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「なまえちゃんって、全然笑わないし泣かないよね。つまんないの。ロボットみたい。」

ひどく懐かしい記憶が甦る。幼い頃からそうだった。『 ロボット』、それが私のあだ名だった。大きくなるにつれてこれに『能面』もついた気がする。私には面白くもないのに笑わないといけない意味がわからなかった。感情が分からないから私には共感という機能が著しく欠けていた。周囲はそんな私を疎ましく、あるいは不気味に思っていたようだったがそれさえ私にとっては興味がなかった。一人でいることも悲しくはなかった。だからいつも一人でいた。だって、だからといって死んでしまう訳でもないでしょう?


鐘の音が鳴り響き、本日最後の授業が終わった。瞬間机に突っ伏する人や、席を離れ友人の元に駆け寄り喋り出す人を尻目に黙々と教材を片し荷物をまとめる。あと数分でホームルームも始まるだろう。今日は委員会もないし、真っ直ぐ家に帰ろう。今日は両親が出張で帰ってこないため、夕飯の準備を自分でしなくては。面倒だが家の冷蔵庫を見ていなかったので1度帰宅してスーパーに行こうと担任が来るのを待ちながらぼんやり考える。

「らーん!今日はポアロに行きましょ!安室さんが新メニュー出したんでしょ?」
「そう、新作ケーキだって。世良さんも行く?」
「ううん、僕はいいや!今日はちょっと用事があってね。」

斜め後ろの毛利さんの席が賑やかだ。聞くともなしに耳に入ってくる会話にへぇ、と思う。ポアロとはあの毛利探偵事務所の下にあるだろうか。帰り道にあるためたまに覗くとよく女性客が集まっていた。女性の好きなメニューを揃えているのかもしれない。今時のSNS映え?を意識したデザートとか。私は興味が無いけれど。おやつなんて食べる必要性を感じないし。第1いちいち食べるものを写真に撮ったり見せたりなんて面倒。それを見てなんだというのだ。それを見たってお腹は膨れないじゃないか。

がらがら、と扉が開いて担任が入ってくる。騒がしい教室に一声かけるとクラスメイト達は席に戻っていく。先程より少し静かになった教室に担任の声が響く。連絡事項といっても大したものなどない。直ぐにホームルームも終わりまた教室に喧騒が戻ってくる。この場に留まる理由もない。帰ろう、と鞄を持ち上げた。

「あ、みょうじさん。さよなら、また明日!」

毛利さんから声を掛けられさよなら、とぺこりと頭を下げて横を通り抜ける。

「相変わらずの無愛想ね。蘭もよくやるわねー。」
「ちょっと園子...!」

今日の夕飯は何を食べようか、ぼんやりとそんなことを考えながら下駄箱へ向かった。


自宅に帰りつき、冷蔵庫の扉を開く。見事に何も無い。家を空けることを見越し、母が食材を使い切っていたらしい。これなら最初からどこかに食べに行ってから帰ってくれば良かったかもしれない。かといって今から飲食店に出向くのは面倒だ。いっそ夕飯は抜きにしようか。けれど心配性の母のことだ。また帰ってくれば夕飯に何を食べたかを尋ねてくるだろう。コンビニでお弁当かカップ麺かを買おう。キッチンから1度自室に戻り、制服からラフな格好に着替える。皺にならないように制服をきちんとハンガーにかけて財布と鍵だけを持ち家を出た。


日が傾き始め、空が赤く染まる。空を眺めるのは昔から好きだった。特に夕暮れ。物悲しいような優しく暖かいようなそんな明かりが街を染める姿が好きで幼少期はずっと飽きもせずベランダから外を眺めていた。赤く照らされる街を歩いていると、子供たちがばいばーい、と友人達に別れを告げている声が聞こえてくる。幾人かの子供とすれ違う。どの子供もにこにこと楽しげに帰路に着いていた。

数分で近所のコンビニに着く。いらっしゃいませー、と気のない声が聞こえてくる。中には数人の客がいるようだった。学校帰りの女子高生の2人組がお菓子売り場の前で座り込んでいる。雑誌コーナーには1人帽子を深くかぶった男性が立ち読みをしており、その近くにはドリンクを選んでいる眼鏡をかけた男性がいた。それを素通りしてお弁当の置いてある棚へ向かう。まだ夕方だからかたくさんのお弁当が並んでいる。その中から幕の内弁当を手に取り、そのまま朝ごはん用にサンドイッチを持ってレジへ向かった。

ぴっ、ぴっ、とバーコードの読み取り音がして、金額が表示される。まぁ、コンビニだしこんなもんかと思いつつ財布を開き1000円札を取り出す。お釣りと買ったものを渡され自動ドアへ向かう。ありがとうございましたー、とやはり気のない声が飛んでくるのを聞きながら、ドアの向こうに黒服を纏った男性が向かってくるのが見えた。私がドアを潜るより先にその男性が自動ドアを通り中に入ってくる。その隣を通り抜けようとすると左腕を掴まれぐっ、と引かれた。

「動くな!この女がどうなってもいいのか!!」

気がつけば私は男に拘束され、首元にナイフが宛てがわれていた。もし、どちらかが数ミリでも動けば私の肌は切り裂かれるだろう。店員や客は硬い面持ちのまま固まっていた。店内には緊張が張り詰める。女子高生2人はさっ、と顔を青ざめており今にも倒れそうだ。捕まった私よりよほど怯えている。

「おい、この鞄に有り金全部詰めろ!余計な動きをすればこの女こ、ころすぞ!!」

犯人は強盗しようとする気はあるくせに人を傷つける覚悟はないらしい。少しだけ震えながら脅してくる犯人に呆れを感じる。微かに手も震えているのかナイフが首元に小さな傷を作る。辞めてもらいたい。もう何でもいいので早く帰りたい。思わずはぁ、と小さく溜め息を吐いてしまいそれを強盗犯に見咎められてしまった。

「なんだお前!随分余裕じゃねぇか!!」

厄介な事になった。感情的になった犯人は私の髪を引っ張り地面に押し倒す。そして、眼前にナイフを突きつけた。ひっ、と周囲から声が漏れる。しかしそれでもやはり私は怯えた声も出なければ表情が動くこともなかった。じっ、と犯人を見つめる。真っ直ぐに見つめられ犯人はぐっ、と口を噛んだ。

「どいつもこいつも舐めやがって...。」

ぶつぶつと何事か呟く彼の瞳がだんだん狂気に染まっていく。駄目だ、と本能が警鐘を鳴らす。この人間違いなく私を刺すな、と直感した。けれど、だからといって私に何か出来るのか。ふっ、と身体から力を抜く。私には何も出来ない。刺すなら1回にしてほしいな、とぼんやり思った。そして未だブツブツ何やら呟いている男を一瞥して周囲に目を向ける。まず目に入ったのは雑誌コーナーに居た男性だった。倒れているため彼の顔がよく見え、その青い瞳と目が合う。まるで、水晶玉のようだな、と思い、そのまま見つめていると彼が息を飲んで目を見開いた。そしてその口が何かを紡いだ。しかしその音は届かない。急に興味が失われふっ、と彼から視線を外した。

私の上で未だブツブツ呟いていた男に目線を戻す。重い。圧迫されて呼吸がしづらいのでどいて欲しい。私の視線に気づいたのか男が此方を見る。その目は瞳孔が開き、充血していた。その視線が交差したのは数秒のこと。遂に男が動き出した。

「死ねよ、死ね、死ね死ね死ねぇ!!!」

大振りな動きでナイフが私に振り翳された。あぁ、来たと瞼を閉じる。死とはどんなものだろうか。やはり痛いのだろうか。痛いのは嫌だな、どうせなら一瞬で終わらせてほしい。迫るナイフを感じ息を詰める。その瞬間私を襲っていた圧迫感が消えた。驚いて目を開く。目の前に広がるのは天井。

ぱっ、と身を起こすと目の前に拘束された犯人の姿があった。ドリンク売り場の所にいた男性の身体を固定しており店員に叫ぶ。

「警察に連絡しろ!」
「は、はい!!」

声に店員はびくり、と震えそれを皮切りにゼンマイを回された玩具のように動き始める。犯人を拘束していた男性を呆然と見つめる。がっしりしている見た目通り下で暴れる犯人を歯牙にもかけず涼しい顔だ。彼を見つめていると後ろから声を掛けられる。

「どうして、」

振り返ると雑誌コーナーに居た男性が私の後ろにたっていた。深くかぶった帽子と俯いているせいでその表情は伺えなかったがその声音は何処か私を責めるような響きであった。

「何がですか?」

彼が何を言いたいのかわからない。眉根を寄せて問い返す。すると、彼が勢いよく顔を上げる。

「どうして、あんな諦めたような顔をしたんですか?」

あぁ、そんなことか。どうしてかなんてそんなの。

「あの時誰も動けなかったでしょう?勿論私も含めて。だからもう無理だなって思って。」
「...!それでも!目の前にナイフをチラつかされて怖かったでしょう!」
「いいえ。」

間発入れずに答える。いいや、そんなことは無かった。確かに私は痛いのは嫌だと考えたがそれに恐怖してはいなかった。その証拠に私の体は震えることも血の気が引くこともなかった。涙を流すことも失神することも。何故そんなことを聞くのだろう。彼の言葉の真意が分からず困惑する。

私の返答を聞いて咄嗟に口を開いた彼は1拍置いて口を閉じた。そしてゆっくり口を開く。

「いいえ、貴方は怖かったんですよ。」
「?だから、怖くなんかなかったですよ。私よりよっぽど見てた人の方が怖がっていました。」
「えぇ、でも貴方もやはり怖かったでしょう。

「意味がわかりません。」

なんだこの人。座ったままじり、と後ろに下がる。此方を真っ直ぐ見つめるその瞳が怖くて俯く。

「いいえ。...微かでしたが捕まってすぐ、...押し倒されるまでは手が震えていましたよ。」
「そんな訳...」

そんな訳ない。私はロボットでこんなこと怖かったわけないのに。目の前がふっと暗くなる。彼が私の顔をのぞき込み、右手を私の頬に伸ばしてきた。その手の温かさにびくり、と体が震える。けれど彼は逃がさないとばかりに右手を固定し親指で私の頬を撫でた。

「いいんですよ。怖いと思っても。泣いても大丈夫です。」

やっぱり私には彼の言うことがわからなかったけれど、何故だかひどく胸が熱くなって、ぎゅっと鷲掴みでもされたかのようにに苦しくなった。



「詳しく状況を聞きたいので署まで同行を願いします。」

あれから、店員さんに呼ばれてやってきた警察により男は逮捕。私たちは事情聴取のために警察署まで連れていかれた。一連の流れを説明して自宅へ帰れることになった頃にはもう空は黒く染まっていた。そういえば、私のお弁当どこにいったかな、と考えたがそういえば押し倒された拍子に潰してしまった気がする。...もういいか。兎に角帰りたい。そう思って自宅への道を歩きはじめた時。

「お疲れ様です。」

後ろから声を掛けられ、振り返るとあの帽子を被った男の人が立っていた。まだ帰っていなかったのか。

「どうも。」
「今からお帰りですか。」
「はい。」
「お店で買っていたお弁当駄目になっていましたよね?ご夕飯は?」
「...今日はもう食欲がないので。」

この人は何がしたいのだろう。真意が掴めず眉間に皺が寄る。すると、彼は口角を上げ深く被っていた帽子をとった。ぱさり、と綺麗なブロンドが姿を現す。まじまじと顕になった彼の顔を見る。どのパーツも整っていてまるで作り物のようだ。すっと通った鼻に、薄い唇。その中でも私の目をひくのはその瞳だった。意志の強そうな瞳に宿る光が眩しく美しい。思わず彼の瞳に見惚れる。

「そんなに見られては照れてしまいますね。」
「...。」

思ってなさそうな声音でくすくすと笑われ我に返る。きっとその顔の造形から見られることには慣れているのだろう。けれどそれの何が面白いのか。人の感情の機微に疎い私だけどその中でも彼は一段とわからない。

「ふふ、すいません。僕は安室透です。君の名前は?」
「...みょうじ なまえです。」
「そう。...そうか。」

彼は1度目を瞑りゆっくりとその瞼を持ち上げた。私はなにかおかしな事を言っただろうか。聞かれたから名前を答えただけなのだが。

「では、なまえさん。僕と一緒に夕飯を食べに行きましょう。任せて、美味しい所を知っています。」

薄く笑う安室さんに戸惑う。なぜ私と彼が一緒に夕飯を食べなくてはならないのか。

「あぁ、心配しなくても僕が出しますから。さぁ、こちらに車がありますから乗ってください。」
「何故ですか。私と貴方が一緒にご飯を食べる理由が見当たりません。それに知らない人の車に乗りたくありません。私は帰ります。」

踵を返した私に彼が待って、と腕を掴む。

「離して下さい。」
「うーん、困ったな...。そうだね、君のことが知りたいんだ。」

本当に困ったかのように眉を下げて笑う安室さん。けれど、それが私に響くことは無い。

「ナンパなら他の人にしてください。大丈夫です、貴方なら大体の女性は断らないでしょう。」
「僕は君とがいいんだ。」

我儘な人だ。全く理解ができない。こんな能面女の何が気になるんだ。もしかして、誘いを断られたことにプライドが傷ついたのだろうか。だとしたら面倒だ。じっ、と彼の瞳を見つめるとその瞳が歪み、まるで子犬のような目で私を見つめ返してくる。それに何故だか息が詰まる。

「わかりました。ただし車には乗りませんし、お金も自分で払います。」

1度付き合えば彼の気も済むだろう。さっさと食べてさっさと別れよう。そう結論づけ、了承の意を伝える。途端に彼がぱっ、と顔を明るくする。さっきの表情は演技だったのだろうか。...いや、考えるだけ無駄だ。

「それじゃあ、一緒に歩いていこう。」

そう言って彼は自然に私の手を取る。それに驚き私はビクリと震え、彼の手を振り払う。

「手を繋ぐ必要性を感じません。」
「そう?でもちゃんと着いてきてるか不安になるから繋いでいてほしいな。」

そう言って彼は朗らかに笑いながらもう一度私の手を握る。今度は私には振り払えないような力で握られ、諦めて彼に手を引かれながら歩く。ほしいな、と言われたがこれでは強制してるのと同じではないかと渋面を作る。しかし抵抗が無駄ならば何も言わずついて行った方が賢明だろうと思い静かに彼の斜め後ろを歩いた。


その後なぜだか彼の働いているポアロという聞いたことのあるような店名のお店に連れていかれ自分で出すと言ったのにいつの間にかお会計が済んでおり、お金も受け取ってもらえず代わりに私のスマホの家族しかいない電話帳に『安室透』という文字が増えており毎日メールが来ることになるのだが、それはまた別の話。

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