一分一秒が学びとなる

「……………………なぁ」


声を掛けられ、私は振り向いた。
其処にいるのは書生姿の男。禪院はじっと私を見て、それから何度か視線をうろうろさせて、口をもごもごさせた。
それからもう一度此方を見ると、ゆっくりと口を開く


「……悟くん、なんであないに人間みたいになったん?アンタらなんか術式でも使うたん?」


『嘘でしょそれ疑う???』


術式で人格を弄られたと思われてる五条悟……
いやどんだけ機械みたいに生きてきたの?あ、あれか?さとるくんか?それなら機械っぽいな…?
本人も言ってたし一年の時に機械っぽいなって思ったけど、まさかあのまま高専までマジで機械だった…???


『術式なんか悟に通じる訳ないでしょ。そんなの無下限で防げるって』


「……じゃあ、何でなん?アンタら悟くんに何したん?」


凄く疑われてるのウケる。
思わず笑えば怪訝そうに眉が寄せられた


「笑うなや」


『ああ、ごめんね。…取り敢えず座ろうか。そこのベンチ行って良い?』


「………おん」


数歩前をさっさか歩き出した姿に家の悪影響を見た。多分、女は三歩後ろを歩くべし、を無意識の内に行ってしまうんだろう。
彼が先を歩けば、私は後ろに居る事になる訳だし。
先にベンチに座り脚を組んだ禪院を尻目に、自販機の前で立ち止まる。


『禪院、飲み物何が良い?』


「飲み物?……茶ぁ汲みに行くん?せやったらもう応接室行こ。めんどいわ」


『違うよ。自販機で買うの』


「じはんき…???」


『えっ』


後ろから心底不思議そうな声が聞こえてきて振り向いた。
………禪院直哉は不思議そうに此方を見ている。
えっ、嘘でしょ?自販機知らない?
今私の直ぐ傍にあるんだけど??????
……恐ろしい事実を危惧しつつ、私はそっと自販機を指差した


『禪院、これの名前は?』


禪院はじっと自販機を見つめ、自信満々に言った。


「箱」


『…………そうだね…箱だね………これね、自動販売機って言うの………』


「じどうはんばいき」


『人を介さずに買い物が出来る機械です』


「……じどうはんばいき…」


闇が深い。
どうしよう闇が深い。
嘘でしょ?自販機知らない?悟だって此処まで……いやあいつチロルチョコを取り寄せのお菓子だと思ってたな?駄菓子も知らなかったし回転寿司も卵かけご飯も知らなかったな???
……あとで自販機を知ってたか聞いてみよう。
彼が自販機を見てあんまりにも不思議そうにしているので、つい手招いてしまった。
やってから、あ、これ禪院的にアウトでは?と思ったものの、素直に近付いてきたので驚いた。


「何やの」


『……手招きはアウトではない?』


「?アンタが来いって言うたんやろ。アホなん?」


『しれっと腹立つ』


隣に立ち、じいっと売り物の見本を凝視する姿がだんだん小さい子に見えてきた。
取り敢えず好きな物を選ぶまで待とうと思っていれば、不意に切れ長の目が此方に向けられる


「………なぁ」


『なに?』


「こーらってなに?」


『……………シュワシュワして甘い飲み物だよ…』


「しゅわしゅわ………毒…?」


まってこれ私一人じゃ闇が深いな???
コーラ…コーラを知らない?悟は……知らなかったね。初めて飲んで炭酸にびっくりしてたもんね。ソーダのビー玉を取り出してはしゃいでたもんね。ああ、あいつも「しゅわしゅわ…???毒…???」って言ってたわ。
そういや私も桜花でコーラなんて飲んだ事ないな。
出されるのは水かうっすい緑茶風味の水。
…あれ、術師の家は戦国時代だった…???


『うーんと、コーヒーは飲んだ事ある?』


「馬鹿にすな。それぐらいあんで」


『じゃあ炭酸か、甘い飲み物にしよう。こっから此処までのどれか、好きなの選んで』


コーヒーと水を除いた飲み物をざっと指で示す。コーラにメロンソーダ、スポーツ飲料など、私からすれば当たり障りないラインナップだけど、禪院からすれば初めて見る未知の物体の様だ。
食い入る様に見つめる禪院に笑いつつ、今日は炭酸を飲もうと決めた。闇が深い。やってられねぇ。


「……………なぁ」


『なに?』


「これ、どないして買うん?」


『…………小銭か紙幣をそこに入れます』


そう言った瞬間、禪院が黙った。
え?嘘でしょ?流石にお金は判るよね?
まさかそれも呪術には不要!とか言ってはしょってないよね???
取り敢えず小銭を出し、入れてみる。
判りやすい様に自分用のコーラを購入して、禪院を見た。


「………………」


『………………』


「………………」


『………やってみる?』


禪院が無言で頷いた。



















「………なぁ」


『なに?』


ベンチに戻り、炭酸の音に死ぬほどビビっている禪院をこっそり動画を撮ってから、私も炭酸を飲む。
…正直距離感を測りにくいと言うのが本当のところだ。
ぶっちゃけ禪院呼びで噛み付かれる可能性もあったのだ。元々私は禪院の傘下の家の出だし、格下だ。嫌われているであろう私は禪院様か、直哉様と呼べと強要されるかと思っていた。
それを警戒して早めに名字で呼んでみたのだが、結果は無反応。
それどころか現在ベンチでコーラを飲んでいる。どういう状況???


「……悟くんは、いつからあないな風になったん?」


『あんな風?…人間みたいって言ってたアレ?』


「そや。俺の知ってる悟くんは表情ものうて、真っ直ぐ喋って、目もつまんなそうで……人形みたいやった」


おっかなびっくりコーラを飲んで、彼が訥々と過去の悟の姿を言葉にしていく


「そやけど、今の悟くんは笑うとった。怒っとった。色んな顔しとった。
俺に怒った時は俺の知ってる悟くんやったけど、それ以外は全部知らへん悟くんやった。
……人形ちゃうくて、人間みたいやった」


……そもそも悟は人間だ。
だからこそ五条に居た十五年が可笑しかったのだと私は思うが、絶賛禪院で洗脳中の彼からすれば、高専に進んだ二年で人が変わった様に見えるんだろう。


『んー……最初はちょっと機械っぽいなって思ったな。チロルチョコ知らなかったし』


「ちろるちょこ…?」


『うん、あとであげようね。……悟が変わってきたのは、入学してちょっと経ってからかな』


回想する。
絶対零度を会得して、使わない縛りを結べと迫る悟と一方的な押し付けを嫌がる私の大喧嘩。
その時の悟は自分の意見こそが絶対だと思っていて、私の為と良いながら私の事を考えてはいなかった。


『喧嘩して、そのあとに私達の考えてる事を知りたいって此方を見る様になって。
それで色んな人と関わる様になって、悟はどんどん成長していった』


途中自作自演とかいう憎しみしか湧かないやらかしをしたりしたけれど、悟は概ね素直に人として成長していったのだ。


『今の悟はね、悟が頑張った結果だよ。誰かの感情を理解したいって考えて、ずーっと観察して、悩んだ結果』


今の悟の優しさは、私達の事を理解したくて、どんな事も見逃したくなくて、六眼で頭が痛くなるまで此方を見続けた、悟の努力の成果だ。
コーラを口に含み、嚥下する。
しゅわしゅわの炭酸が喉を流れ落ちる爽快感を楽しんでいる私の隣で、禪院が呟いた。


「………変や」


ゆっくりと目を向ける。
じっとコーラのペットボトルに目を向けたまま、禪院は言葉を落としていった


「変や。可笑しいやろ。
呪術師なら負の感情を強う持ったらええだけの話や。他の奴を気にする必要なんかあらへん。此処に通う必要かてほんとはあらへんのや。
せやのに、なんで悟くんはあないに笑って……」


『………呪術師である前に、私達は人間だよ?負の感情ばっかり考えて生きていくって、疲れない?』


私なら笑いたいし、話をしたい。
大好きな親友達と遊んで、話して、色んな所に行きたい。
呪霊は呪術師だし祓うけど、ずっと人の嫌な感情ばかりと向き合うなんて無理だ、心が死ぬ。


『悟はね、切り替えがとても上手な人だよ。でもそんな人でもずっと陰気なモノと向き合ってれば、しょげしょげになっちゃう。知ってる?悟って疲れきると呪術師辞めるって騒ぐよ。
ほら、最強だって疲れるの。
だから、楽しく笑って、うげって顔しながら呪霊を祓って、褒めてっ!って顔しながら上層部をバルサンして……それからなぁに?って言いながらふにゃって笑ってくれる今の悟が、一番バランス取れてると思うけどなぁ』


心が死ねば呪術師は難しくなる。
身体を損なっても呪術師は難しくなる。
呪術師とは心も身体も整っていなければ厳しい職だ。
そう考えると、術式と眼を鍛え上げた機械みたいな悟より、今の人として成長していく悟の方が、ずっと強いだろう。


「……せやけど、禪院の教えは…」


『んー…あんたは取り敢えず、もっと色んな人と触れ合った方が良いかも。禪院だと同じ考えの人に潰されちゃうだろうから、それ以外の人と』


多分、彼も悟と同じだ。
呪霊を祓って、回収されて、家でまた呪術と向き合う。
悟の場合は周囲の全てが悟に恐れを抱いた冷たいものだったらしいけど、禪院という家では強弱の関係が何処でも関係無く繰り広げられる。
つまり彼は、ある意味悟より呪術師の汚い部分を見て育っている可能性があるのだ。


「それ以外…?」


『そう。それこそ悟とか』


地雷さえ踏まなきゃ仲良くなれるんじゃない?悟は教育の楽しさを見付けたみたいだし、生徒第一号に禪院がなってくれれば此方もメリットたっぷりだ。
悟も四月には人間歴二年になるのだ。精神年齢をそろそろ五歳には引き上げたい。


『変わった悟と話すのは嫌?』


「………嫌やない。けど、なんや、変やなって思うとる」


『その内慣れるよ。大丈夫、悟は優しいから』


煽り癖があって割りと短気で手が早くて善意で核爆弾投げるクズだけど、少なくとも私達には誠実であろうと努めてくれる。
今回も私の悪口を聞いた所為でやらかしただけなのだ。流石に顔を見た瞬間石畳にキスさせるなんて暴挙はしない。
最初に起きた騒動を思い出し、それから当初の懸念を思い出した


『そう言えば、あんた私の事嫌いなんだと思ってた』


「は?なんでや」


『だって禪院出て五条の次期当主の傍に居る様な女だよ?あんたも最初に言ったじゃん、枕か?って』


五条の愛人、身体で取り入った女、特級二人の情婦、五条の孕み袋、阿婆擦れ。
まぁ私の悪口はレパートリーに富んでいる。大体悟は性的な事を嫌っている様な雰囲気すら感じさせるのに、何で私をソッチ方面で当て嵌めるのか。傑もママであって恋人ではない。
溜め息を溢す私を見て、禪院は目を瞬かせた


「枕も何も、悟くんの女やろ、アンタ」


『違うよ。悟くんのテディベアではあるけど』


「????あないに抱き合うたり擦り付いたりしとるのに…?
アレ家やと空き部屋に女連れ込む時の動きやぞ…???あのまま胸鷲掴んで無理矢理部屋に押し込んでんで…????」


『一歳児の愛情表現なの。爛れた禪院と一緒にするな』


「一歳…???悟くん十七歳やろ…???」


『あいつ人間になって一年だから』


話が逸れた。


『あんた、私の事嫌いじゃないの?』


「……別に。取り立てて貰える可能性のあらへんウチから五条に鞍替えする辺り、おつむのええ女やとは思てるけど」


『それ悟が考えたプランなんだよなぁ』


「せやったらただのお人好しのお節介に格下げや」


『ムカつくわー』


何だか知らないが嫌われている訳ではないらしい禪院とだらだら話し、不思議な現状に思わず笑ってしまう。
まさか甚爾さん以外の禪院と顔を合わせ、友人の様に話が出来るとは。
これも悟のお陰なんだろう。帰ってきたらお菓子をあげよう。
そんな事をのんびり考えていると、前方に見慣れた影が二つ見えた。
噂をすれば影、というヤツだろうか。
ベンチに座ったまま手を振ってみる


『悟ー、甚爾さーん!お疲れさまー!!』


「は??????甚爾??????は????????」


『えっうるさ』


急にでかい声出すなよ。何だこいつ。
思わず目を細めればがっと胸倉を掴まれた。
えっ?なに???


「甚爾くんやん!!!甚爾、くん、やん!!!!!!!!
えっ、何で此処におるん???ほんまもん????えっ、ほんまもん?????嘘やろ???????
えっ、えっ?????あの天与呪縛で最高の肉体を持った男此処になんでおるん????????」


人をがったんがったん揺さぶりながら怒濤のマシンガントークをかます男に知り合いの影を見た。
語部さんだ。彼女がわーっと話す時の雰囲気にそっくり。
というか返事出来ないぐらい揺するな。具合悪くなるわ。
何とか手を引き剥がそうとした瞬間────禪院が視界から消えていた。少し離れた場所で土煙が上がっている。
代わりにぎゅうっと慣れた感触に包まれて、ああ、悟かと笑った。
止めてくれてありがとう。
そう声を掛ける前に、クソデカボイスが頭上で炸裂した


「泥棒猫は!!!!去勢してやる!!!!!!!」


『……………………………えっ』


悟が私を離して走り去る。
少し離れた場所で、爆笑しながら崩れ落ちるゴリラが見えた。










泥棒猫











刹那→禪院には嫌われているだろうなぁと思ったら、直哉から特に嫌われていなくてびっくりしてた。
五条が叫んだ言葉は前にめぐが叫んでたな…と後から思い出した。

五条→テディベアに野良猫が迫っていたので、以前恵に教えて貰った言葉を叫んで直哉とスマブラした。
刹那に「一年の時自販機って何だと思ってた?」と問われ、自信満々に「光る箱!」と返した。パパとママが崩れ落ちた。

直哉→テディベアが四人の中で一番害がなさそうだったので、話し掛けてみた男。
自販機の使い方を馬鹿にせず教えてくれて、飲み物も奢ってくれたので刹那を良いヤツ認定した。スマブラの後、悟がごめんねって言いながらチロルチョコもお菓子も沢山くれたのでお姉ちゃん認定した。
元々傘下の家やったんやし、俺のおねえでもええやんって思った。変な思考回路をしている。
そもそも傘下の雑魚に興味なんかないので、刹那が何処でどうしようが正直どうでも良かった人。ただ禪院から五条に鞍替えしたのは頭良いなと思った。
五条の変化が随分不思議で、でも楽しそうで、うらやましいなと思っている。
憧れのお兄さんを見て語彙が死んだ。そしたら泥棒猫扱いされた。

甚爾→嫁と息子が見ている昼ドラの台詞を甥っ子が叫んだもんだから腹筋が崩壊した。
直哉?…………うーん???といった感じ。

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