恋は観測者効果

注:高校生パロです。




 ゆらゆらと金糸が揺れている。



生温い風が吹き込んできて汗ばむ体を撫で上げる。その不快感に眉を顰めて窓の外を睨む。しかしそうした所で不快感が無くなる訳もなく、不機嫌を顔に張り付けたまま黒板に向き直れば、教卓に立った古典担当のおじいちゃん先生が優しい声で朗読を続けている。先生は生徒たちに一瞥もくれず小さく背中を丸めて文字を追っている。その姿を見て私も自身の教科書に向き直ってみた。

小さな文字がつらつらと綴られたそれを眺めてみるが買ったままの綺麗な教科書は今何処が読まれているのか私にはさっぱりだ。しかも文字を追っているにつれ、だんだんと眠気が襲ってきた。ふぁ、と漏れる欠伸を噛み殺し気分を変えようと教室内を見渡す。

私の席は教室の一番窓側の席の後ろから二番目の席だ。ついこの間の席替えで見事この席を引き当てた。この席は少し横を見ればクラスの殆どが見渡せる。お昼休みの後の最初の授業だ。半分、は言い過ぎだが三分の一位の生徒の頭が深く沈み込み、明らかに眠っていることが分かる。それ以外にも器用にまるで傍から見れば真面目に教科書に向き合って眠っている生徒もいる。しかし、中には真面目に先生の話を聞いて何やら教科書に書き込みを行っている人もいて偉いなぁと他人事みたいに思った。まぁ、それが当たり前の姿なのだけど。なんて考えが過り、片手に持っていたシャープペンシルをくるりと回し、頬杖をつき窓の外に向けた。外では男子学生達がサッカーをしている。体操着のラインの色からして1年生だろうか。こんなに暑いのに気の毒にと同情する。そして、視線を窓から外しもう一度前に戻して気付いた。

(え、もしかして......)

私の席の右斜め前の席で金色の形のいい頭が微かに揺れている事に気付く。驚きすぎて手からシャープペンシルが零れ落ちそうになり慌てて両手で掴み取る。しっかり受け止めてほっ、と息をつき小さく周囲を見渡す。斜め後ろの女の子と目が合い小さく指をさして笑われる。それに頬を染めながら前を向き直り居住まいを正す。そして、もう一度そろそろと首を動かして右斜め前の席を見遣る。

(やっぱり、眠ってる......よね?)

微かに上下する頭と明らかに力の入っていない指先に確信する。

(ひゃあ......。降谷くんも居眠りなんてするんだ......。)

なんだかいけないものを見てしまった気分だ。

降谷零。
彼を表すにはどんな言葉が適切だろうか。ありきたりだが、才色兼備だろうか。降谷くんは成績優秀、運動神経抜群。それに加えて容姿端麗ときた。学年首位でありながら各部活のエースにも引けを取らない運動神経を持っている。噂では降谷くんよりも体格のいい柔道部のエースを一本背負いしたとか。それが真実かは定かではないが、そんな噂が立つくらいには実力がある、ということではないだろうか。そんな彼は学校中の女の子たちの注目の的だ。勿論彼のポテンシャルの高さもあるが何より皆が夢中になっているのは彼の容姿だ。

日本人ではまず有り得ない美しい金髪にミルクティーのような肌色。その顔立ちは息を呑むほど整っており、まるで宝石のような青色の瞳は一切の濁りがなく、透き通るように美しい。すっと通った鼻立ちに薄い唇。どのパーツを見てもケチをつける所なんて一つもない。顔だけではない。小さな顔にすらりとした肢体。ぱっと見、細いだけの体の服の下はしっかり筋肉がついているというギャップもまた彼の魅力だ。

(やっぱりとんでもなく綺麗な顔だよなぁ......。)

じっ、と降谷くんの横顔を見る。私は降谷くんとまともに話したことはない。元々あまり他人とコミュニケーションを取るのが得意ではない私は学校でも仲が良いのは女の子くらいなのだ。降谷くんとなんて無理無理......。いつも色んな人に囲まれている降谷くんに近づくことさえ私には難しいのだ。話すなんて......。

せっかくの機会なので彼をまじまじと観察してみることにした。いつもなら目線があったらどうしようと考えてしまいまともに顔を見れなかったが、今日はそんな心配もない。思う存分堪能しようとしっかり閉じられた瞼により長い睫毛が影を作っているのがわかる。その影の色っぽさにどきどきと鼓動が早くなる。すっと視線を下げれば薄く開いた唇が緩く開閉を繰り返しており、その唇に目線が釘付けになる。見てはいけないものを見ているというような背徳感に襲われつつも目線を外すことが出来ない。
窓の外から生ぬるい風が吹き込み、降谷くんの向日葵のように綺麗な金色を巻き上げる。風に合わせてゆらゆら揺れるその金色が射し込んだ太陽の光に照らされて淡い光を纏っていた。降谷くんの顔の良さもあって幻想的なその光景にほう、と見惚れてしまう。

「それじゃあ、ここの問題を......。」

先生の声に惚けていた自分の意識が戻って来てばっ、と前に向き直る。幾らこんな機会滅多いないからって授業中に男の子に見惚れてたなんて、と1人熱くなる頬を両手で抑える。少しずつ収まる熱に安堵して先生を見れば授業前に配布したプリントの問題を解説していっているようだった。ゆっくりした声で一つずつ生徒に問題を当ててその正誤と解説を話している。

先生の声を聴きながらまっさらだった自分のプリントの解答欄を埋めていく。先生が廊下側から順に当てていくのをみてこの分では私の方までは回ってこないな、と踏んで問題も解かず手に持ったペンを揺らす。

「ふむ。ここの問題は少し難しいかもな。誰かわかる人居るか?」

1番最後の問題を見て右手で顎を撫でた先生はゆったりとした動作で教室を見渡す。しかし、教室は相変わらず静まり返っていて誰も答えようとはしない。起きている人は当たらないようにと必死で顔を下に向け、空気を消そうと努力している。そんな教室内を見渡して先生は不思議そうな顔をする。

「珍しいな。誰も居ないのか?」

先生が不思議そうな顔するのも仕方がない。何時もならここで降谷くんが手を挙げてくれるのだ。しかし彼は夢の中。手を挙げられるはずもない。

(あ*、降谷くん起きて*〜......!!)

何時も降谷くんが起きていることをいいことに机に豪快に突っ伏して眠る私の隣の席のクラスメートは今日も今日とて夢の中。その他の降谷くん周囲もまだ夢の中なのか誰も降谷くんを起こそうとしない。そうこうしている間にも先生は降谷くんを見つけるために視線を彷徨わせる。

(どうしよう......。)

何時もだったらこんなこと考えない。誰が寝てようが授業中寝た方が悪いのだ。自業自得である。しかし、今回は降谷くんだ。イケメンの降谷くんが怒られたら可哀想、というミーハー心もあるが何より何時も優等生の彼が偶に気を抜いていて見つかるのが可哀想という気持ちが強い。......先生も相手が相手なだけにそう怒るようにも思えないけれど。でもやはり内申点などを下げることになったら、と思うと可哀想に思えてしまう。......そして何より早く最終問題を早く終わらせてこの時間を終わらせて欲しい。

(......やむを得ない。)

ぱっ、と目に入った筆箱の中の消しゴムを握りこむ。そして先生の目を盗んで彼の方に目がけて......。

(や、やばっ!?)

思ったよりも力を込めすぎたのかかなりのスピードで消しゴムが降谷くんの頭に直撃する。やってしまったと思いながらいきなりきた衝撃に頭を跳ねあげた彼を見て冷や汗を流し、そっと視線を外に向ける。善意のつもりだったがこれでは......。いや、何も考えまい。彼は起きたのだ、きっとこれでよかった、はず......。

「おぉ、そこに居たか降谷。席替えをされるとどこに居るのか直ぐにわからなくなるな。まぁそれはともかく、最後の問題わかるか?」
「......3番です。」

状況が飲み込めなかったのか少しの沈黙のあと降谷くんの耳馴染みのいい声が静かな教室に響く。良かった、さすが降谷くん。ちらりとプリントを見るだけで答えた様子から寝る前に問題だけは解いていたようだ。降谷くんの答えに満足したように笑った先生はその解説をすべく持っていたプリントを教科書に持ち替えやはり優しい声で問題の箇所を読み始めた。
良かった。正直他のクラスメートとは髪色が違うから直ぐにバレる可能性もあった。おじいちゃん先生だったことが救いだ。これで私が降谷くんの頭に消しゴムを投げつけたことさえバレなければ完璧。...大丈夫、せめてもの良心として(?)使った消しゴムは新品のものだ。しかも間のいいことにこの間買った2つ組のうち面倒くさくて筆箱に突っ込んでいたものだから私の使える消しゴムもちゃんとある。何か言われても知らないとしらを切れば問題無いだろう。
そうして達成感から浮かれていた私は丸い金色が数秒くるりとこちらを向いていた事に気付かなかった。



オレンジ色に染った道をずしりと重量を示す鞄を左肩に掛けて進む。一歩一歩進む度に伸びた影が私についてくるのを横目に見ながら私は帰途に就いていた。

(何だか今日は疲れたなぁ......。)

特にこれと言って特別なことは無かった。いつも通りの日々をいつも通りに過ごしたのに。

(やっぱあれがあったからかなぁ...。)

数時間前の葛藤を思い出す。他人から見ればきっとなんて事ない数分の出来事。その数分が私にはとても特別なことだったのだ。あんなに葛藤したのは数日前にコンビニの新作のアイスを買うか買わないか30分弱悩んだ時以来な気がする。
あの後も特に降谷くんからアクションはなく直ぐに放課後になった。喜ばしいような少し残念のような複雑な気持ちのまま重たい鞄を抱え、幾人かに手を振り校門をくぐったのだった。
気づかれないことを望んでいたことだがなんだか少しだけ寂しいのは何故だろう。私の特別を共有してくれる人が居ないこと?降谷くんから感謝されなかったから?...多分前者が近いのかもしれない。別に私として認識していなくてもさっきの行為が降谷くんにとって気にかかることであって欲しかったのだ。まるで何も無かったように振る舞われたのが多分私は少し...、寂しかったのかもしれない。

「はぁ......。」

1つため息をついて気持ちをあげようと視線を真っ直ぐ前に固定した瞬間。

「わっ......!?」

ぐい、と右腕が引かれ歩が止まる。突然のことに目を白黒させて振り返れば少しだけ意地悪そうに笑う降谷くんが居た。

「ふ、降谷くん......?」
「みょうじさんだよね?」
「え?」

いきなりの降谷くんとの接触にオロオロしながら彼の顔を見上げれば、降谷くんは確信を得ているかのようにしっかりとした顔つきで私の目をしっかり見つめた。

「消しゴム。俺に投げたのみょうじさんだよね?」

ばれてた!!!
しかし、いきなり降谷くんに話しかけられたこの状況にテンパっていた私はここでぶんぶんと首を横に降っていた。

「ち、ちがうよ......。」

動揺して声が震えるのを堪えながらなんとな否定する。それを聞いて少し目を見開いた降谷くんがふーん?、とほんの少しだけ低い声を出す。それにびく、と肩を震わせて後ずさればにんまりと降谷くんが笑って、掴んでいた私の右腕に力を入れ直した。

「嘘だね。」
「えっ......。」

いや、確かに嘘ではあるのだけど。

「証拠だってないでしょ......?」

その言葉に降谷くんは少し得意げに右ポケットから私の投げつけた消しゴムを取り出した。

「これ。みょうじさんが使ってるやつと同じやつだよね。」
「うん。そうだけど。」

私はごくり、と唾を飲み乾いた喉を潤し答える。降谷くん、そんなところ見てなくていいよ......。

「このサイズだったら2組で売られているものだし、これみょうじさんの消しゴムの片割れだろう。」
「確かにこれは2組で売られているけど私のはもうひとつはもう使い切っちゃったから......。」

勝った......!!これでもう証拠なんて言えないでしょう。ほっとして緩みそうになる頬に力を入れて降谷くんの顔を伺う。

「何時使い切ったの?」
「はぇ?」

思いがけない降谷くんからの質問に思わず変な音が口から漏れる。

「みょうじさん、消しゴム一昨日くらいに買ったばかりじゃなかった?」
「えっ......。」

な、何故降谷くんがそれを......。

「この間売店で買ってるの見たけど。......それに、」

思いがけない事態についていけず、私は降谷くんの口元を見ながら目をぱちぱちとしきりに瞬かせる。

「あの角度から投げられるのは起きていたみょうじさんだけだよ。」

も、盲点だった......!!
確かに消しゴムの飛んできた方向からある程度方角は分かるし、そっちを見て寝てるか寝てないか確認すればこれまたある程度容疑者は絞られる。しかも今の私たちの席なら元々少ない容疑者が最初から少ないのだ。状況的に見てもバレない方が難しかった。なんで気づかなかったんだろう......。

やっぱり迷惑だったのだろうか。さっと顔から血の気が引いていくのが分かる。もしかして起こしたことより降谷くんをまじまじ見てたことに気分を悪くしてるのかも。そうだよね、まともに話したこともないのに観察されて気持ち悪いよね。

「あ、あのごめん......。決して疚しい気持ちがあった訳では......。」

オロオロとしながらも弁解をすべく口を開けば降谷くんは1度きょとんと目を丸めてから笑い始めた。

「ハハハ!分かってるよ。別に責めてるわけじゃない。助かったからお礼が言いたかったんだ。」
「おれい......?」
「そう。」

しっかりと降谷くんの綺麗な青色の瞳が私のそれを捉えて離さない。そして間抜けな顔を晒す私にふっ、と降谷くんが柔らかな表情を作る。

「起こしてくれてありがとう。そしてこれ返すね。」
「あ、うん。」

ぽてり、と掌に転がった消しゴムを見つめる。よく帰ってきたな、使われる機会もないままゴミ箱行きになると思ってたよ......。手元に帰ってきたからにはしっかり使い切ってやるからな......。
きゅ、と戻ってきた消しゴムを握り込みそろそろと顔をあげれば降谷くんはさっきと変わらず柔らかい顔でこちらを見ていてどきりと大きく心臓が跳ねた。

「次はもっと優しく起こしてくれ。」
「、えっ......?」

おろおろしながら取り敢えずちゃんと授業うけないと......と真面目ぶってみる。いつも先生の話なんてまともに聞いていない私に言われるなんて降谷くんも心外だろうが。

「そしたら消しゴム、こうやってちゃんと返しに行くから。」

それって、と私は口を開いたが漏れたのは吐息だけ。それを見て目を細めた降谷くんに私が目を見開けば降谷くんは大きな手で私の頭をぽんと撫でて私を追い越して行く。
熱が離れた頭に手をやりのろのろと振り返り、彼を見た。次。次が、あるのか......。



赤く染った彼の背中が遠ざかる。夕焼けのせいか金色の髪の隙間から覗く彼の耳も赤い気がした。

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