わたしはただただ未熟であった。何処へでも行ける気になって如何にでもなれる気になって簡単に全てを捨てしまった。別れの挨拶の代わりに花を添えた。別れを云う相手なんて居もしないくせに。虚しくも見栄を張ってみたかったのだ。わたしに張り付けられた紙札は見えない。然し重い。無能な特務科が勝手に張り付けたものだ。わたしの命が懸かっている。監視されているうちに逃げたくなり、逃げているうちに死にたくなった。まるで生きた心地がしない。どちらが鬼か判らない鬼ごっこ。後にわたしは本物の鬼になるのではと恐怖にくれた。わたしの異能で全てを屠ってしまえばいいのだ。脳内でいけない言葉が反響する。然しそれから如何なる? 自身に問う。世界にわたしひとりだけで何の意味があろう。如何して生きていけよう。そんなのは、亦、生きた心地なんてしないものであろう。陰鬱な日々が過ぎる。生きているのか死んでいるのか判らない。心臓は動き脳は働き血液は循環している。空が青い。陽が眩しい。風が温い。花が咲いている。儚い温かさがどうにかわたしの活力であった。恋人が特務科だと知っても冷静でいた。この能力のおかげで非道くされてきた人生だった。わたしは未熟なので、その何度目かの男が坂口というだけだった。またかと思った。わたしの異能を探っていたのだという。確証を得、わたしを危険人物と指定するという。その口ぶりは最早恋人なんかではなかった。「愛している」も「愛しているふりをしている」も左程違いなんてないのだ。全て終わったこと。坂口は添えた花の意味も判らないだろう。わたしに坂口を責める権利はない。わたしも「ふり」をしていたのだ。坂口を騙していたのだ。「普通の人のふり」をしていたのだ。自分自身さえも惑わしながら普通によく似ている風を装ったのだ。(抑々普通を装えていなかった故に坂口との縁も繋がったのだが。)まあもうその必要もない。生死を彷徨いながらであれば何処へでも行けると思い如何にでもなれると思い全てを捨てた。この行動に間違いも正解もないのだ。全ては答えなのだ。わたしが逃げ疲れたら、彼方も追い疲れていて欲しい。追いついてしまったのなら、どうかその花を集めて献花にして欲しい。未熟なわたしの最後の望みである。
2016.08.02