赤子の、甘ったるい乳とすこぅし酸っぱいような吐瀉物、それから汗のにおいが、たまらなく好きだった。
 太宰さんが拾ってきた芥川という少年は、偶にそのようなにおいを漂わせるのだ。
 芥川君は青年と言うには子どもで、少年と言うには大人であった。乳のにおいなんてするわけがない齢である。――それは唐突に襲ってくる。
「……芥川君、お風呂入ってね」
 嗅げば嗅ぐほど鼻腔を侵すのは、鉄と腐った肉の臭いだ。臭い。任務から帰還した彼を抱きしめて言う。
 今日の芥川君は全く赤子のにおいがしない。
「如何か、離してください」
 芥川君は上下関係をひどく慮る。口では離せと云うものの、微動だにせずにわたしの為すが儘にされてくれるのだ。
 臭いを我慢し、さらにぎゅっと抱き着けば芥川君の身体がすこぅし震えた。わたしは調子に乗り、彼の外套にぐりぐりとおでこを擦りつけ始めたところで「名前ちゃん名前ちゃん、私にも、ハグ!」と引っ張られた。
 わたしの襟首を引っ掴んだのは太宰さんであった。
「肋骨が全て粉砕するくらい、熱い抱擁を頼むよ」
 芥川君からわたしを引っぺがして死を所望する男は、何故だかとても死に焦がれていた。上司の命令と言えど、肋骨が粉砕する抱擁をするには抵抗があった。何故ならば上司だから。わたしは太宰さんの希望に沿わない優しいハグをする。
「ちぇ。詰まらない」云う太宰さんは、わりにわたしの腰を撫で、臀部を弄り、胸の形を確かめている。
「やめてください」
「いいじゃない。今日は私、一寸疲れちゃって。癒しておくれ」
「子供が見てますよ」わたしがいうと太宰さんはゲラゲラと笑った。
 ――それは唐突に襲ってくる。
 ふわりと漂ったのは、赤子のにおいであった。
 芥川君はわたしたちをただジッと見つめていた。焦点は定まっておらず、目が合うことはない。太宰さんは未だ笑っていた。
「素敵なおままごとだ」太宰さんは云う。
「最近エリス嬢が凝っていて、一緒にやるのです」
「今度は私も誘っておくれ。主人よりも愛されて心中をせがまれる間男役ならいつでも請け負うよ。勿論、おままごとではなくとも」
 太宰さんは得意げに、首吊り、入水、射撃のジェスチャーを遣って見せた。
 勿論、この男の云う「今度」なんてものが、永遠に来ることはなかった。

2016.06.12
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