(オタク成人女がトリップする)
オタクはオタクが責任を持ちなさい、と合コンで云われるのは常であった。所詮爆弾処理係である。
何故オタク男を集めてしまうんだ。わたしは毎度、相手側の幹事を恨めしく思う。眼鏡、デブ、出っ歯。何故そのような雛型をきっちりと守った井手達で参上するのだ。わたしは毎度、類は違えど同士であるオタクの男を見て悲しくなる。
お前たちは本当に涙で嫁の抱き枕を濡らす日々からの脱却を望んでいるのか。そんなに三次元の女を抱きたいか。お前たちは嫁のおっぱいマウスパッドのジェルを引んむく覚悟があるか。そんなに三次元のおっぱいを揉みたいか。お前たちは嫁のタペストリーを壁から外せるのか。お前たちを仕事にいってらっしゃいと送り出す笑顔は三次元の女のすっぴんの寝起きで良いのか。生半可な覚悟で合コンに来てるわけじゃねえだろうな。返事は要らねえ。全てはそのダサい脳天からつま先までの髪型及び服装が物語っている。清潔感も欠けている。合コンを舐めるな。この合コンと云う名の戦場で勝ち残る気がなければシェルターという名の自宅で嫁と微笑み合っているべきなのだ。ありのままの自分を受け入れてくれる二次元の嫁とは違い、三次元の女と云うのはそういった甘えを一切許さない。特に合コンで獲物を狙う女兵士と云うものは、年収、学歴、美貌を持たないものは眼中にない。初見で切られる。いいか。お前らのことだぞッ!
熱弁をふるう。泣くなら来るな。誰にも相手にされないよりはマシだろうが。泣きたいのはこっちだ。合コンの戦歴を重ねるに連れ演説の回数も比例し右肩上がりである。最終的には拍手喝采、姐さんと呼ばれる。舎弟は増えた。然し未だ彼氏は居ない。泣きたいのはこっちだ。
理想のタイプは背が高い優男。声は宮野真守。まさに絵に描いたように(絵なんだけど)現れた空前の嫁が文豪ストレイドッグスの太宰治であった。
現実を見る。正面を見る。眼鏡、デブ、出っ歯。現実とはなんて厳しいものであろうか。太宰が清潔感のあるロングトレンチにシャツ、ベスト、ループタイの紳士然とした服装に対し、目の前の現実のオタクどもはチェックのシャツをサイズの合わないジーンズにイン。これぞお家芸と冷やかすのもうんざりする。合コンで頭にタオルを巻く意味は何だ。他には何十年着古したらそうも草臥れるんだと唸りたいTシャツと、さながら小学生のボーイスカウトが履くような膝丈のパンツである。素材は何だ。雨に強そうだな。どこで売ってんだよ。よく見つけて来たな。裾が汚え。
お前らはとりあえずファッション誌を買え。そして服を買え。美容院に往け。痩せろ。鍛えろ。歯を磨け。ケツを拭け。本気で三次元の彼女が欲しいならな。一息に捲し立て、ハイボールのジョッキを机に叩き付けるとまたもや拍手が沸いた。受講料を出せ。友人に目を向けると親指を立てられる。舌を出すな。引っこ抜くぞアバズレババア。
今日の合コンも駄目だった。悲しい気持ちで高いヒールを引きずるように歩く。然し駄目は駄目なりにも大声で説教することで多少のストレス発散にはなっただろう。飲んだ割にみょうに頭がすっきりしている。終電を逃すまいとすっきりした頭が近道で往こうと提案する。大丈夫。営業でこの辺りには来た事がある。確か部長が此の角を曲がると善いと云っていた。
「あれ……?」
角を曲がって出たのはまったく知らない街並みだった。
わたしは橋の上に立っており、あの角はどこだと振り向けども、広がるのは平べったい街並みと川。川べりは舗装されておらず、どこか古めかしい街並みだ。
おかしい。先ほどまでは頭が妙にすっきりしているなんて思っていたのだ。今日は肝臓の調子も良かった。ウコンも飲んでいた。
真逆と思いながら一つずつ記憶を辿る。橋の欄干に手を付き、どこから記憶が飛んだのだろうと考える。それに此処は何処だ。駅は? 終電は? 判らないことが山ほどある。山ほどあるが――。
「に、人間……?」
川上からどんぶらこと流れてくるのは人型の粗大ごみでなければおそらく人間であると思われる。脚が真上に二本顔を出し、緩やかに川を下っている。わたしは人型の粗大ごみ説を有力に思う。本物の人間があんなに犬神家さながら川下りが出来るものか……とは思ったが、万が一人間だったとして、流され亡くなったと翌朝のニュースで聞かされては胸糞が悪いってもんだ。
「生きてますか? 死んでますか?」
人型の粗大ごみであれと望んでいたものはわたしの期待に沿ってはくれず、人間であった。川は思っていたよりも浅く、粗大ゴミだと思っていた人間はわたしが救助に向かうよりも先に、なんと中州に打ち上げられた。
上半身はごみや海藻が纏わりついていて確認できないが体格がいいので、どうやら男のようだった。わたしの問いかけに返事はなく、いよいよ死んだだろうかと脈を確認しようと手首を取ると、水ですっかり冷え切った手がわたしを掴んだ。
「美しい人ッ! 今回もまた自殺しきれなかったことを悔やむが、それは全て貴方に出会うための定石だったと云うのですねッ!」
生きていた。
それよりもこの声、どこかで。あれ、どこでだ。聞いた事があるな。考えていると、男は無造作にごみと海藻を引っぺがし、髪の毛を整える。
「申し遅れました。お嬢さん。私、太宰と申します。太宰治」
「よ、嫁……」
もう迷子でも神隠しでも妄想でも何でもいいや。彼氏もいいや。嫁、万歳。
20160901