「猫の恩返し」続篇
「刹那ー」
『なに?』
「ふふ、呼んだだけ」
私とさとるを拾った彼、五条悟は良く私を呼ぶ。
甘える様な声で私を呼んで、返事をしたら嬉しそうに蒼い瞳を細くして。それは今私の傍でお昼寝するさとると同じ仕草で、あ、やっぱり同一人物なんだなぁと実感した。
────曰く、さとると悟は同一存在である。
悟が言うには五条悟が死んで、転生したのがさとる。そしてさとるが死んでまた転生したのが悟、らしい。つまり彼は三周目。
最初から記憶はあったのだという悟は一周目の実体験と二週目で得たアニメと単行本という名の第三者視点の知識により、今生を自身の描くハッピーエンドへと進ませている最中だとか。
「明日は刹那の生活に必要な物買って、来週から高専行こっか。刹那は高二でしょ?俺と一緒」
『でも私呪力ないよ?』
「いやいや、あるだろ」
『え?』
思わず綺麗な顔を二度見した。いや待て、私に霊感的なものはないぞ。勿論呪力もない。そもそも呪術師なんて居ない世界で産まれたので、術式もない。
そう言うと思いっきり馬鹿だなぁみたいな顔をされた
「あのさ、猫の俺が祓ってたのは何か判る?」
『ん?ああ、モンスターボールとスーパーボール終始ぶん投げてたあれ?何か遠目だったけど気持ち悪いヤツだった』
「モンスターボールwwwwwwwww」
なんだこいつ急に草生やしたぞ。
お腹を抱えてプルプルし始めた悟に若干引きつつ、さとるの背中を優しく撫でる。
うにゃ、と口がもにゃるのが可愛い。
可愛い子を眺めていれば、ゲラから復活したらしい悟が目尻を拭いながら口を開く。
「まさか五条家相伝の術式が…モンスターボールって言われるとは……っ」
『…あ、あれってもしかして赫と蒼だった?』
声もなく頷きながらまたバイブモードに入った悟は放置だ。
えー、マジか。友好的じゃないモンスターボールとか言ってごめん。だってまさか飼い猫が無下限術式使うとか思わないじゃん?
『ごめんねさとる。友好的じゃないモンスターボールとか、ハイパーボールあるのかなとか、やっぱ最強はマスターボールかなとかめっちゃ考えてた』
「んっぐwwwやめてwwwwwwそれ俺に刺さるwwwwwwww」
『めっちゃ笑うじゃん』
「色合い大体合ってるのがまたウケるwwwwwww」
『あんた、案外ゲラだな?』
ちょいちょい沈むなこの最強。
また身体を折り畳んだ悟を尻目にさとるの狭い額を指先でうりうりする。気持ち良いのか喉を鳴らす家の子の可愛さよ。
可愛いねーと笑っていると、膝の上に白いものが転がってきた。
目が合って、固まる
「ねぇ、俺も撫でて」
『え』
マジか。
いや、でもこの人五条悟だぞ?
最強の呪術師だぞ?そんな人を撫でるって無理では?
「ねぇ、だめ?」
『ああああだめじゃない、ごめんね悟…!!』
「チョロチョロ〜」
きゅるるん、とした目を向けられたら駄目だった。
膝の上の白い頭をさとるを撫でる時みたいに頭の形に沿って優しく撫でる。おお、髪の毛さらっさらだ…!
雪みたいに真っ白な髪の毛を梳く様に触っていると、悟がゆるりと瞳を細めているのに気付いた。
「やっぱり刹那の撫で方好きだなー」
『…猫の時の記憶?』
「うん。拾ってくれたあの時から、ずっと刹那と話がしたかった。三周目が始まってからは刹那に撫でて欲しかった。
…でもまぁ、まさか猫の俺と一緒に此方に来るなんて思いもしなかったけど」
そこまで聞いてふと思う。
あの時の私はどうなったのだろう。
だって悟は猫の時の記憶がある。つまり、さとるが死んでから悟になっている。
…気になるものの、やはり聞くのは怖くて。
私をじっと見つめていた悟は、此方を安心させる様にふわりと微笑んだ。
「猫の俺はね、刹那に願われた通り、ちゃんとあの家で長生きしたよ。それで俺は、刹那の術式になった」
『………ん?』
撫でていた手がぴたりと止まる。
するともっと撫でろと言わんばかりに擦り寄られたので、求められるがままに手を動かした。
『あの、初心者に優しく教えて?』
ちょっと何を言ってるのか判らなかった。
なので呪術系初心者にも判る解説を望めば、悟は仕方ねぇなと呟いて、長い指が緩く天井を向いた
「あの日、刹那は死んだ」
『初っ端から傷抉っちゃう?』
「隠したって仕方ねぇだろ。どうしたって傷になるし、オマエの傷は俺が刻んだものしか許さねぇ。
…オマエの願いを聞き入れた猫の俺は、寿命の分まであの家で生きた」
しれっとした顔でそう言う辺り、デリカシーがない。というか容赦がない。
苦笑しつつ、気になっていた事を問い掛けた
『…父さんも母さんも、さとるも幸せに生きられた?』
娘が先に死んでしまうなんて親不孝にも程がある。それにさとるの目の前で私は死んでしまった。
死んでしまった者は生き返らない。私はもう、父さんと母さんの許に帰れない。
けれどせめて、皆が少しでも穏やかに生きてくれれば。そう、願っていた。
「…少なくとも俺が後を追わなかったのは、オマエが長生きを願ったから。親は……そうだな、笑って生きようとはしてたよ」
『そっか』
それなら、よかった。
視界が滲まない様に細めた目許を長い指がそっと撫でた。
「猫の俺が死んで、産まれたのが俺。…でも猫の俺はどうしても離れがたかったんだろうな。恐らく死んだ姿のままで此方に現れたオマエの術式になった」
『………何で死んだ姿のまま?』
「さぁ?でも彼方で死んだのは確かだから、オマエが突然彼方に帰るなんて事はない」
あれじゃないのか、転生とかって悟みたいに赤ちゃんからスタートとかじゃないのか。小説とかそんな感じじゃん?
ゆるゆると目許を長い指が撫でた。
まるで涙を拭うみたいな仕草に目を細める
「その猫は、猫だった俺の残留思念が呪いとなりオマエに宿った術式だ。術式としては式神の括りに入るけど、ぶっちゃけ俺のまんま。だから六眼も無下限呪術もある」
『えっ』
「そんでもって反転術式もオート無限も勿論使ってるから、簡単に言えば猫型の五条悟がオマエのボディーガードって考えたら良いよ。
ん?猫型って何かドラえもんみたいじゃない?良いじゃん、四次元ポケットはないけど代わりに傷一つ負わせやしない」
『いや笑い事じゃないね?』
それってめっちゃ凄いのでは?
目を丸くした私を悟がけらけら笑う
「あ、ちゃんと御褒美のちゅ〜るはくれよ?あとは誕生日の猫用ケーキ。アレ甘くて美味いんだよ。それから、そうだな…」
さとるの要望を指折り数える悟に笑みが零れた。ごろんと寝返りを打った白猫のお腹を撫でて、すべすべな頬を撫でる。
『ありがとう、これからも宜しくね、二人とも』
ありがとう、私を望んでくれて。
柔らかな頬に涙が一粒落ちる。
それに擽ったそうに笑って、悟は薄く色付いた唇を動かした。
「猫の恩返しはね、一生モノなんだよ」
その声は、蕩けそうな程に甘かった
最初こそ、転生ガチャってヤツで大爆死したんだと思った。
記憶が戻った時には冷たい雨の中で震えていて、術式は使えないし、極めつけには自分が猫である事に絶望して。
道行く人は此方なんて見もしない。それが改めて自分が人以外の存在になってしまったんだと実感させてきて。
静かに俯いた、その時
『うわ、大丈夫?君、びしょびしょじゃんか』
差し出された傘と、此方を見つめる菫青。
そっとタオルで拭いてくれたその優しさが、忘れられなかった。
ゆっくりと目を開ける。
直ぐ様視界に映り込んだのは艶のある黒髪。少し視線を下げるとまだあどけなさの残る少女がすうすうと眠っていた。
反対側の枕元では白猫が丸くなっている。
鳥の声と小さな寝息だけが聞こえる部屋の中で、そっと刹那を抱き締める手に力を込めた。
最初こそ共に寝る事に抵抗があった様だけど、俺がさとるの時みたいに甘えれば直ぐに落ちた。我が飼い主は本当に俺に弱い。
…そんなんだから、俺に付け入られるんだよ。
────刹那が死んだ当時の姿で此方に現れたのは、単に俺が原因だ。
彼女が誰とも知れぬ男に殺されたあの時、俺は咄嗟にその魂を抱え込んだ。
一つの肉体に二つの魂という例は一度目の人生で前例を見ていたから、模倣するのは簡単だった。体外への呪力の行使は出来ずとも、体内に確かに存在していたのだから。
魂を俺の生得領域の中に招き入れ、保管する。そして彼方の世界で息を引き取る時に、その魂を抱え込んだまま死んだ。
三度目の人生が始まると気付いた猫の俺は、そこで抱え込んでいた魂を呪い、術式になる事を選んだ。
元々呪力も呪霊もない世界で生きてきた刹那の魂に取り憑くのは簡単だった。
でも宿儺を術式としてゆっくりと刻んでいった悠仁と同じ様に、俺が彼女の術式になるには少し時間が掛かる。
ついでに身体も猫の俺が一から作っていたから、素直な転生とは色々ズレているのだ。
どうせなら同い年。
俺が何よりも彼女を簡単に護れるこの世界で、幸せだったあの日の様に甘やかして欲しい。そして俺も俺が思い描く理想の日々の中で、少女を甘やかしてやりたい。
そんな欲求に忠実になった結果、その身に特級過呪怨霊:五条悟を宿した桜花刹那がこの世で目を開けた。
「……愛ほど歪んだ呪いもないよね、ほんと」
何時か呟いた言葉を口にして、頭頂部に軽くキスを落とす。
大丈夫、その猫が五条悟である事は誰にも伝えないし、高専にも式神使いとしてオマエの存在を伝えた。
白猫は術式になったとはいえ自我はあるし、戦闘は体術が出来ない代わりに容赦がない。ついでに言ってしまうと呪力を産み出しているのは猫の俺だ。元より呪力量は半端ないのに、呪霊になったもんだから底無しになった。
「可哀想な子。俺なんかに好かれて」
いっそ面白い程に刹那は一般人。
猫の俺の影響で呪力もありはするけど、ぶっちゃけみそっかす。呪霊を産まずに済むって程度。呪力は窓と同じぐらい。
式神と刹那で簡単に呪力を比率するなら、99.9対0.1。誤差レベルで雑魚。いや、そもそも相手が俺な時点で無理ゲー。
ある意味悠仁と宿儺の関係に似ているけど、元々超人的な身体能力を持っていた悠仁とは違って刹那はマジでか弱いJK。
正直言うと、現状はパンピーがアメリカの大統領が持ち歩く核のボタン持って歩いている様なもん。
ちょっとでも手を出そうもんなら勝手に核弾頭の方が反撃するし、パンピーは非呪術師の温い日常の中でしか生きていないが故に、白猫を止められない。
そしてきっと、刹那に手を出されたら俺も我慢出来ない。
普通にヤバい。
刹那がマジモンのパンピーなのも、そんな女の子に取り憑いたのが最強の呪術師(しろねこのすがた)である事も。
ああ、高専に通い始めたら護身術程度は仕込むべきか。
そうじゃなきゃ、無下限呪術を操る式神を連れた女なんて格好の餌食。
最初こそ隠せるけれど、ぶっちゃけ術式を使えば直ぐに異様さが目立つ。
でもまぁ正直、喋れない分俺より厄介な猫の俺を宿した刹那に、腐ったミカンは簡単には手出しなんて出来ない筈だと思っている。
誰だって、これ見よがしに置かれた地雷なんて踏みたくはないだろう。
「にゃあん」
『さとるは懐かしいなぁとか思う?』
「なぁう」
『そっかぁ』
最強のお猫さまを抱っこして悟に連れて来られたのは呪術高専。
見事な木造建築に感嘆の声を漏らすと、サングラスの奥で蒼い瞳がゆるりと細まった
「そんなに感心するモンかぁ?」
『これだから坊っちゃんは。凄い建物だし、まさか自分が此処に来るなんて思いもしなかったし』
白い背中を優しく撫でる。
漫画やアニメで見た場所に自分が立っているというのは不思議なものだ。
そして隣を歩く彼と、今腕の中に居る彼が同一人物であるというのも簡単には信じがたい。
さとるをもふりつつ悟に付いていく。
『今から面接?』
「いや、夜蛾センセがまだ学長じゃねぇからそれはやってねぇ。正式な入学許可ももう俺が貰ってきたから、職員室に行くだけ」
『…仲良くなれるかな?』
「大丈夫だろ。大体どんな人間かは知ってんだし」
『いやいや、私が知ってるのは紙に載った知識だもん。実際生きてる人とは違うよ』
小さく笑って隣を見上げる。
首が痛くなるぐらいの長身に、白銀の髪。真っ白な睫毛に空と海を嵌め込んだ様な蒼。
改めて見るとイケメンなんて言葉が生温いぐらいの美貌だし、脚の長さがえぐい。
傍観者として世界を俯瞰する漫画ではなく、今私は此処に生きているのだ。
だからこそ、大事にしたいと思う
『さとるの事は一緒に暮らしてたんだし、それなりに判ってるつもりだよ。でも人間の悟はまだ会ったばっかりでしょ?だから、漫画とかそういうのはナシで、仲良くなれたらなって思ってる』
私の世話なんて面倒を笑って引き受けてくれる、優しい貴方。
複雑な事情を抱えている貴方と、漫画のキャラクターではなく人として仲良くしたいと思った。私を大事にしてくれる貴方を私も大事にしたいと思った。
『申し遅れましたが、桜花刹那です。術式は……さとる?うちの子が強すぎるだけの一般人ですが、宜しくお願いします、五条悟くん』
悟の前に立ち、一礼する。
にっと笑って見せれば悟は俯いて、大きく溜め息を吐いた。
あれ、やっぱちょっと調子乗ってるなとか思われた?
オマエの実力じゃねぇだろ雑魚とか?うわ滅茶苦茶正論。
困惑していれば、俯いていた白い頭が持ち上がる。
そしてぎゅうっと抱き締められた
『ん???』
「なにこれ可愛い。びっくりするぐらい可愛いな?一人になったらオマエは誘拐されそうで駄目だ。頼んだぞ猫の俺」
「にゃおん」
「俺がずっと傍に居てやれたら良いけど流石に無理だからさ。良いな刹那、猫の俺から離れるなよ?」
『私は幼女かな???』
人生三周目な癖にIQ3になっている最強に噴き出した私はきっと悪くない。
『桜花刹那です。この子は式神のさとる。つい先日まで一般人でしたので足を引っ張ると思いますが、宜しくお願いします』
「席は悟の隣だ。悟、挙手」
「はぁーい。よろしくね、刹那」
『ふふ、よろしく』
「にゃおん」
にっと笑って長い手をヒラヒラさせた丸いサングラスの男はやっぱり胡散臭いしガラが悪い。そして悟が愛想が良いのが珍しいのか、家入さんと夏油くんが凄い顔で悟を見ているのが面白い。
席に着いた私の膝の上にさとるは乗って、ちょこんと机に手を掛けた。
授業を受ける猫ちゃんの図になったのを見て可愛いもの好きな夜蛾先生の表情が僅かに緩んだのは見逃さない。そうです、可愛いでしょうちの子?こんなにも可愛くて綺麗な猫ちゃんは居ませんよ?
「なに?オマエも授業受けんの?」
「にゃふ」
伸びてきた手を素早く猫パンチするさとるに全員が顔を逸らした。
猫にフラれる五条悟の図が面白い。というかどっちも五条悟な時点で腹筋がつらい。
『さとる、悟に撫でられるの嫌なの?』
「にゃん」
「何でだよ、ちょっとぐらい良いだろ」
「にぃ」
伸びてくる手をバシバシ叩くさとるに笑いつつ、夜蛾先生に目を向ける。
…先生の周囲をお花が舞っていた。ああ、癒されてるんですね、先生。
「私は家入硝子。女同士仲良くしよーね」
「私は夏油傑。よろしく」
『よろしく。家入さん、夏油くん』
「おい少しぐらい撫でさせろよ!」
「なぁん!!」
理想の三周目
可哀想にね
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