なんだか見たことがあるなあ。
見覚えのある背中をじぃっと見つめていれば、男が振り返る。振り返った仕草、前髪、それから優しい顔つきに「ああ、伊角くんか」と思い出した。
伊角くんとは中学のクラスが3年間同じだった。彼はあまり学校に来なかったので卒業アルバムの集合写真はいつも枠の中。それがやたら印象的で、何となく顔も名前も覚えていた。
私はというと、なあなあに都立の高校へ入学したは良いものの、特にやりたいこともなかったので大学へは行かず就職活動に励み、その苦労の末に今はこうして休日返上であくせく働いているのである。日中韓18才以下の囲碁大会の主催がどうやら我が社のようで、実行委員が我が室長だ。私も相川さんも、休日にも関わらずスーツを纏い化粧を施しているのはそのためだ。室長は気難しい人で少し苦手だが先輩の相川さんが可愛い……否、優しいのでなんとか頑張れている。
そんな仕事のおかげで懐かしい伊角くんを見れたわけであるが、果たして彼が私のことを覚えているかは怪しい。
相川さんに「苗字ちゃぁん! 選手にお花を付けるよ!」と呼ばれたので「はぁい」と返事をする。思っていたよりも口から出た返事は間延びしてしまって、伊角くんへの未練のようで、焦る。私は選手団に花をつけるため重い腰をあげた。
中学時代って、そもそも何年前よ。それから何年経ったのか、数えるのも嫌だ。数えたくもない時間の中で化粧も覚えたし髪も伸びた。そんな私に伊角くんが気付くのだろうか。いや、気付かないだろうなあ。……以前に、伊角くんが私のことをクラスメートと把握してたのか不明だ。把握していないだろうなあ。
何でこんなに縁の薄かった同級生のことを考えているんだろう。この大会に向けての準備が忙しくてここ最近帰りが遅かったし、今日も休日出勤だし疲れているのかも。なんて思いながら室長と伊角くんの顔が交互に過る。忙しい脳みそだ。
なんだか可笑しく思いながら私は相川さんの香水の残り香を追った。
20111011
20160228加筆修正