※「花と糸」より後の話








それはただの気紛れだった。
たまたまお風呂上がりに体重計が目に付いて。
乗ってみようかなーなんて軽いノリで足を乗せて。
身体のキレも良い感じだし、痩せたかも、なんて勝手に浮かれて。
そして、モニターに表示された数字に目を剥いた。
















『ううう……』


「ねーぇ?落ち込むなってば刹那。2kgも太れたなんて偉いじゃん?つーかそれも脂肪じゃなくて筋肉かもよ?」


『違うもん、お腹ぽにょっとするもん…』


「え???何処が…???」


とある日の昼下がり、五条が呻く桜花を抱え、あろう事か女性の腹部を撫で回すという暴挙に出ていた。
夏油はうわ…という顔で、家入はクズを見る目を向けていた。語部はてえてぇと拝んでいるし、湖島は睨み殺しそうな眼で二人を見つめている。顔がこわい。


『ていうか悟気付いてたでしょ。何で教えてくれなかったの…』


「え?毎晩オマエの身体メジャーで測って推定増加体重を計算してニコニコしてた話する?」


『養豚場の経営者かよクズ』


「エッッッッッッッッッッ」


「んふっ」


五条が断末魔みたいな声を上げた。それを聞いた夏油が噴き出して崩れ落ちる。それを家入がシャーペンでつついている。やめて、お団子にシャーペン刺さないであげて。


『悟、女の子にとって2kgは重いの。あんたがお菓子食べられない状況で任務に連続で出されるぐらい深刻なの』


「いや深刻すぎじゃね?そもそも刹那太ってねぇじゃん。見ろよ、硝子なんかでっかい脂肪の塊二つも下げてんだぞ?その分重いだろ。
でもオマエおっぱいちっちゃいじゃん。乳こさえる脂肪もねぇじゃん。もうそれスレンダーっつーか貧相じゃない?俺としてはもっと太らせて抱き心地を追求したい」


「お前は今私を敵に回した」


『お前は今私も敵に回した』


「エッッッッッッッッッッ」


「さwwwwwwとwwwwwwるwwwwww」


五条の胸倉を掴んだ女子二人が全力でガックンガックンしている。それを見た夏油は腹を抱えて痙攣し始めた。


「いや五条悟デリカシー何処に落っことした?女性の胸問題深刻ぞ?」


「そもそも男は女の顔見た次には胸見るじゃない。視線でセクハラしてんじゃないわよ切り落とすぞ」


「え、こわ」


俺の近くで女子二人がこわい。え、俺なんで此処の席なの?
セクハラ処罰系女子と爆笑する前髪ゲラと即処罰系女子と処されてる若白髪の丁度間is俺。夜蛾先生、席替えは何時ですか?














「そもそもさぁ、刹那はもっと太んなきゃダメなの、判る?」


『判んないですね。今日から筋トレを増やそうと思います』


「じゃあ俺は刹那にハイカロリーなもの食わせまーす」


『え』


ダイエット決行を決めた初日、悟はそう言って大きな口の中にチョコを放り込んだ。
ハイカロリーなものって何だろう。
考えつつ柔軟をしていると、顎を長い指で掬われた。
目の前には蒼。
それがぼやける程近くにある事に驚く間も無く、唇に柔らかな感触。
ちゅう、と柔く吸い付かれ、目を閉じた。
…これだけなら正直毎日している事だけど、今回は違った。


『んむぅ!?』


にゅる、と口の中に何かが押し入った。
直ぐに唇を離したが、依然として咥内ににゅるっとしたものは居座っている。
何か判らずに目を白黒させながら、反射で唾を飲むととても甘くて。
そこで漸く、口の中の物体の正体に気付いた。
舌を出す悟を思い切り睨む


『口移しってどうかと思いますけど、五条くん』


「舌入れてねぇからセーフだろ?ぶっちゃけ俺達間接キスとかしょっちゅうじゃん。キスもするじゃん。口移し程度、今更気にする事ある?」


『気にする事しかないんだよ馬鹿……』


けろっとした顔で新たなチョコを口に放り込む悟に頭を抱えた。
なんかほら、違うじゃん。キスと口移しって違うじゃん。
こう、唇の感触どころか此方は悟の体温で溶けたチョコを送り込まれてるんだよ?悟の温度を表面に纏ったチョコだよ?
なんかもう溶けてるだけで恥ずかしいの判れよ。オイなんで急にきょとんとするの???


「え?顔真っ赤。…恥ずかしかった?俺の唾液まみれのチョコ食うのが?」


『もういや。なんではずかしめるの』


「えー………かっっっっわいい…またしたい。だめ?しよっか♡」


『さとるきらい』
















五条悟はダイエットの敵であると察した私はこっそりと腹筋とスクワット、校庭での走り込みをこなした。
怪我防止に緩い柔軟まで終えて、休憩に入る。
汗を拭いながら歩いていると、木陰から声を掛けられた


「や、刹那。頑張ってるね」


『やっほー傑。珍しいね、どうしたの?』


「たまには外でお昼でも食べようかと思って。良かったら一緒にどうだい?」


にこやかに傑が出したのは重箱だった。
重箱、だった。
……なんで?なんで重箱?運動会でもあった???
困惑しつつ向かいに座り、差し出されたポカリを口にする。
ああ、やっぱり運動の後に飲むスポーツ飲料は美味しい。
ぐいぐい飲む私を傑がにっこり笑って見守っていた


「はい、お皿とお箸。卵焼きは悟の自信作で、唐揚げは硝子が作ったんだ。
そぼろは私が味を付けてみたから、食べて感想を教えてくれるかい?」


並べられた重箱の中身は色鮮やかでどれも美味しそう。
栄養も考えてバランスよく詰められた品物に喜んで手を合わせた。


『美味しそう!いただきます!』


「どうぞ、召し上がれ。悟と硝子ももうすぐ来るからね」


『はーい!』












夏油傑もダイエットの敵だった。
お腹いっぱい食べてしまった私を菩薩の様な笑みで見つめていた奴は策士。
親友が作ったと聞いたら食べるしかない私の感情を巧妙に弄ぶ策士。
白いのと黒いのはもう信用しないと心に決めて、任務を終えた私は街をフラフラしていた。
適当にウィンドウショッピングでもして帰るか。そんな計画を立てていた私の名が背後から呼ばれた


「刹那じゃん。お疲れ、怪我は?」


『お疲れ様、硝子。今日は無傷だったよ』


「そ。んなら良かった」


街でたまたま出会ったのは硝子だった。
彼女はひらりと手を揺らし、目に付いたんだろうカフェを指した。


「もう高専に戻るだけだったら、コーヒー飲んでから帰ろ」


『うん、良いよ』


まさか硝子も敵かと思ったが、コーヒーなら問題はないだろう。
……そう思って入ったお店が、高カロリーで有名なコーヒー店だった。













『もういい…おまえらぜんいんてき……』


「ねーぇ?機嫌直して?俺達ただの意地悪でンな事してる訳じゃねぇよ?」


「刹那は太ってないんだから、ダイエットなんてしなくて良いだろ?」


「刹那ー、身体冷えるよ。私ら何もしないから出ておいで」


教室の隅、くすんくすんと鼻を鳴らす桜花が入った小さなかまくらと、それを囲むさしす。
普通にいじめられっこの籠城に見える。更に言うと三人見事にガラが悪いので、カツアゲの現場に見える。
というかアレだ、浦島太郎に出てくる亀といじめっこ。


「籠城しちゃう刹那ちゃんかわええ…」


「何処が…???」


「いや良く考えろよ黒川。ダイエットって言ってても刹那ちゃんはさしすに誘われたら断れないんだよ?
でもそこで文句は言えないから籠城しちゃう刹那ちゃん可愛すぎない???」


「文句言いなさいよ何良い子ぶってんのよ」


「うるせぇゴスロリそもそもダイエットって言うのは食欲との戦争なんだよ。
食べたいけど食べられない地獄でヤギみたいにキャベツ貪り食うのがダイエットなんだよ」


いやそれお前体調崩さない?
普通の女子なら兎も角、お前呪術師だよ?それで任務なんか行ったら死なない?
…語部がダイエットと言い出したらそれとなく様子を見ようと決めた。


「ねぇ刹那、俺の話ちょっとだけ聞いてくれる?」


『此処から出ないからね』


「ウン、良いよ。ちゃんと聞いてくれるなら」


交渉した五条はかまくらの前で長い脚を折り畳むと、指を一本立てて揺らした


「刹那の術式はさ、自分の体温を放出して呪力に乗せて、操るでしょ」


『うん』


「じゃあ、体温を放出した身体って、どうなると思う?」


五条に問われ、桜花が沈黙した。
それから数秒、迷った様な声が返事する


『……一気に凍らせても、少ししたら元通りになるけど』


「そう、それだよ。“どんなに体温を放出しても、オマエの身体は平熱に戻ろうとする”の」


長い指がぱちんと音を鳴らす。
五条のその言葉で夏油が首を傾げた


「でもそれは、生物として当然なんじゃないのか?」


「ウン。…刹那の温度調節はさ、どの時点で起きると思う?
体温を身体から切り離した時?それとも身体に乗った状態で、その場で一気に下降させて切り離してる?
……答えはね、身体に乗った状態で、その場で一気に下降させて切り離してる、だよ」


その言葉で反応したのは、医師を目指して人体について学んでいるであろう家入だ


「は?じゃあ刹那が氷を使う時って、毎回0℃以下になるって事?
…そんなの、下手したら凍傷になるぞ」


「そ。そもそも冷凍庫の氷とかって0℃が凍り始めるスタートラインで、凍結したその後に冷凍庫の設定温度になるでしょ?
だから刹那の身体は一時的にマイナスレベルに下がって、そっから身体が急いで体温を人体としての正常値に戻しに掛かってんの」


『?…でも悟、私そんなに毎回冷たくなってないよ?』


かまくらの奥の桜花の声に、五条は大きく頷いて見せた


「そう。多分オマエ、天与呪縛持ちだよ」


『え?』


「家の書庫で文献漁ったらさ、出てきたんだよ。温度使役術式持ってた男の話」


天与呪縛ってアレか?伏黒先生みたいに呪力はないけどその分身体がゴリラみたいなヤツ?
でも桜花は細いし、どっちかって言ったら身体は弱い。
じゃあ天与呪縛じゃないんじゃ…?


「天与呪縛にはその対象になった奴の数だけ種類があるだろ?オマエの天与呪縛は、身体を幾ら鍛えても非術師以上に身体機能は上がんねぇけど、温度使役術式の放出箇所を指定出来るってヤツだと思う。
……そうじゃなきゃ、文献に載ってたソイツみたいにあっという間に低体温症で死んでるよ」


静かな声に全員が黙り込んだ。
夏油と家入はあまりにも衝撃的な言葉に、語部と湖島は死という一文字に肩を震わせていた。


「ソイツは自分の体温を放出して氷を自在に操る呪術師だった。
でもソイツは若くして、全身を氷みたいに冷たくして死んだらしい。
…ソイツは多分、全身を一気に0℃以下にまで下げて戦っていた。
一度使えば体温を戻すのに時間が掛かる。それなのに度重なる術式使用なんてすれば……医療の発達していない時代だ、あっという間にお陀仏ってな」


大きな手がぺたりと白いかまくらの表面を撫でた。


「…刹那、オマエは手の先とか、腕とか、放出箇所を無意識に決めて術式を行使してたんだ。そうすれば、部分的に0℃になっても直ぐに熱を行き渡らせる事が出来る。水を少しお湯に入れたらちょっと温度が下がる程度だろ?それと一緒。
平熱が高いのも、術式を使った後に体温を少しでも維持出来る様に高いの。
術式を使っても、最低限の熱があれば死ななくて済むから」


「…つまり、0℃まで下げても全身の体温を分散させれば問題ないって考えか?」


「そ。その結果体温は少し下がるけど、37℃後半なら低体温症ギリギリになるまで大分余裕があるだろ?
そう考えると子供体温も天与になんのか…?」


顎を撫でる五条を尻目に、夏油がかまくらの入り口にそっと手を差し込んだ。
桜花に触れたのか、涼しげな目許がやんわりと緩む


「良かった、ちゃんと暖かいね」


『このくらいだったらへっちゃらだよ』


「あ、刹那。こっからが本題ね。俺がダイエットをオススメしない理由も出てくる」


『……判った』


僅かに弛んだ空気が五条によって引き締められた。
家入も気になったのか夏油の隣にしゃがみ込み、手を入れている。
……亀の甲羅に手を突っ込んでいる様に見えるのがほんと申し訳ない。


「生物の授業な。刹那、生物が体温を上げるには何が必要だと思う?」


『え?……運動?』


「ハイ残念、それよりもっと重要な事がありまーす。正解は食事でしたー」


ケラケラと五条は笑って続けた


「食事で栄養を取り込むのと同時に一部が熱になる。体内で使いきれなかったエネルギーを中性脂肪として溜め込むワケなんだけどさぁ」


すっと五条が目を細めた。


「…術式を多発して体温が下がったオマエは、その脂肪燃やして熱を捻り出してんの。だから身体に脂肪が付きにくいし、運動で熱を産み出す筋肉も足りねぇから赤ん坊と同じで脂肪を燃やして体温を維持するしかない。


つまり、オマエは燃費クソ悪いの。


幾ら食っても任務で術式使えば折角溜め込んだ脂肪が燃えるの。オマケに筋肉っていうヒートテックもないオマエは、脂肪っていうコートを燃やし尽くせば低体温症一直線」


そこまでつらつらと述べた五条が一旦言葉を切り、にっこりと微笑む。
そしてわざとらしく問い掛けた。


「はい、此処まで聞いた刹那ちゃんは俺達に何と言うべきでしょうか?」


『ごめんなさい』


ばきばきと音を立ててかまくらが崩壊した。














『…一級任務に行ったら増えた分が一気に消えました。これは痩せたって喜ぶべき?それとも死が近付いたって嘆くべき?』


「折角順調に増えてたのに…もうアレか?移動中も何か食わせる?」


『養豚場の主は黙ろうか。あ、今日はお土産にケーキ買ってきたよ。皆で食べよ』


此処数日の騒動の原因だった皮下脂肪を全て燃やしてしまったらしい(そもそも細すぎる)桜花は、白いケースを手に笑っていた。
そんな、彼女の後ろ姿を見つめながら呟かれた言葉が聞こえる距離に居た事を……俺は死ぬほど後悔した。














「────禪院の傘下に買われたガキが実は加茂の超超遠縁なんて、事実は小説より奇なりってのも言い得て妙だよなぁ」










知らなくて良いこと











刹那→ちょっと太って、一瞬で元に戻った。天与呪縛が正式に判明した。
太ったのは特級審査でそこまで難しくない(術式を多用しない)任務ばかりだった所為。
ちょっと強い一級と戦って秒で脂肪を燃やした。やっぱりやせっぽち。
この度低体温症とマブダチである事が判明した。反転を会得しないとズットモ。






実は、彼女の産みの親のどちらかが加茂の超超遠縁。最早血が一滴混ざっているかも怪しい。

でも呪術界では一度でも血が交わったという事実が重要なので、刹那が桜花ではなくとある家から売られた子だとバレれば、遠慮なく加茂が我が物顔で近付いてくる。
皮肉にも、大嫌いな桜花が加茂に対する盾になった。

そんな事は思いもせず、テディは今日も元気。

五条→毎日メジャーで測って体重の増減を推測しているやべぇやつ。
元々刹那の筋トレの実らなさ具合に天与呪縛を疑っていた。
当主お披露目会後、五条の書庫で呪術師の家系図を記した書を見付け、加茂の分家に刹那と酷似した術式を発見。
速やかに書を借りパクした。
その時点で刹那は加茂分家の相伝疑惑が彼の中で持ち上がった訳だが、例えそうであっても桜花の相伝で通そうと決めた。だってその分家、もう相伝居なくて廃れてるし。
後日刹那の血筋を時雨に頼んで探ると、江戸とかその辺りで酷似した術式の男の妾(略奪からの強制妾)になっていた。
笑顔で報告書を破って捨てた。

因みに刹那は知らないけれど、彼女の学ランは通気性と保温に優れている。
理由は術式を考慮した五条がカスタムした為。
本人は気付いていないが、学ラン無しで戦うと刹那は普段の半分も保たない。
モフモフフードも可愛いからだけじゃない、断じて。袖も綺麗で似合うからだけじゃない、断じて。
好みと実益を兼ね備えた学ランを身に纏う刹那を見て五条は今日もにっこり。

夏油→娘にはもっと太ってほしいけれど、折角溜め込んだ脂肪が任務で燃やし尽くされてショックを受けた。道は険しい。

硝子→刹那が細い理由に納得した。これからはカイロを持たせようかと思っている。

黒川→五条の呟きを聞いてぞっとした。
禪院の傘下に買われた子が実は加茂の超超遠縁…?どんな星の下に産まれたらそんな悲惨な出自に…???

語部→ダイエットの時はキャベツを貪り食う。

湖島→ダイエットの時はひたすらに体幹トレーニングする。


太った…?


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