斃れる事は
「良いかい、勝己。
何かを護りたいのなら、力がないといけないよ。
力もないのに口だけで正論を吐いたって、何も救えない。
自分の理想の戦い方に拘るのも、それで強いのならば結構。ただし勝てなきゃ意味がない。
良いかい、勝己。
刹那を護りたいのなら、ヒーローになりたいのなら────強くなるんだ。
悟の様な強さを目指すなら、その個性をもっと強化しなきゃいけない。
私の様な強さを目指すなら、ありとあらゆるものを手札として使える様になりなさい。
君はまだ成長途中。
力及ばず一人じゃ負けることもきっとある。
ただ、それでハイそうですかと負けるのはダメだ。
勝ちに拘るんだよ。
どんな道具を使っても良い。方法も問わない。敵を何人で倒そうが構わない。
勝ち方はどうでも良いよ。
ただ君は、君だけは、絶対に敗けを認めちゃいけない。
どんなに痛くても、見苦しくても、君だけは立ち上がらなきゃいけない。
だって君が
夏油の言葉を思い出す。
ヒーローを目指すなら、そして刹那を護るには、どうしたって強さは必要だった。
振るわれる黒腕を往なし、回避なんて知らねぇ敵の顔面に呪力を纏った拳を叩き付ける。
因みにコンクリートを砕くレベルで拳を強化しているのだが、敵に堪えた様子はなかった。
人間の鼻なら容易に折れただろうが、コイツの顔はのっぺりしているものだから、ダメージが入ったか判りにくい。まぁ良い、殴り殺せば良いだけの話だ。
掴みかかる敵の腕を爆破し、顔面にも個性を叩き込む。
────次の瞬間。
ガラ空きの脚が半分野郎の個性で凍り付き、先端に重りの付いたワイヤーが太い胴体に巻き付いた。
「いっくぜえええええ!!!!!」
「!」
お調子者の声がして、咄嗟に距離を取る。
見れば敵に絡み付いたワイヤーの先を金髪が握っていて、ばちり、と電気の爆ぜる音が聞こえた。
既に半分野郎達は避難している。
俺ももっとデカブツから離れた所で、金髪が高らかに叫んだ
「無差別放電!!130万ボルトオオオオオオオオ!!!!」
視界が一瞬で金色に塗り潰される。
顔の前に腕を翳して薄目を開けるが、光と雷撃の音以外は何も情報を拾えなかった。
無差別と宣った割に此方に被害がないのは、事前に巻き付けたワイヤーのお陰だろう。俺の話を聞いていたヤツが、ポニーテールにでも作らせたか。
軈て放電が終わり、視界に色が戻ってくる。
金髪のワイヤーが繋がった先、黒い敵は直立不動のまま、微動だにしなかった。
しゅうしゅうと煙を上げるソイツは、完全に沈黙している。
「や、やったのか…?」
「うぇーい…」
「ちょっと待て、上鳴がヤベェ!!」
後方に避難していたクソ髪としょうゆ顔とブドウ頭が、何故かとんでもなくアホな顔で親指を立てている金髪の回収に向かう。
ンだあのツラ、個性の反動か…?
……言い訳のしようもない。
その時俺は、確かに気を抜いていた。
残心という戦場に於いて当たり前の心得を、完全に忘れていたのだ
《カツキ !!!》
「!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた、次の瞬間。
────ごきゃっ。
『13号の傷、殆ど塞がった!あとはお願い!』
「判りました!」
『ありがとうしょうこっち、じゃあ私達は勝己のサポートに…』
ずっと13号の周りを走っていたしょうこっちが足を止めた。
こくりと頷いた彼女に礼を言いつつ立ち上がろうとして。
《カツキ !!!》
『……え?』
白猫から良く知る名前が叫ばれた直後、何かが壁にぶつかる様な大きな音。
そして砂埃が舞い上がったのが見えた。
聞き間違いだと思いたかった。けれどさとるっちの良く通る声は、確実に耳に馴染んだ三文字を紡いでいた。
「かっちゃん!!!」
出久が走り出す。
気付いたら私の脚も勝手に動いていて。
皆の声を振り切って、砂埃の方へ駆け寄っていた。
『勝己!!無事!?』
「かっちゃん!!」
頭部からぼたぼたと滴る、赤。
大きく罅割れた壁に寄り掛かる様にして動かない勝己に、全身から血の気が引くのを感じた。
隣にしゃがみ込み、そっと手を口許と首筋に運ぶ。
……よかった、生きてた。
頭からの出血を止める為しょうこっちに目を向けるのと、ばきりと大きな音が直ぐ後ろからしたのは同時だった。
振り向く前に、聞き慣れた優しい声が、勇ましく響く
「────SMASH!!!」
《せつなっち !》
さとるっちに呼ばれ、印を組む。
轟くんの個性だろう、みるみる脚が凍っていく敵に、出久が思い切り殴りかかった。
緑色の光を纏った拳を食らった敵は大きく揺れたものの、動きは止まらない。
丸太の様な腕を振り上げ、出久を払い退けようとする動きを無限が阻んだ。
『出久!腕は!?』
「大丈夫、折れてない!」
後退する彼の言葉に安堵して、印を解く。
改めて敵の姿を見て、ぞっとした。
あちこちが焼け焦げた巨躯。
胸元の黒い皮膚はべろんと捲れ、ピンク色の筋肉が覗いている。
特に腹部は上鳴くんから食らったダメージが酷いのか、皮膚どころか千切れた筋繊維がぶら下がっていた。
骨とぬめっとした何か…臓器だろうか。顔を覗かせるそれらに堪らず眉を寄せる。
私はマスクを着けているから平気だけど、血腥さが鼻を突いたか、出久は顔の下半分を手で覆った。
黒い顔も勝己に狙われていたからか、所々肉が裂け、血が滴っていた。
明らかに重傷、それなのに。
全く痛がっていないその様子が、何より────右耳のある辺りの肉が裂け、埋め込まれていただろう機械が覗く姿が。
〈ピー…ガガ、ガ……ろせ〉
「………なんだ、あれ」
〈ころ、せ〉
「おい緑谷、ソイツら連れて下がれ!」
《せつなっち ! ノマレルナ !!》
〈ころせころせころせころせころせコロセころせコロセコロセ────殺せ!!!!〉
通信機から漏れる無機質な言葉が、明確な殺意と憎悪を纏う。
ぎょろりとした眼が此方を捉え、目で追えない程に迅い一撃が、私と出久に向けられて────
黒い拳が、濃緑のグローブに受け止められていた。
「────よォ、久し振り」
唸る様な低い声。
不敵に笑うその姿に、涙が出る程安心してしまった。
はっとしたその時にはもう、世界は白一色だった。
正面にはにんまりと笑う白と、やれやれとばかりに苦く微笑む黒。
この反応からすると、俺の失態は筒抜けなんだろう。何も言えず下唇を突き出し佇む俺の頭を、エセ坊主がくしゃりと撫でた
「油断したね、勝己」
「………」
「咄嗟に呪力でガードしたのは良い判断だったよ。そうじゃなきゃ、まぁ即死だろうし」
大きな手が頭から離れた。
かと思えば、にんまりと笑ったクソ野郎が顔を覗き込んでくる
「ダメじゃん、弱い癖に油断しちゃ。
オマエの悪いトコはさ、途中まで完璧なのに、詰めが甘い所だよ。
今回の考え方は良かったよ?
自分一人で倒すのはしんどいから、周りを使う。うん、冷静に戦力を分析出来てた。前は勝てないって判ってても一人で戦おうとしただろ。そうしなくなった勝己は随分成長してる。
────でもさ、あの敵を確実に仕留めた根拠、なかったでしょ?
だって、オマエがあの敵を潰した訳じゃない。
知り合って間もない同級生の個性で撃っただけだ。あの子は130万ボルトって言ってたっけ?でもさ、正直そこまで出力上がってたかも疑わしいよね。
だってまだあの子の事知らないし。あの感じだと、ノリでその数字言ってる可能性だってあるよね?頭がショートする程の電力って言っても、結局計測しなきゃあの子のキャパも数値も判んないし。
それをオマエは馬鹿正直に信じて、ちょっと動かなくなった程度で倒したって油断した。
……ハイ、今ので反省するべき点は何でしょーかっ!?」
無機質な眼で淡々と説教しておきながら、唐突にテンションを上げてくるコイツは本当に嫌な性格をしている。
ぱん、とでけェ手を打ち鳴らしながら向けられた問いに、のろのろと口を動かした
「…アホ面を信用し過ぎた。あと警戒を解くべきじゃなかった」
「はーい七十五点!中途半端!!!」
ぶぶー!と腹立つ顔で言いやがった五条は、右の人差し指を揺らした。マジでムカつく
「あの時オマエがすべきだったのは、ただ一つ」
人差し指が曲がり、親指が立つ。
それが自らの首に向けられて、水平に動いた
「アイツの首を撥ねる。それだけ」
平然と告げられた言葉に、耳を疑った。
ただ、コイツらの対峙するものを思い出して、静かに首を振る
「……俺は、ヒーローだ。人は殺さねェ」
例えどれ程胸糞悪い敵でも、大量殺人鬼でも、ヒーローは命を奪ってはならない。
それをすれば、敵と同じになってしまうから。
拒否した俺を見下ろして、五条は一度目を瞬かせた。
「あはっ」
それから────ゲラゲラと、哄笑する
「あっはははははははははははははは!!!!!!!!!!」
「おやおや、そんな反応は勝己が可哀想だろう」
心底此方を馬鹿にする様な笑い声に、怒りが込み上げてくる。
ただ、エセ坊主が抑えろと言わんばかりに俺の頭を強く撫でるから、仕方無しに従うほかなかった。
軈て声が引くと、五条は酷く不思議そうな表情で、人形みたいにがくりと首を傾げた
「あー笑った。いやいや、アレが人間のワケがあるかよ。オマエ眼まで節穴なの?
────アレはさぁ、人形だよ。
思考を奪われて、人格なんて擂り潰されて。一つしか持てないスペックなのに、個性を外付けで植え込まれてる。
腸が飛び出たって時間が経てば治せるし、痛覚もない。多分、特定の人間の指示だけ聞くロボットとおんなじ」
「……人間じゃ、ねぇのか」
「肉体に魂魄が宿り、健全に繋がっているものを人間と呼ぶならね」
五条の言葉に目を伏せる。
確かに異形型の個性とも違う感じがした。
感覚は呪霊に近いとも考えた。
でもまさか、本当に人じゃないなんて誰が思うと言うのだろう。
俺をじっと見下ろしていた五条が、浅く息を落とした
「……此方でもさ、居たんだよ。
人間の脳を弄って、呪霊みたいな姿に変えて操る呪霊が」
「……その、やられたヤツらは」
「脳を弄られた時点でショック死してる。だから…殺す事でしか、救けてやれない」
あまりにも似た状況の黒い敵に、言葉を失った。
もし本当にそれしか方法がないならば……俺が、止めなきゃ。
だって相澤先生は居ない。宇宙服もやられたし、他に戦いに慣れているのは、俺しか居ない。
でも、俺に人だったものの首を撥ねられるのか。
殺すなんて言葉は、息する様に吐いている。
けれど勿論本当にやる気なんてなくて。
誰かに大切に育てられた事のあるかもしれない存在を。愛に包まれ、望まれて生きていたかもしれない存在を。
そんな人だったものの哀れな成れの果てを、救ける為とはいえ、俺は殺せるのか。
殺して救けて、血濡れたその手で俺はヒーローを目指せるのか。
爆破で黒い首を吹っ飛ばすイメージを描き、ぞっと背筋が冷えた所で、此方を見つめていた目隠しが口を開いた
「本来持ち得ないものを埋め込まれて、脳も弄られて、自我も殺されて、命令に従うしか出来ないものは……早く壊してやるのが、せめてもの情けだと、僕は思うよ」
その言葉はとても重くて。
何も言えず口を閉ざした俺の頭を、大きな手が撫でた
「勝己。悟はああ言うけれど、直ぐに首を撥ねる必要はないと思うよ」
「…どういうこった」
「アイツの耳の部分にね、通信用の機械が埋め込んであるみたいなんだ。そこからずっと、殺せって音声が流れてる。
もし悟の言う通り特定の人間の指示だけ聞くロボットなら、先ずは命令を出す機械を壊してからでも、遅くないんじゃないか?」
夏油の言葉に、詰まりそうだった息を漸く吐き出せた。
…もしそうなら、良い。
本当は、命など奪いたくはないから。
ぽん、と肩に手が乗せられる。
そちらを見れば、五条が目を細めていた
「オマエは肝心なトコで詰めが甘いへっぽこ術師だけど、あんな人形にやられる程温い鍛え方はしてないよ。
ちゃんと、ブッ飛ばしてきな」
「へっぽこ言うな!!!」
「えー?呪力纏うのもまともに出来なかったポンコツでしょ?あ、へっぽことポンコツ坊主と口だけ将軍、どれが良い?」
「クソ敵の前にてめェをブッ殺してやろうか、あ゙ぁ゙!?!?!?」
「どうどう、その煽り耐性ゼロどうにかしな。そんな所を悟に寄せてどうするんだい」
「────はぁ??????
傑の方が煽り耐性ねぇじゃん。なに?その糸目とうとう自分の事もちゃんと見えなくなった?爪楊枝でかっ開いてやろうか?」
「安心しろよ、お前よりはちゃんと、はっきり、見えてるから。
そんなのも判らないなんて、その無駄に大きな目はやっぱりガラスのハリボテなんじゃない?今すぐ竹串でほじくり出してあげようか?」
「「……………あ゙???」」
「人挟んで喧嘩してンじゃねぇぞクソ共!!!!!!」
俺を間に挟んでガンを飛ばし始めたデカブツ二人を押し退ける。
舌打ちをして視線を切ると、にっこりと夏油は微笑んで、俺の頭を撫でた
「戦い方は悪くないよ。ただ、言っただろう?
君にあげた游雲、アレは君に合う様にカスタマイズしてある。今の勝己の助けになる筈だよ」
「あ?それって…」
「まぁ、騙されたと思って使いな。損はさせないから」
くすりと悪戯っぽく笑って、エセ坊主が手を離した。
ゆらり、視界が揺らぎ、毎晩の夢の終わりと同じだと気付く。
「頑張って」
ひらりと手を振る夏油の隣で
「あ、今オマエがみっともなく死んだら、爆笑したあとに呪霊にして刹那の影に棲ませるからねー」
クソがちっとも笑えねぇジョークをかましてきた。
文句を言う前に世界が瓦解して、浮上する。
ぱち、と目を開けて、即座に周囲に視線を走らせた。
俺は何分寝てた?
敵は?刹那は何処に居る?
前方に高く結い上げた黒髪を見付けた。
隣に体操着のクソと、二人の前に立つ黒い影を認識。それと同時に身体が反射で動いていた。
「────よォ、久し振り」
呪力を纏い、刹那を狙っていた拳を受け止める。
空いていた手をガラ空きの腹に向け、爆破で吹っ飛ばした。
「うし、怪我ねぇな」
『か、勝己!血!』
「問題ねェ、慣れてる」
刹那を上から下まで見て、傷がない事を確認した。その目尻に溜まった涙をグローブの先で慎重に払い、視線を移す。
細い肩に乗ってにんまりと笑う猫は、さっきまで俺がどうなっていたのか知っているんだろう
「さとる、刹那任せた」
《オマカセ アレ !
せつなっち イズク サガル ヨ !》
『…判った!下がるよ出久!!』
「せっちゃん!?」
最優先は自分の身の安全。それを覚えていたんだろう刹那が、デクの腕を引いて走り出した。
かと思えば、アイツは急に首だけで振り向いた
『勝己!!怪我は最低限ね!!!』
此方を見つめて放たれた言葉に、思わず笑ってしまった。
「はは、わーった」
怪我するな、ではなく最低限。
俺の事を良く判っている声援に目を細め、アイマスクの上からだらだらと流れる血を腕で拭った。
「かっちゃん!アイツ攻撃が全然通じなくて…」
「うるせぇぞクソナード!てめェとこの俺を一緒にすんな!!!」
デクに反射で怒鳴り、腰のポーチを開けた。
中から三節棍を引っ張り出して、構える。
────その瞬間、目の前に黒い巨体が音もなく現れ、防御体制を取った。
体格差の所為で真上から拳を叩き込まれ、重圧に耐えきれなくなった地面が蜘蛛の巣状に亀裂を走らせる。
呪力で強化した身に問題は無し。
言い付け通り遠ざかるデクと刹那の声に浅く息を吐き────それから口角を吊り上げた
「人形ってよォ、危機察知能力ってどうなってンだろうな?」
呪力を漲らせた游雲に、個性を発動する。
瞬く間に深紅の身を燃え上がらせた三節棍。本来であれば、上がり過ぎた威力に俺の腕は吹き飛んでいるだろうが、何もフィードバックはなかった。
これが、俺に合わせてあるという意味なんだろう。
一際強い爆破が撃ち合う拳目掛けて放たれると、大柄な身体が仰け反った。
ばぁん!と吹き飛んだ腕の残像を追う事なく、目の前の脅威に棍を叩き込む。
「派手にブッ飛べ!!!」
最大火力を游雲に流し込む。
呪力という燃料をたっぷりと搭載していたソイツは、視界一面を一瞬で埋め尽くす爆炎を放った。
巻き起こる暴風にあちこちから悲鳴が上がる。
素早く游雲を引き戻し、その場から飛び退いた。
先程の様な無様な真似は晒さねぇ。低く腰を落としたまま気配のする方を見据えていれば────煙の中で、影が動いた
「ッ゙!!!!!」
咄嗟に頭を左に傾ける。
刹那、今まで頭があった場所を黒い拳が撃ち抜いていた。
確かに攻撃を避けはした、が。
「風圧で血ィ出るとかふざけてンな…!」
ぱっと、蟀谷から血が舞った。
大きく切れたアイマスクを毟り取り、のっぺりとした顔面に投げ付ける。
爆破を模した飾りが刺さる前に手で払い除けた敵の目の前で、小規模の爆発を起こした。
そのまま、飛び越え様に三節棍で右側頭部を爆破する。
黒い肉が焼け焦げ、露出した部分に機械が埋め込んであるのが見えた。
「────ソイツか」
にいっと口角を吊り上げる。
みちみちと肉が蠢き傷を覆っていく中で、棍をもう一度横っ面に叩き付けた。
爆破するのと同時、腹にクソ重い拳が入った。
吹っ飛ばされ、喉の奥から鉄臭いものが競り上がってくる。それを吐き捨て、着地と同時に地を蹴った。
肉薄。
大きく引いた敵の腕が、殴られる際に突き立てたクナイの起爆札で吹っ飛ぶ。
ぐらりと体制を崩した敵の腹部を棍で打ち据えながら、耳の辺りを確認する。
見た所煙が上がってはいるが、耳障りな殺せコールは健在だった。頭だからと加減したが、これなら本気でブッ放さねぇと止まらねぇ気がする。
脚に呪力を込め、強く腹を蹴る。
棍での打撃の駄目押しで骨を折るつもりだったが、恐らく大したダメージは入っちゃいない。やはり物理特化なんだろう。
その場で蜻蛉返り、再生しながら掴み掛かる手を打ち払う前に────ぴたりと。
骨と筋繊維が剥き出しの腕は、まるで見えざる何かに阻まれているかの様に、動きを止めた。
はっと目を向けた先、菫青が強い光で俺を見つめていた
『勝己!!!』
《ブットバセ !!》
「────ナイスアシスト」
にいっと口角が上がる。
呪力を内包した深紅が、剥き出しの機械に触れる
「死ねぇ!!!!!!!」
腹の底から出した怒号と共に、爆炎が咆哮した。
勝己のサポートなんて、正直何をすれば良いのか判らなかった。
だって勝己は、昔から何だって出来た。
運動も勉強も、料理だって上手。
私にとっての勝己はヒーローで。オールマイトと同じくらい、負ける姿なんて想像出来ない強い人で。
…そんな勝己が今、血塗れで立っている事が、信じられないものを見ている気分だった。
それ至近距離で食らったら死ぬのでは?というレベルの爆破を敵に放ち、勝己は乱暴に流れる血を拭った。
煙が晴れると、ぬっと佇む大柄な影が現れた。
右側頭部の機械は爆破により破壊され、千切れた配線をぶら下げている。
黒い敵は、俯いたままでぴくりともしなくなっていた
『…勝己が、勝った…?』
《タイショウ カンゼン ニ チンモク
せつなっち カツキ ノ チリョウ !》
『……うん!』
敵に向き合ったままの勝己に駆け寄る。
足音で此方に向けられた紅い目は、私とさとるっちを捉えると、ゆるりと細められた
「……怪我、してねェか」
『無傷だよ。勝己が護ってくれたから』
「そりゃ、よかった…」
『勝己!!』
ぐらり、と身体が傾いだ。
慌てて受け止めるも、細身に見えて勝己はしっかり鍛えている。その重さにたたらを踏んだ時、背中をそっと押してくれる手が現れた
「せっちゃん、大丈夫?」
『出久。ありがとう』
振り向いた先に居たのは優しい幼馴染。
出久の手を借りつつ、勝己を13号の傍に寝かせた。
しょうこっちが直ぐ様走り出す
『勝己の治療は任せて』
「うん。…相澤先生はどうなったんだろう」
「おーい、コイツ適当に縛ってくっ付けとくぞー!!」
「俺も手伝うぜ!!行くぞ峰田!」
「ああああああああああオイラなんでこんな便利な個性なんだよおおおおおおおお!!!!」
瀬呂くんと、大泣きしている峰田くんが個性を使って敵を拘束していくのを眺めながら、ハンカチで勝己の頬をそっと拭った。
目を閉じている彼は、ちょっとやそっとの刺激じゃ起きそうにない。
目にかかる白金を優しく指で払い、隣で思案する出久を見た
『…正直、あの黒い敵と戦ってたら、先生一人じゃキツそう』
「やっぱりそう思う?僕らが此方に来て、もう二十分は経つ。一度先生を探しに行った方が…」
出久の意見に否を唱えたのは、傍で警戒担当をしてくれていた耳郎さんと梅雨ちゃん、そして麗日さんだった
「でも緑谷、さっきの見たでしょ?ウチらの中で一番戦闘慣れしてそうな爆豪だって、こんなになってやっと勝てたレベルなんだよ。
…悔しいけど、今のウチらが行ったって、先生の邪魔になるんじゃないかな…」
「ケロ、私もそう思うわ。先生の最優先事項は、生徒を無事に逃がす事だと思うの。
そうならば、身体を張って逃がしてくれた先生の為にも、私達は勝手な行動を取るべきではないわ」
「……確かに相澤先生の事気になるけど、私も中に戻るのはあかんと思うんよ…」
『飯田くんが救援呼んでくれてるし、連絡も付いてる。救援ももうすぐ着くかも。
…私達は此処で待機するのがベストじゃないかな』
「………そう、だよね」
私達の言葉を聞いた出久が視線を下げた。
誰もが口を閉ざした、その時
「────こんな所に居たのか、生徒諸君」
低い、ざらついた声が鼓膜を撫でた。
同時に建物の扉が軋んだ音を立てて開かれ、現れたのは、掌を顔に取り付けた男だった。
その背後には、先程勝己が沈黙させた敵にそっくりな影も立っていて。そいつは黒いものを両手に一つずつ、引き摺っていた。
左手には瀬呂くんのテープをあちこちにくっ付けた、靄の敵。
右手で無造作に引き摺っているのは、長い黒髪の────
「相澤先生!!!」
隣に居た緑の髪を止める手は、間に合わなかった。
出久が腕に鮮やかな緑色の閃光を纏いながら、真っ直ぐに黒い敵に向かう。
「SMASH!!!!」
「脳無」
脳無。
それが名前だろうか。呼ばれたそいつが出久の拳を軽く受け止めた。
「SMASHね…君、オールマイトのフォロワー?」
『出久!!!』
《ムボウ スギル !》
少し離れた場所から轟くんが個性を使おうとしているのが見えた。
ぽん、と軽い音がして、飛び出してきたすぐるっちが脳無に向かう。
出久と、掌の敵が目を合わせた。
その青ざめた仮面の奥の目が、残虐に細められた、瞬間
「────私が、来た!!!」
背後から、ビリビリと全身を震わせる声が響いた。
その場に居る全員が硬直した隙を見逃さず、すぐるっちが脳無の腕を蹴っ飛ばした。
そのまま出久をひっ掴み、此方に投げる。
「おわっ!?」
「緑谷ちゃん!」
梅雨ちゃんが素早く舌を伸ばし、出久を捕まえた。
次に小さな影はもう片方の腕を強襲し、相澤先生をも奪還した。
その小さな身体の何処にそんな力があるのか、すぐるっちには随分大きな成人男性の身体を、まるで飛ぶ様に運んできてしまった。
……因みにすぐるっちの一連の行動は、勝己がダウンしている今、私にしか見えていない。
なので、全員が呆気に取られていた
「………は?」
「いや…え?先生、飛んでた?」
「デクくん、投げられたの?」
「投げ…あ、そうか!」
そこで気付いてくれたのは幼馴染である出久だ。
此方を見てぱっと表情を明るくさせると、皆に向けて笑みを浮かべた
「せっちゃんの個性だから大丈夫!」
「刹那ちゃんの個性なの?」
『うん、そう。…相澤先生も治すってなると防御とか出来なくなっちゃうから、警戒宜しくね梅雨ちゃん』
「ええ、任せて」
ふわりと微笑んでくれた梅雨ちゃんに笑みを返し、相澤先生もしょうこっちの回復範囲に入れる。
ずん、と全身に倦怠感が纏わり付くが、ぎゅっと掌を握り込んで耐えた。
これで治療は三人目だ。おまけに重傷者ばかり。
正直あまり使った事のないしょうこっちが、此処まで順調に治療出来ている事自体嬉しい誤算だけれど、それでもそろそろキツい。
肩に乗るさとるっちが、そっと身を擦り寄せてくる
《せつなっち ダイジョウブ ?》
『大丈夫』
ぶっちゃけ大丈夫じゃないけれど、私しか治せる個性持ちは居ないのだ。なら、MPタンクである私に出来るのは、どんなにしんどくても倒れない事のみ。
勝己は肋が三本、それと頭部の裂傷。
相澤先生は両腕粉砕骨折と顔面骨折、眼窩低骨が粉々。
しょうこっちが脳内に流してくれたんだろう情報に、ぎゅっと勝己の手を握る
「刹那ちゃん、相澤先生は…」
『…頭部のダメージが深刻だから、そっち最優先かな。命に別状はないけど、このままだと目に後遺症が残る』
「そんな…」
『……しょうこっち、出力上げられる?』
走る彼女に問い掛ければ、こくりと頷かれた。
それにありがとうと返すと、脱力感が大きくなる
《シュツリョク ジョウショウ
コレ イジョウ ノ ジョウショウ ハ キケン》
『ん』
さとるっちの忠告に頷いて、相澤先生の血を拭った。
先生は内部の損傷を先に治療しているから見た目には判らないけれど、勝己の額の傷は塞がるスピードが先程より上がっている。
それに気付いた麗日さんが凄いと呟いた
「爆豪くんの傷、治るの速くなってる…」
「白露、顔色悪いよ。大丈夫?」
「刹那ちゃん、無理は…」
『大丈夫。私がやんなきゃ』
ぽた、と汗が顎を伝って落ちた。
勝己はあの脳無を倒してくれた。しょうこっちも頑張ってくれている。オールマイトも脳無と戦闘を始めた。
それなら此処は、私の踏ん張り時だ。
「“無効”でなく“吸収”ならば!!限度があるんじゃないか!?私対策!?
私の100%を耐えるなら!!更に上から捩じ伏せよう!!
ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!敵よ、こんな言葉を知ってるか!!?」
ぶわりと空気が変わり、思わず其方に目を向けると、オールマイトが脳無と殴り合いを始めていた。
次第に黒の拳は圧されていき、遂に大きく上へと弾かれる。
強く握り込んだ拳が、ガラ空きの胴体に放たれた
「────
「怪我人は!?」
『この三人です』
あれから直ぐに教師陣が救援としてやって来た事で、敵は撤退した。
救急隊員に三人を引き渡し、救急車に移送されたのを見送った所で、私の意識は途絶えた
「せっちゃん!?」
「刹那ちゃん!」
伸ばす手は二本だけ
刹那→しょうこっちフル活用。
しょうこっちの精度が高いのは、毎晩死にそうな程痛め付けられてる幼馴染のお陰。
爆豪→游雲フル活用。
これで游雲による呪力ブッパが出来る様になった。
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