私は安室透と付き合い始めた。...らしい。なんだか最近よく連絡が来るな、と思ってはいた。いたのだが。
「まさか、安室さんが私の彼氏にランクアップしてるとは夢にも思わないじゃん?」
寧ろ私の彼氏なんて安室さんにとってはランクダウンか?ちゅー、とストローでアイスティーを啜りながら遠い目をする。グラスについた水滴が手のひらを濡らすしひんやり冷たい。カランと音を立てるグラスを机に置き1つため息をつく。一体全体どうなっているのか。速急にそれを究明しなくてはいけない。
「どう思いますよ、コナンくん?」
「いや、どうって言われても...。」
なまえさん、他に相談する友達いないの?と向かいに座っていたコナンくんから乾いた笑みが漏れる。うるさいやい。
「女の子の友達にそんなこと言ったら、惚気?って言ってすごい目で見られたんだもん...。」
分かった直後に友達のグループに同じような事言って皆からは?からの巫山戯るなの一言でしたね。えぇ。女の友情って儚いな、と実感した一時でしたよ。目の前に置かれたチーズケーキを一口大に切り分け、それをコナンくんの口に無理やり押し込む。コナンくんの口には些か大きかったのかむごむごと一生懸命口を動かしているのが可愛い。ごめんね?と軽く謝罪をして笑えばじとりとした目でコナンくんがこちらを見てきた。
「んっ...。ていうか名前さんこの間ポアロで告白されてたじゃない。」
「それがまっっっっったく心当たりないんだよね...。」
両肘を机の上に起き顎を手にのせる。告白なんてされたっけ...?そんな記憶全く無いんだけどなぁ...。もう一度ため息を吐いてコナンくんを見るとまじか、と言わんばかりのぎょっとした顔でこちらを見ていた。
「いやいやいや、みんな見てたよ?なんで会話の当事者のなまえさんがわかんないのさ。」
「そんなこと言われても...。」
私だって泣きたい気分なのよ、と机に突っ伏す。私とみんなの時空間が狂ってたんじゃないかな?ということは安室さんは私に告白した訳では無いのでは??
「なまえさん、落ち着いて。」
はぁ、とコナンくんが大きなため息をついて口を開く。
「だからぁ、」
・
・
・
「なんだって?」
コナンくんから話されたあの日の出来事に口がぱっくり開く。まさかのまさか、あれが告白だっの?
先日、私は複数抱えていたレポートを無事提出し終え爽快な気持ちでポアロに向かっていた。ポアロに向かう足が軽い。ふんふん、と軽い鼻歌さえ歌っていたと思う。あの日の私浮かれすぎだな?まぁ、それはともかくとして私は上機嫌でポアロの扉を開けた。からんからんと音を立てた扉の向こうにはいつも通りの元気な梓さんの笑顔が出迎えてくれた。あぁ、その笑顔プライスレス。テイクアウト出来ますか?無理ですかそうですか。
そんな馬鹿なことを考えながらもにこり、と笑い返しカウンター席に座る。本当はテーブル席がいいのだが今日は少しタイミングが悪かったようで空いていない。仕方が無いのでカウンター席の端っこに身を寄せる。今日はちょっと贅沢しちゃおうかなぁと抑えきれずにまにましてしまう頬をおさえながらメニューを眺める。ショートケーキにレモンパイ、チーズケーキもいいなぁ...。新作ケーキも出てる!どうしようかなぁ!
「おや、なまえさん。いらしてたんですね。いらっしゃいませ。」
「あぁ、安室さんこんにちはー。」
メニューを眺めているあいだに安室さんが来ていたらしい。時間的にシフト交代とは思えないので買い出し帰りかな、と思いながら挨拶をする。だが、私にとって大事なのは安室さんが帰ってきたことよりも今から食べるケーキだ。どうしようかな、目移りしちゃうなぁ。私が一番好きなのはチーズケーキだが、ポアロのケーキはどれも美味しいからなぁ。悩みすぎてだんだん目尻が釣り上がってくる。贅沢な悩みだがここまで決まらないともどかしい。その時ふっ、とメニューに影が落ちる。
「ケーキで悩んでいるんですか?」
「はい...。どれも美味しいから悩んじゃって。」
安室さんがカウンター越しに上から覗いていた。今日も今日とてにこにこと人好きのする笑顔ですね。これで三十路手前なんですよね?詐欺だなぁ。
「では、こちらの僕が作った新作ケーキは如何でしょう。フルーツもふんだんにつかっていて味もさることながら見た目も綺麗ですよ。」
「安室さんイチオシですか?」
「えぇ、イチオシです。」
「じゃあそれで!」
「かしこまりました。」
にっこり笑った安室さんはテキパキと私の注文を受けてケーキを用意し始める。本当に絵になる人だなぁと思い、彼を見つめると視線に気づいた安室さんがこっちをちら見してふっ、と笑った。うわ、顔がいいのをわかってやってるよねこれ...。確信犯だ。あざとい...。安室さんって三十路手前でアルバイターってことを除けば本当に優良物件だよなぁ。引く手数多だろうし、恋人いないのかなぁ。うーん、でも恋人はいても結婚までは行かなさそう。やっぱ収入って大事だよね*。探偵業ってあんまり儲からなさそうだしそれでアルバイターはきついよね〜。
なんて失礼なことを考えているとからんこらと扉が開きランドセルを背負ったコナンくんが入ってくる。
「コナンくん学校帰りー?おかえりー。」
「うん、そうだよ。ただいまー。」
コナンくんは重そうな頭をこくん、と1度縦に振り、よいしょと言って私の隣に腰掛けた。うわ、かわいい。合法ショタだ...。と1人和んでいると安室さんがことり、と私の前にケーキを置く。
「なまえさん、お待たせ致しました。いらっしゃい、コナンくん。君はは何にする?」
「んー、オレンジジュースひとつ下さい!」
「了解。」
わー、ケーキ美味しそう!と口角が上がる。上に乗ったフルーツが艶やかに光り、キラキラと反射する。これは崩すのがもったいない...。でも食べたい。うむむ、と思いながら思い切ってフォークで一口大に切り分け口に運ぶ。
「おいひい...!」
1口頬張るとクリームとフルーツが口内で弾ける。クリームは甘すぎずフルーツの甘味を引き立ててくれてぱくぱく食べれてしまう。これには抗えない、と2口目3口目、と食べ進める。今の私の顔は見るに堪えないものであるとは自負している。絶対だらしない顔してる。けど仕方ないよ!安室さんの新作ケーキが美味しすぎるのが悪い!
「ふふっ、そんなに幸せそうな顔で食べて頂けると嬉しいですね。」
「だってこれ、滅茶苦茶美味しいですよ!?」
逆にこれ食べて幸せにならない人の方が少ないでしょ!?と安室さんに食ってかかる。それにくすくす笑って安室さんがありがとうございますと答えた。安室さんの料理の腕だったら怖いもの無しだと思うんだよね。今までだって美味しかったし素敵だったけど安室さんがポアロに来てからはまた1段階上のステージに突入したというか。今まで以上に新作メニューが出るペースも早いし、どれも美味しい。今まであったハムサンドの改良も素敵すぎて...。安室さんか調理法を伝授したパン屋さんが作ったのも食べてみたんですけどなんだかやっぱりポアロの方が美味しく感じてどうしてもここで食べちゃう。何だろう安室さんの顔がより一層美味しさを引き立てているのか?人の味覚にまで影響してくるなんて凄すぎない?冷静な私がそんな訳ないだろと叫んでいるけど無視の方向で。そんな訳ない訳ない。あれ?どっち?まぁ、いいや。兎も角安室さんって凄いよねって話だったよね?料理もできて頭も良くて、コナンくんに聞いた話だとテニスもできてって弱点なしかな?はー、安室さん凄いなー。こんな彼氏欲しいなー。まぁ、結婚相手にはちょっと...って感じなんですけどね。あー、安室さん次の新作何時出すのかなー。スランプとかあるのかな?私で良ければ何時でも何にでも力になるから言ってくれよな!
「じゃあ、僕とお付き合いしてくれませんか?」
「え?分かりましたー。取り敢えず連絡先交換しますか?」
「えぇ、よろしくお願いします。」
新作ケーキの買い出しかな?任せて!車もってないからアッシー君にはなれないけどおひとり様何パックとかなら力になりますから!
「なまえさん、あの時『安室さん凄いなー。こんな彼氏欲しい。』ってとこ声に出てたよ。」
「マジか。」
マジか。そうかー、あれ告白だったのかー。というか、私の心の声漏れてたのか...。ひえぇ、恥ずかしい...。手のひらで顔全体を覆う。そっか、こんな漫画みたいな勘違いって起こるもんなんだね。勉強になったよ。というわけで私どうしたらいいですか?私みたいなやつが安室さんの彼女なんてめっちゃ烏滸がましいし刺されそうで怖いので出来れば振られて終わりたいんですけど。
「助けて、コナンくん!」
「無理じゃない?」
そんなご無体な!どうしよう、このままじゃJK達に呼び出しをくらってしまう。それだけは避けねば。というか安室さんも何でこんな平々凡々な私にそんなことを言うのか...。私じゃなくても安室さんを恋人にしたい人なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるでしょう!!もしかして体のいい虫除けですか!?理解はできるけど納得はできませんよ!私だって命は惜しいんですからね!はぁ、と大きくため息をついて肩を落とす。
「あ。」
「こんな所で浮気ですか?酷いですねぇ。」
フッ、と耳に吐息がかかり、背筋がぞくっと痺れる。机に載せていた手を骨ばった手が包みきゅっと握ってくる。あんないい声でこんなことが出来るのは彼しかいない。
「あ、安室さん!?なんでここに...。」
「外から偶然見えたものですから。彼氏をほっといて浮気なんてなまえさんは意地悪ですねぇ。」
つ、っと安室さんが厭らしく私の手の甲をなぞる。それに私はかぁっと頬が赤くなり口をきゅっと閉じる。そんな様子を見てコナンくんじとりとした目で安室さんを見遣る。
「安室さん今日仕事は?」
「今日は何も無くてね。昨日なまえさんにデートのお誘いをしたら断られてしまって。ほれで仕方なく1人で買い物に来てみれば何やら彼女が浮気している様子を見かけてこうして追いかけてきたんだよ。」
はぁ、とコナンくんが半目で安室さんに相槌をうつ。浮気も何も相手は小学生ですよ、と思いつつ口は閉じておく。触らぬ神に祟りなし。要らぬ事を言って気を損ねてはいけない。
「それで二人は一体なにを話していたのかな?」
「えっ。」
「おや、僕には言えない話かのかい?」
ニコリと笑ってまたぎゅっと私の手を握ってくる安室さん。赤い顔のまま彼の方を向けば、彼は笑っていたが目元はひとつも笑っておらず冷たい空気が醸し出されていた。ひぇ...。さっ、と赤くなっていた顔は青ざめていく。滅茶苦茶怒ってるじゃないですかぁ。
「...。なまえおねーさんが安室さんがなんで自分に告白してきたのかわかんなくて怖いんだって!」
「コナンくん!!????」
そんなこと言ってなくない!?いや、わかんないし怖いけどその怖いはどちらかというとあむぴ親衛隊の方々だし、コナンくん私のこと売りましたね!???
ぎょっとした顔でコナンくんを見ればもーだめだよ安室さん!ちゃんと伝えてあげないと!とかいいながら隣においてあったランドセルを背負っていた。待って?まさか私を置いていくつもりなの??冗談だよね?
「じゃ、僕帰るから安室さんはなまえおねーさんとちゃーんとお話ししてね?」
「あぁ、ありがとうコナンくん。ここは僕が出すから大丈夫だよ。」
「わーい、ありがとう!じゃ、なまえさんまたね!」
そう言って彼はたったかたったかお店を去っていった。なんて薄情な子なの。最初にあげたチーズケーキ嫌いだったの?謝るから助けて。
「なまえさん。」
ギギギと鈍い動きで安室さんの方を向く。そこには悲しそうに目を伏せた安室さんが。やめて、良心に訴えかけるような顔しないでください!
「僕がなまえさんを不安にさせていたんですね...。すいません、確かに告白してから1度もデートも出来ませんでしたし好きとも言ったことなかったですね。でも、この気持ちに嘘はないです。僕は貴方が好きです。」
私の手を安室さんは両手で握り締める。そして、優しげな目でじっ、と私を見つめて語りかけてくる。いろいろと理解が追いつかずぼうっと彼の顔を見つめ返す。
「でも、これだけじゃ足りないですよね?」
「えっ?」
悲しそうに目を伏せた後、安室さんはもう一度私の顔を見つめて笑った。
「僕がどれほど貴方を思っているのか今から伝えますから。」
「え、えぇ??」
混乱する私に目もくれず今日1番の笑顔を見せてくれた安室さんはそれからずっと私に愛を囁き続けた。開放された時には私は耳まで真っ赤になって自由であった片手で顔を覆っていた。
「これで、僕の気持ち分かってくれました?」
「わかったので、もう勘弁してください...。」
「じゃあ、明日は僕とデートしてくださいますか?」
「します...。しますから...。」
兎に角ここから逃げ出したい一心で頷く。安室さんは良かった、と言って右手で私の手を攫い左手で伝票を掴んだ。
「ひぇっ、安室さんどうして手を...。」
「そうしないと逃げるでしょう?」
送っていきますからと、問答無用で連れ去られる。あっ、お金ほんと大丈夫です払いますから。彼氏の顔を立ててくださいよ、と言われたら何も言えないです。すいません...。そしてそのまま彼の愛車の助手席までエスコートされ顔を覆う。どうしよう。もうなんか勘違いですって言いにくい。ちらり、と隣の運転席では上機嫌で運転する安室さんを見遣る。これいえます!?言えないよね!?
「なまえさん。」
「はいっ!!」
突然声を掛けられてびくぅ、と肩が揺れる。それを横目でみて笑みを深くする安室さん。
「なまえさん、僕のことそんなに好きじゃないですよね?」
「はえっ!?」
ば、れ、て、る!さっ、と顔色を悪くする。いや、好きですよ??ただ将来を考えたらちょっとあれかな、って思うだけで。
「いいんですよ。」
安室さんが流し目でこちらを見てくる。はうっ、かっこいいけど運転中ですよね?前見てください。 というか、やっぱり女よけ要員でした?
「これから好きになってもらえばいいんですから。」
「え...?」
ぎょっとして安室さんを見る。いまなんと?
「さぁ、それじゃあ今日は僕の家に来てもらいましょうか。夕飯をご馳走しますよ。」
「いえいえいえ!!大丈夫です!おうちに帰ります!」
首が取れるのではないかと思うほど横に振る。やめて、お宅訪問なんて無理ですよぉ。ほとんど涙目になりながらどうにか思いとどまってもらうように言葉を尽くす。彼が運転中でなければ確実に掴みかかっていたことだろう。それにふうっ、とため息をついた安室さんは道路脇に車を停めてくれた。分かってくれたんだ!そうだよね、分かってくれるって私信じてた!
「なまえさんは僕のこと嫌いですか?」
車を停めた安室さんはそんなことを言いながらまたしても私の手を握った。安室さんボディタッチ多すぎだな?混乱した頭で必死に意識をそらす。
「いや、嫌いなんてことは...。」
「じゃあ、いいですよね?」
「それとこれとは別...なんじゃないかなぁ...?なんて...」
「駄目ですか?」
悲しそうな顔で上目遣いをしてくる安室さん。彼が犬であったならぺたりとした耳が見えたことだろう。かわいい、保護欲が煽られる。狡い。負けるな私!負けるな!まけ...るな....
「ダメじゃないです...。」
負けた...。あんな顔されちゃ勝てない...。しかも駄目押しにありがとうございます、と手にちゅ、とキスを落とされた。やめ、やめてください!効果覿面です!
「さ、それじゃあ行きましょう。」
しゅんとした顔が一転して笑顔で車を発進させる姿を見て絶対あれは演技だったのだと確信する。した所で私には何も言えないのですけど。
「あぁ、そうそう。なまえさん今日はおうちに帰れると思わないでくださいね。」
「...え?」
「今日だけで好きになってもらえると思うほど楽観的ではありませんから。」
こちらを見てぱちん、とウインクをした安室さんに引きつった笑いが出てくる。やはり、早まったかなぁ。
このあと私が安室さんとどう過ごしたかは皆さんのご想像にお任せするが最終的に私は絆されたという事実だけは告げておこうと思う。