ポアロ組にわらわれる


昨日選んだお詫びの品々をもち私は今毛利探偵事務所前に居る。時刻は11時。アポイントは取っていないがこの時間なら失礼にも当たらないはず。あぁ、でもやっぱりアポイントは取った方が良かったかな...。連絡先の交換はしていないけどネットで検索をかけたら電話番号位は載ってるはずだ。どうしよう、とその場で固まる。私の後ろを通っていく通行人たちがちらちらとこちらを見ているのがわかる。邪魔な上に変なやつですいません。でもそれどころじゃないんです。むむむ、と上を見ながら唸る。出直した方がいいかなぁ。

するとからんからんと音を立ててポアロの扉が開いた。そこからはおでこをだしてチャーミングな笑顔をした女性が出てきた。

「あのー...。毛利さんにご用ですか?」
「は、はい。」
「それなら、毛利さんはお出かけですよ。昨日から皆で泊まりがけでお出かけしてるみたいです。」
「そ、そうなんですか。わざわざありがとうございます。」

そっか、毛利さん達いないんだ...。やっぱりアポイント取ればよかった。私ってばほんと馬鹿だな、としょんぼり方を落としながらお礼を言う。でも、安室さんはいないかな?

「あの、今日って安室さんいらっしゃいますか?」

毛利さんたちには無理でもせめて安室さんには献上させてほしい。でなくては私はなんのために今日外に出てきたのか...。何時もなら休みはお家でぐったりしている私が近所とはいえ日曜の午前中から(もうすぐお昼だが)外に出ているのは珍しいことなのだ。

「安室さんですか?安室さんは今日は午後からの出勤ですよ。」
「そうなんですか...!ありがとうございます!」

今はいないみたいだが、午後から出勤なら安室さんにはお詫びの品を献上できそうだ。先にも述べたように今の時刻は11時。1度おうちに帰るべきか...。数秒脳内で会議した結果、ポアロで待つことにした。1度お家に帰ったらもう外に出る元気が無くなりそうなので、ポアロでお昼を食べてのんびり待つことに決める。

「あの、席って空いてますか?」
「えぇ、実は今日は珍しく人が少ないんです。」

苦笑しながら返ってきた答えにほっ、とする。満席だっり人が多かったら安室さんを待つどころではない。小心者である私は直ぐに店を出ることになっていたことだろう。



ポアロで働く女性は梓さんというらしい。あの後梓さんに店内へ案内された私はカウンター席でアイスココアを頂いたいた。彼女はもとよりそういう性分なのかメニュー表を睨み、何を頼むか悩んでいた私にオススメを教えてくれたり、気さくに話してくれた。話しているうちに打ち解け、同い年ということがわかり2人で盛り上がる。私の他にお客さんがいないのをいいことに、きゃいきゃいとお喋りが止まらない。

「安室さんになんの用事なんですか?」
「あ、実は先日安室さんにお世話になりまして...。本日はそのお詫びの品を献上させていただこうと思いまして。」
「あら、そうだったんですね。でもそれならこっそり渡した方がいいですよ。安室さん、JKに大人気だから。」

あぁ、そうですよね。あれだけの顔面偏差値なら納得だ、とこくこくと頷き返す。

「なんで梓さん、私に声をかけてくれたんですか?やっぱり店先に不審者がいると思ったからですか?」
「違うわよ。お店の中から百面相した人が看板を見上げているなぁ、困ってるのかなぁって思って。」

ついでにお店に来てくれないかな、っていう下心もあったけどと言って梓さんが悪戯っ子のやうに笑う。昨日も似たようなこと言われたような...。いや思い出すのはよそう、と両手で頬をぐにぐにと揉む。私の表情筋よ、もっと頑張ってポーカーフェイス目指そうぜ。


お昼が近づくにつれ、少しずつ店内は人が増えていき一時前にはだいぶ賑やかになった。梓さんも忙しくなったため自分にと頼んだスパゲティをくるくるとフォークに巻き付け、黙々と食べていく。とっても美味である。幸せだなぁ。ふにゃあ、と表情筋がだらしなく緩んでいる自覚があるが私が悪いのではない。この美味しすぎるスパゲティがいけないのだ。もっもっ、と食べ進めていると奥の扉が開きエプロン姿の安室さんが入ってきた。もうそんな時間なのか。

「おや、なまえさん。」
「!!」

こちらに気付いた安室さんがいらっしゃいませ、と神々しいお顔で笑いかけてくる。挨拶を返そうとしたら口の中にパスタが入っていたため、慌てて噛んで飲み込む。

「んっ...。こんにちは、安室さん。」
「はい、こんにちは。...ふふ、なまえさん、栗鼠みたいですね。」
「はい?」

あまりにも突飛な思考にきょとん、と目を瞬かせる。りす?なんで?くすくす、と上品に笑う安室さんを見つめる。

「いや、ハムスターですかね。...食べている姿が頬袋を膨らますハムスターにそっくりで可愛らしかったものですから。」
「それ...、喜んでもいいんです?」

可愛いという言葉に一瞬頬を赤らめた私であったが言葉の意味を理解して複雑な気持ちになり、眉根が寄る。それも可笑しいのかまたくすくす笑った安室さんは水場で手を洗い、何やら調理を始めた。私はそれを眺めながら残っていたスパゲティを食べる。やっぱり美味しい。寄っていた眉間のしわが解れていくのがわかる。美味しいご飯は幸せな気持ちを持ってきてくれる。美味しいは正義だ。


「ご馳走様でした!」

ぱちり、と手を合わる。そこで、はっとここは家じゃなかったと気づき恥ずかしくなって軽く俯く。あぁ、誰も見てませんように。そう思いながらちらりと周囲を見ると店内はがらんとしていてお客さんの姿はほとんど無かった。やだ、私食べるの遅すぎ...?

そうして愕然としている私の耳に二人分のくすくすと笑い声が届いた。ぱっ、と顔を上げると安室さんと梓さんが2人して私を見て笑っていた。

「な、何ですか?私何もしてませんよ!」
「ふふ、そうですね。」
「えぇ、何もしていませんね。」

微笑ましそうに此方を見て笑う2人にジトっとした目を向ける。

「なんですか。合掌するの癖なんですー。そんなに笑わなくてもいいじゃないですかぁ。」

拗ねたように呟くといえいえ、いいじゃないですかと安室さんがフォローを入れてくれる。

「素敵なことですよ。作った側は嬉しいですよ。」
「そうですよ、別に馬鹿にしてる訳じゃないのでそう拗ねないでくださいよ。」

まぁまぁ、と梓さんも安室さんに同意して慰めてくれる。それに不機嫌なポーズを続けたままツーンとそっぽを向く。どうしよう、怒ってるわけじゃないけれど1度そのように振舞ってしまったため収め所がわからない...。

そうして、最早なんでこんなことしたのだろうかと悲しくなってくる。ほぼ初対面と変わらないのにこんな生意気な態度とってくる女ムカつくよなぁ。優しいお二人に対する裏切り行為なのでは?と思い至り涙が溢れそうになる。うっ、と涙を堪えているとことり、と目の前に何かが置かれる。

「ごめんなさい、これで許してくれませんか?」
「これ、安室さんが次にお店に出そうと考えている新作ケーキの試作品なんです。美味しいのでぜひ食べてみてください。」

目の前にはとても美味しそうなスポンジケーキ。フルーツがふんだんに使われており見た目も綺麗だ。自分で目が輝いていくのがわかる。

「えっ、頂いていいんですか?」
「是非どうぞ。」

2人がにっこり笑って頷く。それを合図にフォークを手に取り一口大に切り分け口に運ぶ。

「〜〜*!!!」

口に含んだ衝撃に襲われる。そのままもぐもぐもぐと無言で一心不乱に食べ進める。美味しい!とっても!ずっと食べていたい!

「どうやら、お気に召して頂けたようですね。」
「みたいですね。この新作もきっと好評ですよ!」

2人がカウンター越しに何やら話しているがそれどころではない。美味しい。もっと食べたい。そして私は自分が何に怒っていたのか、何が目的でここに来たのかすっかり忘れてケーキに夢中になってしまったのだった。