※「歴史の授業?いいえ、友人のお家事情です」からの一ヶ月の中の話
────私こそが、この世界の主人公である。
私は転生者だ。
此処がかの有名な漫画、呪術廻戦の世界だと気付いたのは産まれて直ぐの頃。
だって私には呪霊が見えていた。
幼い頃からずっと見えていて、しかし親には見えていなかった。
所謂非術師の家系である事は直ぐに理解した。
呪術師の家でない時点でスタートダッシュは失敗。落胆を覚えながら成長し、高校生で呪術高専に編入した。
────編入時点で二級。
完全な自己流でこれなら上出来だ。
これから此処で鍛練を積み、私は特級になる。それがこの世界の主人公である私に定められた道だ。
そう、私は主人公である。
だってこんなに強力な術式に、豊富な呪力を持って、極めつけにこんなにも可愛いのだ。これで主人公じゃないならこの世界はバグっている。
他の女子も可愛い顔は居るが、やはり私には及ばない。
主人公たる私は、何時か迎えに来る筈の王子様を待つべきか。
それとも、自ら王子様の前で貴方の運命だと名乗り出るべきか。
「ねぇ、悟?貴方の運命は、私よね?」
黒髪の女と、泣き黒子の女。
……どうやら私の王子様は遅刻癖がある様だから、迎えに行ってあげなくちゃ。
「刹那、今日って私と任務だろ?もう一人の苧環って奴知ってる?」
『んー?…判んない。さとえもーん』
「苧環なんて呪術師の家はねーよ。愚か者とかウケる。自己紹介か?」
『愚か者?』
「花言葉さ。良くあるだろう?植物は複数の花言葉を冠する。オダマキの持つ花言葉の一つが、愚か者なんだ」
『へぇ、物知りだね傑』
「ハイハイハイハイ最初に言ったのおーれ!!!つまり俺が物知りって事でファイナルアンサー!?」
「朝からうるせーなあの一歳児」
「今年で一歳だからね。褒められたいお年頃なんだよ」
『わー凄いね悟、物知りだね』
「テキトー過ぎない?????」
やっぱめんどいな一歳児。
ぺいっとアーモンドチョコを投げて持ち物の最終チェックをする。
『鉄扇オッケー。さとるっち』
〈ハーイ!〉
『すぐるっち』
(挙手)
『しょうこっち』
(挙手)
『水の残量は?』
〈タクサン!〉
『オッケー。準備万端』
鉄扇の中の呪骸達をチェックして、ホルスターに装備する。
硝子も準備は出来ている様で、私を見て笑ってくれた
『お待たせ。行こっか』
「おー。行ってくる、暴れんなよクズ共」
『行ってきまーす』
「気を付けるんだよ二人とも」
「何かあったら呼べよ」
『はーい』
悟と傑に手を振って教室を出た。
廊下を進みながら、久し振りに任務で一緒になる硝子に自然と笑みが浮かぶ。
するとそれに気付いた硝子がふっと微笑んだ
「ふふ、私と一緒なのがそんなに嬉しい?可愛いヤツめ」
『そりゃ嬉しいよ!最近ずっと男連中と一緒だったし。
あ、私も最近頑張ってるからね、格好良いトコ見せるよ。見ててね』
「張り切りすぎて空回んなよ?」
『肝に命じます』
敬礼すれば噴き出す様に笑われた。
それに笑い返し、校舎を出た。
正門前で車と共に私達を待っていたのは、一人の女子生徒だった。
……?なんだか、嫌な感じ。
念の為、硝子の一歩前に出る。それから此方をじっと見据える女子生徒に愛想笑いを浮かべた
『初めまして、二年生の一級、桜花です。よろしくお願いします』
「二年生、家入だ。よろしくー」
「一年の苧環です。二級呪術師です」
にこりと微笑んだ苧環さんはとても綺麗な人だ。その笑みに陰りもない。別段構える様子もない。
………気の所為か…?
首を傾げつつ、車に乗った。
今回の任務は準一級で、廃校となった学舎がその現場。私の補佐を苧環さんがするというものだった。
硝子はいざという時の回復係。二級と準一級じゃ実力的に大分差があるから、丁度手の空いていた硝子がサポートに入るのだろう。
鉄扇を抜き、帳の中に入る。
入った瞬間に後方────硝子の後ろから呪力が沸き上がるのを察知して、水の刃を叩き付けた。
『硝子、無事?』
「さんきゅ、刹那。無事だよ」
……今の呪霊に苧環さんが反応しなかったのは何故だ?
布陣は私が前で、苧環さんと硝子が横並び。呪霊は三級程度だった。気配を消すのに長けていた訳でもない。
つまり、二級を名乗るなら今の呪霊を私より先に祓うべきだったのだ。
彼女の方が、距離が近かったのだから。
『……苧環さん、今の呪霊、判らなかった?』
その表情をじっと見つめながら問う。
私を見つめ返した彼女は、にっこりと笑みを浮かべた。
「すみません、緊張してしまって」
『…………そう』
……何かは判らないが、不安が胸の底に蔓延っている。
こういう勘は呪術師の生命線だ。素直に従って、警戒レベルを引き上げるべきだろう。
『…苧環さん、前を。硝子は私の隣ね』
「刹那?」
『大丈夫、硝子は私が護るから』
硝子から離れるべきではない。私の勘がそう訴えていた。
にっこりと笑みを浮かべたまま、苧環さんはですが、と言い募る
「今回は準一級の祓除でしょう?二級の私では、接敵した瞬間にやられてしまうのでは?」
正論。
でもそれは、私だったら侮られたと判断するものだ
『…へぇ?それって私は弱いですって自己紹介?それとも私が準一級の気配に気付けないって侮られてる?
…二級でも五秒は持つだろ?その間に私が祓う。問題ない』
「………」
『ほら、行って。それとも自信ないの?』
じっと此方を読めない表情で見た苧環さんは、静かに先頭を歩き始めた。
それを見て、三歩ほど間を開けて歩き始めると、硝子がそっと問い掛けてくる
「珍しいな、五条みたいだぞ」
『……まぁ、悟の態度真似たからね』
「へぇ、意図的か。そりゃどうして?」
『………此処で硝子と離れたら、多分一生後悔する。そんな気がする』
呟くと、硝子が私を覗き込んでくる
「……呪術師の勘ってヤツか」
『…ごめんね。苧環さん怪我させちゃうかも』
「平気だろ。呪術師なんだ、自分の力不足でクレーム付けやしないさ」
不確定だが、確実に大事にしなければならないもの。それが呪術師の勘だ。
理由を打ち明けると、硝子はあっさりと納得した。
「まぁ私も苧環は好きじゃない。さっきもアイツ、私が襲われるのを見てたからな」
『……やっぱり裏がある系かな?』
「可能性はあるな。…万が一があったら、五条に連絡しろ。私は夏油に掛ける。……って此処圏外かよ」
『うわ……逃げられない!をマジでやられてる気分だわ』
ケータイの電波はゼロ。
ポケットに仕舞い、鉄扇を撫でる。
確かにケータイは使えない。だが私達には、強い味方が居るのだ
『パパ、私達には猫型トランシーバーがおります事をお忘れか?』
「あ」
『いでよ、さとるっち!』
〈ニャーン!〉
『あ、待って戻って。ゆけっ!さとるっち!だったわ』
「さっきのはランプの魔神っぽかったもんな」
『やっぱポケモンでしょ。ゆけっ!は絶対よ?』
「よしやり直すぞ。さとるっち、戻れ」
〈ニンム!ニンム!〉
『「あっ」』
やっべ、苧環さん放置してた。どんどん先に行ってるじゃんウケる。
慌てて硝子と追い掛けて、帳で暗い校舎の中に足を踏み入れた。
────その瞬間、無人の校舎が祭り囃子に包まれた
『硝子、絶対離れないで!』
「生得領域か…!?」
硝子の手を咄嗟に掴む。さとるっちは硝子の肩に乗った。
一瞬で天井は夜空に変わり、壁は屋台に切り替えられた。
笛や太鼓の音で、周囲の状況が判りにくい。おまけに祭りを楽しむ人が行き交う事で常に視界は遮られる。
「これじゃあ苧環も無事かどうか…!」
『…すぐるっち!』
生得領域持ちなんて間違っても準一級じゃない。特級だ。
鉄扇から人捜しの名人を呼び出して、苧環さんの捜索を命じる。
頷いたすぐるっちが人混みに消えるのを見届けて、繋いだ手を────
『は………?』
繋いでいた筈の手は、空っぽだった。
何で?確かに硝子の手を掴んでいた筈だ。
いつだ?私はいつ硝子の手を離した?
ぽた、と何かが滴る音がする。
それは背後から、聞こえた。
散々響いていた筈の祭り囃子に呑み込まれる事なくその音は耳に届いて、ゆっくりと、振り返る。
梁の様に太い、木の幹。
注連縄の巻かれたそれは高く高く聳え立っていて。
祭りに参加しているのだろう男達が御神木らしきその大木を運んでくる。
少しだけ斜めになりながら担がれるそれの表面を、赤い液体が伝っていた。
重力に従い上から流れている赤い線を、ゆっくりと辿る。
……白と黒の獣が、ズタズタにされて落ちてくる赤を滴らせていた。
更に上から流れているそれを、目で追う。
ずっと追った先、天辺の十字に木を組んでいる位置。
足が、見えた。
ぽたり、赤が落ちる。
黒のスカートが風ではためく。
腹部に、何かが突き刺さっているのが見えた。
夢であってほしい。
その顔が、せめて。
せめて、彼女でなければ
視線を、天辺まで持ち上げる。
────硝子が、まるで磔刑に処された生贄の様に、手足を十字に打ち付けられていた。
『────あああああああああああああああ!!!!!!!!』
男達を殺して、大木の十字架をへし折って、硝子をそっと床に降ろした。
気絶しているけれど、息はある。傷も多分、今なら間に合う。
破壊ギリギリのさとるっちとすぐるっちを傍に寝かせ、鉄扇を振った。
『…しょうこっち、硝子達をお願い。すぐるっちは敵の捕捉。さとるっちは防御。…絶対に、硝子を護れ』
呪骸を大量に呼び出して、それぞれに指示を出す。
治療を始めたしょうこっち達をさとるっちとすぐるっちが囲むのを確認して、鉄扇を握り直した。
『……待ってて、硝子。直ぐに高専に連れていくから。……護れなくて、ごめんなさい』
呪骸達ごとドーム型に氷で包み、即席のシェルターを作る。
それから前方に向き直り、睨め付けた
『出てこいよ。私の親友に手ぇ出してタダで済むと思ってるのか?』
今まで一般人のフリをしていた人影が足を止め、全く同じ動きで此方をぐるりと首だけで振り向いた。
その首を遠慮なく水の刃で刎ね飛ばし、足許に落ちた首を蹴り飛ばす。
『聞こえなかったのか?出てこいって言ってんだ。
雑魚チマチマ送り込んでんな時間のムダ』
白虎と蒼龍を作り出し、屋台も人も全てぐちゃぐちゃにする。
石畳の参道を駆け抜け、襲い掛かる人間を切り捨てて、そして。
────全てが朱で統一された神社に辿り着いた。
此処だ。
親玉は此処に居る。
鉄扇を開き、水を引きずり出す。
水に紛れて出てきたさとるっちが肩に乗ってきて、そっと耳打ちをした
〈ショウコ チリョウ ジュンチョウ〉
『ありがと。引き続きよろしく』
〈ワカッタ!コウセン レンラク スル?〉
『……そうだね。硝子が負傷したって伝えて』
〈ワカッタ!〉
頷いたさとるっちを狙ったであろう呪力の塊を水で防ぐ。
だだだだだだだだだだだ!!と全方向から呪力を撃ち込まれ、水を球体状にして防御した。
何だこれマシンガンかよ。
これではさとるっちに気を割く余裕もない。彼を鉄扇に戻し、呪力の雨が止むのを待つ。
止んだ一瞬を見計らい、飛び出して神社の建物内に向かうべきだろう。先ほど賽銭箱の向こうから呪力が溢れ出しているのが見えた。
────呪力が、止んだ。
水の壁を解き、飛び出す。
砂利道を駆け、掠る程度の攻撃は避けず、そのまま直進。
真っ赤な賽銭箱を踏み越えて、低い軌道で奥に踏み込んだ。
最奥、此方に手を伸ばす餓鬼の様な呪霊に上空で作成した氷の牙を叩き付ける。
両腕を潰し、刀の様に氷の刃を纏わせた鉄扇で筋と血管の浮き出た首を刎ね飛ばした。
びしゃ、と紫の血を正面から被ってしまい、舌打ちする。
髪を掻き上げ息を吐く。
…呪霊の気配はない。この生得領域も直に崩れるだろうか。
呆気なかったが、大元は祓った。
今は一刻も早く、硝子の許に
────どすっ。
『は………?』
腹部から、滑った赤を纏う白銀が飛び出していた。
何かが胸から競り上がり、咳き込む。びちゃ、と足許に落ちたのは赤い液体だった。
「ご苦労様、もう役目は終わりだ」
────親友の、声がする。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
目を見開いて。
ゆっくりと、振り向いた先には
「眠りな、桜花刹那」
私の大好きな親友が。
硝子が、刀の柄をしっかりと握って微笑んでいた。
────随分呆気ないものだ。
感想なんてそんなもの。
目を見開いて動けない女に、今度は呪具を太股に突き刺してやった。
痛みに呻く桜花が水を動かす。だがそこで激痛に襲われたのだろう、水は支配が解け、床にびしゃりとぶちまけられた。
「痛い?それ、呪力を喰らうんだ。アンタみたいに呪力オバケを苦しめて殺すにはうってつけの呪具だよ。
呪力を使おうとすれば全身が焼け爛れる様な痛みに襲われる」
我が家に伝わる呪力喰いの苦無。
ありったけ持ってきたそれを仕掛けた装置を起動させ、無防備な女に突き刺した。
『ぐ………っ』
「随分頑丈だ。もう少し泣き叫べよ」
これでもかと全身に突き刺してやったのに、この女鳴きもしない。歯を食い縛って此方を睨むのみ。
ああ、つまらない。
こんなにつまらない女が、あんなにも弱かった女が、私の王子様を誑かしたというのか。
「お前らだろ?私の王子様を誑かした魔女は」
『…は……?王子様…?』
ぜえぜえと息を荒らげながら怪訝そうな顔をする女。腹立たしい、お前らが居るから、あの人は此方に辿り着けないというのに。
「五条悟。私の王子様……お前らが居るから、あの人は此方に辿り着けないんだ」
『………………は?』
「お前らを殺せば目が覚める。そうすれば、悟は私を見てくれる!!そう…そうよ!!アンタ達さえ死んでくれれば!!」
目が覚めた悟は優しい笑顔で私を呼んで、抱き締めてくれるのだ!!ああ!嗚呼!!
待っていて、もう直ぐ邪魔者は全て消せるから!!
『……なに、あんた。術式で硝子に化けてたの?』
桜花の言葉で気付く。
顔が────術式が、解けていた。
「ふふ、そうよ。私の術式は幻術。その人間になりきる事で、私は姿を変えられる」
────最初はこの校舎に入った瞬間に化けて、家入を殺すつもりだった。
でも何を察したのかこの女に邪魔されて、仕方無く先行した任務地は敵の生得領域。
ツイている、そう感じた。
生得領域に驚く家入を殴って気絶させ、呪骸を切り裂き、投げ捨てた。
勝手に磔にされたのは丁度良かったので放置して、呪霊が居るであろうこの神社に潜伏していたのだ。
「ねぇどんな気持ち?悪い魔女は火炙りにされるの。今から火を用意するわね?」
笑顔でそう宣言すれば、青紫の眼は嘲る様に細められた
『……なぁんだ。おまえ、雰囲気美人ってヤツ?』
「は、」
息が詰まった。
誰が?なに?この女、今何て言った?
固まる私を真っ直ぐに見据え、女はにんまりと笑った
『────良く見たら、大した事ねぇなって言ったんだよ。ブース♡』
「死ねぇ!!!!!!!!!!」
苦無を振り上げる。
女のにやけた面を裂いてやろうと翳した刃は、手甲に包まれた右手を貫いた。
根元まで深々と突き刺さったその手が、血塗れの手が、柄ごと私の手を包み込む。
『あは、つーかまーえた♡』
女は、にっこりと笑って────
『毛穴開いてんぞ、寝不足か?』
私の顔を、隠し持っていた苦無で真横に切り裂いた。
女が、床に伏せていた。
ぴくりともしない女を何度も踏みつけて、髪を掻き毟る。
「何て事を…私の顔に何て事を…!!!」
こんなにも美しく整った私の顔に、傷を付けるなんて…!!
殺す。殺してやる。
楽には殺さない。指先から順番に、呪霊の餌にしてやる。
持ってきていた鋸を握り、桜花に近付く。
まだ意識があったのか、女は私を見ると、吐息の様な笑みを溢した。
『…はは。あんたの煽り……こうかばつぐんじゃん、さとる……』
────女が。
女が、彼の名を口にした、瞬間。
桜しか居なかった筈の鉄扇に、梅が咲いた
ぶわり、視界を覆い尽くす様に赤と白の花弁が舞い乱れ咄嗟に顔を手で庇う。
強い梅の花の香りが鼻先を擽り、風が収まってきた。
手を降ろしながらゆっくりと目を開くと
「────呼ぶのが遅ぇんだよ、ばーか」
低い声がぽつりと落ちた。
目を見開く。
赤と白の梅の花弁が舞い落ちる中で、彼が────五条悟が、女を抱き起こす最中だったのだ
「助けに来たよ、刹那。泣いてる?」
悟におどけた声で問われ、女はうっすら開けていた目を閉じて、口許だけで笑みを作った
『……よわく…ないから………な、て…な……』
「……ウン。オマエは強いよ。よく頑張ったね、刹那。ゆっくりおやすみ」
優しく女を抱き締めて、悟が柔らかく微笑んだ。
何故そんな女にそんなに優しく振る舞うのだろうと考えて、気付いた。
……そうか、悟は魔女の死を悼んでいるのだ。
魔女が死んだ。魔女が死んだ!!
勝手に顔が喜色で染まる。なんという事だろう、とうとう私はやり遂げたのだ。
戦いの末、憎き魔女を二人とも討ち果たした。
そうであるならば、勇者に与えられるのはハッピーエンドだ。
「五条悟の権限を行使。しょうこっちを“放出”」
鉄扇からウサギの呪骸が次から次へと飛び出してきて、手を繋いだかと思えば女と悟を囲んで回り始めた。
学ランを脱ぎ、そこに女を寝かせた悟がぬいぐるみを跨いで此方に歩いてくる。
苦難を乗り越えた二人は、ハッピーエンドを迎えるのだ。
にっこりと笑みを浮かべ、両手を広げる。
そんな私を美しい蒼でじっと見下ろしたかと思うと────
めきょっ。
「────は、?」
妙な音が聞こえて、恐る恐る視線を落とす。
……右手が、まるで捻り切ろうとしたかの様に、ぐるぐると螺旋を描いていた。
認識した瞬間に襲い来る、痛み。堪らず絶叫した。
「ひ……う、うでがぁ!!なんで!?私のうでぇ!!!!」
「クソ猫、傑に連絡。刹那と犯人見付けた。此方来いって伝えて」
〈シカタネーナ!!〉
「可愛くねーな」
〈オマエ ヨリハ カワイイ!!〉
「は?????俺のがずっと可愛いし」
〈バカナノ????〉
「潰すぞ?????」
なんで???私がこんなに苦しんでいるのに、なんで悟はそんな呪骸と呑気に話してるの?
あまりの痛みに床に倒れ、のたうち回る私をただ静かに見下ろして、彼は言う
「硝子と刹那を苛めるのは楽しかった?オマエの術式で硝子に化ければ、このお人好しはオマエを攻撃出来ないし、硝子は体術からっきしなんだ。
二級とは言え実戦漬けの呪術師の不意打ちなんて対応出来ないに決まってる」
あーあ、やっぱ女だけで組ますとハエが沸くなぁ。俺か傑が付くべきだった。
悟がそう色のない声で呟くと、新たな低い声が空気を揺らした。
「悟、刹那は?」
「治療中。最初の一撃こそ深いけど、他は全部呪力で身体硬くしてたっぽいから命に別状はないよ」
「そうか。良かった…」
新たな声の持ち主…家入を抱えた夏油傑はそう言うと、徐に呪霊を引きずり出す。
そしてそれを身動きの取れない私の上に座らせた
「ひいっ!気持ち悪い!!なんなのよ!!」
「ソイツは乗せたらその場から動けなくする呪霊さ。影踏み、というものだね。
悟、一旦二人を高専に連れていこう。ソイツはその後で良いだろ?」
「ま、そうだな。さーて、帰るかねテディちゃん」
あっさりとそう言うと、悟は学ランでくるんで桜花を抱き上げた。
ねぇ、嘘でしょ?
まだ洗脳が解けていないと言うの?
何故その魔女を大事そうに抱えるの?
私でしょう?だって私がこの世界の主人公なのよ?それは魔女で、私が救うべきお姫様、なのに。
声を張る。
私を助けろと、それは魔女だと言い聞かせる。
そんな私を静かに見下ろして、彼は
「────あー、わり。猿の言葉ワカンネ」
そう、言い捨てた。
『────硝子っ!!!!』
噎せた。
叫んだ瞬間に喉がびとっと張り付いて、死にそうな程咳き込んだ。
飛び起きたままの体制で背を丸めて噎せていると、しゃっとカーテンレールが走る音がした。
「おはよー刹那。調子良さそうじゃん?死にかけのババアみてぇな声出してたねwwwwww」
『…ごじょうさとる……しね…』
「えーそんな事言っちゃう?折角気ィ遣って水持ってきたのに。悲しいから目の前でイッキするね?」
『ごめんなさい…ください…』
「声がwwwwwwババアwwwwwwwww」
爆笑する悟からペットボトルを受け取り、口を付ける。
お前これ何で飲みかけなの?半分飲んだ水くれるって何?飲むけど。
水を口にして一息ついた所で、右手側に置いてあった椅子に座った悟に目を向ける。
『硝子は?』
「無事だよ。何なら起きてオマエの治療したのアイツ」
『そっか。良かったぁ……』
頭から血を流し、目を閉じる硝子を見た時は生きた心地がしなかった。
…良かった。助けられて、良かった。
はぁ、と深く息を吐くとガン、とベッドを蹴られた。
犯人は脚長族。睨めばギラギラした蒼で睨め付けられた
「何かあったら呼べっつたろ?何で呼ばなかった」
『電話しようとしたよ。けど圏外だったし、さとるっちはやられちゃったし……あのさとるっちとすぐるっち大丈夫だった?治せた?』
「夜蛾センセのトコで入院中だよ。おい馬鹿、オマエが一番重傷だって自覚持てや。呪骸が何匹居ると思ってんだ。一匹減った所で痛くも痒くもねぇよ」
『いや可哀想じゃん、使い捨ては良くない。…重傷って言ってもあんまり覚えてないしな…痛みもこの程度なら平気だし』
此処までの怪我は久し振りだが、桜花ではもっと扱いが雑だったので問題はない。今も痛み止めが効いているみたいだし。
硝子に後でお礼と謝罪しなきゃな、そう考えていると、胸倉を掴み上げられた。
……犯人は脚長族。
掴んだと思えばベッドに押し倒され、傷に響いて息が詰まる。
痛みに呻いた私を見下ろして、悟は低い声で唸る様に囁いた。
…蒼が、炯々と輝いていて私を射抜く
「……オマエが俺に教えたんだぞ。オマエが死にかけたら、俺がどんな気持ちになるのか。
あの時は氷像一歩前で真っ白北海道の雪像ごっこ、今回は血だらけで全身からクナイ生やしてハリネズミごっこ。
…………毎回最初に見付ける俺の気持ち考えた事あんのか?あ?」
…………こっっっっっっっっっわ。
眼が。瞳孔かっ開きである。六眼もガン開き。
いや怖いわ。掴まれた病衣が耳許でギチギチ言っててとても怖い。破れそう。ゴリラかな。
「ごっこ遊びが好きなら幾らでも付き合ってやるよ。だから………だから、死ぬな」
声が泣きそうな程揺れたと思うと同時、ガンキマッていた表情もくしゃりと歪んだ。
えっ、泣くの?ごめん。ごめんね?いや私が泣きたいな?
思わず白い頬に手を伸ばす。
右手の甲に包帯が巻いてあって、そういえば苦無掴んだなと思い出した
「オマエ強いけど直ぐ死にかけるじゃん……もう離れんなよ…任務行くな…この一ヶ月は特に危ねぇから…」
『無茶をおっしゃる』
「もう毎回俺と一緒に行こ。硝子は傑と一緒。それか四人で一緒。そしたら安心安全。そうしよ?ね?」
『あのさぁ、私だってそんな毎日死にかけてる訳じゃないんだよ?そんなに弱い者扱いされると腹立つ』
目の前の泣きそうな男にそう言うと、奴は一瞬で表情をすとんと削ぎ落とした。
うわ、まだ怒ってるじゃん……
唐突な真顔にひえっと呟いた私は悪くない
「確かに弱くねぇよ?けど強くもねぇよな?だってオマエ俺らの誰かの顔した偽者殺せねぇもん。
俺は出来るよ。傑も出来る。硝子もメス持たしゃあ出来る。
でもオマエ俺らのガワ被られたら弱いじゃん」
『いや、でも偽者殺せるのが強さって訳じゃ……』
「硝子のガワ被った偽者に違和感あった癖に、ずっと攻撃出来なかったお人好しが何言ってんの?
オマエが死なずに済んだのは、単に敵が未熟で直ぐに解ける程度の幻術でしかなかったからだ」
『………すみませんでした』
全くもってその通りでしかない。
結局私は運が良かっただけなのだ。下手すれば、私どころか硝子も殺されてしまっていたかも知れない。
頭を下げる私を見て、悟は息を詰まらせた。
それから急に頭を掻き毟ったものだから、普通に情緒を心配した
「あ゙ー!!そうじゃねぇ!!違う!!」
『えっ。大丈夫……?』
アタマ大丈夫…???
悟が姿勢を正した。
怠いのでそのままじっと悟を見ると、改まった様子で私を呼んだ
「……刹那」
『はい』
「俺、怒ってる」
『そうだね』
六眼ガン開き瞳孔かっ開きモードだったもんね、わかるとも。
深く頷いた私に、眉間に皺を寄せた悟がポツポツと言葉を溢す
「…心配した」
『うん』
「心配した。目が覚めて、ババアみてぇな声出してて笑って、ああ、刹那が生きてて良かったって思った。
……でも、改めて包帯だらけのオマエを見たら、いらっとした。
…傷だらけで、一番重傷なのオマエなのに、硝子と壊れたって問題ねぇクソ猫とすぐるっちの心配するオマエにいらっとした」
『………うん』
「…なんで。
なんで、オマエはオマエを大事にしてやれねぇの?
俺、刹那が大事だよ。愛してる。何処も傷付いて欲しくないよ。
それなのに、オマエがオマエを蔑ろにするんだ。一番にしてくれねぇんだ。
大切なオマエを大事にしてくれねぇなら、俺はそれがオマエでも怒るよ」
…そうか。
悟は私が私を大事に出来ていないと思ったから、怒ったのか。そしてそれがちゃんと伝わっていないと感じたから、こうして説明をしてくれた。
心のままに、拙くとも言葉にしてくれた。
顔を顰めたままの悟にそっと手を伸ばす。
左手をそっと握ると、そのまま頬に導かれた。
此方を真っ直ぐに見つめる蒼が、不安そうにゆらゆらと揺れている。
『…ごめんね。私、自分を大事にするの苦手っぽい』
「……へたくそ」
『うん。…ごめんね、悟。助けてくれてありがとう』
「………うん」
『……悟』
「なぁに?」
どんな時だって返事が優しい事に気付いたのは、何時だったか。
真っ直ぐに突き刺さってくる愛情が、ほんの少し、怖くなくなったのは何時からか。
『……………私、ちゃんと帰ってきた』
「ウン」
不思議そうに相槌を打つ悟からそっと目を逸らす。
それからすっと、両手を広げた。
『……………………………はぐみー』
……………いやまってやっぱりむり。
訂正しようとして、視界が真っ黒になった。
ぎゅむっとされ、胸板に押し付けられているのを察する。
抱き返す前にがばっと離れたかと思えば、ふにゃっとした笑顔で五倍増しとろっとろの六眼と目が合った
「かわいい…びっくりした。かわいいな?
オマエ実はびっくりするぐらいかわいいな?え?え??かわいいね???
ちょっと待ってかわいすぎない?オマエどうなってる????
なんかキラキラしてない?なんで?俺の眼ラメ加工できんの?ボタンどこ?
え?えっ?そんなかわいいのどこに隠してた?
あれ、刹那ってかわいいって意味の言葉だっけ?辞書に載ってる?
えっ、かわいい。どうしようかわいい」
『語彙がとろっとろじゃん。脳味噌煮詰めた?』
「ねぇ心臓が溶けた。とけたよ。どうしようかわいい。かわいいねせつな。死ぬ。しにそう。俺死んじゃう?
…ん?刹那が可愛いと俺死ぬの?え?どうなってんの???生き物としてどういう生態なの????
俺だいじょうぶ?死んだ?溶けた?
にんげんってかわいいものみると溶ける…???」
『強いおくすり出しときますね』
急に心臓溶かしに来るじゃん……
刹那→呪術師の勘を信じるタイプ。
この度ハリネズミになった。
弱くはない筈なのにしょっちゅうボコられるかわいそうな子。
ちょっと甘えてみたら五条がバグってびっくり。
硝子→呪術師の勘を信じるタイプ。
親友の言う事なので好きにさせた。体術は弱い。
五条→心配だからこそ怒りたくなるという事を学んだ。
デレたテディが可愛くて語彙が溶けた。
刹那と硝子が狙われる魔の一ヶ月の原因。
因みに飛梅の発動条件:名前を呼ぶを刹那に伝えてないうっかりさん。
夏油→私はハンムラビ法典の教祖です(にっこり)
苧環→転生者
原作情報あり
術式:幻術
呪具:呪力を喰らう毒
二級呪術師
生まれ落ちて直ぐに記憶を取り戻したので、「これしぶで見たヤツー!!!」ってなった人。
五条が好きだし、見た目が転生者特典で整っていた為ちやほやされ、この世界を愛され逆ハーだと勘違いしてパンドラに手を出した。
君はやっぱり弱いから
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