『────悟が小さくなった?』


「ああ。呪霊の生得領域がそういう状態を付与するものだった様だ。悟が祓ったが、間に合わず幼児化したらしい」


夜蛾先生の言葉にへぇ、と呟いたのは傑だ。


「そんな術式を持つ呪霊なら欲しかったな」


「傑」


「判ってますよ。冗談です」


窘める先生に笑みを返し、傑は訊ねた


「まぁその呪霊は諦めるとして、悟はどうなんです?記憶は?」


「今硝子が診察しているが、記憶は退行している。同じく術式もな。だが……何より中身に問題がある」


『問題?』


深く頷いた先生が、ゆっくりと息を吐く。
その姿が何だか萎びて見えて、私と傑は目を見合わせた。


「……会えば判る。俺は任務があるからお前達に悟を任せたい」


「それは構いませんが」


あれか?めちゃくちゃにクソガキなのか?
だって今も酷いもんな?小さい頃はもっと酷いとか?
傑も同じ様に考えたのだろう、乾いた笑みを浮かべている。
そうなると今医務室で面倒を見ているであろう硝子が心配だ。メス握っちゃいないだろうか。
二人で医務室に向かうと伝えると、先生は最後にこう言った


「……心を抉られる覚悟をしておけ」












『先生の言葉が不吉すぎない?』


「言葉のナイフが凄いよって事なのかな?」


『普通はそれだよね』


廊下を歩きながら傑とあれこれ予想を立てていく。いやだな、初対面でブスとか言われたら逃げる自信しかない。テディちゃんは初手暴言タイプは無理です。
なんで悟とつるんでるのかって?それはあいつが初対面で私を貶さなかったから。
医務室の前に辿り着く。
耳を澄ますが中は静かで、暴君が君臨しているとは到底思えなかった。


「よし、いこうか」


『オッケー』


ノックした傑が扉を開く。
部屋には椅子に座った白銀の髪の男の子と、硝子が居た。
ただし硝子の目が死んでいる。
既に我儘攻撃に遭ったのだろうか、そんな事を思いつつ医務室に入り、戸を閉めた。


ゆるり、と光を乱反射する蒼が此方に向けられ────あれ、と内心首を傾げる。


悟の目は、何時もキラキラしている。
それは興味であったり、喜びであったり、怒りであったり。統一性はなくとも、常に輝いているのだ。


けれど、この小さな悟の眼は。


ただ、綺麗なビー玉に光を当てているだけの様な……


「オマエら、誰だ」


子供特有の高い声が誰何する。
ただしその声は抑揚もなく酷く平淡で、あまりのギャップにびっくりした。


「……人に名を問う時は、自分から名乗るものだよ」


傑が笑いながらそう言うと、小さな悟はゆっくりと目を瞬かせた。


「…俺を知らないの」


「……いや、知っているさ。でも今の君とは初めましてだから、教えてほしいんだ」


そっと悟の前で膝を折り、椅子に座る悟を見上げる体勢になった傑の顔色が既に悪い。
そりゃそうだ、私ももう挫けそう。


────誰が、あの五条悟の幼少期が抑揚のない子供だと思うと言うのか。


傑をじっと見つめる綺麗な顔は無表情で、精巧に作り上げた彫像ですと言われたら納得してしまいそうだ。
それほどまでに生気がない。悟が全身から放出していた生命エネルギーが、子供の彼からは微塵も感じられない。


「五条悟」


「私は夏油傑。よろしくね」


「……黒髪の女、オマエは」


『…桜花刹那です。よろしくね、さとるくん』


もうこれなら我儘放題の暴君だった方が随分心に優しかった。
此処に来る前に話した夜蛾先生の言葉が脳裏を過る。
そっか、先生心を抉られたんだね…優しいもんね先生…かわいそうに…
沈黙している硝子も目が死んでいる。かわいそうに…先にやられたのね…
傑の隣に並んだ私をじっと見て、ビー玉みたいな目が瞬く。
ぱちり、ぱちりと白い睫毛が上下して、それから桜色の唇が開かれた


「……オマエら、何でそんなに表情筋を酷使してるんだ」


「…刹那、私の心が折れそう」


『嘘でしょ頑張ってママ!…え?ママ??』


胸を押さえ俯いた傑に目を見開く。嘘でしょ、今動けるの私だけ?
え?つまり?私にこのさとるくんの面倒を見ろと?
こんな闇しか感じない子の相手を?一人で?馬鹿かな????


『……えーと、何で笑っているか、だっけ?』


「………わらう。…にこにこする事。笑い顔。……にこにこ、とは」


あああああああああ逃げたい。
やめてよ笑うのも判らないとか闇しかないじゃん。泣きそう。
そもそも抑揚ないし疑問符も付けないとかもう……五条家ほんとさぁ…


『にこにこするっていうのは、こういう風にほっぺを持ち上げる事だよ。さとるくんもする?』


「………必要性を感じない。無意味だ」


『そっかぁ。…まぁそういう事もあるのかな。気が向いたらやってみてね。
あ、さとるくんは今の状況、硝子とか夜蛾先生から聞いた?』


「…夜蛾は、俺が少し話しただけで踞った」


『マジか』


「硝子はよろしくの必要性の有無を聞いたら動かなくなった」


『何も聞けてないね?ごめんね?』


「気にしてない。…オマエが教えてくれそうだから、それで良い」


二人共死んだのか…せめて説明ぐらい頑張って欲しかったなぁ。
というか私も夜蛾先生から聞き齧った程度なんだけど。せめてしっかり情報を回してから死んでくれ。


『私も詳しい事は聞けてないんだけど。悟が呪霊の生得領域に入って、それで子供に戻されちゃったんだって』


「呪霊はどうしたの」


『悟が祓ったって。だから、多分一日か二日ぐらいで戻るんじゃないかな』


「……戻らなかったら」


静かな声に、にっこりと笑って返す。
戻らない?そんな事、有り得ない。


『五条悟はね、最強なんだよ。だから、大丈夫。さとるくんも安心してね』


悟は好奇心が倫理を踏み殺して常識を闇が噛み砕いた様な性格をしているけれど、最強なのだ。
私達の事を愛してやまないあの男が、戻ってこないなんて有り得ない。
きっとこの状態も一日か二日で解呪して戻ってくるだろう。
その自信をそのまま笑みに出せば、さとるくんが大きな目でじっと此方を見つめてきた。
…恐らく、観察している。
ああ、こういうところは悟と変わらないんだなと思いながら見ていると、さとるくんはぽつりと言葉を落とした。


「……表情筋の酷使。声音の上下。語尾の上昇。オマエらは不思議な話し方をするな」


『嫌だった?』


ぱちぱちと大きな目が瞬いて、否、と口が動く


「……嫌では、ない」


『そっか。それなら良かった』


笑う私を、さとるくんはじっと見つめていた。











「さとるくん、肩車はどんな気分かな?」


「…視点が高い。自分の身の安全を他者に委ねると言うのは不可解だ。これに意味はあるのか」


「お父さんなんかが子供を良くこうしているのは見掛けるね。小さい子なんかは高い位置から見る事なんてそうそうないから、楽しんでいる様だけど」


高専内の敷地を散歩しながら、傑がさとるくんを肩車している。
固い笑顔の傑と無表情のさとるくん、画がとてもしんどい。
硝子も目が死んでいる。タバコ吸いてーって顔だ。やってられないらしい。


『さとるくんね、将来傑と同じぐらい大きくなるんだよ。楽しみ?』


「別に」


「うわぁ…」


「ただ、これだけ伸びるなら体術で出来る幅は広がるだろうと思う。俺の術式に体術は必要ないとも思うけど、出来るに越した事はない」


『そっか。だから悟は強いんだね、さとるくんが頑張ったから』


「………オマエは不思議な事ばかり言う」


『そう?』


「…この歳で効率重視か」


「悟の効率重視はこういう面から来てるんだろうね…」


お通夜。パパとママがひたすらにお通夜。
え、そんなにさとるくんショックやばいの?
…いや、あれだな?私は前に悟からちょこっと小さい時の話を聞いてるからか?
そういえば機械みたいだったって言ってたなぁ、程度で済んでるな。
…仕方無い、私がメインで動くか。


『傑、さとるくんとお散歩して良い?』


「それは構わないけど」


『さとるくん、高専の中お散歩しない?』


「……必要か」


『私がしたいんだけど、さとるくんに付いてきて貰えたら嬉しいな。どう?』


「……判った。付いていってあげる」


『ありがとう』


傑から降りたさとるくんがゆっくりと此方を見上げた。
そんな彼に手を差し出すと、ぱちぱちと瞬きする。


「何だよ」


『手、繋がない?握ってくれたら嬉しいんだけど』


「……俺と繋ぎたいのか」


『そうだよ?だめ?』


「……オマエ、変なやつだな」


『そう?』


口ではそう言いつつ手を握ってくれる辺り、やっぱり彼は悟である。ふふ、と笑いつつ小さな手を引いて歩きだした。
……背後で崩れ落ちたママを見てはならない。絶対に。
神社や仏閣に似た敷地内をのんびりと歩く。隣を歩くさとるくんは建物より繋いだ手が気になるのか、しきりに握って開いてをしていた。


『私の手、そんなに不思議?』


こいつまさか切ったら綿が出そうとか思ってないだろうな。訊ねてみると、さとるくんはこっくりと頷いた。


「ふにゃふにゃしてる」


『……うん…………?』


ふにゃふにゃ…?それは褒めてる?貶してる?
判断に困り曖昧に笑うと、次の温度のない言葉に死にそうになった。


「何時もは、固くてしわくちゃな手が俺に触れる」


『…おじいちゃんかおばあちゃんって事?』


「そうだよ。死んでも構わないって家に判断された奴だ」


『え』


「俺が癇癪でも起こして殺しても問題ない奴を、側仕えにしてた」


五条家ほんと五条家……
何で子供にこんな酷な仕打ちをするの…?さとるくん感情の起伏も乏しいんですけど…これは悟が機械だったって言う筈だわ…
ずっと手をにぎにぎしているさとるくんの綺麗な髪をそっと撫でる。
空っぽのガラス玉みたいな蒼が私を見上げていて、悲しくなった


『……さとるくん、何かしたいこと、ない?』


膝を折り、さとるくんを見上げる形になる。握られた手はそのままで、そっと柔らかな頬に触れた。
ぱちり、と大きな目が瞬いて、じっと私を見つめる。


『明日には戻っちゃうかも知れないけど、それでも今は、さとるくんは自由だよ。
だから、傑も硝子も入れて皆でさとるくんの好きな事をしよう』


「……好きな、こと」


『そう。お菓子食べたいなら皆で食べるし、遊びたいなら皆で遊ぼう。
今日はね、何時も頑張ってるさとるくんのお休みデーです!』


────好きな事すら判らなくなっているかもしれない。
やりたい事も思い付かないかもしれない。
もしかしたら、私のこの気遣いは要らないものかもしれない。


でも、さとるくんに笑って欲しいと思った。


そんな諦めた目じゃなくて、感情を込めた煌めく蒼が見たい。
何時もみたいに、何事も全力で楽しむ姿が見たい。
私をじっと見るさとるくんが、一度口を開いて閉じた。
繋いだ手にぎゅっと力を込めて、さとるくんがおそるおそる、口を開く


「……なんでも、いいの」


『いいよ。さとるくんがしたい事を私もしたいから。何でも言って?』


望みを見付けられたなら、口に出してほしい。だってまださとるくんは子供だ。
子供は本来大人に護られ、慈しまれて育つべきなのだ。
そんな子供が才能だけを育てられて、心を殺してしまうなんてあまりにも辛い。


「………じゃあ、刹那」


『ん?』


無表情な子供は、きっと彼にとって精一杯の願いを口にした。


「………ぎゅって、して」


『勿論、良いよ』


優しく手を解いて、小さな身体をぎゅっと抱き締める。
首に細い腕が縋り付いて来て、頭がぐりぐりと擦り付けられた。


『良く頑張ったね、さとるくん』


背中を擦りながら、声を掛ける。
首筋がじんわりと濡れてきた事には気付いていないフリをした。












「まぁ懐かれたね」


「コアラみたいだな」


教室の椅子に腰掛ける私の膝を見て、撃沈していたパパとママが笑った。
現在、私の膝の上にさとるくん。そして横向きに座るさとるくんの膝にさとるっち。机にはしょうこっちとすぐるっちも座っていて、ぬいぐるみサークルみたいになっていた。


「傑、さとるっちが未来の俺をモチーフにしてるって刹那が言った。ほんとか」


「そうだよ。すぐるっちは私だし、しょうこっちは硝子なんだ。似てるだろ?」


「………俺は、将来こんなサングラス掛けるのか」


〈バカニ スンナヨ!〉


『落ち込んでるwwwwwww』


「さとるくんwwwwwwwww」


「うけるwwwwwwwwww」


それ未来の君です。丸いサングラスでニヤニヤして相手を煽ったりしてます。
さとるっちの耳を引っ張るさとるくんを傑は笑い、硝子は動画を撮り始めた。
さとるくんは私に寄り掛かりながら硝子を見つめ、私に問い掛ける


「刹那、硝子のあれは何だ」


『ああ、あれ?ケータイ』


「けーたい」


「さとるくんの家では使用人なんかが使ってないのかい?」


「俺の手に渡ったら困るからだろ。だから、俺の周りに近付く時はアイツらは通信機器の類いを置いてくる」


傑が撃沈した。
最早五条家の教育法がやばい。桜花より酷い。
ケータイをさとるくんに渡さなかったのは情報規制だろう。外の情報を目にすれば、賢いさとるくんならきっと五条の可笑しさに気付く。
だから古書しか与えなかった。
現代のものを、渡さなかったのだ


「………未来の俺は」


『うん?』


胸元に寄り掛かりながら、さとるくんが私を見上げる。


「……未来の俺は、オマエらみたいに笑えるのか」


さとるくんの言葉に三人で顔を見合わせ、笑う


「大丈夫、毎日楽しく生きてるよ」


「こいつと良く喧嘩してるけどな」


『悟はね、何時も私に元気をくれる笑顔を持ってるよ。…だから、大丈夫』


さとるくんの頬を撫でて、笑った。


『未来で待ってるよ、さとる』













目を開ける。
腕に抱える可愛いテディが腕の中にすっぽりと収まっているのを見て、帰ってきたのだと確信した。


「お待たせ、刹那」





君の待つ未来へ








さとるくん→トラウマ製造機。
すぐるとしょうことやがのめんたるをごりごりけずるぞ!!

刹那→最初こそ目が死んだが、五条での生活を本人から聞いた事があったので割と平気だった。

夏油→目が…目が、ビー玉みたいで……(トラウマ)

硝子→声が…あんまりにも平淡で…(トラウマ)

夜蛾→さとるくんはトラウマ


温もりは忘却


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