えていると、わしゃわしゃと身体を洗っているらしい悟が声を掛けてきた


「どうした?アヒルに何かされた?」


『振り向いたらめちゃくちゃアヒルと目が合ったの』


「あー、何処見てもアヒルが此方見てるアレか。俺此方見てるアヒルを波で遠くにやるよ」


『私今一匹ずつ背中向けさせてる』


「意味ある?ソイツら直ぐ此方向かない?」


『秒で振り向かれた』


「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」


一頻り笑って、シャワーの音が始まった。
その間に無駄に広い湯船の中で少し前に座り直す。
ばしゃ、と質量のあるものが入浴剤で白く濁った湯に突っ込まれ、悟が直ぐ後ろに座った。
首もとに長い腕が回り、肩口に細い顎が乗って、そこで深い溜め息が吐き出される


「はーーーーーーーーーーーーつかれた。もういやだ。じゅじゅつしやめる」


『お疲れ様、悟。呪術師辞めるの?じゃあ補助監督する?』


「オマエらつれてせかいいっしゅうりょこういく」


『悟がトべばパスポートなしで行けそう。あ、傑が飛んでも良いし、私が海から連れていっても良いのか。手段が多くて良いね』


「ふふ、たのしそう」


『そうだね』


首もとでくすくす笑う悟は正月明け早々酷使され、数日後疲れ果てて帰ってきた。
話を聞けば朝イチで広島、それから福岡、鹿児島から沖縄に飛び、そこから東京に戻ってその足で富山、石川、宮城青森からの北海道。
普通に日本往復弾丸ツアーみたいな企画に強制参加させられた悟は、家に戻ってきた時にはもうしょげしょげだった。
疲れ果て、家に着くなりぐずぐずとじゅじゅつしやめると唱え出したので、取り敢えずご飯を食べさせ現在お風呂である。
混浴は勿論拒否したのだが、強制連行された。
業を煮やした悟が私を抱えて連れていく時、ちらりと見えたパパとママは此方に向けて合掌していた。
おいママ。お前一歳児と同性だろママ。お前が入れろよママ。
しかしママは言ったのだ。野郎二人で入るには風呂が狭いよ、と。
…ふざけんなよアイツ私を生贄にしやがった。風呂が!!狭いからって!!!!


『悟、なんでお風呂を男二人入れるサイズにしなかったの?』


「傑と入る予定がなかった」


『というか体育座りなら二人で入れるのでは…?』


「脚伸ばして入りたいから無理」


『もう檜風呂作れよ』


「リフォームする?」


『悟が日本往復弾丸ツアーで毎度こんなになるなら、それも考えた方が良いかも』


如何に親友と言えど、男女で混浴というのは流石にアウトだと思う。私、色気も胸もないけど女だからね?
アヒルを大きな手がぺん、と弾いた。何時もキラキラな蒼は今はキラ程度。しかし帰ってきた時には涙目だったので、しょげしょげがしょげ程度には回復した様だ


『何でそんなに急に全国ツアーさせられてるの?日本は特級まみれな感じ?』


「特級まみれっつーか、不安要素があるヤツ全部押し込んだ感じ。これヤバくね?五条に投げとこ!アイツ特級だし!みたいな」


『最悪だな。それって実際悟じゃなきゃいけなかったのってどのぐらいあったの?』


「石川だけ。あとは雑魚」


『うわ……』


可哀想過ぎる。肩口の頭をそっと撫でると嬉しそうに擦り寄ってきた。
大きな手がお腹に回る。身体に巻いたバスタオルの裾を摘まんでは離す手に好きにさせつつ、悟の胸に寄り掛かった。


「次は絶対刹那連れてく」


『事前予約お願いしまーす』


「何でオマエこんな時に限って七海達の子守りしてんだよ。俺の任務の時持ってって良いって夜蛾センセ言ってたじゃん」


『私の任務参加度は変わんないって言ってたでしょ』


「でも刹那持ってってたらもう少し元気だった」


『うん、それはお疲れ様。次は事前予約しといてね』


任務の決定権は私にはないので。
ちゃぷちゃぷと波が立つ湯船の中で、大量のアヒルが密着しつつ泳いでいる。


『そろそろ上がろっか。悟先上がってて』


「はーい」


『あ、アヒルは?』


「そんままで良いよ。傑が遊ぶから」


遊ぶか…?
数個なら判るけど、三十個も要るか…?
そうは思ったものの、さっき生贄にされた恨みを思い出した。
良し、置いていこう。そして上がる時にアヒルをちまちま干すが良い。
ざば、と立ち上がった悟が浴室を出ていった。
悟が脱衣場を出る時に入れ替わりで私が上がる予定なので、それまではアヒルと遊んでいれば良い。
一匹だけ混ざった黒いアヒルをつつきつつ、時間を潰す。


「刹那ー、いいよー」


『はーい』


「俺リビング行っとくねー」


『わかったー』


扉の開閉音を聞き届け、浴室を出る。
お馴染みの水色の下着を身に付けて、テディベアのプリントが入ったトレーナーに袖を通した。
髪の水分は術式で剥がして洗面台に捨てておく。
スキンケアも済ませてリビングに向かえば、甘えん坊がパパに髪を乾かして貰っていた


『上がったよー』


「じゃあ私も入って来ようかな」


「刹那、コーラ飲もうぜ!」


「コラ甘えん坊動くな」


『良いの?じゃあコップ用意してくる』


ソファーに座る硝子の足許に座り込んでドライヤーを当てて貰っている悟を笑いつつ、傑が脱衣場に向かった。
氷を入れたコップを手にテーブルに近付くと、ご満悦な悟と呆れた様に笑う硝子が見える


「♪」


『あとは傑に甘やかして貰えば完璧かな?』


「ったく、何日か見ないと思ったらコレだよ。上ももう少し考えて欲しいよな」


「腐ったミカンほんとイヤ。バルサンする?」


「話し合ってダメならバルサンすれば?」


『良いの…?それで良いの…???』


「少なくとも私に害はない」


「パパヤベェwwwwwwwwwwwwww」











アヒルを沢山浮かべましょう











刹那→甘えん坊と一緒に風呂に入った。
なんで???と思うも入浴剤のアヒル風呂で遊んだ。
寝る時は抱き枕になる。

五条→しょげしょげで帰ってきた。
刹那と風呂に入って、硝子に髪を乾かして貰って、夏油と桃鉄をして無事復活した。
しょげしょげ状態で更に酷使すると、しすせを連れて出奔するので上層部は注意が必要。

夏油→甘えん坊の桃鉄に付き合い続けた。
実は硝子と“刹那と風呂に入った五条が何らかのアクションを起こすか”で賭けていた。
アクションを起こす(赤面とか)に賭けた夏油が見事に負けた。
風呂は野郎二人で入るには狭いからイヤ。

硝子→甘えん坊の髪を乾かしてあげた。
夏油と賭けをして、アクションを起こさない(にこにこで上がってくる)に賭けたら勝った。
風呂を止めなかったのは五条が少しは性的に成長するかと思ったから。
何かされたら刹那が悲鳴を上げるだろうし、五条の高感度センサーも信頼していたので最悪な事態には陥らないだろうと踏んでいた愉快犯。

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