話したかった事は

今日も今日とて呪霊を祓い、帰ってきて無言でテディベアを膝に乗せポッキーを貪り食う教え子。
夏油と家入は緊急の任務に出ていて、無事制圧した彼等は一時間後には帰ってくる予定だった。
語部、黒川も後輩と共に任務に向かっている。問題なく終了したと報告があったので、直に戻ってくる筈だ


「悟」


「んあー?」


「前に、お前に話したい事があると言ったのを覚えているか?」


「んあー」


「そうか」


『いや今のどっちですか?』


「覚えてまーすって言った」


「最初からそう言え」


桜花にポッキーを分け与えながら、五条がゆるりと首を傾げた。


「で?何の話です?」


「悟、お前教師になる気はないか?」


「は?」


『え??????』


桜花と五条が揃って夜蛾を凝視した。
驚かれる自覚のあった夜蛾は無言で頷いて、空いていた夏油の席に腰を降ろす


「前に言ったな、お前は入学当初と現在では随分変わったと。
そこで俺は考えた。
呪術師の家元で育ったお前が人間性を獲得出来たのなら……他の未成年の呪術師にも、お前と同じ変化が見込めるのではないか、と」


「…それと俺が教師になる?ってのはどう関係あんの?」


「お前は俺達の誰より、その呪術師達の感情が理解出来るだろう。
俺達には判らずとも、お前なら特殊な環境で育った呪術師の心の機敏を理解出来るし、納得出来る筈だ」


夜蛾と家入では何処までも閉鎖的な呪術師の家の教育による弊害を理解出来ず、夏油では育ち自体が違うので解り合えず、桜花は彼女自体が術師の家で育ったにしては普通すぎる精神性ゆえに、共感は出来ない。


呪術師の家で育った未成年を高専に放り込む、というのは────例えるなら、十五才まで泥水を飲んできた人間に水道水を飲ませる様なものだ。


毒に慣れた人間は、飲み慣れない清浄なものを胃に入れると拒絶反応を起こしてしまう。
呪術的には家で育つ事こそが天然水なのだろうが、人間性を重視するのであれば、彼処は間違いなく泥水だろう。


『まぁ私も生粋の術師の家出身じゃないですし、悟の事も最初はビックリしたし。先生か。悟は…………まぁ、友達みたいな先生なら…?』


「え?なんでビックリしたの?かっこよかったから?」


『いや、機械みたいだなーって』


「エッ」


ぎょっとした五条を笑い、桜花が机の端に置いてあったペットボトルに手を伸ばす。
小さな手がペットボトルを掴む前に五条がそれを取り、未開封だったキャップを捻った。


『ありがとう』


「ん」


何気無く行われた紳士的な行動にほっこりしつつ、夜蛾は話を続ける


「決めるのは直ぐじゃなくて良い。こういう道もあると伝えたかっただけだからな」


「え、もし俺が教師になるなら刹那と傑もやるよね?硝子は医務室勤めがもう約束されてるし、保健室の先生っぽいけど」


『えっ』


さらっと巻き込まれた桜花が五条を二度見した。
確かに人当たりの良い桜花は教師に適した存在だろう。夏油も表面上は穏やかで接しやすい。壊滅的に相性が悪くなければ生徒とも上手くやっていける筈だ。


「つーかさぁ、教師って教員免許要るんでしょ?俺ら大学通わなきゃなの?」


「いや、一般教養はお前達もテキストでやっているだろう。呪術の指導に免許は必要ない」


『そうなんだ』


「ただ、硝子は人体に関わる術式だからな。これから先は解剖なんかも視野に入ってくるから、アイツは医師免許の取得が必要になる」


「え、じゃあ硝子、大学通うの?」


「……まぁ、裏ルートを使っても二年は掛かるだろうな」


人体の仕組みと只管に実践をこなすというメンタルを考慮しないルートであれば、まぁ最短で二年。通常の医師大に此方の推薦として通せば最低でも六年。
…恐らく本人が幾ら医師大生ルートを所望しようと、現実呪術界では呪術師も医師も不足している。その点で上層部から裏ルートを強制される可能性が高かった。


「二年ねぇ…此処から通うっつーか、どっかの研究施設とかで住み込み?」


「まだ何も決まってないが、そうなる可能性が高いな。高専の処置室に全部運び込むという手もあるだろうが」


『あの、それって決定ですか?硝子が医大に通いたいって言ったら?』


「…呪術界では反転術式を使える者は貴重だ。他者に行使する事が出来る者はより限られてくる。
そんな貴重な存在を、上は六年も遊ばせたくはないだろう」


何より下手に外界と接触させて、呪術界で生きていくのに支障を来す事を上層部は恐れている。
下手に非術師と交流し、あまつさえ子でももうけようものなら家入の命も危うくなるかもしれない。


「んー……呪術界のリセットの効率良いやり方は、下を育てる事、だもんなぁ。うん、傑と硝子にも話してみる」


『あれ、私も確定なの?私は教師とか向いてないんだけど…』


「一番向いてんのオマエじゃね?」


『初対面で煽られたら一生嫌いになる自信しかないんだけど』


「エッ………俺は…?おれのこときらい…?」


『なんでよ。好きだよ』


「エッッッッッッッッッッッ」


『うるさ』


…普段から散々教室の中心で愛を叫んでいる癖に、いざ好意を伝えられるとこの一歳児は照れるらしい。
耳の先からじわじわと真っ赤に染まっていく五条を直視した桜花が爆笑している。
普通なら甘ったるい恋人同士の距離感でありながら────その実特殊な環境で育ったが故に恋愛感情を勉強中の人間歴一年と、流されやすいのんびり屋の奇跡のカップリングだ。


「えっ、心臓がドンドコ言ってる。えっ、えっ?どきどきする?俺が?何に???なんで?????
ぎゅんぎゅんするね?俺早死にしない?心臓って鼓動の限界数決まってなかったっけ?今こんなにドンドコ言って大丈夫?????」


『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


平和だ。
とても平和だと夜蛾はしみじみ思った。




















夜になって、お昼の夜蛾先生からの提案を二人に話してみた。
結果は予想通り、ゲラが二人である


「悟がwwwww教師wwwwwww」


「とうとうトチ狂ったか夜蛾センwwwwwwwww」


「おうおう頭カチ割って欲しいんなら素直にそう言えよ」


『キャーヤカラー』


「テディは夜にぎゅっぎゅの刑な」


『それは死ぬな??????』


お前何で雑巾絞りのジェスチャーした?
四人でダラダラと映画を観ている時に話した所為で、見事に台詞が聞こえない。爆笑がすごい。
まぁ良いかとソファーに背中を預けると、隣から巨大猫が凭れてきた。重い。


「傑どうよ?教師やる?」


「ひいwwwwwwwwwwwwwwwわたしwwwwむいてないよwwwwwwwwww」


「マジでクソゲラ。硝子は?医務室の先生やる?」


「五条がwwwwwwww先生wwwwwwwww」


「もういい。おれおこった」


『あーあ、拗ねちゃった』


ぎゅうっと抱き着いて肩口に鼻先を押し付けてくる悟に苦笑する。
あんまりにも笑われて拗ねたらしい。怒ったと申告する辺り、本気ではないだろうけど。
暫く綺麗な白銀を撫でていれば、笑い袋が死にそうな呼吸をしつつ生き返った。


「げっほ…ごめんね悟……悟が…せんせwwwwwwwww」


「ふざけんな夏油wwwwwwwwwwwwww」


「なんだコイツら笑い過ぎじゃね?箸が転がっただけで爆笑かますお年頃なの?」


『いや笑うでしょ。悟が教師って聞いたら』


「わーってるよ、ガラじゃねぇって事ぐらい」


むすっとした悟の頭を撫でつつ、超絶ゲラをのんびりと眺める。
傑は派手に噎せているが大丈夫だろうか。息出来る?特級呪術師が死因:笑いすぎによる酸欠とか永劫語り継がれるダサさだけども。
硝子はプルプルしている。ケータイのバイブモードみたい。
…ああ、ケータイで思い出した


『そういえばスマホって出るんだっけ?なんか平べったいヤツ』


「ああ、なんかニュースで言ってたな。タッチパネルになるんだろ?面白ぇよな、SF映画みてぇ」


『パカパカじゃなくなるんだねぇ。このパチッて音好きだったんだけど。
てかあれだ、テンキーなくなって私は文字が打てるのか』


「いけんじゃね?そこまで機械音痴じゃねぇし。
なぁ、買い換えたら写真撮ろうぜ。何か画素も上がるんだと」


『へぇ、楽しみだね』


目をキラキラさせる悟の頭をずっとよしよししている私、少し手が疲れてきた。
それでも手を交代して撫でる。何故って、満足そうな悟が可愛いから。
ずっとなでなでをねだるネコチャンに似ている。
ゆったりとしたリズムで2mにゃんこを撫でていると、漸く二人が生き返った。


「はー……死ぬかと思った…」


「ひどいめにあった……」


「オマエらに笑われて傷付いた俺を労れや」


「テディちゃんになでなでされておきなががら良く言う」


『テディ手が疲れてきた』


「休むな。まだ撫でろ」


「我儘な一歳児だな」


ぐりぐり頭を押し付けてくる悟に苦笑いしつつ、頭を撫で続ける。
引き続き手を動かしていれば、傑が真面目な顔で悟を見た


「悟、教師になるって本気かい?」


「センセに言われた。なんか、純粋培養の呪術師の気持ちがオマエなら判んだろって」


「純粋培養……つまり術師の家の出は大体こんなんって事か?」


「人に指差しちゃいけませんってママが言ってたぞ」


「そうだよ、偉いね悟。硝子、指差しちゃいけません」


「はいはい。すみませんでしたー」


雑に悟の頭を撫でて、硝子が缶のプルタブを起こした。…アレがビールである事は突っ込んでも良いの???


「そんで考えたんだけど、術師の家って大概がロクでもない育て方すんだよ。だから俺は十五まで只管術式を磨くだけの機械だった訳だし」


『まぁ殴られて蹴られてを教育って言うんだから可笑しいよね』


桜花での生活を思い出しながら呟くと、急に周りが静かになった。
何事かと目を向ければぎゅうっと悟に抱き締められて、背後には硝子が、横から傑が全員を抱き締めてくる


『え?どうしたの?』


「俺のテディに暴力とか有り得ねぇわ…塵にしてぇわ…」


「頑張ったね刹那…もう大丈夫だからね…私達が護るからね…地獄に落とそうね…」


「あんたをボコったクソ共なんか全員地獄に落ちれば良いんだ」


『過激派ばっかwwwwwwwwww』


ケラケラ笑って、落ち着いた所で悟が仕切り直した。


「話戻すぞ。術師の家の出は、多分根本的にズレてるんだよ。しかもそれは大きな家であればあるほど酷くなる。
ズレてるから、一般出身の傑には別の星の生き物に見える。
家がデカければデカい程ズレも酷くなるから、割りと小さい家の硝子にも理解しにくい。
そんでもって産まれた時からそこに居て“普通”なんて知らねぇから、刹那も共感出来ない事もきっとある」


確かにそうだ。
悟がやらかす事を全部が全部共感出来るかと言われると、無理。
その点で傑とぶつかるし、硝子も理解出来ねーと放り出す。
…それを教師として導けと言われると、簡単には頷けない。


「多分、そういうガッチガチの呪術師思考の奴も、まだ間に合うって考えたんじゃねぇかな。
現に俺も随分人間らしくなったって言われる事増えたし」


『悟は人らしくなったよ。優しくなった』


一緒に居て以前はなかった気遣いが増えたと気付いた時、心がぽかぽかする。
それを伝えると、悟が擽ったそうに笑った


「今の俺はさ、戦う理由も護るものもちゃんと判ってるよ。でもね、多分アイツらはそうじゃない。
戦う理由はそうあれかしと育てられたから。
非術師は猿で、幾ら減っても問題ない。
女は胎で、子供を若い内からガンガン産ませるべき。
……俺も非術師は猿ってのは賛成だけどね。
でも、津美紀とママ黒サンは猿じゃない。人としての俺の毎日を楽しくする為に必要な奴は、非術師でも猿じゃない。
少なくとも今は、判る様になったよ」


………成長したんだなぁ。
しみじみそう思っていると、ずび、と鼻を啜る音がした。
同時に硝子の爆笑が響く。
音の方に目を向けると、傑が泣いていた


「さっ…さとる……おとなになって……!!」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


『ママwwwwwwwwwwwwwwww』


「泣きすぎだろwwwwwwwwwwwwww」











成長したよ










五条→教師を薦められた。
自分の日々を楽しくする為に必要な人は“お気に入り”と呼ぶ事にしたらしい。
彼が護ろうと決めたのは“宝物”と“お気に入り”である。

刹那→しれっと教師にされそう。
五条の成長にほっこりした。

夏油→しれっと教師にされそう。
五条の成長に号泣した。

硝子→医務室の先生になる予定。
号泣する夏油に爆笑した。

夜蛾→一人誘ったら全員教師になりそう。
五条が成長していてほっこりした。

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