闇が過ぎれば


ゆっくりと目を開ける。
視界いっぱいに広がったのは見覚えのない天井で、俺は即座に呪力を漲らせた。
白いカーテンで囲われている事、それから自身の寝かされているパイプベッドからすると、保健室か病院か。


……何処にも痛みはねぇ。
これをやったのは医者か、それとも。


周囲を確認してから呪力を静める。
身を起こした所で、カーテンが静かに開けられた。


「おや、起きたのかい」


「………ばぁさん」


「リカバリーガールと呼びな!」


小柄なヒーローはすかさず訂正を入れてきたが、心底どうでも良い。


「敵はどうなった。あと刹那…白露刹那は?」


「おや、誰が治してくれたか見当付いてたんだね。その子なら隣のベッドで寝てるよ。
恐らくは個性の使い過ぎだろう」


隣の仕切りを押し退ける。
シャッとカーテンレールが高く鳴いて、ベッドの上で目を閉じる刹那の姿を捉えた。


「コラ!女の寝顔を覗くモンじゃないよ!」


「問題ねぇ、何時も見とる」


「問題しかないよ!!!!」


普段より更に白い頬にそっと手を伸ばした。
体温が下がっている事に気付き、顔の傍で丸くなっている白猫に目を向ける


「猫、刹那の容態は」


《ジュリョク ギレ
ネレバ ナオルヨ》


「…そうか。あとは俺が見とく。お前も休め」


《アリガト》


ぬいぐるみに疲労という概念があるかは知らんが、一応声を掛けておいた。
するとやはり疲れていたのか、頭を撫でられた猫は素直に姿を消した。
一番レベルの高いさとるでさえこうなのだ、今日酷使されただろうしょうこは死んでるんじゃないだろうか。
クマのあるウサギのぬいぐるみを脳裏にぼんやりと浮かべていれば、背後から不思議そうな声がする


「…アンタ、この子の個性が見えるのかい?」


「ガキの頃から見えとる」


一瞬の間を挟み、嗄れた声がした


「…そうかい。環境に恵まれたんだね、その子は」


ばぁさんには猫達は視えねぇんだろう。
当然だ、アイツらは俺にしか視えない。この世で呪力を持つのは、俺達二人だけなのだから。


















目が覚めると自分の部屋だったのだが、これはどういう事なのか。
ぱちぱちと瞬きをして、私は重たい身体を起こした。


『…さとるっち?』


「アイツなら休んでんぞ」


『びっっっっっくりした…』


「あ?」


見慣れた白い毛玉が居ない事に気付いて声を出したが、応えたのは別の声だった。
そこでベッドに凭れ、テーブルランプの明かりで読書をしていたらしい勝己に気付く。
…この男、最近本当に気配がない。やっぱり忍者になりたいんだろうか。
此方を見上げる淡い金髪を真上から覗き込み、タンクトップの腕に包帯がない事を確認する


『…怪我は?』


「お前のお陰で無傷だ。あんがとな」


『どういたしまして。しょうこっちにも言ってあげてね』


「おー。お前の方こそ具合どうよ」


『怠いだけかな』


「ん。邑子さん達に起きたって言ってくるから、キツかったら横になっとけ」


『ありがとう』


本をローテーブルに置いて、そのまま大きな手が私の前髪を整える様に触れた。足音もなく白金が部屋を出る。
開けられたままの扉から、照明の明かりが漏れているのをぼんやりと眺めた。


……そういえば、独りになるのって何時ぶりだっけ。


さとるっちは何時だって傍に居てくれたから、私が誰とも居ない事って、実は個性発現以降はないのだ。
トイレだってさとるっちは外で待ってたし。
ゆっくりと、静寂の満ちた部屋で瞬きする。
…そっか。
誰も居ないって、こんなに静かなんだな。


『さとるっち、すぐるっち、しょうこっち。
今日は沢山頑張ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね』


胸に手を当て、そっと呟く。
返事は返ってこなかったけれど、それで良かった。
ばたばたと慌ただしい音が部屋に近付いてきて、其方に目を向ける。


「刹那!ほんと心配したんだから!!」


「姉ちゃん!!!」


『おはよう二人とも。心配させちゃってごめんね』


部屋に飛び込んできたお母さんと優輝に抱き締められ、笑みが零れた。
ぱちりと明かりを付けたのはお父さん。勝己と共に並んで、苦笑している


「刹那、無事で良かったよ。色々頑張ったんだね」


『おはようお父さん。うん、さとるっち達も頑張ってくれた』


「姉ちゃんほんっと心配した!!!起きて良かった!!!」


『ごめんね優輝』


「痛い所はない?お腹空いてない?飲み物取ってこようか?」


『ふふ、大丈夫だよ。ありがとお母さん』


私のほっぺを挟んで此方を見つめるお母さんに、擽ったい気持ちになって笑ってしまう。
しがみつく弟の頭を撫でてやりつつ、視界に入った勝己を見てふと言葉が浮かんだ


『そうだ。勝己、ちゃんとママさんに怪我したって伝えた?』


「あ?…治ってンだから言う必要ねぇだろ」


「は!?勝己くん怪我してるの!?どこ!?」


「してねーですが!?!?!?」


私の言葉を聞くなり勝己の頬を挟んでぶんぶんするお母さんに、思わず笑ってしまった。
目を吊り上げた癖に抵抗しない勝己を見て、お父さんも口許を隠している


「ふふ。母さん、勝己くんの首が捥げるよ」


「だって!この子直ぐ痩せ我慢するから!!」


「痩せ我慢なんざしてねぇ!もう刹那に治して貰っとる!!」


「本当ね!?腹パンしても痛くないのね!?」


『腹パンはやめてあげてwwww』


何処の世界に無傷か確認する為に腹パンするお隣さんが居るのか。
苦笑いしつつ止めれば、漸くお母さんが勝己を離した


「刹那、お母さんお粥持ってくるからね。勝己くん、刹那を見てて貰える?」


「ン」


「じゃあ俺も戻ろうかな。優輝、降りるよ」


「えー…」


「お姉ちゃんは疲れてるから、今日はゆっくりさせてあげなさい」


『ごめんね優輝。お父さん、ありがとう』


「うん。勝己くん、宜しくね」


「っす」


お母さん達が手を振って部屋を出ていき、壁に凭れていた勝己が残った。
ベッドに腰掛けると、大きな手を此方に伸ばしてくる。


「熱はねぇな」


『うん』


おでこに触れた手がそっと前髪を整え、そのまま頬に滑った。
温かい掌に目を閉じると、ふっと笑われる


「なに擦り付いてンだ」


『温かくて気持ちいい』


「猫かよ」


『にゃー』


「もう少し心込めて鳴けや」


『注文が多いな』


くつくつと笑う勝己に頬を両手で包まれた。そのままもにもにとマッサージされ、また気持ち良さに目を閉じる。
頬に触っている間も低い声は笑っているから、よっぽど機嫌が良いんだろう


「…目ェ覚めて良かった」


『ごめんね、心配掛けちゃった?』


「そりゃあな。ウサギの使い過ぎでブッ倒れんの初めてだろ」


『うん。あんなに治療出来た事に驚いた』


13号に相澤先生、そして勝己の治療。一気に複数の治療なんて初めてだった。
おまけに相澤先生は重傷。重傷まではいかずとも、13号と勝己も決して軽い怪我じゃなかった。
それをきっちり治してくれたのだから、しょうこっちは本当に凄い。


『勝己が無傷で良かった』


「…次は此処まで完璧に治さんで良い。ヒーラーがホイホイ倒れちゃ困ンだよ」


『ふふ。次は倒れない様に頑張る』


拗ねた様な表情で落とされた心配の言葉に、思わず笑みが零れた。
ちらと此方を紅い目が見て、更に口が尖る。
その顔が可愛くて、もっと笑ってしまった私は悪くない。

















夜。
ベッドの上で寝返りを打ちながら、私は目を開けた。
スマホで時間を確認するも、大して針は進んでいない。
枕元に手を伸ばすも、何時もの柔らかな白は居なくて。
静まり返った部屋の中、壁掛け時計の音だけが部屋に響く。
なんだかそわそわして、落ち着かない。部屋の暗がりから、あの黒い敵が出てくるんじゃないかなんて考えて、目を閉じるのが怖い。
遂には転がっている事さえも難しくなり、溜め息。
身を起こすのと同時────窓が、がらりと音を立てた。


『!?!?!?!?』


冗談抜きで身体が数cm浮いた。
え?敵?強盗?
待ってさとるっち達が居ない私とかただのモヤシでは???
早鐘を打つ心臓を宥める事もままならないまま、枕元のスマホを手に取った。
取り敢えず、勝己に連絡を………


「…やっぱり眠れねぇンか」


カーテンの向こうから聞こえたのは、落ち着いた低い声。
次いで現れたのは、見慣れた白金の髪だった。


『……勝己、なんで』


「お前に呼ばれてる気がした」


…確かにたった今呼ぼうとしたけども。
勝己を強盗と間違ったのがちょっと恥ずかしくて、その上この歳になって一人で眠れないのがバレているのも居たたまれなくて、口を噤んだ。
そんな此方に配慮などせず、黒いシャツの影がベッドに潜り込む。大きな手が身を起こしたばかりの私を再び横にした。
鍛えられた腕の中に抱え込むと、紅い瞳が静かに此方を見下ろしてくる


「良し、寝ンぞ。臨時休校だろうが怠けて良い理由にゃならねェ」


『……一緒に寝てくれるの?』


「これでその気がねぇとか頭可笑しいだろ」


笑いながら大きな手が髪を撫でた。
その手が後頭部を柔く包んだまま動かなくなって、私も勝己の背中に腕を回す。
そこで改めてびっくりした


『勝己、腰細い…え、キュッとしてんね…?』


勝己が着痩せするタイプだとは知っていたけれど、こんなに腰が細いとは思っていなかった。
抱き付きにいく時も基本肩甲骨の辺りなので、あまり腰に触れていなかったのだ。
てっきり腰回りもガチガチなのかと思っていた


「今の所は爆破に耐えられる程度の筋肉しか付けてねぇんだよ。あと純粋に、無駄な筋肉は飛行の邪魔」


『そっか、勝己ってパワーよりスピード型なんだっけ』


「最速で最大の一撃食らわしゃ負けねぇだろ」


『なにそれ最強じゃん』


「はは、馬鹿みてぇな返事するじゃん」


『は??????』


腰に回した手で括れをぶん殴った。
ただダメージがちっとも入ってなさそうな辺り、この男はナチュラルゴリラな気がする。
そして私の手だけが痛みを覚えた。解せぬ。


『…ていうか、勝己って私より胸あるよね…』


「胸筋だ。脂肪の塊と一緒にすんな」


『いやこんなに柔らかいなら胸じゃん…』


「そりゃ力抜いてりゃ柔けぇだろ」


『鶏のむね肉みたいな?』


「うん」


『力入れて』


「ン」


『おー…』


ふんわりしていた胸元が、ぐっと力を込められた事で硬くなった。
そこにぽふぽふと顔を埋めて遊んでいれば、もう寝ろとばかりに頭を抱き込まれる。
甘い香りに包まれ、目を閉じた。


『…ありがとう、勝己』


「どーいたしまして。…おやすみ」


『おやすみ』


一人じゃない。
私を包む香りと温もりに、緊張していた意識はあっという間に落ちていった。

















「────随分甘ったれに育っちゃってまぁ。
やっぱアレか?三百六十五日クソ猫出ずっぱも良くないのかね?
でも寝てる時になんかあったら危ないし、緊急時はアイツが危険を知らせる役割持ってるから、簡単に引っ込めらんないし。
とは言え、確実に自分を護ってくれる存在が来るまで緊張状態で居られたのは及第点かな。術式を使えない刹那とか、生後三日の子猫だし。


…ま、いっか!


どーせ僕のじゃないし!あんな風に育てた勝己が責任取れば無問題!
ちゃんと死ぬまで面倒見てあげなよ?」


「たりめーだ、十八になったら籍入れる」


おちょくってくる目隠しにそう返せば、お馴染みの三馬鹿がぴたりと動きを止めた


「え、マジで?」


「おう。そもそも恋人程度じゃ、緊急時の手術の同意書とか手ェ出せねンだよ。
緊急連絡先に登録してても、家族優先で連絡来ねぇ可能性あるしな」


それは中学生の頃、刹那がハマっていたドラマを観て決めた事だ。
とあるヒーローの半生を映像化したそれは、主人公が生死を彷徨う怪我を負うシーンがある。その時恋人は家族でもない為連絡は来ず、また手術の同意書も、彼女ではどうする事も出来なかった。


全ては、彼女が法的に他人だから。


結局遠方に住む家族の到着を待たねばならず、手術は大幅に遅れた。彼女は無力感に苛まれ、精神を病んでしまった。
共に観ていた刹那は呑気に『彼女さんかわいそー』なんて呟いていたが、俺はハッとさせられたのだ。
勿論知識としてそれを知ってはいた。
ただ、自分の身に置き換えられていなかった


これから俺達がプロになれば、勿論怪我もするだろう。
そして万が一、刹那が生死を彷徨う大怪我を負ったとして。
一分一秒が生死を分けるその瞬間に、俺が家族じゃないから、なんて理由でアイツを救けられなかったら。


そこまで考えて、俺は決めたのだ


「人伝にアイツが死にかけとるとか聞きたくもねぇし、秒を争う事態を紙切れ一枚如きで阻まれるなんざ死ぬ程癪だ。
だから、俺が結婚出来る歳になったら籍入れる」


結婚式とか新婚旅行とかは後になっちまうかも知れねぇけど、刹那との結婚は、中学の頃から俺の人生設計に組み込んであった。
勿論俺が傍に居る限り、アイツに怪我をさせるつもりなんぞない。


ただ、ヒーローというのはいつ何が起きるか判らねぇ職業だから。


万が一の可能性も潰しておきたい。アイツが死ぬかもなんて、考えなくて済む様にしたい。
俺の言葉を聞いたクマ女が、毛先を指に巻き付けながら言う


「ていうか、刹那はそれ知ってんの?」


「多分知らねぇ」


今度はエセ坊主が口を開いた


「…というか、あの子と勝己は付き合ってるのか?」


「これからもずっと一緒に居んのに、オトモダチとかコイビトとかって名前は必要か?」


何となく判るけど、刹那も将来は俺と結婚するんだろうな、みたいな事ぼんやり考えてンぞ。
だってアイツの付き合う大前提は、猫達が視える事。
この世界で呪力を持っているのは俺しか居ないんだから、俺が相手になるのは当然と言える。
故に、無意識でも俺が将来の恋人像になっているのは当たり前だった。
刹那の恋人の条件は、猫達が視えた上で、優しくて強い男である。それもう俺だろ。
……ただ、そこでえー、と声を上げるのが目隠しだ


「刹那の意思って大事じゃない?
知ってる?結婚って双方の同意があって出来る契約なんだよ?
オマエの人生設計がそう上手くいくとも思えないけどねぇ」


「十八になった途端に付き合ってもない癖に婚姻届取ってきたクズがなんか言ってんな」


「えっ、悟それは引く」


「うるせぇそもそもオマエが離反なんかしやがったから結局婚姻届も刹那に渡せなかったし刹那は目の前で死んだし俺は死ぬまで独り身でしたけど何か??????」


「うわ、圧が凄い」


「そもそも、付き合ってもない女にキスだのハグだの迫ってた辺りがどうしようもなくクズだろ」


「硝子チャン???」


「その癖勝己には偉そうに刹那の意思が〜とか。
ははっ。お前が言うなって、こういう事言うんだな」


「硝子チャン??????」


俺に絡んでいた筈の目隠しは、突如参戦したクマ女にけちょんけちょんにされていた。
それをぼんやりと眺めていれば、エセ坊主が此方にやって来る


「いやいや、女性に口喧嘩で勝てる気はしないね」


「…アンタは口喧嘩とか、しなさそうだけどな」


「まぁ、無駄に喧嘩はしないさ。生産性がないからね」


へらりと笑いながら俺の隣に腰を降ろすと、エセ坊主は静かな目を此方に向ける


「…刹那を、ずっと護るつもりかい?」


「ああ」


「…もしあの子の術式が個性と違うとバレてしまえば、世界から狙われるだろう。
勿論、君まで狙われる事になるよ。
君だけじゃない、君の家族だって狙われるだろう。
……それでも、刹那の傍に居るつもりかい?」


静かな問いは、俺に目を逸らす事を良しとしなかった。
切れ長の目を真っ直ぐに見据え、俺は口を開く


「わーっとる。
術式の事は他言しねぇし、万が一狙われても、俺が護る」


刹那だって弱くない。ただ、今日の様に術式を使い過ぎればアイツは自衛も難しい状況になる。
俺が出来るのは、刹那を極力傷付けない事と、弱ったアイツを独りにしない事だろう。


そして何より────アイツの力が個性とは違うという事を、誰にも気付かれねェ様に、気を配る事だ。


勿論ジジイとババアにも手出しさせるつもりはない。刹那の家族だって護りきる。
プロになれば伝手だって出来る筈。その時に、家族を護る為の家なり警護なりを考えるつもりだった。


「全部俺が護ンだよ。それが、ナンバーワンだろ」


呟く俺を静かに見下ろしていた夏油は、ふっと小さく笑った。


「そうか。…じゃあ、あの子を宜しくね」


柔らかな言葉に込められていたのは、確かな信頼。
ぽん、と頭に乗せられた手に、静かに目を細めた
















────暖かくて、甘い香りがした。
腕の中のものをぎゅうっと抱き締めて、深く息を吸う。
程よい重みが腰に乗っていて、それが背中まで続いていた。
温もりに包まれていて安心する。
もぞもぞと動いて温もりに擦り寄った所で、小さく笑う声が鼓膜を揺らした


『……ん?』


それが聞き覚えのあり過ぎる声で、静かに顔を上げた。
視界に映ったのは思った通りの顔。紅い瞳が、柔かく細められる。
カーテンの隙間から零れる朝日を浴びる髪が、キラキラと輝いて綺麗だ


「おはよ」


『…おはよう』


何故此処に、とは思ったが、昨日寝付けない私を寝かせに来てくれた事を思い出した。


「具合は?」


『何ともないよ』


身体に違和感はない。多分、呼んだら皆出てきてくれるだろう。
それを聞いた勝己がホッとした表情を見せた


「なら良い」


『心配してくれてありがとう』


「ン」


身を起こした勝己が一度大きく伸びをすると、ベッドから出た。
くしゃりと私の髪を掻き混ぜると、小さく笑う


「飯食ってくる」


『はーい。ありがとうね』


「おー」


窓から家に戻っていく背中を見送って、静かに目を枕元に向ける。
何もなかったシーツの上で、白い影がゆらりと揺れた


『おはよう、さとるっち』


《オハヨウ せつなっち !》

















敵の襲来により急遽休みとなった訳だが、勿論遊んでいる暇なんぞない。
というかあんな事があった後だ。尚更無駄になんて出来ねぇだろう。
俺の家の庭で、刹那に訓練内容を端的に告げる


「組手すンぞ」


『死刑宣告かな?』


「俺に捕まンな。死ぬ気で逃げろ」


『死刑宣告だな』


《ガンバレー !》


顔面にでかでかと絶望と書いた刹那が、猫を抱えて首を振る。


『無理だよ。捕まるしかないって…』


「そこは根性でどうにか気張れや」


『嘘でしょ根性論で来るじゃん』


《キアイデ ガンバレ !!》


『それが出来れば負けないんだよなぁ』


ぶつぶつ言いつつも柔軟を始める辺り、コイツの諦めの良さは最早長所だ。
互いに柔軟が終わった所で、改めて向かい合った


「個性はナシ。俺の攻撃をひたすら避けるか、場合によっちゃ叩いて弾きゃあ良い。簡単だろ?」


『それが簡単とかオールマイトなんだよな』


《スタート !!》


『ああああああ嫌だ!!!!』


強く地を蹴って飛び掛かる。
小手調べに突き出した右手を避ける判断は悪くない。
だが、そのまま此方に非力な腕で向かってくるのはどういう事だ。
顎先を狙う掌底を取っ捕まえ、ぐっと顔を近付ける


「避けたンなら距離取れや。お前の貧相な腕なんぞ、握るだけで折れんぞ」


『ひえ…』


「返事」


『はい!』


さっと青ざめたアホを解放してやる。
素早く後退した所で、もう一度地を蹴った。
わざと右の大振りを放ち、避けた次の動きを注視する。
バックステップ、左の拳を半身ずらして回避。
此処までは合格だ。
────ただし、足許への注意がなっちゃいない


『おわっ!?』


正面から殴るぞと言わんばかりに拳を握ったまま、しれっと足をかけた。
すると見事に細い脚が浮き上がり、腰から地に落ちる。
突如現れた犬が受け止めた所で、ぎゅうっと瞑られていた目が開いた


『あ、ありがとうすぐるっち…』


「足。注意力散漫の極みかお前は」


『うう…だって明らかに今から右ストレートですって顔してたじゃん…』


「フェイントって知ってっか?」


溜め息を落としつつ、手を差し出す。
ほっそりした手を柔く掴み、注意しつつ引き上げた。
…そうじゃねぇと、腕引っ張っただけで肩外しちまいそう。つーか手も握り潰しそう。
コイツ、ホントに俺と同じ人間か?


「あと目ェ閉じんな。受け身くらいは取れる様になれ」


『だってさとるっち達居るし…』


「昨日のでわぁっただろ。ソイツらだって、お前の行動によっちゃ顕現出来なくなンだ。
そん時に狙われてみろ!誰も喚べねェお前は!!モヤシ以下!!!」


『うぐっ』


すたーん!すたーん!と額を指先で小突く度に良い音がする。
確かに刹那も弱くはない。但しそれは、猫達が居るという前提条件ありき。
それが何らかの原因で崩れ、術式という護りが消えた場合────刹那は、そこら辺のモブ女より下手すりゃ弱い。


「これからお前に、体術の基礎を叩き込み殺す」


『えっ』


「痛みがあるのとないのじゃ成長が段チになる。おめェら手出しすンなよ」


《リョ !》


「安心しろ。怪我すりゃウサギが治す」


『いやそれ私の個性じゃん…ちょっとさとるっち、すぐるっち!なんか言って!』


俺の有言実行具合を知っているからだろう、刹那は青ざめて白猫達に救いを求めた。
普段ならば助けるソイツらも、今回の件を経て思う所があるんだろう。
宿主である刹那を見上げ、猫は元気に鳴いた。犬も隣でガッツポーズしている


《ヤレバ デキル !!》


『いやそこで修造は要らんのよ』


《ティモンディ !》


『どっちでも良いわ』


「オラ、構えろ。やんぞ」


『ああああああもうほんっと嫌だ…!!!』


嘆きつつもちゃんと構える所が素直で、思わず笑ってしまう。
さて、次は何秒保つんだろうか。
内心笑いながら、地を蹴った。

















『もう無理…死ぬ……しんだ…』


「実戦なら二十六回殺したわ」


《ケッコウ シンダネ !》


あれから一時間程度。ぶっ通しで組手を続けた結果、とうとう刹那が倒れたまま動かなくなった。
額に滲んだ汗を払い、芝の上に転がる刹那を抱き上げてやる。肩に飛び乗った猫がゆらりと尾を振った。
庭に面した窓から家に上がれば、丁度リビングに居たらしい母親が目を丸くした


「やだ、刹那ちゃんボロボロじゃない!」


『あ、ママさん。お邪魔しまーす』


「ババア、スポドリ。冷蔵庫」


「アンタは単語だけで喋るんじゃない!!」


「痛ェ!!!」


すぱーん!!と人の頭を豪快に叩きやがったババアが冷蔵庫に向かった。
ちょんちょんと叩かれた箇所をつつきやがる白猫に舌打ちして、刹那をソファーに座らせた。


『ありがとう勝己』


「おう」


洗面台の方からウサギがタオル片手にやって来て、その後ろから犬が洗面器を運んでくる。
テーブルに並べられたそれらを見て、スポドリを持ってきたババアが笑った


「あら、持ってきてくれたの?ありがとうね」


《ドーイタシマシテ !》


『どういたしましてって』


「刹那ちゃんの個性は本人に似て良い子だね。勝己にも見習って欲しいわ」


「ァあ゙!?俺ァイイコだろうがクソババア!!」


「良い子はクソババアなんて言わないんだよ馬鹿息子!!!」


「いっでぇ!!」


《『wwwwwwwwwwww』》


頭を張り飛ばされた俺を、刹那と猫が笑っている。
その間に犬がペットボトルの中身をコップに注ぎ、ウサギが濡らしたタオルで刹那の顔を拭いていた。猫は細い首に、タオルで巻いた冷却材を当てている


『至れり尽くせり…』


「最早介護だろ」


『介護される原因作ったのだーれだ☆』


「おーれだ☆………オイふざけんな何言わせとンだ!!!!!」


『勝手に言ったのに照れギレすんなよwwww』


《カツキ テレテル !》


「うるっせぇ!!!!」


「うるさいのはアンタよ!!!!」


「っで!!!!」


このクソババアは、頭を叩くと脳細胞が死ぬ事を知らないんだろうか。事ある毎に人様の頭をすぱんすぱんと…俺の優秀な脳細胞が死滅したらどうしてくれる。いや、死なねぇけど。
だってこの俺の細胞だぞ?クソババアに叩かれた程度で死んで堪るか、生き殺すわ。


「刹那ちゃんごめんね、コイツ加減ってモンを知らないからさ」


『へーきですよ。お陰で受け身取れる様になったし。それに怪我も自分で治せるし』


へらりと笑う刹那の頭を撫でて、ババアがコップを握らせた。
俺に濡らしたタオルを渡す犬の頭を撫でて、汗を拭う。
ウサギが肩に乗り、猫が刹那にしている様に、冷却材を首に当ててきた。


「おー、あんがと」


礼を言えば頭を撫でられた。
なんでかコイツと犬は、俺の頭を撫でたがる。やっぱりベースの人間に性格が似るんだろうか


「アンタも視えてんの、何でなんだろうね」


「あ?そりゃあ俺だからな。モブとは違ェ」


「ほんとその口の悪さどうにかしな。敵ばっか作るよ」


「知るか。俺はしたくねぇ事は死んでもしねぇ」


他人の機嫌を窺って媚び諂うのなんか死んでも御免だし、モブに合わせて笑いたくもない。同調圧力?知らない言葉ですねてめェが屈しろ。
つーかそれ、何処ぞのクソナードを思い出すからマジで無理。鳥肌立つわ。
ウサギの頭を撫でながら、静かに口を開いた


「…つーか、俺が理解して欲しいヤツらは俺の敵になンねぇし。それで良いだろが」


俺が笑っていて欲しい人の数は、両手で足りる。その他は全部有象無象。モブだ。
確かにヒーローになれば誰かを救うだろう。でもそれは、ソイツが大事だからじゃない。ヒーローだから、救うのだ。
全てはオールマイトを超える俺の為。
救けた後のモブの声なんかどうでも良い。だってソイツらは俺の人生に関わったりしない。そんな奴等に割くリソースはねぇ。


知りもしない誰かにヘラヘラするくらいなら、両手で足りる奴等の笑えなくなりそうな理由を排除していたい。


口を尖らせながらそこまで考えた所で、静かになった二人に気付く。
何だどうしたと二人の方に顔を向け────死ぬ程後悔した


「へえええええええ???
なぁに?アンタそんな可愛い事言えるんだ???」


「クッッッッッッソババア…!!!!!」


────ニマニマニマニマ。
正しくそう表現出来るツラで、ババアが此方を見ていた。
因みに幼馴染は隣でにこにこしている。白いのと黒いのはブンブン尻尾を振って、ウサギはぎゅうっと頭を抱き締めてきた。


「あー録画しとけば良かった!ねぇもう一回言ってよ」


「死んでも言わねぇ!!!!」


スマホを構えやがったクソババアに吼え、にこにこしたまま黙っている刹那に目を向けた


「…オイ、なに黙ってにこにこしとンだ。言いてぇ事あンなら言えや」


その笑みが何処か不気味で声を掛ければ、案の定ロクでもない返事を寄越された


『私達に嫌われない自信ある勝己可愛い』


「やっぱ黙れ!!!!!!」


「顔真っ赤よアンタwwwwwwwwww」


「るっせぇクソババア!!!!!!!!」


《wwwwwwwwwwwwww》









確かに想って









刹那→体術雑魚。
天与呪縛の影響で、ヒーローにあるまじきヒョロヒョロ。個性がなきゃ貧オブ弱。
愛されている自覚のある幼馴染が可愛い。

爆豪→鬼コーチ。刹那が悪手を選ぶ度真顔で威圧する。
信頼出来る人と居るとガードが緩くなる。
母にイジられてブチ切れた。

さとるっち→復活

爆豪母→動画録っとけば良かった。




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