あゆみちゃんに教えてもらう


まるはち

「お待たせしました!」

荷物を置いた蘭さんが戻ってくる。コナンくんの態度に首を傾げていた私も意識は戻ってきた蘭さんに向かっていった。

「いえいえ、全然待ってないですよ。じゃあ行きましょう!」

蘭さんはにこにこと上機嫌に笑って先を歩く。それにヤレヤレ、といった風に息を吐いてコナンくんがついていく。...何でこんなに温度差があるんだろう、と首を傾げて私も後に続いた。



「...なまえお姉さん、大丈夫??」

ぐったりと肩を落とす私にコナンくんが近寄ってくる。正直嘗めていた。買い物くらいと思っていた。思っていたのだ。

「...コナ゙ン゛ぐん!!」

茫然としていた私は、コナンくんの声を聞いて安心してブワリ、と涙がこみ上げてくる。うぅ...、こんなはずでは無かったのに!! 

二人の後ろについてやってきたのはいつも私が使うスーパーと反対側に歩スーパーだった。上京してきて日も浅く周辺の地理も把握していない私はこのスーパーに来るのは初めてであった。はじめ来るスーパーに胸を躍らせながら、自動ドアをくぐる。そこには夕方の割に主婦であろう子供持ちの奥様方が多くいた。

「?」

勿論仕事帰りであろう社会人の姿も見えるのだが...。蘭さんもセールと言っていたけれどこんなにも人が集まるものなのだろうか。平日の夕方だし...。ちょっと人が多いな、というレベルでもない。そんなにいい物が売られるのかな。何だろう。黒毛和牛とか?流石に発想が貧相すぎかな?でも皆さんすごい殺気立ってるよ...。背筋がピリピリする。

「なまえさん、コナンくん。」

先程まで朗らかだった蘭さんの声が数トーン下がっている。その声にびくり、と震えて蘭さんを窺うとその目は戦場を勝ち上がってきた猛者かと思うほどきつく前を見据えていた。

「コナンくんはトイレットペーパー、なまえさんはジャガイモと人参おねがいします!私はお肉と卵行ってくるので!」

たっ、と競歩で進んでいく蘭さんにはーい、と小さく返す。たぶん聞こえていないが。

「あのね、なまえさん。」

そんな私を見てはぁ、とため息をついたコナン君は丁寧に説明してくれた。 コナンくん曰わく。このスーパーは社会人のために毎週水曜の夕方にタイムセールを行っていたらしい。当時はこのスーパーの経営はあまり良くなく、売れていない物を含め様々なものをセール品として売り出した。苦肉の策のそれが大ヒット。口コミで主婦層にまで広がり毎週水曜の夕方は今日のようにセールを目当てに人がごった返すらしい。

「後5分したらセール品にはシールが貼られるはずだからなまえさんはそのシールの張られた人参とじゃがいもをさん袋ずつ取ってくるんだよ。」

わかった?と首を傾げるコナンくんに恐る恐るこくり、と頷く。

「わ、わかった...。」

ちらり、とコナンくんの後ろを見てみる。棚の前には人、人、人。ごくり、と唾を飲み込み神妙な顔でそろそろと野菜があるであろう棚へ向かう。

「なまえさん、怪我しないように気を付けてー!」

後ろから大きめの声で応援され頬を染める。流石にこの年で店内で大声で名前を呼ばれるのは恥ずかしい。コナンくんにこくこく、と首を振って答え先程より足早にその場を離れる。コナンくんは半目になってこちらを見ていたが、流石にそれは大丈夫だよ!コナンくんもはやく自分の受け持ち場所に行った方がいいよ!



そうして意気込んで別れたはいいが。

「壁がこえられない...。」

頑張って身を割り込ませ、人参とじゃがいもを手に入れようと進んでは居るのだが...。

てい、ぺい、ぽい。

「...。」

主婦の奥様方っょぃ....。
隙間から手を伸ばしてみようと爪先立ちをしてみたり、横の隙間を狙ってみようとしてみるが全く入り込めない。入り込めても、ある一定の位置まで行くとにっちもさっちもいかなくなる。挙げ句に後ろの人から押され弾き出されて元の位置に戻ってしまう。

押された衝撃で棚にぶつかり腕を切る。そんなに大きな傷ではないがじんわり血が滲み始めている。あ、商品に血、ついてないかな。そんなことを考えながら情けなさとチリチリ痛む傷口に唇を噛む。此処にきて漸くコナンくんが最初に言っていた言葉の意味を理解する。うん、確かに私は何も分かってなかった。

そして話は冒頭に戻るのだ。ぶわりと屈んで泣き出した私にコナンくんは抱えていたトイレットペーパーを脇におき私の頭に手を伸ばす。全く、と息をついてコナンくんがもう片方の手でポケットから絆創膏を取り出した。

「全く...。なまえさん、これ見てて。」

私の腕の傷に目聡く気づきぺたり、と絆創膏を貼りながらトイレットペーパーを指し示す。

「こなんくんは...?」
「なまえさんがとれなかったもの僕が取ってくるよ。」
「えっ、危ないよ!」

おろおろとしているとコナンくんはなまえさんより馴れてるから!とタッタカタッタカ駆けていく。取り残された私は脇にあった トイレットペーパーを近くに寄せて一人棒立ちで二人を待つ。

「おねぇさん、どうしたの??」

下から声が聞こえてぱっと下を向くとカチューシャをしたコナンくんくらいの女の子が私の服の裾を握っていた。

「あ...。えと、知り合いを待っていて...。」 「ふーん、そっか!歩美もお母さん待ってるの!一緒だね!」

そういってにこにこ笑う歩美ちゃんに何も言えなくなる。小さい女の子がお母さんが待つのと一緒かぁ。少し遠い目をしながら歩美ちゃんとお喋りをする。

「あのね!歩美はね、チョコレート買ってもらうの!」
「チョコレートかぁ、良かったねぇ。」

ニコニコと手に持った袋を此方につきだして一つ一つ説明してくれる歩美ちゃんに私もつられて頬が緩む。

「あ、お姉さん笑ったぁ!」
「へ?」

私の緩んだ顔を見て歩美ちゃんが嬉しそうな顔をしている。

「おねぇさん、さっきから悲しそうな顔してたもん!」

笑った顔の方が可愛いのにー、と笑う歩美ちゃんをきょとんとして、それからその言葉の意味を理解して耳が熱くなる。

「ありがとう、歩美ちゃん。」

口角を上げて歩美ちゃんの目を見つめながらお礼を言う。すると、歩美ちゃんは今日一番の笑顔を見せてくれた。



「あ、お母さんだ!!おねぇさんまたね!」 「うん、ばいばい。またね!」

あれから歩美ちゃんとお喋りをしていると私の後ろを見て歩美ちゃんがお母さんだ!、と声を上げた。それからまたね、と手を振って別れる。いい人ばかりだなぁ...。

「なまえさん?」

一人歩美ちゃんの優しさを噛みしめていると後ろから声をかけられる。ぱっ、と後ろを振り向くと商品を持った蘭さんが居た。

「あ、あの...。」

言われていた商品を取りにいけてないため後ろめたさから少し俯く。

「ご、ごめんなさい。私何もとってこれなくて...。」
「そうだったんですね...。でも気にしないで下さい!それより、その腕大丈夫ですか?今日あったときは無かったですよね?」
「大丈夫です!コナンくんが絆創膏貼ってくれて...。」

蘭さん優しすぎなのでは...?全く役に立たない私にそんな優しい言葉をかけてくれるなんて...。本当に会う人皆優しくて涙がでそうだ。...何時も泣いてる気がするけど。

「お、お待たせ...。」

蘭さんの言葉にじーん、と感動していると下からコナンくんの声が聞こえてきた。下を見るとややくたびれたコナンくんがじゃがいもと人参を両手で抱えていた。

「コナンくん本当にごめんね...。ありがとうございます...。」
「コナンくんありがとうー!」

蘭さんがそれを見て嬉しそうにニコニコ笑って商品をコナンくんから受け取っていた。やっぱりじゃがいもと人参は欲しかったみたいだ。本当に役立たずでごめんね...。

「さ、なまえさん!お会計につきあってください!」
「う、うん!」

しょんぼりしている私の肩を叩き、蘭さんが私の腕を引く。

「おひとり様一個だからなまえさんが居るないと困りますよ!」

蘭さんに腕を引かれ、あわあわしている私の斜め後ろにいるコナンくんがついてくる。彼は何だか年下を見るような穏やかな顔で此方を見ていた。確かに今日も私は情けなかったがやはり十数年も年上のはずの私は酷くしょっぱい気持ちになる。...まぁ、今更かな。

少し開き直って顔を上げる。前を見れば笑顔の蘭さんに斜め後ろには腕を頭の後ろに組んでついてくるコナンくん。ふと、先ほどの歩美ちゃんの言葉を思い出す。

「...二人ともありがとう!」

ふにゃり、と笑って蘭さんとコナンくんにお礼を言う。二人は顔を見合わせて不思議そうにしていたが、私は満足だった。次があれば今度こそ頑張るぞ〜!! 



この後毛利さんのおうちでとっても美味しいご夕飯を頂いて蘭さんに弟子入り志願するのはまた別のお話。