迅悠一


※ネームレスです。



「はやいね。」

ひんやり冷たい空気が肌を刺す。隣にあったはずの温もりが消えたのを感じ、瞼を開く。
早朝の冷たい空気が素肌に容赦なく襲いかかってくるので、掛け布団肩まで引っ張りながら声を掛ける。

「......寝ててよかったのに。」

こちらに視線を合わせないまま迅くんは薄く笑う。私に背を向けた彼のそこには少しだけ赤い引っ掻き傷がついていて、申し訳なくなると同時に少しの優越感を抱く。その背中がシャツに隠れてしまったのを見届けて、掛け布団を被ったまま、がばりと上半身を起こす。

「行っちゃうんだね。」

その言葉に迅くんは一瞬動きを止める。しかし、なんてことないように笑いながら机に置いてあった変な形のサングラスを手に取り、弄ぶ。

「なに、引き止めてくれるの?」

ちらり、とこちらを見た迅くんと視線が絡まる。弧を描いた口元とは裏腹に迅くんの瞳は笑っていなかった。こちらを見透かすようなその瞳から逃れるように少しだけ顔を下げた。
それを見て興味を失ったのか彼が玄関に向かって歩いていく。その背中を見ているともう二度と会えない気がして思わず掛け布団を打ち捨てた。

「わたし、待ってるから!」

扉を開こうとしていた迅くんの裾を掴む。それに驚いたように迅くんが振り返る。

「おっ、まえ......。」
「だから、だから、ちゃんと会いに来てね......!」

きゅ、と白くなった指先に決して裾を離すまいと力を込める。ここで離してしまえば二度と会えない気がしたから。すると、そんな私を驚いたように見ていた迅くんがふ、と困ったように笑う。

「これは見えてなかったなぁ......。」
「なによ......。」
「いや、こっちの話......。」

意味の分からない科白に少しだけむっとして迅くんを睨めば、あまりにも優しい顔でこちらを見てくるものだから馬鹿らしくなってしまう。

「ほら、何時までもそんな格好してないでよね。」
「わ、」

ふわり、と迅くんの香りに包まれる。見れば迅くんがいつも羽織っている青いジャージで私を包んでいた。

「......これちゃんと洗ってるの?」

なんだか気恥ずかしくて袖で顔を隠しながら憎まれ口を叩く。

「せっかく貸してあげたのにそんなこと言う*?」

やれやれ、と迅くんが肩を竦める。

「じゃ、それちゃんと洗濯しててね。」
「え、」
「また取りに来るから。......それまで待っててよ。」

その言葉に息を呑んで迅くんの顔を見詰める。そんな私の顔を見て、迅くんは間抜けズラと悪戯っぽく笑う。

「......うん、待ってるよ。」

零れそうになる涙を堪える。外寒いでしょ、と言いたかったけれど、彼の言葉が嬉しくて頬が緩んで仕方がなかった。

「ん。......じゃ、行ってくるよ。」

私の瞳に浮かんだ涙を人差し指で拭い、優しい顔をした彼が扉の向こうに消えていく。
けれど、私の中にもう不安はない。

「......ふふ。」

だぼだぼすぎてワンピースみたいになっているのが何だか嬉しくて、その場で一回転してみる。ふわりと翻るその裾にもう一度にんまり笑って二度寝をしようと布団へ潜り込んだ。

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