太宰さんが姿を消す前触れはあった。皮膚が冷えていき、感覚を失うわたしの身体はそれを知っていた。
厭な予感というものは、人間はもとより生き物である誰しもがおのおの感じることが出来、その兆候はめいめいによって違う。血液がざわつく者も居るだろうし、毛が逆立つ者も居るのであろう。吐き気を患う者や涙が止まらなくなり殺意に駈られる者も居るだろう。わたしは皮膚が冷えていく者であった。
それから、厭な予感と云うものは、厭な出来事に直面した後でなければそれが兆候であったということに気が付くことが出来ない。これは人間だけのように思う。何故ならば、人間の感情が他の生き物に比べて難解で、愚かだからである。わたしは、難解にして愚かな生き物であった。
むかし、太宰さんから与えられた本の意味が理解できず、辞書を駆使したが謎が一向に深まり、たまらずメーデーと叫び白旗を振った。
「この作品の主人公は、何故全てを裏切り恋人を選んだのですか」わたしは問う。
「形式美だ。それが恋愛物語の理論であるのだよ」太宰さんはさも当然のように答える。
「その恋愛の理論が、わたしの腑に落ちないのです。この小説には恋愛の定義が記されていないというのに、それを前提にどんどん話が進んで往くのです。お陰でわたしは置いてけぼりにされ、読後、こうして路頭に迷う羽目になりました」
「私は迷子センターではないのだけれど」
「手を繋ぎ、胸が高鳴るのは病気ではないのでしょうか? 女の微笑みが生活にかけがえなく感じたのは、どんな得があるのでしょうか? それは組織を裏切る価値があるのですか?」
「名前ちゃん、君ねえ……」太宰さんが深いため息を吐く。それからわたしの手の中から本を取り上げ、恋愛の定義というものを世界中の人々は当たり前のように知っているのだよと云う。
「名前ちゃんが尋ねたいことは、愛情についてだ。君は残念なくらい愛情の知識が乏しいのだね」
「愛情の知識」太宰さんの言葉を反芻すると、そういうことじゃなくてと笑われた。
「名前ちゃんは、喜び、怒り、哀しみ、楽しさを知っているだろう。従って、そこに通じる表現は注釈がなくても理解できるというわけだ」
確かに、成程。わたしは納得しながら、太宰さんの次の言葉を待った。然し待てども紡がれる言葉などなく、太宰さんから一冊の本を手渡される。本は没収された恋愛小説ではなく、全文ひらがなの御伽噺であった。
「数字を理解していない赤子に方程式を解かせようとした私がいけなかった。名前ちゃんは先ず、数字を知る必要がある」
何事も基礎が大切なのは心得ていた。それでも悲しい気持ちになったのは、普通の人が普通に生きてきたら普通に育まれる所謂愛情を、わたしはこうして全文ひらがなの本を皮切りに、知識として得て埋めなければ理解できないということである。
「そんなに悲しい顔をしないで。じきに、その悲しさのように愛情を感じることが出来るはずだ」
「最後にひとつ、尋ねても良いでしょうか」
「どうぞ」
「恋人とは、何者なのでしょう」
太宰さんは微笑んだ。
あの時、太宰さんはなんと云っていただろうか。
わたしは確か「難しいですね」と返し、太宰さんは――。嗚呼。全て、遥かむかしの過去のこと。
2016.07.18