習得方法は十人十色

人間の身体とは、異物を取り入れると先ず拒絶する。
取り入れた事のないものには抵抗し、発熱する。
……五条さんちの一歳児にお腹に呪力を流し込まれた私は、翌日見事に寝込んでいた。


「刹那、凄ぇ汗…」


『熱ですので…』


「ごめん刹那…俺の呪力で腹ん中ぬちゃぬちゃになってる」


『ぬちゃぬちゃ…???』


なにその言い方怖い。
額の汗をタオルで吸い取ってくれる悟は、柳眉を下げて頷いた


「俺の呪力が刹那の反転の方の術式に干渉しようとしてる。下手に指向性付けちまったモンだから、無理矢理抉じ開けようとしてるんだよ。
刹那はそれが嫌で今熱発してる」


『………つまり?』


「俺の呪力に刹那の術式がレイプされてる」


『クソヤロウ』


現在進行形かクズ。
どんどん熱が上がって気持ち悪い。噴き出す汗を只管に拭う悟が泣きそうな顔をしていて、思わず笑ってしまった


『悟、酷い顔してるよ』


「だって……俺の所為で刹那が……」


『んー……まぁ今日一日耐えれば流石に大丈夫じゃない?苦しいけど、これで術式反転が使える様になれば儲けモンでしょ』


というかそこまで量はなかった筈なのに、私の呪力に消される事もなく人の術式に干渉してくる五条悟の呪力よ。こわいわ。
これ最初だからってちょこっと注がれたんじゃなかった?ちょこっとでこんなに被害出るの?五条悟ヤバいな???


『……悟』


「なぁに?」


しょげしょげな一歳児に苦笑して、熱の籠った左手を伸ばした。
白い頬はひんやりしている。違うな、私が熱いんだ。


『…明日、スイパラ連れてってよ。それでチャラね』


別に奢りなんて良いんだけど、そういうお詫びを此方から望んだ方が悟の罪悪感も軽くなるだろう。
予想通り悟の目に光が戻った


「捜しとく!だから…だから、明日には元気になってくれよ、刹那」


『それは悟の呪力次第では?』


「俺の呪力に好き勝手されんなよ。ちょろっと流し込んだだけだろ?え、ほんの少しだったのにめちゃくちゃ長居するじゃん。
そんなに相性良いの?実は気持ちいい?」


『やっぱり反省しろ???』



















────二つの門が聳え立っていた。
片方は青い門。開け放たれた扉の向こうは真っ暗で、何も見えない。
対する隣の門は赤。ぴったりと閉ざされた門は所々がひしゃげていて、まるで何度も強い力で殴られた様だった。
上空から光が射し込む水の中、そっと赤い扉に触れる。
押してみるがびくともしない。
引いてみても動かない。
静かにそこにある門の前で座り込むと、世界は煙の様に霧散した。


『────────、』


「おや、起こしちゃったかな?」


ゆっくりと目蓋を持ち上げた先、傑が微笑みながら此方を見下ろしていた。
手にしているのは冷却シート。フィルムを剥がしたそれをぺたりと額に貼ってくれた


『つめたい』


「熱だけが出ている状態だから、先ずは冷やしてやれって硝子が」


『そっか……ありがとう傑』


「どういたしまして。悟は緊急の呼び出しで出ているけど、さっき終わったって連絡が来たよ。硝子は医務室で一年の治療中。
悟、任務を終わらせて刹那の様子はって直ぐに聞いてきたよ」


『ふふ、気にしてそうだね』


「まだ寝てたから、今は寝てるって返しておいたよ。帰ってくる時にはお土産が沢山あるんじゃないかな」


『お土産楽しみだね』


「ふふ、しょげた一歳児は面白かったよ」


くすくす笑う傑につられて私も笑う。
スイパラで許すって言ったのに、悟はやっぱり気にしているらしい。


『そんなに気にしなくて良いのにね』


「いや、刹那はもう少し気にしな」


『え』


思わぬ言葉に目を瞬かせる。傑は苦い顔をしていて、何がそんなに気にかかっているのかと私は首を傾げた


「あのね刹那、幾ら相手が悟でも、簡単に服の中に手を入れさせるのはやめな」


『?……ああ、だってヘソどこ?って言ってまさぐるから』


擽ったかったので自ら捲りました。
そう言うと傑が額を押さえた。


「もうね、会話がアウトだよ……女の子相手に子宮に注ぐとか言うんじゃないよあの一歳児……」


『あれ、悟から詳細聞いたの?』


「あのあと説教したからね」


悟曰く、女性の有する機能である子宮は溜め込みに適している。
だから先ず子宮に悟の呪力を送り込み、そこから術式に干渉しようとしたらしい、が。


────子宮は元々受け入れる機能を持ってるだろ?器、聖杯……古来からそういう受け止める、産み出す、保管する意味を持つソコに、俺の呪力を流し込む。
注いだそれを受け入れて、溜め込んで貰う。
流石に口移しとかだと注いだ先からオマエの呪力の中に俺のが溶け込んじゃうだけだろうけど、“溜め込める”場所があるなら話は別だ。
陽の気を持つ男の俺が、陰の気を持つ女のオマエの子宮に道を迷わない様にプラスの呪力を注ぎ込めば……理論的には、術式反転を強制的に励起する事は出来る。


悟の言葉を思い出し、ゆっくりと瞬きした。


『……よく考えたらセクハラが酷いね?』


「良く考えなくてもセクハラだよ」


『だからか…だからアイツ術式がレイプされてるって言ったのか…』


「酷いセクハラに遭ってるって気付きな???」


『え?悟だしなぁって思った』


「危機感………」




















後日、復活した私は悟とスイパラを訪れていた。
スイーツを端から端まで食べている悟に笑いつつ、タルトをつつく


「刹那、一口ちょーだい」


『はい』


クッキー生地をフォークに乗せて差し出す。大きく開けられた口がタルトを迎え入れ、悟がにっこにこになった


「うまー!」


『ねー。美味しい』


ご機嫌でタルトを頬張る悟は周囲の女性客の注目の的だ。
サングラスを外した所為でより一層目を惹いている。お陰で悟を見てからの私への視線の鋭さがひどい。視線に威力があるならきっと私は死んでいる。


「刹那、口開けて」


『あー』


悟のモンブランが差し出され、口を開けた。芳醇な栗の風味に頬が緩む。
流石人気店、全てのスイーツのレベルが高い。


「美味い?」


『うん。とっても美味しい』


「ふふ、連れてきてよかった」


『連れてきてくれてありがとう』


「どういたしまして」


ふにゃっと笑った悟がモンブランを口に運んだ。
遠くの席の女性が耐えきれないという様に目許を手で覆った。悟の顔面はやっぱり良く効くらしい。
タルトをゆっくり食べながら、目の前のイケメンを眺めてみる。
キラキラと光を浴びて輝く白銀の髪。シミ一つない白い肌。スマートなフェイスライン。すっと通った鼻梁に、女の子みたいに艶々で柔らかい唇。
けぶる様な真っ白で長い睫毛に、空と海を溶かし込んだ様な綺麗な蒼い瞳。
改めて見ると美術館に展示されていそうな男である。
じっと見つめる私が気になったのか、悟はかくりと首を傾げた。


「なぁに?モンブランもっと?」


『自分で取りに行くから大丈夫だよ。悟の鑑賞してた』


「美術品みてぇな言い方ヤダ。格好良いから見惚れたって言って」


『格好良いというか綺麗だよね』


「カッコイイが良い!!」


『あー、はい。カッコイイよ悟』


「ウン」


今の会話だけでも拗ねたり笑ったりと悟は大変忙しい。何だろう、表情筋めっちゃ酷使されてるな。
カッコイイの言葉が嬉しかったのかふにゃふにゃ笑う悟を見て、女性達が胸を押さえている。
可愛いって言われてるの悟気付いてるかな?ああ、気付いても放置するタイプだな。


「そういや近い内実家に顔出さなきゃなんだよな」


『そっか。頑張ってね』


「傑はスケジュール的に連れていけるか判んねぇけど、オマエは連れていくからな」


『えっ』


「前にあげた着物持ってるだろ?アレ着て俺の傍で笑っときゃ良いから。面倒を避ける為に後ろに居ろよ。一応“桜花”として出て貰うつもりだし」


さらっと告げられた話題に噎せそうになった。嘘でしょ、あの高い着物をまた着るの…?
しかも悟が言っているのは御三家の会合だ。そんな所に新しく傘下に入った家の当主として来いと言うんだから頭がおかしい。


『…禪院も居るんでしょ?』


「そりゃあね。アル中の当主とその息子は来るだろうよ」


『………喧嘩とか売られない?』


元々桜花は禪院の傘下に居た家だ。
重用していなかったとは言えライバルに鞍替えし、大事にされているのを見れば、誰だって気分は良くないだろう。
眉を潜めた私に悟が口角を吊り上げる


「そりゃ勿論売ってくるだろ。でも大丈夫、刹那は俺が護る」


『私じゃなくて、悟の負担の事気にしてんの。悟が私を護る為に頑張って疲れちゃうのが嫌なんだよ』


実力も権力も、私は悟に及ばない。
悟が私達を護ってくれているのは知っている。だからこそ自分の所為で要らぬ苦労はして欲しくないし、少しでも疲れない過ごし方をしてほしい。
そう伝えると悟は蒼い目を瞬かせ、それから綺麗に笑った


「あのね、俺は刹那が大好きだから頑張れるんだよ。傑と硝子と刹那を愛してるから、護るの。
だから、もし俺が疲れちゃったら甘やかしてよ。心配して悲しい顔されるより、ありがとうって笑って甘やかしてもらう方が良いし」


…成長したなぁ、なんて保護者みたいな事を思う。
以前なら俺最強だしヘーキヘーキ!ぐらいで済ませそうなものを、わざわざ私の気持ちを汲んで代替案を提示してきた。
私の返事を待っているのだろう、だめ?と首を傾げた悟に笑ってしまう。あんたそういうトコあざといぞ。


『判った。じゃあ疲れちゃったら言ってね。皆で甘やかすから』


「ん。楽しみ」


『いや楽しんじゃダメでしょ』


ふにゃっと笑ってシュークリームに噛み付いた悟に、クリームが付くよとナプキンを手に取った。


「なにあれかわいい……甘やかしてはかわいすぎない…???」


「あのカップルかわいい………推す…」


「美男美女じゃん……美の権化じゃん……尊い……」


『……………………………………』


いや恥ずかしいな?
此方見ながら拝むのってもしかして流行ってる?








…そこで終わっておけば、タノシカッタナーで終われたというのに。









「────へぇ、禪院から五条に鞍替えした尻軽ちゃうか。
悟くんの所でお姫様扱いなんやって?良かったやん綺麗な顔役立って」


「」


『悟ーーーーーーーーーー!!!!!!』


チャッカマンもびっくりな速度でキレた悟が男を叩き潰した。












地雷を踏むなとあれほど……












刹那→五条に呪力を注がれ拒絶反応で熱が出た。スイパラで大満足。たまにじっと五条を眺める事が増えた。
最近五条と出掛けると拝まれる事が増えた。流行りだと思っている。
最後の奴は嫌い判定とかの前に五条を止めるので必死だった。

五条→刹那の子宮に呪力を注ぎ、そこからちょっと術式に乱暴しようとしたら熱が出て慌てた人。元気になってほっとした。最近刹那と出掛けると拝まれる事が増えた。猿の命乞いだろうかと思っている。
最後の奴の言葉を聞いた瞬間に生きている事を後悔させようと決めた。

夏油→娘の子宮に呪力を注いだと聞いて「それって概念セッ」などと宣いかけパパに足を踏まれ悶絶した。
五条に説教をして、熱発する刹那のお世話をした人。

硝子→概念ほにゃららなんて言葉を吐こうとしたママを物理で黙らせた人。説教の途中だった五条はパパの物理制裁に正座のまま首を傾げた。
熱発する刹那のお世話をした人。

暴言ボウヤ→死の危機


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