────五条くんは、美しい人だ。
最初、見掛けたのは入学して直ぐの頃。
桜が散る中でぼんやりと花を眺めている彼は、まるで絵画からひょっこり出てきてしまった天使みたいに綺麗で。
これが一目惚れだと、初めて知った。
その時は彼の名前も知らなくて。
けれど彼が高専で有名な五条悟だと知って、とんでもない人に恋をしてしまったのだと気付いた。
『初めまして、二年生一級の桜花です。今日はよろしくお願いします』
「二年生の鞘村です。三級呪術師です、よろしくお願いします」
にこやかに声を掛けてくれたのは、高専でさしすせカルテットという通称に含まれる女の子。
今日の任務は私と彼女、それから……
『悟』
桜花さんが注意する。
彼女の隣でずっと携帯を弄っていた彼が、名を呼ばれ漸く顔を此方に向けた。
サングラスで六眼と呼ばれる綺麗な目は隠されたままだけど、五条くんが確かに私を見ている。
好きな人と、目が、合っている。
それだけで、たったそれだけで、私の心臓はバックンバックンと跳ね回っていた。
どうしよう、変じゃないかな。顔、赤くなっちゃってたらやだな。
見つめ合う事数秒、直ぐに端整な顔はふいっと反らされてしまった。
……ちょっぴり、さびしい。
「………五条悟、一級」
『愛想はありませんが実力は確かですので、よろしくお願いします』
随分と素っ気ない声に、これは不味いと判断したんだろう。桜花さんがすかさずフォローに入った。
けれど五条くんはその桜花さんに寄り掛かり、絡み始める
「あぁ?誰が愛想ないって?」
『お前だよまっしろしろすけ』
「それただの綿毛だろ。オイコラ訂正しろ、愛想ぐらいありますけど?」
『なら周りに愛想良くしなよ。第一印象は重要だよ?』
「はぁ?呪術師何人居ると思ってんだよ。全員にニコニコしとけって?知ってる?そう言うの八方美人っつーの。俺は愛想振り撒く相手を選んでるんですぅ」
『八方美人だろうがセルフ美人局してる五条悟よりはマシでーす。ほら、補助監督さん待ってる。行くよ』
「は????????セルフ美人局???????は????????」
『鞘村さん、騒がしくしてごめんなさい。行きましょう』
「オイ刹那?刹那ちゃん?セルフ美人局って何よ?刹那ちゃん???」
『そういうトコだよ』
「泣かすぞ」
『そういうトコだよ』
「ごめんね♡」
『そういうトコだよ』
「何してもセルフ美人局じゃん」
『顔面取り替えないと無理』
「は????????」
テンポ良く会話しながら黒塗りの車に向かう二人。その背を慌てて追い掛ける。
五条くんは、正直そこに居るだけで風格というか、生物としての格の違いというか。
雰囲気が、人を寄せ付けないものだと感じた。
けれど彼女は、桜花さんは。
そんなもの微塵も感じないという様に、平然と彼の隣に居る。
私とは違って、簡単に彼と言葉を交わす。
……いいな、うらやましいな。
心の中に転がった言葉には見ないフリをして、車に乗った。
任務は簡単に終わってしまった。
帳を降ろしたビルの中で、五条くんが祓って、桜花さんが隠れていた一体を祓って、終わり。
私の出番なんてなくて。
寧ろ、後ろから此方を狙っていたらしい呪霊にも気付けなかった私は完全に足手まといで。
……それなのに、桜花さんは私の心配をしてくれたのだ。
大丈夫ですか?怪我はありませんか?って。
「しりとりしよ。夏油傑」
『突然だな?ルビー』
「それってい?それともび?」
『いの方』
「犬と徳川埋蔵金掘ってる夏油傑」
『傑何してんの…?…ルーペ』
「ペガサスになりたい夏油傑」
『ペガサスに…?なりたい…?……ルーマニア』
「安全ピンでピアスホール開けた夏油傑」
『あの福耳に…?……ルイジアナ』
「ナスカの地上絵にテディベアを足したい夏油傑」
『あかん。それあかんヤツ。……よし、終わろう。ルーン』
「ンゴロンゴロ自然保護区でライオンとプロレスしたい夏油傑」
『終われよ!何で逃がさないんだよ!!』
「俺とくせい影踏みだから」
『ソーナンスかな?』
「ほら、るだよ?沢山あんだろ?もっとキてよ」
ゲラゲラ笑う五条くんはとても楽しそう。
溜め息を吐いた桜花さんは、それでも律儀に単語を返した
『よし、これなら終わるでしょ?ルーティーン』
「ングラ・ライ国際空港で麻薬探知犬にお座りされた夏油傑」
『麻薬運んでんじゃん傑…傑犯罪者になっちゃったじゃん…お願い、終わろう?てかそれ何処?』
「インドネシア。名前はご当地の英雄が由来なんだと」
『へぇ。ほんと物知りだね悟』
「まぁね、俺だし?」
『よっ、流石性格以外は持ち合わせてる男!』
「は????????」
車の後部座席でわいわいと楽しそうな二人の会話を聞きながら、助手席の私は目を伏せた。
……五条くん、楽しそうだな。
後部座席に乗った途端に彼はサングラスを外し、ずっと彼女の方を見ている。
桜花さんも彼に特に緊張する事もなく、普通に話している。
…そう、同じ車に乗っているだけで緊張している私なんかとは大違い。
『鞘村さん、補助監督さん、チョコレートはお好きですか?』
不意に話し掛けられ、慌てて振り向く。
後部座席に座る桜花さんはニコニコしていて、私はただ頷いて返した。
すると紫のアームウォーマーに包まれた手が、緩く拳を作って私の前に差し出される。
『これどうぞ。美味しいですよ』
「あ、ありがとうございます」
『補助監督さんもどうぞ。送迎ありがとうございます』
「いえいえ、何時もありがとうございます、桜花さん」
『あはは、喜んで貰えたなら良かったです』
器の形にした手にそっと乗せられたのは一口サイズのチョコレートだった。
…あ、これ美味しいって雑誌で話題になってたチョコレートだ。
思わずじっと見ていると、五条くんが桜花さんのポケットに手を突っ込んでいるのが見えた。
「なぁ俺のは?」
『レディーファーストです。ほれ』
「さーんきゅ」
差し出された大きな掌にころん、と小さな包みが転がされた。…すごい、五条くんの手、おっきいな。
私と同じものを貰った筈なのに、彼の手の上のチョコレートはとても小さく見える。
……五条くんって、体温高いのかな。それとも見た目の通り、ちょっと低めなのかな。
指はカサカサしたりするのかな。良い匂いだけど、香水とか使うのかな。
そんな事を考える自分が何だか変態みたいで気持ち悪い。
そしてそういう事を考えて、勝手にどきどきしてしまう自分が恥ずかしい。
ちら、とミラー越しに後部座席を見る。
……五条くんの大きな手が、小さな手を上からぎゅっと包み込んでいた
『急にどうしたの?』
「手ぇちっさ。オマエこれ不便じゃない?」
『これで今まで生きてきましたけど…?』
「指も細ぇ。……オマエほんとに人間…?」
『生まれてこの方人間ですけど…?』
「すぱって割ったら綿出てきたりしない?」
『判った。殴られたいんだね?』
「やってみろよ貧弱。どうせオマエが痛がって終わりだけど?」
『殴るね』
「ドーゾ♡」
『顔面を』
「待って?急にバイオレンスじゃね?」
遠慮なく振るわれた拳をぱしっと大きな手が受け止めた。
鼻先を狙っていた拳に苦笑いして、五条くんは手を開かせる。
そのまま滑る様に指を絡め、彼は微笑んだ
「刹那、筋トレしよっか♡」
『筋トレしても筋肉が付きません。これはきっと天与呪縛です』
「筋肉の代わりに何貰ったんだよ。呪力?」
『さぁ?でも天与だって思うぐらいには筋トレが身を結ばないよね』
「んー、細っこいしふにゃふにゃだもんなオマエ」
繋がっていない手が何の躊躇いもなく桜花さんの腰回りを撫でた。ぎょっとする私と補助監督さんはそっちのけで、五条くんは口を開く。
「……小人?」
『女性の平均身長ですが』
「小人ってイヤ?」
『あんたがデカいだけ』
「それは一理ある」
『一理どころか百理あるわ』
桜花さんと話すのが楽しくて仕方ないのだろう、五条くんはずっと笑っていた。
…あんな顔、きっと私には向けてくれない。
私だけじゃない。他の誰も、五条くんのあの目は桜花さん以外には向けられる事はないのだ。
そっと、彼の隣で笑う桜花さんに目を向ける。
さらさらの黒髪で、青紫の目が特徴的な綺麗な女の子。
…クラスでは、五条くんとその親友の夏油くんに馴れ馴れしくする嫌な女だって、噂がずっと流されていて。
一級なのもコネだって、悪口ばっかり言われていて。
……桜花さんが、噂の通り嫌な子だったら良かったのに。
五条くんと夏油くんをアクセサリーみたいに扱う性格の悪い女の子なら、嫌いになれたのに。
私を助けない様な人なら、何で助けてくれなかったのって言えたのに。
手の上のチョコレートをじっと見つめる。
じくり、胸が痛んだ。
……こんなもの、くれなきゃ良かったのに。
廊下を歩きながら、校庭に面した窓から何気なく外を見る。
外には四人が居て、その中の一人が綺麗な白銀の髪で。
あ、五条くんだ。
そう気付いた途端に心臓がドキドキしてきて、そっと学ランの上から胸を押さえた。
ジャージ姿の五条くんはサングラスを外していた。
空みたいな綺麗な青い瞳は一緒に居る三人に向けられていて。
何かを四人で話していると思ったら、直ぐに皆でお腹を抱えて笑い出した
「あー、さしすせカルテットの爆笑拝めた。今日は良い日じゃ」
「五刹は神。語部はアレ毎日見てるとか裏山」
「でも良く考えてみ?私らが準一級になっても秒殺では?」
「それな」
後ろを通り過ぎたクラスメイトの話が此方まで聞こえてきた。
……五刹、とはクラスメイト達が五条くんと桜花さんを見掛けた時に良く言う言葉だ。彼女達は二人が一緒に居るのが好き、らしい。
……周りからも応援される仲、か。良いなぁ。
ずきん。
胸が痛んだ。
羨ましい。
素直にそう思った。
私は特段可愛くもなくて、弱くて、呪術師の家の産まれでもない。
でもあの子は綺麗で、強くて呪術師の宗家出身。
勿論彼女も大変だったんだろうとは思ってる。けど、それでも。
初恋、だったのだ。
────初めて恋をした人は、私じゃないあの子だけをずっと見つめていて。
私の恋は、産声を上げる前から踏み潰される運命だった。
「………あの子みたいに、なれたらなぁ」
ぎゅうっと五条くんに正面から抱き込まれて笑うあの子に、涙が零れた。
わたしの恋が死んだ頃
鞘村
二年生、三級呪術師
Coleus(コリウス)→Koleos(ギリシャ語の鞘)を語源としている事から。
コリウスの花言葉:叶わぬ恋・善良な家風・健康
初恋が五条という運のない子。多分五条の中身を知れば幻滅する(性格がクズ)ので、ある意味綺麗な思い出で終われた人。
卒業したらきっと一般企業に行く。そして呪術界とは関係無く生きていく。
刹那→八方美人タイプ。
ぶっちゃけ宗家の子でもないし何回かは死にかけてるし家では辛い思いを沢山してきた。
隣の芝は青いの典型。ほんとは青くないのに青く見えちゃう人。いや、今は青いのか…?
五条→セルフ美人局タイプ。
顔で騙しておきながら近付いたらフルボッコしてくるタイプ。段々キテルグマに見えてきた。
鞘村があと五秒長く刹那を羨む眼で見ていたら睨んでいた人。
視線には敏感。ライフルとかで見てても気付きそうでこわい。
わたしのはつこい
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