あむろさんにかてない


まるきゅう

ぬるり、と布団から目覚まし時計へ手を伸ばす。時計を近くに引き寄せてみれば今の時間は9時。それにうふふ、と気持ちの悪い笑い漏れる。二度寝をしよう。今日は一週間ぶりの休日なのだ。贅沢に時間を使ってしまおう。気が済むまで寝て、それからだらだらして〜。ご飯はなんか適当にお家にある保存食でも食べて、おやつにちょっとお高めのプリンを食べて〜...。明日も休みだし今日くらいは1日引き篭るぞ、私は!!という訳で、おやすみなさい...。



お腹が空いた。

ぱちり、と目を開き天井を見ながら思う。思う存分寝たからか眠気は全くない。寝起き特有の気だるさもなくただただ空腹が私を苛む。

「何食べようかな〜。」

むくり、と起きあがりボサボサになった髪を片手で撫でつけながら冷蔵庫に向かう。

「...あれ?」

ぱかりと開いた冷蔵庫の中には先日私が買ったプリンがひとつ。覗き込んで見てもあるのはそれだけ。卵すらなく他にあるのはソースやドレッシングなど調味料ばかり。

「...そういえば食材の買い出しに行ったの6日前が最後だったかも。」

最近忙しくても昼も夜もコンビニで済ませていたツケがここで回ってきてしまった。ずっと料理していなかったからてっきり何かあるだろうと考えていた。まさかここまで何もないとは...。

「...。」

くぅくぅと鳴るお腹を抑え考える。お腹が空いた。出掛ける...?いや、コンビニで買ってきたらいいかな。でも、こないだからずっとコンビニご飯だしどちらにしろ夕飯もない。...スーパーにいくか。気は乗らないが仕方が無い。はぁ、と溜息をつき顔を洗いに洗面台へ足を運ぶ。

ぱちり、と洗面台の明かりをつける。ここは位置的に窓がないため昼間でも薄暗くて不便だ。適当にヘアバンドをくぐらせてから冷たい水で顔を洗う。ばしゃばしゃと顔を洗ってタオルにぎゅっ、と顔を押し付ける。一応知り合いにあったら嫌だしメイクはちゃんとしようかな...。職場近いとそれがなぁ...。寧ろ顔面そのままの方が知り合いにバレないかな...。...一応ちゃんとしよう。うん、備えあれば憂いなしだもん!なんか使い所違う気もするけど!

とはいえ面倒なので出来るだけ最低限のメイクを施して服を着替える。ワンピースは良いよね!すぽんと被るだけだから!楽ちん!!そして財布とスマホが入るくらいの小さな肩掛けの鞄を斜めがけにし、そのまま適当なサンダルを引っ掛ける。

「いってきまーす。」

誰もいない部屋に挨拶をして鍵を閉める。一人暮らしを始めてもこの癖が抜けず、後で虚しくなるだけだと分かっていても止められない。本当に融通のきかない性格してるな、と苦笑してスーパーに向かうため部屋を後にした。



ふらふらとスーパーを目指す。日差しはそんなに強くないが湿気が多く、重い空気が体に纏わり着いてくる感じがする。それに比例して足取りも重くなっていく。喉が渇いた。そう言えば起きてからなにも口にしていない。思い出したらそれだけで水分が恋しい。でも自販機で買うくらいならスーパーで買った方が良いよなぁ。もう少し我慢しよ。頑張れ、私。目的地は近いよ。自身を励ましながら歩いてふと気付く。

「こっちちょっと遠い方のスーパーだ...。」

日陰を求めて歩いたのが行けなかったのかいつも使うスーパーとは違う、先日戦場と化したスーパーへ向かっていた。つまり、毛利さん宅やポアロ方面のスーパーである。

「わたしのばかばかー...」

力無く自身を罵倒する。何故気づかなかったのか。今更戻ってもより歩かなくてはならないだけだ。それならばこのまま向かった方がいいだろう。項垂れたまま進んでいくと、

「あれ、なまえさん。」

ふと、名前を呼ばれ顔を上げる。

「あ、安室さん...。」

気付けばポアロの前まで来ていたのか店先を掃き掃除する安室さんに声をかけられた。捲り上げられた袖から見える二の腕が眩しい。

「お出かけですか?」
「あ、はい。ちょっとスーパーまで。」

彼の周りは湿気などないのではと思うほど爽やかに笑いながら問いかけてくる安室さんにこくりと頷きながら返事をする。

「そういえば、昨日から新作ケーキが出たんですよ。」
「え!!それって、このあいだ頂いたやつですか!?わー、遂にお店に並んだんですねぇ!!」
「えぇ、あれから少し改良を加えまして。お陰様で沢山注文頂いてます。」
「そりゃそうですよ!唯でさえあんなに美味しかったのにそれに改良を加えたならもう頼まざるを得ないですよ!!」

先日のケーキの味を思い出して握り拳をつくる。この間のだって完璧だったから何をどう改良したのか、というか改良すべき所があったのかは私にはわからないが安室さんがそうすべきだと思ったのならより一層美味しく仕上がっているだろう。

それにしてもお腹が限界を迎えている現在。ちょっとすぐにでもスーパーに行きたい。安室さんには申し訳ないが今日はポアロに来る予定ではないのである。おうちでダラダラするという目標を達成するためのやむを得ない一時外出中なのだ。

「えと、それじゃあ私スーパーに行くので...」
「え?」
「え?」

やんわりと安室さんと別れるためぺこぺこ頭を下げながら挨拶をしてみればえ?と安室さんが信じられないというような目を向けられる。その様子に私もえ?と目を丸める。いや、今の流れそんなに可笑しかった...??

「新作ケーキですよ?」
「え、えぇ...。」
「この間の改良品ですよ?」
「らしいですねぇ。」

じっ、と安室さんが此方を伺ってくる。え、あぇ〜...?食べていけってこと??いやぁ、でもなぁ今日はカフェの気分じゃないしお菓子よりしっかりしたものが食べたいから...。

「...そうですか。」
「え、えぇ...、すいません...?」
「いえ、いいんです。僕の修行不足ですから...。」
「はい?」

目を緩く伏せる安室さんに罪悪感が募る。しかし、修行不足とは一体...?安室さんが修行不足なら世の中の人間は修行不足で溢れていると思う。安室さんが卑下されるとこの世界の大半がより一層下の階層まで行かなきゃいけなくなるので軽はずみな言動はやめた方がいいと思います。安室さんはもっと自分を誇ってください!!いや、そんなことよりも。

「え、えーと...?」
「次はなまえさんのご期待に沿えるケーキを考えますから...。」
「えっ、いや違いますよ!?あのケーキが気に食わなかった訳じゃないです!!」

なんか凄い誤解が生まれていた。ぎょっとして違いますよ、安室さん!と顔を上げる。顔と両手を胸の前で振って違う違うと全身で否定する。私、割とこれ外聞捨ててるね?いや、致し方ない、安室さんには変えられない。この程度の恥、忍ばなくては!!

「いや、今日はスーパーにですね、用事がありまして!!」
「そうですね...。」

あああああああ、私の力量では安室さんを元気づけることすら出来ない...!!!自分の不甲斐なさに落ち込むしかない。あああ、私はなんて駄目な人間なの...。そしてポアロの店前でなんでこんな不審者にならなくてはならないの...。その時。

ぐうううぅぅぅぅ。

「...。」
「...。」

突如鳴り響いた轟音に安室さんと無表情で向かい合う。そして、私はそろそろと左手でお腹を抑えてから安室さんに頭を下げ足早に隣を通り過ぎる。

「...。」

ぱしり、と軽い音を立て右手が捕まり歩みを止められる。とても嫌な予感を覚えながら恐る恐ると後ろを振り返る。

「...。」

そこには私の手を片手で捕らえたまま顔を私から逸らし小刻みに震える安室さんが居た。それにかっ、と顔に熱が上る。捕えられた右手を解放してもらおうとグッ、と引っ張るが私の腕はピクリともしない。安室さん力強すぎるのでは...?

「...離してください。」
「いえ、ちょっと...。」

未だにプルプル震える安室さんに涙目になりながらも抵抗する。しかし安室さんは力を緩めるどころかより一層力を込めて私の動きを制限する。それに私は唇を尖らせる。

「笑うなら笑えばいいじゃないですかぁ...。」
「ふふ、いえ馬鹿にしてる訳ではないんですよ?」

白々しい安室さんに涙目のまま抗議の目を向ける。絶対嘘だ。安室さんとっても楽しそうだもん...。

「ふ、ふふ...。」
「やっぱり私のことバカにしてますよねぇ...?」
「いいえ、そんなことは。...ふふ、お詫びにポアロで遅めのランチは如何ですか?僕が奢りますよ。」
「いいです!おうちに帰って食べるので!!」

私を見てニコニコ笑う安室さんに頬を膨らませそうになるのを堪えながら自身の腕を抜こうと足掻く。

「パスタでしたらすぐにご用意出来ますよ。」
「いいえ!大丈夫です!!」
「今日はトマトベースのソースですよ。」
「えっ...!」
「モッツァレラチーズもたっぷり。」
「なんと...!?いや、でもでも...。」
「今ならパスタができるまでにハムサンドもお付けします。」
「行きます。」

パスタに釣られまいと頑張っていた私も最後のダメ押しで敢え無く完敗した。仕方ない、安室さんのハムサンドはそれ程までに美味なのである。そして何よりすぐさま胃にものを入れられるとは今の私にとってなんて甘美な誘惑...!前提として安室さんに勝てるわけがなかったのである。安室さんの思惑通りになったこととあれだけ駄々を捏ねたことに今更ながら羞恥を感じ、安室さんから視線を外し彷徨わせる。そんな私の様子を満足そうに笑った安室さんは私を捕らえていた手を外しその手でポアロの扉を開く。からんからんと軽い音を立てる扉を抑え安室さんが甘く笑う。

「いらっしゃいませ。」