迷うな、進め


『うーん…』


《ウーン…》


さとるっちと共に紙を覗き込み、唸る。
被服控除申請書、と書かれた紙を前に、私は腕を組んだ。
封筒に同封してあったこれは、平たく言えばヒーローの戦闘服のデザイン要望書だ。
自分の個性とどういうサポートアイテムが欲しいか、どういったデザインの服が良いか。
そういうのをこの紙に纏めれば、学校からサポートアイテム専門の会社に発注される。
ただ問題なのは、私にデザインのセンスがない事だった


『流石にこれはなぁ…』


《ムンク ?》


『しばくぞネコ』


せめて木霊って言え。
消しゴムで全部消して、頬杖をつく。
そもそも戦闘服は自分の弱点を補うものだ。私で言うなら耐久面の弱さだろうか。
でもそれだと鎧着る事になりそうだし…うーん…


「何やっとんだ」


ああでもないこうでもないとさとるっちと悩んでいると、低い声が投げ掛けられた。
振り向けば背後に勝己が立っていて、ぎょっとする


『えっ、今音した…?』


「あ?普通に入ってきたぞ。お前が気付かんかっただけだろ」


『そう…?やっほー勝己。今ね、コスチュームで悩んでるの』


「…なんも書いてねぇじゃねぇか。なんかないんか?」


『筋力がほしいです…?』


「七夕の願い事じゃねぇんだよ」


私の隣に座ったけれど、今も勝己はとても静かに座った気がする。
今までなら、どかっと腰を降ろすのに。
さっきだってそう。幾ら悩んでいたとはいえ、隣の窓から窓を跨いでやって来る音に、気付かないなんてあるんだろうか。
私が気付かなかったというより、勝己が物音を立てなくなってるんじゃないかな。
まじまじと見つめていれば、綺麗な眉が片方だけ持ち上がる


「何よ」


『…やっぱり勝己、忍者になるんじゃない…?』


「はぁ…?」


《ニンジャ !》


『忍者っぽいヒーローって居たよね。エッジショットみたいな感じになるの?』


「…はよ申請書の中身詰めんぞ。どうせなんも浮かばねぇンだろ」


その言葉にぱっと顔を上げる。
恐らく期待で輝いているであろう私の目を見て、勝己が小さく笑った


「手伝ってやんよ。お前らだけじゃ決まんねぇんだろ?」


『ありがとう勝己!!好き!!!』


《スキ !!》


「知っとるわ」


さとるっちと共に抱き付いたが、びくともしない。
大きな手がぽんぽんと頭を撫でてから、私をそっと引き剥がした


「とっととやんぞ。時間が勿体ねぇ」


『はーい』


《ハーイ !》














「取り敢えずさぁ、アレだよね。
最低限のレベル程度には鍛えたけど、学校でどういうの習うかにもよるよね」


「あんまりやり過ぎるとねぇ。
特に悟は、死ななきゃ九割殺して構わないって思ってるし」


「え?ねぇ、オマエも人の事言えないって判ってる?」


「いやいや、私の方が悟よりはマシでしょ」


「ねぇ硝子!どっちがクズ!?」


「どっちもクズ」


────現在、こんなクソイラつく会話を俺は呪霊に追われながら聞かされている。
仏像の様な見た目のソイツは、一瞬で距離を詰めてくるのだ。
放つ攻撃も念波の様なものなのか、広域で避けづらい。
逃げる俺の状態は決して良いものではなかった。初撃が掠めた左手はひしゃげ、肩にしがみついたウサギに治療を任せて走っている


「クソがァ!!!」


瞬間移動してきた呪霊の顔面目掛け、呪力を纏った拳を放つ。
一瞬の硬直の後、ぎょろりとした目玉が俺を捉えた。


────ごきゃり。


「い、ぎ…っ!!」


右腕が、紙でも丸める様にくしゃくしゃにされた。
呪霊が合掌していた手を解き、俺を張り飛ばす。
そのまま地に転がり、痛みに悶絶する俺の傍で、長い足が折り畳まれた


「あーあ、派手にやられたね。流石に準一級はキツイかぁ。
うん、明日から念願の新生活スタートだし、今日はこのくらいで終わっとこっか」


両腕複雑骨折と肋の犠牲をこのくらいで済ませるのだから、やっぱりコイツはイカれてる。
汗を浮かべながら睨め付ける俺に、目隠しはゆるりと口角を上げた


「じゃ、また明日。あの子を宜しくね」


















シャツに袖を通し、スカートを身に付ける。
ネクタイをすぐるっちに締めて貰って、灰色のブレザーを着れば、きゅっと身の引き締まる思いがした。


「今日から雄英生なのね。ヒーローの卵かぁ」


『ふふ、お母さんそれ昨日も言ってたよ』


「勿論刹那と勝己くんの努力は知ってるのよ?
でも、まさか自分の子とお隣さんが倍率300に受かるなんて思わないじゃない?
それに出久くんもでしょ?私もう夢みたいで」


『これから毎日この制服だから、慣れてね』


「ふふ、そうね」


玄関の扉を開ける。
塀に凭れた幼馴染は学ランではなく灰色のブレザー姿で、思わずスマホで撮ってしまった。


『おはよう勝己』


《オハヨー!》


「ん。おはよ。…何撮っとんだ」


『記念?あ、お母さん、私と勝己撮って』


「おはよう勝己くん!あら、かっこいいじゃない!はい、チーズ!」


「…ありがとうございます」


お母さんに褒められながら写真を撮られ、勝己は居心地悪そうに視線を落とした。
いや、かっこいいけど…腰パンだしシャツのボタンは留めてないし、ネクタイ失踪してるよ?お母さんそれで良いの?


「行ってらっしゃい二人とも!気を付けてね!」


「行ってきます」


『行ってきまーす』


《イッテ キマース !》

















地下鉄を乗り継ぎ四十分程度。
駅で迷子にならない様にしっかりと勝己を掴み、無事学校に辿り着いた。


『一緒のクラスで良かった…』


《せつなっち ヒトミシリ ダモン ネ !》


「いい加減ダチぐらい作れや」


『いい。要らない』


思ったよりも冷えきった声が出て、自分でもビックリした。
…でも、本心だった。


どうせ皆、さとるっち達は見えないのだ。


そういう人達は、見えないものに話し掛ける私を奇異の目で見る。
そんな人達に合わせてさとるっち達を無視する事になるくらいなら、友達なんて要らない


『勝己が居るから、良い』


勝己と、見えないけれど私を否定しない出久。彼等が居てくれれば、それで良い。


「……そォかよ」


くしゃりと髪を撫でられて、勝己が仕方無いな、と言いたげな顔で目を細めた。
そのまま手を引かれ、付いていく。
広い校舎をすいすいと移動して、1-Aと書かれた教室の扉を前にした所で、手を離された


《トビラ デッケェ !》


『そうだね』


「デケェ個性持ち用だろ」


…物凄い勢いで扉を開けた勝己と他人のフリをしたくなったのは、仕方無い事だと思う。


『ちょっと勝己…めちゃくちゃ人目集めてんじゃん…なんでそんなバーン!ってやった…?』


「俺の前にあったから」


《カツキ ハ ジャイアン ダッタ?》


「うるせぇぞ猫」


クラスメイトの視線に身を縮ませつつ、ずんずん行ってしまう勝己の背を摘まんで追う。
勝己が黒板の前で立ち止まり、貼られた紙を一瞥した。
隣から覗き込めばすっと指が動いて、とんとん、と並んだ四角を二つ叩く。
なんだと思ったけれど、勝己がそのまま進んでしまったので、それに従い歩いていく。
着いたのは窓際の席で、勝己は一つ後ろの席を指した。
どうやら私の席は勝己の後ろらしい。
席に座り、机に足を乗せた勝己に笑い掛ければ、ふんと鼻で笑われた


『宜しくね。あと席教えてくれてありがと』


「おー」


《カツキ マエノ セキ! ウレシイ !》


「あんまり授業中にじゃれついてくんじゃねぇぞ」


《ゼンショ スルネ !》


「丁寧に嫌ですって言うな」


初めましての人ばかりの中で、顔見知りが傍に居るのは大変心強い。
寧ろ前を向いたらたんぽぽ頭とか、大変心に優しいと思う。
勝己が大変行儀の悪い座り方をしている所為で、此方の机に若干頭が入り込んできているが、それはまぁ仕方無い。勝己なので。
寧ろ私のエリアに入っているのだから、好きにしても許される筈。
暇潰しに勝己の髪をもしゃもしゃしていると、一人の生徒が近付いてきた。
四角い眼鏡の如何にも真面目そうな人だ。…あれ、この人何処かで見た様な……
はて、何処でだろうと考えていれば、彼は勝己に向かって説教を始めた


「机に足を掛けるな!
雄英の先輩方や机の製作者方に、申し訳ないと思わないか!?」


「思わねぇよ!テメェどこ中だよ端役が!!」


うわぁ、端役て…うわぁ……
引いている私の机に座ったさとるっちは、くわりと欠伸をした


《セイロン バッカ! ツマンネー ヤツ !》


「はっ!マジでそれだわ。つまんねぇクソメガネ、とっとと失せろ」


「ホントに口が悪いなキミ!それでもヒーロー志望か!?」


まぁ、勝己って口が悪いもんな。
そこら辺はどうしたって擁護出来ないし、私やさとるっち達と話す時みたいに、穏やかに話せば誤解されずに済むのに、とも思う。
本当は繊細で優しくて、少し不器用なだけなのに、皆勝己は粗野で短気だと言う。
此処でもそう思われてしまうんだろうか。口論を続ける二人をぼーっと眺めていれば、入り口に見覚えのあるモジャモジャを見付けた。


『出久だ』


《ホント ダ !》


「む?彼は…」


すると眼鏡の彼は、出久を見るなり其方に向かってしまった。
説教から解放された勝己は出久を見咎めると舌打ちを溢し、そのままぐりんと此方を仰ぐ。


「最悪だ。朝っぱらからクソみてぇな理由で絡んで来やがって…!」


『うーん、勝己が足乗せなきゃ済んだ気もするけど』


「大人しくしろってか?舐められンだろが!こういうのは最初にかました方が勝つんだよ!!」


『そうなの?私人間関係疎いからさ、そういうの良く判んない』


《せつなっち トモダチ イナイ カラ !》


『勝己が居れば良いしね』


淡い金髪を思う存分もふもふする。
勝己の髪は、さとるっちとは違う触り心地で気持ちいいのだ。
私達を順に見た勝己は、小さく溜め息を吐いた。
かと思えば、切れ長の目が鋭くなる。
ばっと身を起こし扉の方を見た、その時。ざわついた空気を両断する様な声が聞こえた


「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」


教室の前に転がる、黄色いナニか。


………芋虫…???


転がったそれは徐に十秒チャージを口許に運び、一瞬で中身を空にした。
あのアングルで成人男性が転がってたら、どう見ても痴漢だな…
そっと勝己に隠れつつ観察していれば、芋虫がむくっと起きた


「ハイ、静かになるまで八秒掛かりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」


寝袋を脱いで現れたのは、黒服の不審者だった。
長いぼさぼさの黒髪に無精髭。
何処か草臥れた雰囲気のその人は、驚いている生徒達の視線を集めている


「担任の相澤消太だ。宜しくね」


《ミタメガ バッチィ !》


『こら』


いや担任…?この疲れた感じの人が…?
相澤先生は寝袋の中に手を突っ込むと、青を基調としたジャージを引っ張り出した。
それを出久に押し付け、言う。


「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」


……え、なんか生温そうでやだ…















着替えを済ませ、グラウンドに移動する最中、隣に見慣れた影が並んだ。
見上げれば、勝己の右肩には既にしょうこっちが座っていて、思わず笑ってしまう


「お前の個性自由過ぎンだろ」


『ふふ、しょうこっちご機嫌だね』


「クソ怠そうだけどな」


《しょうこっち ソレガ ツウジョウ ウンテン !》


見上げていれば、金色にぽふっと黒い犬が降ってきた。
勝己が何とも言えない表情を浮かべ、それに笑みを堪えた。
今日も友達は元気そうだし、仲も良さそう。良いことだ。
肩に乗るさとるっちの頬を撫でれば、ゴロゴロと喉が鳴った


「────個性把握…テストォ!?」


「入学式は!?ガイダンスは!?」


「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る時間ないよ」


グラウンドに移動した所で告げられた担任の言葉に、目を丸くする。
どうやら中学までとは全然違うらしい。
成程、それで登校早々体操服か…


「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは、先生側もまた然り」


先生はボールを一つ取り出した。
それを掌の上で跳ねさせながら、口を動かす


「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。
中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。
国は未だ画一的な記録を取って、平均を作り続けてる。合理的じゃない。
まぁ、文部科学省の怠慢だよ」


静かな目が、私の隣に立つ彼に向けられた


「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何mだった」


「67m」


「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何しても良い。はよ」


先生にボールを放られた勝己は、それを受け取るとしょうこっちとすぐるっちを私に乗せた。
それからソフトボール投げの円の中に入ると、軽く肩を解す様に腕を伸ばした。


「思いっきりな」


「……思いっきり、ね」


呟いて、浅く息を吐き出した。
勝己がボール型の測定器を振りかぶる。
そして先生の言う通り、思いっきりぶん投げた


「んじゃまぁ────死ねぇ!!!!」


『……死ね?』


《トテモ ブッソウ !!》


『ほんとそれ』


爆風に乗りカッ飛んでいくボール。確かに凄い。ただし掛け声が大変物騒なのはどういう事か。
え?ヒーロー目指してるんだよね?敵じゃないよね?
思わず首を捻るも、相澤先生は動じずに手許の端末に目を落とした


「先ず自分の最大限を知る。それが、ヒーローの素地を形成する合理的手段」


表示された数字は801.6m。
とんでもない記録に目を丸くしていれば、周囲が盛り上がり始めた


「なんだこれ、すげぇ面白そう!」


「801mってマジかよ!」


「個性思いっきり使えるんだ!流石ヒーロー科!!」


浮わついた誰かの言葉。
そしてその発言を聞いた瞬間、相澤先生の雰囲気が変わった


「面白そう…か。
ヒーローになる為の三年間、そんな腹積もりで過ごすつもりで居るのかい?」


「!?」


「────良し。
トータル成績最下位の者は見込みナシと判断し、除籍処分としよう」


長い黒髪を掻き上げ、先生は嗤った


「生徒の如何は先生俺達の自由。
ようこそ、これが────雄英高校ヒーロー科だ」















第一種目、50m走。
出席番号順に行うらしいそれを、緩くストレッチしながら眺める。
あの見覚えのあった眼鏡の人は、入試の時に出久を注意した人だと今更ながらに思い出した。
三秒台を叩き出した彼に、そしてドルドル音の鳴っている足にびっくりする


『勝己、ガソリンって人間飲めたっけ?』


「は?……何か他のモン燃料にすんじゃねぇの」


《ドルン ドルン !!》


そうか、ガソリンじゃないのか。
でもあの脚だとパンツ選び大変そうだな。ぴったりしたのは履けないだろうし。
じっと眼鏡の人を眺めていれば、背後から両の肘を組まれた。
そのままぐぐっと持ち上げられ、足が地を離れる。
ぐーっと上体の筋肉が伸びた所で元に戻された。
お返しに今度は私が腰を曲げるも、勝己が浮かない。…いやこれ体重掛けすぎない様に気を遣われてるな。爪先で立ってる。
五秒程度で体制を戻し、最後に腕を天に向けて伸ばした。


『ていうかさ』


「ん?」


『瞬間移動と巨大化、どっちが良いと思う?』


さとるっちを巨大化させ、背中に乗るか。すぐるっちを走らせ、瞬間移動するか。
個性を使うならどちらかだと思うのだが、どっちが速いのか判らない。
問い掛けた私を見て、紅い瞳は肩にスライドした


「猫、どっちだ」


《オススメ ハ シュンカン イドウ !》


「だとよ」


『じゃあそうしよ。すぐるっち、宜しくね』


ひらりと手を挙げてくれたすぐるっちに笑っていると、相澤先生が私達を呼んだ


「次。爆豪、白露」


『はい』


出席番号順という事は、私は基本勝己と一緒になる。
並んだ所で、にいっと笑った勝己が手を構えた。
私はさとるっちを抱え、足許ではすぐるっちがスタンバイしている


「刹那、吹っ飛ばされんなよ!」


『あ、これ巻き込まれるヤツじゃん』


「爆速!!ターボ!!」


『すぐるっち!』


スタートと同時、すぐるっちが駆け出し、勝己が掌から個性を噴射した。
巻き上がる爆煙に目を閉じていれば、さとるっちが声を出す


《オッケー !》


ぱん!と両手を組む。
その瞬間、無限が展開される。
目を開ければ、私はゴールラインに立っていた


「爆豪、3秒29!白露、4秒48!」


『勝己はっや…』


「たりめーだろ」


『さとるっち、すぐるっち、ありがとう』


《オヤスイ ゴヨウ !》


「おい、戻るぞ」


勝己に手を引かれながら、次に走る出久を見た。
走り始めた出久は何処か顔色が悪い。
記録もパッとしたものではなく、本人もそれを気にしている様だ。


『…出久、大丈夫かな』


「他のヤツ心配する余裕あんのかよ」


『ないです…』


第二種目、握力


『ぐぬ…』


精一杯握り締めたものの、記録は11だった。
えっ、嘘でしょ?11?15ないの?え???


《アマリ ニモ ヒリキ …》


『さとるっち、マジレスやめて』


「おま、マジか…」


『勝己、その顔やめて』


え、どうしよう。これはあんまりでは…?
思わず先生を見ると、一瞬口を閉ざし、それからそっと口を開いた


「あー…次は個性でやってみろ」


『すぐるっち!思いっきり!』


ぐっと小さな手が握力計を抱え、力を込める。102の数値に目を輝かせると、先生が小さく頷いた


「記録は此方にしとくから安心しろ」


『ありがとうございます…』


良かった、記録は伸びた。
ほっとした私に、勝己が可哀想なものを見る目を向けてきた


「だからお前ペットボトルのキャップ開けられねぇンか…」


『やめて。その顔やめて』


「そもそも風でよろけるぐれェフィジカルがカス…」


『それ以上は許さんぞ勝己』


因みに勝己はもう一つの個性で握力を強化したらしく、382だった。ゴリラじゃん…


第三種目、立ち幅跳び


『んー…』


「どうした?」


『これってさ、空中に留まるのOKだと思う?』


さとるっちの無限に立てば、ずっと浮いておく事は可能だろう。
これでも鍛えているから、浮くだけなら何時間でもいける筈だ。


「次。爆豪、白露」


『はい』


「刹那、巻き込まれんなよ」


『うん。行ってらっしゃい』


《オサキ 二 ドウゾ !》


爆速ターボで勝己が大きく飛び上がる。
私はさとるっちを見て、足を踏み出した


『さとるっち、宜しくね』


《オマカセ アレ !》


元気良く答えたさとるっちを肩に乗せ、足を宙に乗せる。
階段の様に張った無限を歩き、ある程度の高さで立ち止まり、先生を見下ろした


『相澤先生!これ何処まで歩けば良いんですか?』


「…どのくらい浮いていられる?」


『この程度なら何時間でも』


「じゃあ∞だ。降りていいぞ」


『はーい』


《ヤッタネ !》


『ありがとうさとるっち』


ゆっくりと無限の階段を降りていると、向こうから飛んだままの勝己が折り返して戻ってきた


「オイ相澤先生!これ何周すりゃ良いんだァ!?」


「シャトルランじゃねぇからな。何だ、お前もずっといけるのか?」


「飛んでりゃ良いって話なら簡単だ」


「じゃあお前も∞だ。降りていいぞ」


「おお、∞が二連続!!」


「アイツらヤベー!!」


「はっ、当然だわ」


とん、と地面に降りた勝己は得意気だ。
さとるっちに演算丸投げの私は兎も角、自分で飛んでるのに∞って凄い。


『爆破だけ?それとも強化も入れてる?』


「爆破だけ」


『えっ、すご…』


純粋なフィジカルと爆破だけで∞?凄いな…
驚く私に顔を寄せ、こそりと苦い顔で耳打ちされる


「…まだ爆破と強化は使えねンだよ」


『そうなの?』


「……同時に使えば、下手すりゃ腕が千切れる」


『えっ』


思わず勝己の顔を二度見した。
口を尖らせているが、嘘だなんて言ってくれない。つまり、本当なんだろう


『でも勝己なら直ぐどっちも使える様になるだろうし、御披露目楽しみにしてるね』


今は使えなくても、何時かは併用出来る様になるんだろう。
私の知る爆豪勝己は、そういう男だ。
だから笑って言えば、切れ長の目が丸くなった。
それから、きゅうっと柔らかく細められ、淡い笑みが浮かぶ


「…おう。待ってろ」


『う…うん』


…え、めちゃくちゃ穏やかに笑ったな。
小さく跳ねた心臓に、口をもにゃりと動かした。


第四種目、反復横跳び


『無理…普通にしか出来ない…』


「普通…???22が…???」


《シュンカン イドウ デ ハンプク ヨコトビ シタラ サスガ 二 ガスケツ シソウ》


「フィジカルがカス」


葡萄みたいな頭の人が、めちゃくちゃな記録を出していた。
なんだあの高速移動、ちょっとこわい。
因みに私はこの種目最下位だった。つらい。


第五種目、ソフトボール投げ


これは簡単だ。
何故なら、先に∞を出した女の子が居るからである。
ボールが地に落ちなければ、計測は続く。それならば、ずっと空中に固定してしまえば良い


『さとるっち!』


《ヨユー ヨユー !!》


へろへろと飛んだボールが、ぴたりと宙で止まる。それをすぐるっちが抱え、ぴょんぴょんと無限の階段を駆け上がり始めた


「これも何時間でもいけそうか?」


『はい』


「判った。もう良いぞ」


『はーい』


《カイジョ !》


無限が解除され、すぐるっちが静かに着地する。
駆けてきたすぐるっちを抱え、ボールを先生に返した。


『勝己!』


「∞二つはズリィわ」


『だって、個性なしじゃ酷い記録になるし』


「…握力低ぃし、ギリ二桁ぐれぇか?」


『中学の頃は7mだった』


「」


『せめて何か言って?傷付く』


憐れみEXとか全然嬉しくないから。
眉を寄せる私に軽くデコピンして、勝己は前を向いた。
視線の先には、浮かない顔の出久。
たまたま近くに居た飯田くんが、思案する様に呟いた


「緑谷くんはこのままだと不味いぞ…?」


「ったりめーだ!無個性のザコだぞ!」


「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」


「は?」


驚いた顔の飯田くんに、怪訝そうな顔をする勝己。私も意味が判らなくて彼を見た。
視線をずらせば紅い瞳とぶつかる。
勝己と顔を見合わせ、二人して疑問符を浮かべた。
さとるっちも不思議そうに首を傾げている


出久は無個性だ。
でも、飯田くんの今の言い方なら、出久は個性を使ったという事になる。
…一体、どういう事なのだろうか。


出久がぐっと振りかぶり、投げる


「46m」


…先生の髪が持ち上がっているが、どういう原理なんだろう。
相澤先生が出久に近付き、声を掛ける。此処からでは聞き取れないが、聞こえたらしいクラスメイト達が、先生をイレイザーヘッドと呼んでいるのが聞こえた。
聞いた事はないけれど、有名なヒーローなんだろうか。
先生から離れ、位置に着く出久の顔色はやはり悪くて、私は眉を寄せた


「指導を受けていた様だが」


「除籍勧告だろ」


『出久…』


微かに唇が動いて見えるから、きっと何時もの様にブツブツ言っている。
アレが出る時は集中している時。恐らく打開策を考えているのだろう。
出久がぐっと振りかぶり、投げる。
さっきと同じか。
そう思いそうになった、瞬間────


「────SMASH!!!!」


『!?』


「!!」


《オ ?》


ボールが、吹っ飛んだ。
遥か彼方へ飛んでいくボールに目を奪われていれば、震える声が耳に届く。


「あの痛み、程じゃない…!」


はっと目を向けた先────出久は、酷い色をした右の人差し指を堪える様に握り込んで、笑った


「先生、まだ動けます…!」


「こいつ………!」


















出久は、無個性だった筈だ。
その事を、彼を幼い頃から知っている私と勝己、そしてさとるっちは良く知っている。
でも今のは。今の投球は、確実に…


「アレは……いや、ねぇわ。けど…」


『?』


眉間に皺を寄せ、勝己が出久を睨んでいた。ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げていると、肩の上のさとるっちが静かに口を開く


《カツキ アレハ オレタチノ トハ チガウヨ》


「……それなら余計に悪ィだろ」


『二人とも何の話?』


「…何でもねぇ」


二人が何を言っているのか判らず、堪らず口を挟んだ。すると勝己ははっとした様子で此方に目を向けて、私の頭を撫でる。
その誤魔化す様な行動に眉を潜めるが、追及はしなかった。
……話したくない事を、無理に聞き出したいとも思わないから


「時間が勿体無い。次準備しろ」


「指、大丈夫?」


「あ…うん……」


茶髪の女の子と話している出久を見つめていると、明るい緑の瞳が此方に向けられた。
緑と紅がぶつかる。
先に逸らしたのは、勝己だった。


「刹那、行くぞ」


『…聞かなくて良いの?』


くるりと背を向けた勝己に問う。
私の手を緩く掴んだ彼は、躊躇いなくこう言った


「関係ねぇ。後ろ気にする暇なんざねンだよ俺ァ」


『…そっか』


正面を見据える瞳は凪いでいる。
その表情を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
もう一度出久の方を見る。
腫れ上がった人差し指。ボールを飛ばすだけで、あんなにも代償を払わなければならない個性なんて。
…なんだか、個性が出久の身体に合ってないみたいに見えた


『ねぇ、出久の怪我治しに行きたい』


「却下」


『何でよ』


「痛がっときゃ良ンだよあんなヤツ」


どうやら離してくれそうにない。
これはあとで、こっそり出久の許に向かわなくてはならない様だ。


第六種目、上体起こし。


『勝己!!!もっと穏やかに出来ない!?!?!?』


「うるせぇ重り!!もっとウェイト上げてこい!!!」


《ウイテル !》


出席番号でペアになるので、私と勝己がペアになる。ただ此処で私の非力さが災いした。
勿論手で押さえる程度じゃダメだ。
なので脚にしがみついているのだが、それでも身体が若干浮く。
私はぎっこんばったんとシーソーに乗せられている様な状態だし、しっかり脚を固定されていない勝己はやりにくくて仕方がないだろう。


「猫!!!無限で足押さえろ!!!」


《オマカセアレ !》


私の頭の上でさとるっちが元気良く返事して、無限が展開された。
それでやりやすくなったのか、勝己がペースを上げる。
嘘でしょ、後半巻き上げに掛かってるじゃん…
記録にドン引く私を他所に、前半遊びすぎたと勝己は呟いた。


『ふぬ…』


「オイ…もう少し気張れや。せめて十は行け。オラ、頑張れ」


『んんん…』


《ローク !》


因みに私は十回だった。がんばった。


第七種目、長座体前屈。


『わー、やわらか』


「柔軟メインでやってっからな」


《フニャフニャ !》


綺麗に折り曲がった勝己の記録を取り、周りを見る。
これって身長が高い人の方が記録良さそうだけど、どうなんだろう。


「お、これは良い記録なんじゃねぇの」


『ほんと?個性なしで良い記録って初じゃない?』


「自分で言って悲しくならねンかそれ」


《せつなっち ヒリキ ダカラ…》


『うわ傷付く』


第八種目、持久走。


『ねぇ待って、原付き…?免許は…?』


「原チャリに勝てっかよクソが!!!」


《ハエー !》


私はさとるっちに乗っているけれど、ポニーテールの女の子はなんと原付きを出して運転し始めた。
流石に無理。終盤、勝己とほぼ同時にさとるっちが飽きてダウン。一位は勿論ポニーテールの子だった。
因みに人間一位は勝己だったので、私は結果としては勝己と同率二位。
いや個性(飽きっぽいが疲れ知らず)と同じ勢いで走る人間is何…???

















真っ白な空間。
最早お馴染みとなったそこで、俺は拳を振るいながら目隠しに問い掛けた


「なぁ、デクのアレ…呪力か?」


今まで無個性だった筈なのに、今日のソフトボール投げ。
あの時、ヤツは個性を使っていた。
確かにさとるは俺達とは違うと言った。
だがそれが術式ではない(呪力ではないとは言ってない)という意味か、それとも呪力関連ではなく、本当に個性だという意味なのか、あの場では判断が付かなかったのだ。
俺の問いに、首を捻って拳を避けた目隠しがのんびりとした口調で言う


「んー…それさ、僕が答えて意味あんの?」


「はぁ?」


「だって、どれでも一緒じゃない。なんか知らないけど個性を使ってた。それだけでしょ?
出久が力を得てなんか問題でもあんの?」


そう何でもない様に言ってのけた男に、俺は眉を潜めた


「…俺をずっと騙してたのか、気になっただけだ」


「なんで?…ああ、個性って急に出るとかはないんだっけ?
呪物食って呪力を得るみたいに、なんか取り込んで個性を得たとかって可能性はないの?」


「ンなの聞いた事ねぇ」


「それは勝己が知らないだけじゃない?
もしかしたらさ、あるかもよ?
オマエの見聞きしたものだけが世界じゃない。僕達みたいなイレギュラー染みた存在みたいに、出久に常識じゃ有り得ない筈の事が起きた…っていうのも、可笑しくない。


────有り得ない。


こんな超人社会じゃ、それこそが有り得ないんだよ」


左目、喉笛、心臓。鳩尾。
一撃でも食らえばヤバい猛攻を、呪力を纏った腕でギリギリ払い除ける。


有り得ない。それこそが有り得ない。


その言葉で脳裏を過った緑色。
直ぐに霧散したそれを追い掛けたりはせず、目の前の男に集中した。


数分後。
地に転がる俺を見下ろして、目隠しが言う


「出久のアレは、呪力じゃないよ。
だから彼にはクソ猫は見えない。
この世界じゃオマエ以外にアイツらが見えるヤツなんて居やしないから、安心しなよ」


「は、」


急に何言い出しやがったこの目隠し。
文句を言う前に、薄い唇が三日月を象った


「────焦った?
出久が視える様になったら、刹那がアッチに行っちゃうかもって思った?」


じり、と掌に熱が籠った。


「出久、優しいもんねぇ?
自分より他人って自己犠牲万歳なトコは、なかなか呪術師向きだと思うけど」


菫青が緑色を追う。
白猫がヤツの肩に乗る。
そんな事、有り得ねぇのに。


有り得ない。
────それこそが、有り得ない。


先程五条が放った言葉が、毒の様にじわじわと浸透していくのに吐き気がした。
ぎちり、奥歯が軋む。
俺を見下ろして、目隠しは深く溜め息を落とした


「そんな下らない事で悩むくらいなら、強くなりなよ。弱いからそんなにウジウジ悩むんだよ、オマエは」


「っ…!!俺は…!!」


「たかが十ヶ月やり抜いた程度じゃまだまだ。
大体勝己はさぁ、勿体無いんだよね」


真上から俺を見下ろす男が、目隠しを外した。
開かれた空色が、じいっと俺を捉えている


「才能はある。努力も出来る。考える頭もある。それに応える肉体も持ってる。
それなのに、昔から出久が絡むと妙に意固地で短絡的になるよね。


ねぇ、何で?


一番弱い筈の出久が、自分より他人を優先するのが理解出来なくて気持ち悪いから?
ずっと腐れ縁でも傍に居た無個性の出久が、自分の知らない所で力を得たから?
────それとも、ずっと自分に個性を隠してたのかって思って、勝手に裏切られた気持ちになった?」


蒼が冴え冴えと輝いている。
目を離せない俺を映したまま、薄い唇が吊り上がった


「オマエと出久の間に蟠りがあるのも知ってるよ。
オマエにはオマエなりの考えがあって、出久を拒絶してるのも解ってるつもり。


でも────そんなのさぁ、どうでも良いよね?


オマエはナンバーワンヒーローだっけ?そうなりたいんでしょ?
強くなるんでしょ?誰にも負けられないんでしょ?
なら出久を気にしてる暇とかないよね?」


「…わかってる」


「判ってるなら出久の個性の事は忘れな。対抗心は必要だけど、オマエのそれは眼を曇らせるだけ。
強くなりたいなら、余所見するなよ。
オマエが追うべきなのは後ろに居る出久じゃなくて、前に居る僕と傑だよ。


────勝己、強くなりなさい。


振り向く事なんてしなくて良い。
周りなんて気にしなくて良い。
大事なものを取り零さない為に、前だけを見ろ。焦らずに、丁寧に力を磨くんだ」


穏やかに諭す声に、静かに身を起こした。
服の汚れを払い、構える。
…強くなる為には、このモヤモヤした感情は必要ない。
確かにそうだ。
心を鈍らせる感情は、強くなりたい俺には────邪魔でしかない。


「…宜しくお願いします」


そう口にすると、蒼がゆるりと微笑んだ


「オマエには僕達が付いてる。
だから、焦る必要なんて何もないんだよ」











それは神託に等しく











刹那→呪術以上に身体機能が低い事が判明した。元の天与呪縛では代償が軽かった為、“どんなに鍛えても身体能力が一般女性の平均を上回れない”から“一般女性より身体機能が劣る”に変更されている。つまりフィジカル雑魚。式神使いの典型になった。個性把握テストの総合順位は三位。∞を出しても素の身体能力が低すぎた。

爆豪→原作よりも成績が上がっている。
デクにもやっとした気持ちを抱くが、五条に乱暴にどうにかされてしまった。
今までは気にしないと言いつつデクを見ていたけど、これからは完全に前しか見なくなる。
個性把握テストの総合順位は二位。流石にその場に適した物を造り出せる創造には勝てなかった。

五条→教え子の迷いは強さでどうにかする。



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