※呪術長篇「一瞬だけ不穏」の続きの話
任務が終わり、大通りを一本逸れた場所で補助監督さんの迎えを待つ。今回は二級だったので、想定よりずっと簡単に祓えた。
ペットボトルの紅茶を飲んでいると、路肩に黒塗りの車が停まった。
補助監督さんが車の中から手を振ってくれている。隣には女子生徒。…後ろかぁ。一人の時の後部座席って、良い思い出ないんだよなぁ。
補助監督さんに笑顔で会釈して、後部座席の扉を開けた。
『お疲れ様です。ピックアップありがとうございます』
「いえいえ、お疲れ様です桜花さん。お怪我はありませんか?」
『はい。お気遣いありがとうございます』
割りと良く顔を合わせる補助監督さんに笑みを浮かべ、席に座る。
助手席の女子生徒は眠っているのがサイドミラーで確認出来た。
なので、隣の席の男子生徒に愛想笑いを浮かべて会釈する
『お疲れ様です』
「お疲れ様、刹那ちゃん。怪我はなかった?ああ、刹那ちゃんは強いから心配ないか。
今日も綺麗だね刹那ちゃん。マニキュア変えたの?似合ってるよ、でも僕としては水色なんかより赤いマニキュアの方が似合うと思うなぁ」
『………………ははは』
はいやべぇ奴でした、解散!!
解散したい。もう車走り出しちゃったんだけど、飛び出して良い?
だって明らかにやべぇ奴じゃない?なに?初めましてでそんなに褒める事ある?
せめてもの抵抗にべったりと扉にくっつき、距離を取る。
目に入った爪をじっと見つめていると、男のニヤニヤした声が聞こえてきた
「どうしたの?僕の為に早速マニキュアを塗り替えようと思ってくれてる?可愛いなぁ刹那ちゃん。
やっぱり僕と刹那ちゃんは愛し合ってるんだね」
愛してねー!!!!そもそも初めましてー!!!!!!
でも言えない。下手に反応するとこういう類いの奴は反応して貰えたと判断して付け上がるのだ。
というかコレ、妖精さんのアートだから。
最近アイツ爪楊枝とかで絵まで描く様になってるから。
本日の水色のベースにネモフィラとかアサガオとか紫の蓮とか赤い梅とか白い蓮とか、取り敢えず爪が豪華なのは夜中に出てくる妖精さんの仕事です。
…悟はネイリストになりたいの?
「ねぇ刹那ちゃん、一週間前はなんであんな男と一緒に居たの?二人で楽しそうにプリン食べてたよね?
ああ、僕と行きたくてリサーチしてたの?可愛いなぁ、刹那ちゃんとなら僕は何処だって楽しめるのに」
『………』
確信した。これはアカン奴。
久々にマジでヤバい奴に遭遇した。
…ルームミラー越しに補助監督さんと目が合った。めちゃくちゃ心配そう。大丈夫?通報する?って顔に書いてある。
大丈夫です、の意味を込めて笑っておく。
そもそも何故この男は、私が悟と任務後にプリンを食べに行ったのを知っているのだろう。
まだ渋谷で見掛けた、程度の発言なら許せる。しかしプリン専門店に入った事も知っているという事は、何処かで見ていたか、私達の話を何処かで耳にしたか、だ。
そこで思い出したのが、悟の見せてくれた掲示板の存在だった。
静かにケータイを取り出した。
メール画面を開き、空のまま送信する。
そして件の掲示板を表示した
…悟が一人で歩いている画像と、私が車内で窓の外を見ている画像が貼られていた。
ぞっとする。
アングルは、明らかに隣からのもの。
貼られた時間は、今。
恐る恐る目を向けると、男はニヤニヤしたした笑みで此方を見ていた
「ははは、怯えた顔も可愛いねぇ刹那ちゃん。ねぇ、写真、色々あるんだ。体術の前に着替えてるものもあるよ。
────これ、晒されたくなかったらどうしたら良いか、判るよね?」
……男の手にしたケータイに映っているのは、着替えている途中の私と硝子だった
高専に着いた車からゆっくりと降りる。
終始心配そうな補助監督さんに、こっそりハンドサインを送って大丈夫ですと笑った。
女子生徒は此方の様子を気にするでもなく、会釈して去っていく。
次の仕事があるらしい補助監督さんを見送って、後ろでニヤニヤしている男と対峙した。
……明らかに私に一方的な欲を抱く男は気持ち悪いし、こわい。
「ふふふふ、綺麗だね刹那ちゃん。ねぇ僕の部屋に行こう。君の部屋にも行きたいけど、彼処は邪魔者が沢山居るから」
「────へぇ?邪魔者ねぇ?」
私の背後から、明らかに機嫌の悪い声がした。
ゆっくりと振り向くと、サングラスを掛けた悟が大股で此方に近付いてくるのが見えた。
『お疲れ様、悟』
「お疲れ刹那。なに、オマエまたキモブサストーカー系男釣ったの?餌でも撒いてるわけ?」
『そんな餌捨てたいんですけど』
悟が私の一歩前に立って、男と向き合った。それを見て、何処と無く力んでいた身体が弛緩する。
悟が来てくれた。それだけで、もう男への恐怖はなくなった。
…ぽん、と頭に大きな手が乗せられた。
ちらりと見れば、サングラスを外した悟が此方を見下ろしている。
大丈夫、こわくないよ。
…そう口パクして、悟は男を早速煽りだした
「ハジメマシテ、五条悟デス。
脳味噌腐って線虫湧いてそうなオマエの事を慮ってわざわざ自己紹介から始めてやったんだけど、俺の名前ちゃーんと覚えられた?
ああ、海馬も前頭葉も蛆に食われたから無理?
そっかぁだから女の盗撮なんて下らねぇ真似するのかへぇ猿って侮れねぇよなぁ嫌がってる女を無理矢理自分の部屋に連れ込んでヤろうって?
いやいや尊敬するよ!俺ならぜってぇそんな安物のAVみてぇな事出来ねぇわ!使い古された雑巾みてぇな随分高尚な趣味をお持ちの様で!!」
「刹那ちゃんと僕は愛し合ってるんだ!しゃしゃり出るなよ邪魔者!!!」
「────へぇ、マジブーメランだわ」
低い声で呟いた悟の表情が、ごっそりと抜け落ちた。
え?逃げる?私避難するべき?
これは此処を更地にするパターンでは?
後退ろうとした私の腕を掴むと、悟はぐいっと引っ張った。
衝撃に目を閉じる。
ぽすりと私を受け止めた元凶は、空いている片手で髪を撫でてきた
「じゃあさ、刹那の今日のシャンプーは何でしょうか?」
『は?』
「え」
いや待って?それ答えられても怖いな???
質問内容にドン引いた私を見るとにっこり笑って、悟は大丈夫と口パクした。
いや何が大丈夫なの?いきなりぶちかますお前のモラル大丈夫???
「刹那の今日の朝飯は?今日のおやつは?今日の昼飯は?今日の睡眠時間は?今日の下着は?今日の香水は?今お気に入りのボディーソープは?昨日塗ったボディークリームは?
……ねぇ全部俺なら答えられるけど、オマエどれか一つでも知ってんの?」
『こわいこわいこわいこわい』
「オマエが引いてどうすんの」
『いや怖いわ。何で知ってるの…?』
もうこの際ボディークリームも下着も見逃す。だってこいつ、私を夜な夜なメンテしてるから。多分お腹とかも服捲ってクリーム塗ってるんだろう。そろそろ起きろよ、私……
でも今日は朝から任務だったの。だから悟が私の今日のお昼を知ってる筈がないの。だって誰にも言ってないから。
それなのに、何故知っている…???
悟はにんまりと笑って、私の首に引っ掛かるペンダントの鎖をつまみ上げた
「あ、このペンダント付けてくれてるんだ!俺がオマエの誕生日にあげたもんね!ふふ、似合ってるよ刹那」
『…もうやめてあげて…私とあの人のライフはゼロよ…』
「ん?なんの事?」
ニコニコしている笑みが弱者を甚振る時のそれ。歌姫先輩に向けるヤツ。
マウントをかましまくって、青ざめている男を蔑む様に眺めると、私の手を優しく掬い上げた。
「あ、そうそう!オマエ刹那の爪水色は気に食わねぇけど似合ってるって言ってたよな?」
「…そ、それが何だよ…」
青ざめてはいるものの、まだ戦う意思はあるらしい男の前で、悟がにぱっと笑う。
「ありがとー!!今日のって自信作なんだよね!!!爪楊枝で花描くのって難しくてさぁ!!!」
…ペンダントでのマウントの次はネイルアートでのマウントである。エグい。
あんまりなマウントに私の目が死んだ。
死んでいる私の爪の先にちゅっと音を立てて吸い付いて、悟が笑う。
「この花さぁ、赤に青に紫に白なんだよね。俺の色なの♡
…ねぇどんな気持ち?愛し合ってる筈の女が毎晩俺の好きな様にされてて、それを知らずに相思相愛だね♡写真撮っちゃった♡とか初対面の癖にメンヘラストーカー暴露しちゃった今の気分ってどうなの?」
にこにこにこにこ、いっそ邪悪ささえ感じる無邪気な笑顔で悟が男を追い詰める。
私の頭を胸元に押し付けて、悟が笑う。
「────なぁ、言ってみろよ。
人の女に手ぇ出して惨めな思いするのって、どんな気持ち?」
……声は酷く平淡で。
悟が今どんな顔をしているのか、私には判らなかった。
手を出せば死ぬ華よ
刹那→なんだかヤバい奴に好かれやすい。
因みにネイルアートの花の花言葉は知らない。どうして五条がお昼の内容や車内での会話を知っていたのか、聞くのを忘れている。そういうトコだぞ。
おまえは!!いい加減!!疑いなさい!!!
五条→ヤバい奴の筆頭。
ペンダントが仕事をしている限り、刹那の傍には何時でもこいつの耳がある。最近は“目”が欲しい。
この度鬼マウントをかました。
ネイリストになれそう。
ペンダント→今日もお仕事(意味深)してるぜ!
男→こいつが掲示板に画像を貼った。
運命の人の筈だったのに、魔王にかっ拐われたひと。
梅(赤)の花言葉:「優美」
蓮(白)の花言葉:「純粋」「潔白」
蓮(紫)の花言葉:「信頼」
ネモフィラの花言葉:「可憐」「永遠」「一途な恋」
アサガオの花言葉:「結束」「愛情の絆」「私はあなたに絡みつく」
地獄1(マウント)
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