・幼少期なので刹那に前世の記憶がある。





────五億で親に売られた。


桜花という控えめに言って戦国時代真っ只中の家に買われ、そこで児相も真っ青な虐待に遭って三年。
八歳になって少しして、巨大なお屋敷に連れていかれた。


「此処で控えていろ。馬鹿な真似はするまよ」


『………承知』


目付に平伏し、心の中で舌を出す。
誰が大人しくするもんか。こんな所に来られたのなら好都合。


────此処を抜け出して、交番に駆け込む。


親に売られた話は子供の妄言だと思われるだろうが、身体に残る痣を見せれば少なくとも虐待案件で直ぐに家に帰されるなんて事はないだろう。
その間に桜花に売られる前の名字を出して、上手く行けば親をブタ箱に送れる。桜花の奴等も少なからずダメージを受ける筈。
目付が去っていった部屋の中で、周りにさっと視線を走らせる。


広い部屋に閉じ込めれているのは、子供が複数。


男の子と女の子の数は半々。
全員が何処かぴりぴりした空気を放っていて、早速出ていきたい気分である。
端の方に位置取り、ある程度時間が経った所でお手洗いに立つ事を決めた。













────部屋からこっそり抜け出して、庭に出る。
あの部屋は結局子供同士の喧嘩が起きた。
流石呪術師の家で育成されたエリート洗脳集団、女と見れば見下すというデフォが既に染み付いている様だった。
最初に見下された高飛車系女子がマウント系男子を迎撃、それから周りに飛び火して、あの部屋は絶賛戦争中だ。


周囲に人影はない。


…この塀を登れば出られるか…?
呪力で脚力を上げ、助走を付けて壁を駆け上がれば、何とか届く距離。
目付と当主はこの屋敷の本邸で話し合いをしていた筈。
…やるなら、今しかない。
ぐっと脚に呪力を纏わせ、走り出そうとした、その時


「オマエ、何してるの」


────機械みたいに平淡な声がして、ばっと振り向く。
今まで誰も居なかった筈なのに、背後に真っ白な男の子が佇んでいた。
……白い髪、人外レベルの整った顔、綺麗な蒼い瞳。


え、五条悟?


嘘、この屋敷まさか五条家?
あのクソジジイ共何にも言わなかったじゃん!
目を丸くする私をじっと見つめ、五条悟はゆっくりと口を開いた。


「俺が質問しただろ。答えろ」


無表情、声も平淡。
…随分感情の起伏が少ない子供だ。
五条悟といえばもっと我儘放題のクソガキだと思ってたんだけど。
読めない子供に警戒しつつ、此処は素直に白状する事にした。


『桜花に戻りたくないから、あいつらが本邸で話し合いをしてる隙に逃げ出すんだよ』


桜花は禪院派閥の落ちぶれた家だとさっきマウント系男子が教えてくれたので、その情報を遠慮なく活用する。
確か原作では五条と禪院は仲が悪かった筈。呪術師の家であればその刷り込みは既に始まっているだろうし、そもそも夢小説なんかじゃ我儘放題のクソガキは家の人間にも反発しまくる事が多かった。
幾ら機械みたいでも、これが五条悟なら家への反発として私の逃亡を黙認、ないしは手助けをしてくれる確率が高い。
そう、踏んだのだが────


「………にげる。どうやって」


『この屋敷を出て、交番に駆け込む。
昨日の鍛練の痣を見せれば虐待に遭ってるって判断されるだろうから、直ぐに家に帰そうって事にはなりにくい筈』


そう言うと、五条悟は此処でぱちぱちと目を瞬かせた。
それからゆっくりと、疑問を吐き出す


「…………こうばんって、なに」


『え゙』


「…いや、辞書で見た。
一.交替で番に当たる事。また役割、位置などが入れ替わる事を指す。
二.警察署の下部機構で、町の要所に設けられた警察官の詰め所。
平成六年の警察法改正で派出所の正式名称となる。交番所。ポリスボックス。PBとも言う。
三.電流などが、大きさと方向を周期的に規則正しく変える事を指す。
交番現象、交番磁界がこれに該当する。
……オマエはこうばんに駆け込むって言ったから、該当するのは二番。合ってるか」


『………………』


「おい、答えろ」


『あってる……』


待って?これ予想以上に深刻じゃない?
だって五条悟、クソガキどころか…きっと、子供ですらない。


これじゃあ機械だ。
人の形をした、辞書の言葉を頼りに物事を判断している演算装置。


…さっきから質問の語尾を上げないのは、きっとそういう事も周りが教えないから。
子供は周囲の環境から情緒を獲得し、感情を育てる。
それが、常に無表情か顰めっ面の大人しか周りに居なかったら。
感情の起伏が乏しい平淡な言葉のみを毎日浴びせられていたら。


……こんな風に、空っぽな目の機械みたいな子供が出来上がる。


何も言えなくなった私をじっと見つめ、五条悟はゆっくりと塀を指差した


「屋敷は半球状に、触れたものを焼く結界が張ってある。オマエの術式じゃ破れない。最適解じゃない」


『…じゃあ、門は?』


「昼休憩で門番は替わる。けど今日奴等が開いているのは御三家と、その派閥の会議だ。
門番は万全を期して増やされているし、休憩で門が無人になる事はない。
警邏隊も四部編成で屋敷を巡回してる。第三部隊が七分後には此処に来るぞ」


『………抜け道とかない?』


「裏門は門番が二人。本邸地下南東、北、東北、西南方向に隠し通路はあるけど、そこも警備が付いてる。
東の離れの地下にもあるけどそこは当主の妾の家だ。侵入は推奨しない。
西の端にある枯れ井戸は外に繋がってるって話もあるけど、あれはただ深く掘ってあるだけだから外には出られない。無意味」


………いやこれ詰みでは?
ナビの如く内部情報をペラペラ喋ってくれる五条悟も地味に危機管理能力ある?って聞きたくなるが、今は自分の身の安全が最優先。


『…警邏隊が此処にも来るんだっけ?』


「残り五分二十七秒。オマエの後方から三人来る」


『時間がないな……』


取り敢えず五分後の警邏隊から身を隠し、作戦を練り直さなければ。
正面から見つめ直すと、空っぽな蒼は真っ直ぐに私を映した。


『自己紹介が遅れたね。私は桜花刹那。きみは?』


「……俺を知らないの」


『知ってるよ。でもね、初めて会った者同士はお互い名乗り合うのが自己紹介ってものだよ』


じっと無表情で此方を見ている彼。
その空っぽな目の奥に何となく、戸惑いみたいなものが見えて安堵した。


良かった、彼の心はまだ生きている。


全て諦めて殺された訳じゃないなら、きっと、大丈夫。
静かに沈黙した彼は、軈てゆっくりと言葉を落とした


「……俺は、五条、悟」


『そう。よろしく、悟』


「…………よろしく、とは。なんで言う」


『自己紹介したらもう知り合いだからね。これから知り合いとして仲良くしましょうって合図だよ』


「……俺とオマエは知り合いなのか」


『数年後に忘れるまでは知り合いかな』


そう返すと、ぱちりと瞬いた悟はそうか、と呟いた。


「……よろしく、刹那」


『うん、よろしくね。…相談なんだけど、何処か良い潜伏先知らない?』















潜伏先=悟の部屋という鉄板ネタを食らった場合、私はどうすべきなのか。
そして悟に興味深い生き物認定された場合、どう動くのが正解なのか。


「オマエはふしぎだ」


『そっか』


「表情筋が酷使されてる。口を横に引っ張る動作を良くする。それは何だ」


『笑顔って言うんだよ。笑ってんの』


「笑顔…にこにこと笑った顔。笑い顔を指す。………にこにこ。にこにこ…」


無表情でにこにことはって考えてる八歳とか闇の塊じゃん。
五条家子供の教育ぐらいちゃんとしろよ…悩んでいる悟の前で、ニコニコしてみる


『(にこにこ)』


「………………」


『(にこにこ)』


「………………表情筋の酷使。口角を上げ歯を見せる。……威嚇?」


『馬鹿たれニコニコしてんだよ』


「ばかたれ」


『悟の事な』


「少なくともオマエよりは知識があるから、馬鹿じゃない」


『怒るでもなく冷静なのがなぁ…』


なんだか悟を見ていると悲しい気分になってくる。
原作では五条悟はもっと感情豊かだったと記憶しているけれど、悟は違う。


だって、怒るという事すらしないのだ。


感情の発露がない。ただ只管に静かで、恐らく微弱に心が波打つけれど、それを放出するすべも、エネルギーもない。


『悟、あんたはもっと思った事を顔に出した方が良いよ』


「意味がない。出したって、アイツらは怯えて終わりだ」


…嘘だろ五条家……八歳を前に怯えた態度しか取らないの五条家…
思わず額を押さえた。闇しかないぞ呪術界。
鍛練という名の暴力と気味の悪い笑みを向けてくる桜花と、固い表情と平淡な言葉のみを毎日浴びせてくる温度のない五条。……ぶっちゃけ桜花の方がまだ人間味があるな…?


「…なんで」


『ん?』


広い、小難しいタイトルの本がぎっちり詰め込まれた本棚しかない何もない部屋で、この部屋の主は端っこで膝を抱えて座っていた。
隣に座る私をじっとキラキラの目で見つめながら、悟はぽつりと言葉を溢す


「……オマエの表情筋は良く動くし、口調に抑揚がある。聞いてて、ぽかぽかする。なんで」


『──────、』


ゆっくりと自身の胸に手を当てた姿があまりにも悲しくて、そっと手を伸ばした。
じっと手を見つめ、それを眺める悟が無限を張る様子はない。


ぽふ、と手が白銀の上に乗る。


悟は動かない。
ただ、数回目を瞬かせた。


『…不思議そうだね?』


「……何してるの」


『頭撫でられるの、初めて?』


そっと綺麗な髪の上で手を滑らせた。
頭を撫でられながら、悟はゆっくりと瞬きする。


「撫でる…一.掌で軽く触り、擦る。
二.物や風などが軽く触れる。
三.髪に櫛を入れる。
四.大切にする。労る。慈しむ」


『悟は何番だと思う?』


「一番。違うの」


『合ってるけど、それだけじゃないよ』


人が人に何かをしたいと思うのは、きっとそこに心が宿っているからだ。
桜花の人間は私に何らかの欲を抱いているし、それが手足に乗せられて私を抉る。
五条では、それが恐れという冷たいものであるというだけだ。
だから悟は心を凍らせてしまっている。
寒いから、冷たいから、そう感じない為に自分も周りの温度に合わせてしまっているのだ。


『何番なのかは悟がこれから見付けていけば良いよ。此処を出れば、きっと沢山あるから』


高専に行けば、君は親友を得るから。
どうかそれまで、その心を完全に殺してしまわぬ様に。
笑いかけた私をじっと見て、悟も手を伸ばしてきた。
同じ様に頭に乗せられた手が、おそるおそる、私の動きを真似をする。
ゆっくり撫でる手は力を入れすぎる事を恐れているのか、本当に髪の表面を撫でているだけという様な力加減で。


『大丈夫だよ。もう少し力を入れても私は壊れないから』


そう言うと、悟は瞬きをした。
…段々判ってきた。悟の瞬きが増える時は、戸惑っているサインだ。


「……怖く、ないの」


『なにが?』


「俺に触られるの、怖く、ないの」


………闇が深すぎない…???
ぽつりと落ちた言葉に否と返した。


『こわくないよ』


悟よりもっと怖いものを知っている。
彼はきっと力が大きいからこそ恐れられているけど、その中身は無垢だ。
けれど、私は意思をもって悪を為す者の恐ろしさを知っている。
それは前世での犯罪者もそうだし、人を蹴落とそうと舌舐りしていた者もそう。
…そして、今生の私を売った家族もそう。


だから、力が強いだけの子供なんてこわくない。


にっこりと笑ってみせる。
すると悟はぴしっと硬直した。
…うん?動かないな?ひらひらと手を振ってみるが動かない。
思考回路がバグったのかな。暫くそっとしておこう。
そう思ってそっと手を綺麗な髪から外した、瞬間。


蒼い瞳から、ぼたぼたと涙が溢れだした。


『えっ???????』


なんで?私取り返しの付かない事を言った?え?怖がって欲しかったの?
マジで?選択肢ミスった???
おろおろする私の前で、静かに涙を溢す悟は髪を撫でていた手をゆっくりと私の頬に触れさせた。


「……人って、こんなにあたたかいのか」


………嘘でしょ…人の温もりを忘れるレベルの教育ってなに…???


────このまま桜花の敷居を跨ぐ事が二度とないという未来を、私はまだ知らない。










分岐点のずれた未来









刹那→この度五条家にて五条悟の情緒育成と護衛(という名の肉壁)が決定した。
二度と桜花には戻らない。
今度は無表情地獄でさとるくんを育てる事になる。

五条→ロボット。
初めて人に触った。
この度若様の我儘でテディちゃんをゲットした。

ずれた出会い


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