未知の行き先
最近、勝己が変わった気がする。
「刹那、走り込み行くぞ」
『はーい。じゃあね出久』
「う、うん。また明日」
出久を見ても無駄に絡む事はなくなったし、前よりずっとストイックになった気がする。
学校が終われば勉強と個性の訓練、それから走り込みと柔軟に時間を費やす。
今までも十分そうだったけど、今は輪を掛けてストイックだ。
『…勝己、なんか楽しそう』
「ん?」
隣を歩きながら、静かな顔を見上げる。
そういえば、最近やたら怒鳴ってるのも聞かない気がするな。…いや、怒鳴ってるか。回数が減ってるとは思うけど
『なんか、まっすぐ追い掛けてる…みたいな感じ?振り向く暇はない、みたいな』
そういえば、あの事件の後からだ。
オールマイトに助けられて、彼なりに何かを感じたのだろうか。
そんな事を思いつつ問えば、肩に乗ったさとるっちが笑った
《カツキ ツヨクナル トチュウ!》
『途中?』
聞き返した私を見下ろして、勝己は紅い目をゆるりと細めた。
ふわりと微笑んだ彼は、くしゃりと私の髪を撫でた
「待ってろ。誰にも文句言わせねぇぐらい強くなったる」
『う…うん…?』
………えっ、なに今の表情。
なんかドキッとしたんだけど。
「思考を止めちゃダメだよ。次の相手の動きを読んで、相手の勝ち筋に乗らない様にしな」
「らぁ!!」
「うん、爆破と体術は良い感じになってきた。まだオマエの身体は成長途中だからね。
爆破で肩がイカれない程度の筋肉付けたら、あとは柔軟メインで故障しない身体作りをしなくちゃ。
かったい筋肉ばっか付けて、直ぐ怪我するチビゴリラになるの嫌でしょ?」
「そのツラ蹴らせろやぁ!!!」
「え、なに?なんでそんなにキレてんの?生理?ああ、オマエお母さん似だもんね。
キレなきゃお母さん似の美人なんじゃない?」
「だァれが女面だゴラァ!!!!!」
「大丈夫!僕よりはブス!」
「死ねやぁ!!!!!」
爆破で速度を上げた右の大振りからの左の踵落としを難なく受け止めると、目隠しは俺を放り投げた。
身を捻って音もなく着地すれば、男は満足そうに口角を吊り上げた
「良いね。先天的なものだろうけど、オマエの筋肉は柔軟性に富んでいる。
反応速度はバケモノレベルだし、頭も悪くない…これなら体術はアイツに任せて、僕はコッチ教えた方が良いかなー」
「なぁにをゴチャゴチャ抜かしてやがる…!!とっととそのツラ爆破させろやぁ!!!!」
「あっは、僕の御尊顔を爆破出来ないのはオマエが弱いからでしょ、雑ァ魚♡」
「あ゙ぁ゙ん゙!?!?!?」
「喘ぐなよ、発情期か?
よーし、じゃ、早速始めよっか。勝己、此方おいで」
殺す。ぜっっっっったいに殺す。
殺意が具現化出来るなら、俺はあの目隠しをこの二ヶ月で何億回も殺している。
睨み付けながら近付けば、目隠しはにんまりと笑った
「先ず、簡単に説明しようか。勝己、呪力って判る?」
「知らね。漢字でどう書くんだよ」
「呪いの力」
「敵が使いそうな名前だなオイ」
「オマエがあの子に言ったでしょ?力で敵だって決まる訳じゃないって。
こんな綴りだけど、オマエが正しく使えたら、それは誰かを救ける力だよ」
目隠しの言葉に目を細めた。
それはずっと前、幼稚園で泣きそうな顔をしていた刹那に俺が言った言葉だった。
白銀の髪に蒼い瞳。
男の特徴は、刹那の個性の猫に酷似しているが────
「アンタ、さとるじゃねぇだろ。ンでアイツとさとるしか知らねぇ事知っとんだ」
俺の言葉に、ぴたりと目隠しの動きが止まった。
それからかくりと、人形の様に首を傾げる
「…どうして、そう思った?」
「さとるとアンタは似てっけど、違ェ。感覚っつーか、雰囲気……兎に角、似てっけど違ェ」
明確に何処が違うとは言い切れない。ただし、似てはいるが同じではないと言うのは最初から判っていた。
何故かさとるも、この謎空間で俺が特訓している事を知っているらしいが、そこら辺も敢えてスルーしたままだ。
どうせアレだろ、良く判んねぇ上に、俺が理解せんでも良い理由だろうし。強くなれんなら何でも良い。
静かに見つめる先、くしゃりと逆立てた髪を掴むと、男は息を吐き出した
「……野性動物みたいな勘の良さだな。まったく、あの子もなんでこんな狼の擬人化みたいなヤツに懐いたんだか…」
「あ゙ぁ゙!?」
「…うん。オマエの予想通り。僕とあの猫は別物だよ。
正確に言うと、あの猫は僕をベースにした猫のぬいぐるみ」
「……ぬいぐるみだぁ?」
あんなに意思を持って動いてるアイツが、ぬいぐるみ?
そして、コイツをベースにした猫が刹那の個性だというのも変な話だ。
眉を寄せた俺を見下ろしながら、男は腕を広げた。
「刹那はね、元々無個性なんだ。
更に言うと、別の世界で生きていたけど死んじゃって、魂魄が流れ着いて産まれたのが、オマエの幼馴染の白露刹那。
……僕達が愛していた刹那は、桜花刹那って名前だった」
「は、」
「ああ、信じても信じなくてもどっちでも良いよ。輪廻転生だけでも半信半疑になりやすいのに、パラレルワールドへの転生とか漫画のレベルだし。
でもま、刹那が無個性なのも、あの子が使っている“個性”は、本質的には全くの別物だっていうのも、ホントの話」
つらつらと並べられた情報に頭がパンクしそうになった。
一度深呼吸して、思考を落ち着かせる。
刹那は無個性で、アイツが使う個性は本質的には別物。
…刹那は確か、病院で無個性だと診断された過去がある。それがヤブじゃなく、本当だったとしたら。
つまり、さとるとすぐるは五条の言う通り、個性じゃねぇ。
転生云々はどうでも良いから割愛。多分アイツ自身、転生前の記憶はない。
仮に記憶があれば、もう少し対人関係を改善出来るだろ。この歳になって俺とデク以外に笑みを向けねぇのは、記憶持ちなら筋金入り過ぎる。
ンなモン人間嫌いのレベルだし、そんなヤツがヒーローを目指すとも思えねぇ。
何より────さっき五条の言った、呪力という力。
俺と刹那にしか見えない事に、意味があるとすれば
「……俺にも呪力があるって、そう言いてぇのか」
「大正解!いやー、勝手に答えを導き出せるヤツとの会話は楽で良いね!
そう、正確にはオマエと刹那にしか呪力はない。
本来、この世界に呪力は存在してないんだ。オマエが持った理由は判らないけど……ま、これはまた今度ね。
何でかオマエにそれが宿った。理由はそれで良い」
五条はそう言って、腕を組む
「あの子が個性として使ってるアレは、僕らで言う術式ってものなんだけどね。
ああ、そもそも刹那の術式は別物だったよ。ただアイツらがくっついた事で、落っことしちゃったみたいだけど。
────ま、そこは置いといて。
呪力は本来恥辱とか怒りとか、人間の負の感情をトリガーにして使う力なんだけど…刹那の術式になったアイツらは、此方に来て世界に適応したのかな。限りなく個性に近いものに変容した。
本来なら負の感情から引き出す力だけど、今はあの子が使いたいって思った時に使えるみたい」
「……術式の使いすぎで起きるデメリットは」
「前にあったろ?ヘドロの時の気絶。
刹那が術式を使いすぎたらああなる。
本来の無限はめちゃくちゃ精密に計算するから、下手すると脳が焼き切れちゃうんだけどさ。
クソ猫が外付けの演算装置になってるから、その辺りは無問題!」
思い出したくもねぇ事をさらっと持ち出すコイツはマジでクソ。
イラッとしつつ、話を続けた
「呪力を使うメリットは?」
「オマエと刹那しか使えない力って言うのと、純粋に自己強化系の個性を使える様になるって考えれば良い。
居るでしょ?拳でビルを壊せるヤツ。
簡単に言うと、オマエもアレを出来る様になる。
まぁ、刹那はそもそもがひょろっこいから、呪力強化なんて使えばうっかり骨が折れそうだけど。
というか、本来の術式の代わりに僕らの術式詰め込んだみたいな感じだから、貧弱で済めば天与呪縛も軽い方だよね」
「…天与呪縛っつーのは」
「産まれた時に一方的に与えられるギフトと、その代償さ。
術式と呪力っていうのは此方の人間の個性みたいに、持って産まれるものなんだ。
その中でも天与呪縛は特殊でね。
呪力ゼロの代わりに此方のオールマイト?あんなパワーを与えたり、術式の範囲を馬鹿みたいに広くする代わりに、日の光にも耐えられない身体にしたり。
刹那も元は天与持ちだったんだよ。温度使役術式って言って、自身の体温を呪力に乗せてばら蒔いて、それで凍らせたり燃やせたりする術式だった。
多分今回は、一般女性より上の身体機能を得られない天与呪縛をそのまま引き継いで、僕達三人の術式を持ったアイツらを取り込んでる。
…あ、傑の術式はすぐるっちとは別だよ。アイツのはもっとエグイ」
…三人?つー事は、まだあのぬいぐるみは増えんのか。
そしてコイツはさとると同じ術式…つまり、無限を使える、と。クッソチートじゃねぇか。
しれっとやべぇ事を口にしつつ、目隠しは続けた
「呪力を使えるメリットだけどさ。
勿論オマエ次第だけど、爆破との掛け合わせも狙えるよ。呪力に上手く爆破を乗せられれば、オマエの弱点である遠距離も補える。
ああ、呪力の使いすぎによるデメリットは特にないよ。疲れるぐらい?
雑な強化で筋繊維が切れるとかあるかもだけど、そこはオマエが丁寧にやれば防げる訳だし」
一度口を閉ざす。
提示されたメリットとデメリットは天秤に掛けるまでもなく。
「……宜しくお願いシマス」
頭を下げた俺の頭上で、ご機嫌な声が弾けた
「良いよ!
このグレートティーチャー五条にまっかせなさい!!!」
……師事するのを決めたのは早計だったんじゃねぇか。
そう思ったのは、絶対に間違いじゃない。
────ドゴォッ!!!
「クソがぁ!!!!!!」
『うわぁ…』
幼馴染が突然ぬいぐるみに殴られたら、どういう反応をすれば良いのか。
シャドーを始めたくまのぬいぐるみを鷲掴み、壁に叩き付ける。
それで溜飲が下がったのか、床に落ちたぬいぐるみを拾った勝己は、そのまま隣に戻ってきた。
『勝己、それ何?何かの特訓?』
「おー」
グローブを嵌めたくまのぬいぐるみは、鼻提灯を作りながら勝己の膝の上に座っていた。
…眠っている、らしい。いや、ぬいぐるみが動くとか何事?しかも唐突に殴ってくるとかクレームものじゃない?
『映画とそのぬいぐるみ、特訓に関係あるの?』
「映画を観てる間、コイツを起こさねぇ特訓」
『そうなんだ…?』
全くもって理解出来ないが、勝己からしたら真剣に取り組むべき特訓なんだろう。
そもそもそのぬいぐるみはどういった状況で起きるのか。
首を捻りつつ、勝己の部屋にある液晶に目を戻す。
今二人で観ているのはホラーもの。
しかもパニックホラーなので、場面の展開が忙しない。
主人公が振り向いた次の瞬間、顔面に蛆が沸いたゾンビのドアップが映り、さとるっちで視界を覆った
『うわわわわ!』
────ドゴォッ!!
「ああああああウッゼェ!!!」
鈍い音の後、聞き慣れた怒鳴り声が響く。見てはいないが、今度はくまを床に叩き付けたらしい。足許から鈍い振動が来た。
顔を上げ隣を見る。顎が赤いので、恐らくアッパーを食らったんだろう。
イライラしている勝己に苦笑いすれば、腕の中のさとるっちが口を開いた
《カツキ! ドンナ トキモ ジュリョクハ イッテイ !》
「わーってんだよ!クソが…完璧に寝かせ殺したる…!!」
『寝かせ殺すとは』
というかジュリョクとはなんぞや。
何故だかそれを理解しているさとるっちにも首を傾げつつ、ぱちりと目を開けたぬいぐるみに、数秒後の怒鳴り声を覚悟した
「うーん、呪力操作ヘッタクソ!
なんで?呪力を拳に乗せろってだけの話よ?そんなモン息するのと同じくらい簡単だろ?
勝己クンもしかしてぇ、はいはいも出来ないバブちゃんだったんでちゅかー?」
「クソ目隠し死ね!!!!!!!」
「はいはい、今日の君の相手は私だよ。あんな目隠し無視しようね」
「はぁー???ちょっと傑クーン?
悟くんシカトしたら可哀想じゃん?もっと丁寧に扱わないと寂しくて死んじゃうよー???」
「死ねやぁ!!!」
「死んで良いってさ」
「はーいクソガキはあとでシメまーす☆」
夏油と名乗った袈裟姿のエセ坊主に、素早く拳を突き出す。
茶々を入れてくる目隠しを意識から締め出して、エセ坊主に集中する。
神経を尖らせる俺を見て、夏油は薄く笑みを浮かべた
「そうそう、ちゃんと集中しな。
そうじゃなきゃ死んでしまうよ?」
「ざけんな!!」
強く地を踏み締め、飛び込む。
男は拳を簡単にいなし、肘鉄を俺の右目目掛けて繰り出してきた。
それを首を傾けて躱し、喉笛を狙う左手の進行方向内側に右手を割り込ませ、強引に軌道をずらした。
左手を掴み、関節に拳を叩き込む。
────その瞬間に火花が散り、遅れて側頭部に拳を食らったのだと気付いた。
頭が揺れている間に鳩尾に一発。
ぐらついた隙を逃さず、首に大きな掌が巻き付いた。
足が、地を離れる
「はい、これで三十八回目の死だ」
「ク、ソ…」
ぐわんぐわんと視界が揺れている。
そもそもの話、呪力がどういうものか────俺はそれすらも判っちゃいなかった。
五条や夏油がそれを纏っているのは見えている。ただ、それを自分が使えと言われると、やり方が判らないのだ。
熾こせ、と言われ方法を聞いたって、コイツらは腹の底に在るそれを動かせ、としか言わない。
コッチが訊いてんのは動かす為のプロセスなんだよ。説明下手か。
動くって結果だけ伝えるコイツらは、二人揃って師に向いてねぇ。
結局教わってからこの二週間、呪力を熾こせもせず、そもそも俺の中の呪力を認識出来てもない。
個性とも違うそれとの付き合い方が、俺にはまだ判っちゃいないのだ
「勝己、そろそろ呪力を使える様になりな。
こんなに簡単だと、私が弱いものイジメしてるみたいじゃないか」
ムカツク。ブッ殺してぇ。力が欲しい。なんでもっと速く動けねぇ。見返してぇ。
口の奥から競り上がってきた鉄の味に、腸が煮えくり返りそうだ。
ぎちり、と奥歯を噛み締めた、その時。
────腹の底から沸々と、何かが沸き上がってくるのを感じた。
だらりと力の抜けていた右手を握り締めた。
これだ。
これを、抑え込まず。
そのまま────拳に乗せろ
「オラァ!!!!!」
振り抜いた拳は青と黒の力を纏い、夏油のツラに叩き込まれた。
…否、しっかりと左手で拳を受け止めたソイツは、細い目を丸くして口角を上げている
「…へぇ。まさか本当に使える様になるとは」
「だから僕言ったじゃん。
下手に頭が良いとさぁ、物事をごちゃごちゃ考えるでしょ?そんで解決策なんか出せないのに堂々巡りして、ドツボに嵌まんの。恵なんかその典型。勝己も結構ソッチだよね、仲良くなれそう。
だから、頭が良いヤツはさ────考えられない様に、うまーく頭殺んなきゃ」
「おいおい悟、流石に気を失わない程度に脳を揺らせって言うのは初めてだぞ。…まぁ、今回はお前の作戦がハマったみたいだけど」
夏油に首を離され、距離を取る。
両手に纏うそれを静かに見つめていると、エセ坊主はゆっくりと此方に向けて、人差し指を曲げ伸ばしした。
────完全な挑発行為である
「さ、感覚を忘れない内に掛かっておいで。次は一分保ってくれよ」
「ブッ殺したるわクソがぁ!!!!」
それから更に一週間。
映画を観ながら呪力を一定に保てる様になった日の夜。
毎日現れる目隠しが、にっこり笑って手を合わせた
「さてさて、これで落ちこぼれの勝己くんも無事呪力を使える様になった所で!」
「落ちこぼれ言うなや教え方ヘタクソ野郎が!!!」
「はーいそこ口答えしない!」
「人を指差してんじゃねぇよカス!!」
「もー、ホンットああ言えばこう言うねオマエ!可愛くなーい!!」
「てめェに可愛いなんざ思われたくねンだよ不審者!!!」
「はは、生意気な所がそっくりじゃないか悟」
「あ゙???」
「ほら」
突然空気の悪くなった白黒二人組から、フン、と鼻を鳴らして顔を背けた。
その先では得体の知れないウサギが煙草を蒸かしている。
…いやウサギ…あれ色々大丈夫なんか。ぬいぐるみじゃねぇの?綿燃えんだろ。
思わずウサギを凝視すれば、カツン、と背後で足音がした。
目隠しの革靴でも、エセ坊主の草履でもねぇ。
咄嗟に飛び退いて掌を向ける。
足音の人物を目で捉え、俺は片眉を上げた
「……………あのウサギのヤツか」
「良く判ったね。そ、私はそこのウサギのモチーフ。家入硝子だ、よろしく」
長い焦げ茶の髪の、気だるげな白衣の女はそう言って微笑んだ。
喧嘩を止めたらしい目隠しが、ゆったりとした足取りで此方に近付いてくる
「ソイツはしょうこっちって名前でね。出来る事は反転術式。回復アイテムだって思ってくれたら良いよ」
「オイ待てや。反転術式ってのは?」
「えー?どうせ勝己には無理だって!教えるだけ無駄じゃない?」
舐め腐った目隠しの言葉にイラッとする。
ふざけんな、俺の辞書に不可能の文字はねぇ。
睨み付ける俺に、エセ坊主が顎を擦る
「うーん、でも飲み込みは早いし、教えるだけ教えてみたら?出来るかは知らないけど」
「あんた達が見てた限り悪くはないんだろ?じゃあ教えれば?」
「んえ、オマエら勝己の味方なワケ?」
げぇ、と舌を出す目隠しを無視して、エセ坊主が俺の前に立った。
「簡単に説明しようか。
呪力とは人の負の感情から成り立つ、所謂負のエネルギーだ。
そのマイナスにマイナスを掛け合わせる事で、プラスのエネルギーに変換する操作が反転術式だよ」
「…それで、プラスにした呪力で傷を治せんのか」
「ああ。呪力は腹から、術式は脳で回す。
…とはいえ呪術師でも、反転術式を使えるものは少ない。
君に使えるとも限らないと言うのは、覚えておくと良い」
「方法は」
「ひゅーっとやってひょい」
「教え下手トリオが!!!!」
この女もダメだ。感覚で言いやがる。
即座にダメ出しすれば、聞き捨てならないと目隠しが口を挟んできた
「はーーーー?????
僕これでも教職やってんだけど?こんなに優しくて強くてカッコイイ僕に学んどいてそんな事言うとか、教わる方が落ちこぼれのポンコツなだけでしょ?」
「あ゙ぁ゙???
大体コッチが呪力の動かす方法訊いてんのに、腹ン中のモン動かせって言いやがったのは何処のどいつだァ?
俺ァ動かすプロセス訊いてンだよ!
結果だけ言いやがった癖に偉そうな顔すんなやクソ目隠し!!!!」
何時もの様に怒鳴り付ければ、ひくりと目隠しの口角が引き攣った。
そして、今までより低い声が落とされる
「あ゙???
…なぁ、このクソガキそろそろシメて良いよな?
俺めちゃくちゃ我慢してるよ?だってコレ、刹那の大事なヤツなんでしょ?
でもそろそろ限界。一回泣かせなきゃ気が済まねぇわ。
…なぁ傑、硝子、良いよな?」
するりと目隠しを首に落とした五条の瞳孔はカッ開いている。
人形みてぇなツラを向けられた二人は、厄介事には関わりたくないとばかりに肩を竦めた
「まぁ、良いんじゃないか?どのみち今日からしょうこっちのレベルアップだろ?
それなら、ある程度は勝己にも頑張って貰わなきゃ」
「私からすれば、お前のそれは同族嫌悪のお手本みたいなモンだけどな。
おい五条、頭は残せよ」
オイ待てあの女めちゃくちゃ不吉な事言いやがったぞ。
堪らず問い質そうとして────ごきり、と。
「ッ!?!?!?」
「やわっこいな。やっぱ中坊ってカンジね」
────右腕が、あらぬ方向を向いていた。
認識した瞬間に脳天を突き刺す激痛。それでも、みっともねぇ悲鳴を上げたくなくて、歯を食い縛った。
「あーあ。せめて声掛けてやんなよ。
しょうこっち、治療してあげて」
クマ女に声を掛けられたウサギが駆け寄ってきた。
その場でぴょんぴょん飛び跳ねだしたぬいぐるみ。すると驚く事に、折られた右腕の痛みがじわじわと引いていく。
「…これが、反転術式ってヤツなんか」
「そう。反転術式をアウトプット出来る存在は希少なんだ。
本来は反転術式を自己再生に使える事が珍しいし、反転術式を使える術師自体が少ない。
私もこれは使えなかったし、悟だって他者に使う事は出来なかった」
夏油の解説を聞きながらウサギを見下ろす。やる気のねぇ目をしたソイツは俺の周りをくるくると回っていた。
それだけなら嫌だがまぁ流せる。ただ、どうしても気になるのは
《かーごーめ かーごーめー》
「っンでデスボでかごめかごめ歌っとんじゃコイツはァ!!!」
「それも良く判らないんだよね。てかそれは私が聞きたい。何で私の声でかごめかごめ…」
「そんなの夜蛾さんに聞きなよ。あの人がこんなモン作り出したのが原因でしょ?」
「そもそもはお前らが問題ばっか起こして夜蛾さんの胃に穴ブチ開けようとしたからだろクズ共」
「え?硝子、なんで私は関係ありませんって顔してるんだい?
君だってこそこそ煙草吸ってたし、私達と一緒にやらかしてただろう?」
「内輪ネタどうでも良いんだよ!!!!
ウサギ歌い終わってンぞ特訓続けろやァ!!!」
激しくどうでも良い会話をする大人三人に割り込めば、何故かエセ坊主に頭を撫でられた。
「君は悟と違って良い子だね。会話の間を読んで本題に戻すのは良い心掛けだよ」
「撫でんな!!!」
「なぁんかソイツに甘いじゃん傑。なんで?」
「何だろうね、ツンケンしてるのに所々良い子なのが見えるからかな」
「え?俺だって良い子でしょ?」
「悟はほら………ね?」
「は??????」
だから俺の近くで喧嘩すんなデカブツ共。
イライラしつつその場に腰を降ろせば、胡座をかいた膝の上にウサギがのそのそと登ってきた。
ふう、と言いそうな仕草で座ったソイツを、太股に肘を着いて眺める
「…お前、刹那の新しいダチになんのか」
こくり、と頷くウサギ。
きっとアイツに前世の記憶はねぇだろう。それでも、ダチが増えればきっと喜ぶ。
…ちょっと待て、アイツのダチって俺とさとるとすぐるとクソデク……いや人数……つか半数がぬいぐるみ………よし、忘れよう。
ぬいぐるみ足しても片手で済むのは流石にアレ過ぎる
「……多分、お前の力も結構借りる。でも、ぜってぇ強くなっから」
アイツの傍に居るのに相応しくねぇ、なんてムカつく言葉を二度と聞かねぇ為に。
静かに話を聞いていたウサギが、すっと手を差し出してきた。
…ンだこれ、何を…ああ、こうしろってか。
差し出されたもふっとした手を、そっと握ってやる。
ウサギは深く頷いたので、恐らく握手で合ってたんだろう。
「ねぇ見てウケる。男子中学生がウサギのぬいぐるみとオトモダチになってやがんのwwwwwwww」
「ぁ゙あ゙!?!?!?」
此方を見て、爆笑しながらスマホのフラッシュを点滅させるクソ目隠しに堪らず怒鳴れば、近付いてきたクマ女に頭を撫でられた。
どいつもこいつも撫でんなと、手を払い除けようとして
「…ふふ、刹那を宜しくね。あの子、直ぐ無茶しちゃうからさ」
…寂しそうで、嬉しそうで、それでも凪いだ、穏やかな笑み。
そんなものを目にしてしまえば、払い除ける気なんて失せちまって。
結局好きな様にさせている俺を、目隠しがまた笑った
「へぇー?勝己クン、硝子みたいなお姉さんがタイプなんだぁ?
ソイツ酒豪だし医者の不養生地で行くしやっぱり呪術師らしいヤツだから、勝己クンみたいなお子ちゃまには無理じゃない?」
「マジでくたばれや目隠しィ!!!!」
「五条、あとでツラ貸せ。そのツラ剥いで剥製にしてやるよ」
「悟、硝子が取られて寂しいからって幼気な男の子を弄るんじゃないよ。
硝子はナシ。寧ろあの子以外に余所見するとか、許さないから。私が」
「オマエらの勝己推しはマジで何なの???」
家入硝子と夢で邂逅した、次の日。
『見て勝己!しょうこっちって言うの!』
刹那が茶色いウサギのぬいぐるみを抱えていた。
やる気のねぇ目が、細い腕の中からじっと此方を見つめている。
…いやこれどうしろと?なんだ、また握手すりゃ良いのか?
逡巡した末に、そっと手を差し出してみる。その手にもふっとした手が乗せられた。
緩く握ってやれば、深く頷かれる。凄ぇデジャヴ。
握手した俺が意外だったんだろう。目を丸くした刹那が、それでも嬉しそうに笑っている
『ふふ、二人とも仲良くなれそうで良かった』
《オレタチ ミンナ カツキ スキダヨ !》
「ンで俺はぬいぐるみに好かれとンだ…」
ぼふっと頭に飛び乗ってきた猫と、肩に乗ってきた犬。
目隠しの方は俺を嫌ってそうだが、猫は違うのか。
俺の思考を読んだ様に、さとるが囁く
《アイツモ カツキ キライジャ ナイヨ
タダ スナオニ ナレナイ ダケ》
「…アイツを盗られて気に要らねぇンじゃねぇんか」
《キオクハ ダイジニ モッテル
ダカラ せつなっち ミノガサレテルノ》
何だかめちゃくちゃ不穏な言葉が聞こえた気がしたが、敢えてスルーした。
もう良い。クソ目隠しは明らかに頭がイッてるし、それでも刹那に害がねぇならもうそれで良い。
触らぬ神にってのは、こういう事を言うんだろうし
「素直になれねぇっつーレベルじゃねぇだろ…昨日だけで何回骨折られたと思っとンだクソが…」
《アイツ ガキダカラ !》
猫のぬいぐるみにガキって言われる190オーバーの成人男性…
明らかにヤベェ言葉が脳内に並んだので、即座に思考を打ち消した。
そこで、ウサギの耳を触って遊んでいた刹那が俺を見る
『そういえば勝己、あのクマのぬいぐるみもうやんないの?』
「あ?……ああ、あれはもう終わった」
何かと思えば、目隠しに渡されたぬいぐるみの話だった。
呪力操作を訓練する為に抱えていたソイツは、今は俺の枕の隣に鎮座している。
すやすやと眠るくまを眺め、刹那は参考書を開いた
『あと八ヶ月だね。頑張ろ』
「俺とやってんだ。落ちるワケねぇだろ」
『ふふ。そうだね』
「うーでーがぴょんっ!となーる♪」
────ボキッ
「てんめェェェェざっけんな死ねやカス!!!!!!」
唐突に人を押さえ込み、左腕を持ったと思えばこれだ。
なんの躊躇いもなく人の腕を折ったキチガイ目隠しに爆破を放つが、無限に阻まれて当たりもしない。
マジで痛ェ目見ねぇかなこのクソ。この間から執拗に人の骨折りやがって。
どっかに閉じ込められて泣きゃあ良いのに
「はい折れたー。しょうこっちが治したら組手やろっか」
「オイ…待てや…今てめェが会って早々人様の腕折りやがった理由言え」
下らねぇ理由だったら容赦しねぇ。
唸る様な声で問うた俺の上に座った目隠しは、けろりとした調子でこう宣った
「しょうこっちのレベルアップの為!」
「………ぁ゙あ゙???」
良し、意味が判んねぇ殺そう。
右手をバチバチと爆ぜさせている俺の周りを、ウサギが駆け回っている。
動こうにも図体のデケェ男が座ってやがる所為で、立ち上がれもしない。
結局地べたに這いつくばったままで歯噛みをしていれば、目の前に草履が現れた
「悟、説明はちゃんとしてあげな。
そんなんだから嫌われるんだよ」
「はぁ???嫌われてないし!!
ねぇ勝己!僕の事好きだよね!?」
「むり」
────ボキッ!!
「っっっっってんめェマジでふざけんなよ!!癇癪で人の腕折ってんじゃねぇクズ!!!」
「悟、せめて退いてあげな。
男子中学生を尻に敷いて、片腕ずつ折ってる目隠しの不審者にしか見えないから」
「いやコイツが悪いだろ!?」
「なんでそう物理に訴えるかな…」
「どうでも良いから退けやァ!!!」
ウサギが必死こいて走ってんのに秒で怪我を増やすコイツはクズ。
溜め息を吐きながら目隠しを退かせたエセ坊主は、ぽふぽふと俺の頭を撫でてきた
「悪いね勝己、ウチのワガママ坊っちゃんが。ただのヤキモチと目新しい物への間違ったアプローチを繰り返してるだけだから、気にしないでくれ」
「坊っちゃんの管理くらいちゃんとしとけや。間違ったアプローチ毎回される此方の身にもなれ…」
「うっわマジでムカつく。脚やって良い?」
「悟、良い加減にしろ」
ぴしゃりと言われ、目隠しが口を尖らせた。良い大人(目隠し装備)がンな顔したって可愛くねぇわ。
ずきずきとした痛みに眉を顰めつつ、ぼんやりと淡い光を纏い始めた腕を見た。
プラスの呪力が流れ込んでくるのを眺め、夏油に目を向ける
「…呪力を対流させても反転術式にはなんねぇの?」
「対流、ねぇ…例えば?」
「右手と左手に呪力を流して、手を合わせる」
俺の問いに答えたのは目隠しだ
「あー、それだとダメだよ。同じ濃度じゃ混ざるだけ。
水道水と天然水の違いなんて、混ぜちゃえば判んないでしょ?それと一緒なの」
「濃度?…じゃあ片方に、個性で色付けるっつーのは?」
水っつー事は、同じ色だから判んねぇって事だろ。じゃあ片方の呪力に個性を混ぜれば、それは色が付いた事になるんじゃねぇンか。
そう考えて訊ねると、二人が口を閉ざした。
まじまじと見つめてくるのが居心地悪い。
口を尖らせて目を逸らせば、ぽん、と大きな手が頭に乗せられた。
またエセ坊主かと睨めば、その手は隣の男から伸びていて。
…ぽん、ぽん、と頭の上で手が跳ねる
「…面白い考え方するよね、勝己って。
やってみたら良いと思うよ。僕らには個性がないから、それが良いとも悪いとも言えないし」
静かな口調で紡がれた言葉に、目を瞬かせた。
…意外だった。
それまで落ち着きねぇガキみてぇな所か、明らかに頭がイッてやがる様子の二種類しか見た事がなかったから。
なんだ、ちゃんと教師やれンじゃねぇか。
「……わーった。やってみる」
だから俺にしては素直に返事をすれば、それが意外だったのか、五条の動きが止まった。
よしよし、ともふっとした手に頬を撫でられ、治療が完了したと伝えられる。
身を起こし座り直せば、エセ坊主がくつくつと笑っていた
「珍しい。ワガママ坊っちゃんがまともなアプローチに成功したね」
「…え、素直に返事したじゃん…マジで…?
マジで今までの俺のアプローチ全部間違ってたの…???」
「普通は挨拶もなしに人の腕は折らないからね」
「挨拶しても人の腕は折らねぇよ」
てめェが癇癪で人の腕折ったの忘れてねぇからな。
じろりと目隠しを睨み付ければ、かつん、とヒールの音が鳴る。
振り向けば、クマ女が煙草を蒸かしながらやって来ていた
「オイ近付くな!副流煙!!!」
「安心しなよ。此処でのフィードバックはタフネスの塊みたいなアンタにはほぼ起こらない。
普通はね、そんなにホイホイ腕折られれば、痛みに耐えきれなくなってフィードバックが発生して────ショック死するから」
「は??????」
ぐりん、と首が捥げそうな勢いで目隠しを見た。
は???
フィードバックで死ぬ???は??????
確実に目が合っている。そして自分がどれだけ罪深いかも自覚している。
その状況で────クズは、よりによってダブルピースをかました
「だってしょうこっちはレベル上げとかなきゃ、いざって時にケアルガ使いたいのにケアルしか使えないの死活問題でしょ?
クソ猫はまぁちょいちょい使ってるみたいだし、顕現してからが長いからレベル20ないくらいだけどさぁ。
探し物しないから、すぐるっちもレベル10ないんだよ?しょうこっちはレベル5くらいだし。
────だからさぁ、勝己で経験値積むのが合理的だと思わない?
どうせタフだから、どんだけ痛め付けても死なないし!!!」
「悟………」
「すっげ、クズが開き直った」
無言で手を構える。
右手で、最大火力を放った
「死ねやァ!!!!!!!」
許せない事もある
刹那→友達が増えた。
実は無個性。個性だと思っている三体は術式。彼女の本来の術式は何処かに行った。
三体のレベルアップが、毎日夢の中で幼馴染の犠牲によって行われている事は知らない。
天与呪縛による筋力の低さは健在。鍛えなくても細いままで済むだけなので、ゴミ箱世界よりは身体に優しい世界かもしれない。
爆豪→魔改造真っ只中。
メンタルがタフネスの塊だから平然としているけど、本来なら死ぬレベルの特訓を毎晩行われていた。
五条→戦犯。
言わなくてもいーっしょ!って思ってた。
夏油→話したと思っていた。
家入→話してないと察した。
さとるっち→一番使われているので、レベルは20ないくらい。
刹那の呪力管理は彼が行っている。
100になっても五条より全然弱い。
すぐるっち→レベルは10ないくらい。
爆豪と夢の中でかくれんぼ()してレベルを上げている途中。
しょうこっち→レベルは5くらい。
夢の中で爆豪の怪我を治すのがレベル上げの内容。
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